2004年04月21日
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 停戦交渉が始まって数日たったファルージャでは、今日(21日)もまた武装していない市民6人が死亡し、10人が負傷したと、ロイター通信は伝えています。
 アメリカで最も公平なラジオ番組のひとつ、「デモクラシー・ナウ」で、イラクの様子を届けてくれるアーロン・グランツの記事が出たので、ラジオのインタビューとともに抄訳しました。
 ファルージャからバグダッドに逃れてきた人々の証言から、生々しい「ファルージャの真実」が伝わってくるようです。

                       (パンタ笛吹/TUP)

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ファルージャの真実
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             アーロン・グランツ
             4月21日 インタープレス・サービス



 米軍司令官は英記者の質問に、「ファルージャの攻撃で殺された六百人のイラク人のうち、95%は武器を持った民兵たちだった」と答えた。
 ファルージャの臨時診療所で負傷者の治療にあたってきたイラク人医師に現場の状況を語ってもらった。
(ドクター)
「私たちは5歳の少年が頭を吹き飛ばされて診療所に連れてこられたのを見ました。頭蓋はあっても脳みそが残っていない子供もいました。 また、母親が赤ちゃんを抱いたまま殺されていたのですが、赤ちゃんの首はなく、母親の体のいたるところに爆弾の破片が突き刺さっていました。これでも、犠牲者の95%は武器を持った民兵と言えるでしょうか?」

 米海兵隊によってあまりにも多くのファルージャ市民が殺されたので、サッカー競技場に200人以上の遺体を葬らなければならなかった。
(ドクター) 
 「私たちは多くの遺体を競技場に埋めたので、そこはすでに一杯になっています。しかし問題は、私たちは遺体をちゃんと地中深くに葬ることができなかったことなんです。
 競技場でゆっくり埋めていると米兵に撃たれるので、人々はシャベルで急いで穴を掘り、そこに何人もの遺体を重ねて放り込んで、上からすばやく砂をかけて逃げるしかなかったんです」

 ファルージャでは、負傷した人々を運んでいた救急車でさえ、何度にもわたって米兵からの攻撃を受けたという。
(ドクター) 
「米軍によって孤立させられ、白旗を振って助けを求めている家族に水と食料を届けようと、救急車でその家に近づいたのですが、救急車のドアを開けるたびに米兵が狙撃してきたので、家まで入れなかったんです。しかたがないので水と食料を家の前の道路に置いて病院に戻ろうとすると米兵はその水のビンと食料の袋まで撃ちこわしたんです」


米軍の爆撃にあい、二人の従兄が殺され、五人の家族が負傷したアル・ハムザ氏はこう糾弾する。
 「2日間、私の二人の従兄の遺体は、2日間も我が家の居間に寝かせて置かなくてはならなかったんです。というのは、遺体を埋めるために外に出ようとすれば、米兵に撃ち殺されるかもしれないからです。でも二人の遺体が腐り始めたので、裏庭を掘って埋めました。
 ブッシュ大統領はすべてのイラク人を敵にまわしたと思います。いまだに電気もろくになく、水道水もありません。おまけにみんな仕事も失ってしまったしね。いまファルージャで有り余っているのは、爆撃機やヘリコプターからの投爆と、米兵からの銃弾の雨だけです」

 ファルージャで働いた人道援助活動家、オーストラリア人のドナ・マルバンは、米海兵隊は無差別発砲を繰り返していると、こう語った。
「ファルージャで私たちは薬が切れた医院に医薬品を運ぶため、救急車といっしょに米軍が占領している区域を通ろうとしました。車から降りる前に、拡声器で『私たちは青い色の医務服を着ています。いまから医薬品を医院に届けに行くので撃たないでください。パスポートを手に持っていま車から出るところです』と大声で米兵に報せました。そして、両手をあげて道を歩きはじめると、米兵は後ろから私たちを撃ち始めたのです」


「彼らは、最初は私たちが誰なのかを知りたがっていました。私たちの持ち物を検査したり、質問を繰り返すうちに、私たちが人道援助活動家だと分かってくれたのでしょう。それからは、敬意の気持ちをもって接してくれ、ご馳走までしてくれました」

 ドナと同じグループにいて拘束されたイギリス人ボランティアのベス・アンジョーンズは、ムジャヒディンと話すうちに、「米軍の攻撃の醜さ」という共通の話題で通じ合うものがあった・・・とこう語った。
 「彼らは自分の兄弟がこうして殺されたとか、父親がこう射殺されたとか、 詳しく私たちに語ってくれました。それでムジャヒディンのみんながどれだけ米軍に対して憤りを感じているかが分かりました。
 1年前にサダム政権が崩れてアメリカから自由を約束されたのに、いまでは自由どころか米軍に痛めつけられ苦しんでいる現実があるだけなんです」

 バグダッドに無事に戻ってきたドナは、自分を拘束したムジャヒディンに対して、もはや怒りを感じてはいなかった。
 「ファルージャは海兵隊に包囲された街なんです。いま街から避難しようとしている女性や子供たちでさえ、街を出るのを止められています。そして空からの爆撃はいまでも頻繁に続いています。米軍狙撃手は動くものは何でも撃つので、人々は怖がっていまだに家から外に出られません。ファルージャの人々は、自分たちの国と、自分たちの街に閉じ込められ、捕虜になっているのです」


                (抄訳・パンタ笛吹/TUPチーム) 

http://www.democracynow.org/article.pl?sid=04/04/13/1443247
http://www.antiwar.com/ips/glantz.php?articleid=2352

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米兵捕虜一人に対して、イラク人捕虜が二万人
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             アーロン・グランツ
             4月22日 インタープレス・サービス

 イリノイ州出身のマット・モーピン上等兵は、サダム政権が崩壊して以来はじめての米兵捕虜となった。しかし、この米兵捕虜一人に対して、米軍はすでに二万人のイラク人を拘置している。そのほとんどは、占領軍による乱暴な家宅捜査のおりに拉致されたイラク人たちだ。

 去年の夏、ティグリス川のそばにあるアブ・シッファ村では、真夜中に米軍部隊が村を襲い、民家を壊し、若者たちを拉致していった。村の主婦レジャンは、以前は自分の家がそこにあった瓦礫の上に立ち、こう嘆いた。
「朝方になると、米兵は私たちを家から連れだし、外に立たせました。彼らにどうしてこんなことをするのか? と尋ねると、米兵は私たち女性を殴り始めたのです。そして戦車二台が来てマシンガンを撃ちまくり、その後ミサイル2発を我が家に向かって撃ち込んだので、家は粉々になりました」

 「武器の摘発」を口実に村に侵入した米兵たちは、結局、武器はひとつも見つけることができなかった。それなのに、レジャンの息子たち4人を含む村人73人を捕まえて引き上げたのだ。
 村人たちの話では、米兵は村の家々を捜査しながら大量の現金を盗み、引き上げるときには村所有の数台のトラックまで没収していったという。

 その事件から9ヶ月がたち、拘束された73人の村人のうち、二人だけが容疑不明のまま釈放された。自由になった一人が、レジャンの息子、15歳のアーメドだ。
「捕まえられてから最初の6日間は、有刺鉄線で囲まれた荒れ地に放置されたままだった。テントも毛布もないまま、太陽や雨にさらされ続けた。簡易トイレもないので、ぼくらはみなその場で排泄するしかなかった。夜はまた痛くて、まったく眠れなかった。なぜかって? 米兵が夜を徹して、ぼ
くらに石を投げ続けたからだよ」

 結局、アーメドはバグダッドのアブ・グライブ刑務所に移された。刑務所で彼は、サダム時代に政治犯罪者が投獄されていた横90センチ、縦120センチの独房に入れられた。そこでアーメドは、屋外での運動もできなかった上に、家族や弁護士に会うことさえ禁じられた。
「夜になると、米兵はオオカミみたいな警察犬を独房の中に放り込んで、ぼくを怖がらせた。それも、毎晩だった。もう耐えきれなくて、赤十字の視察員に訴えて、やっと犬をやめさせた」

 人権監視グループによると、アブ・シッファ村での拉致・拘束のような事件が米軍占領下のイラクで、あまりにもたくさん起きているという。
 人権団体・アムネスティーは、米兵が拘束したイラク人たちを継続的に拷問にかけていると報告している。また囚人たちにズタ袋を頭からかぶせたまま放置したり、故意に明るすぎる照明をつけたままにして眠らせなかったりとのレポートもある。

 米政府が指導するイラク人権省で働く弁護士サード・スルタン・フセインは、占領軍から、アブ・グライブ刑務所内に自分の人権相談所を設置する約束をとりつけた。しかしいまのところ、案内人つきの視察しかできないと、こう語った。
「刑務所内では、彼ら米兵が私たちに見せたい場面だけしか見ることができません。尋問室などには入れませんし、もちろん尋問の様子を視察するなんて認められません。米占領軍はアブ・グライブ刑務所に15000人の囚人を拘置しているのですが、その大多数が米軍に反抗的なイラク人政治犯です。他にも、イラク南部のウム・カスルに去年建てられた刑務所があって、7500人のイラク人が収監されています」

 弁護士スルタン・フセインは、アメリカの占領政策はジュネーブ協定違反だと、こう訴えた。
「米軍占領での大きな問題は、米兵が気が向くままにイラク人を捕まえ、苦しめていることです。イラクの同朋たちがある日突然捕まえられ、姿を消しても、なぜ捕らわれたのか、いまどこに収監されているのか、誰も分からないんです。米軍は、イラク人家族との面会も禁じているわけですから、これは明らかにジュネーブ協定に違反しています」

 筆者はこれらの訴えについて、アブ・グライブ刑務所を警護していた米兵たちに質問したが、彼らは口々に、「ノーコメントだ。それに答えることができるのは、空港駐留の高官だけだ」と言った。
 空港駐留の米軍高官に同じ問い合わせをすると、高官たちは不在だった。

       (抄訳・パンタ笛吹/TUPチーム) 

http://www.antiwar.com/ips/glantz.php?articleid=2362





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最終更新日  2004年09月28日 01時55分54秒
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