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あれほど映画館では感動したのに、ラストサムライのDVDには、どうも今ひとつしっくり来ません。どうやら、渡辺謙演ずる、西郷さんがモデルだという人物が、下品に見えて仕方がないのです。忍者の襲撃でも、自分で立ち回りすぎます。「薩摩の将領なら、黙って切られてるかもしれないな」などと思ってしまうんです。リバティで記事があった東郷平八郎もそうですが、薩摩の将領は、どんなに優秀な幕僚や技術者をしていても、途中から自分をぼやかしてしまう訓練を積むようです。日露の戦役で満州軍の総司令官を務めた大山巌(西郷さんのいとこです)にしても、もともとはフランスに砲兵として留学した優秀な軍事官僚ですが、途中から、スペシャリストとしての一切の才を伏せて、茫洋としたジェネラリストの道を歩みます。もし、大山巌がフランスじこみの砲兵指揮官として、そのスペシャリストの立場を捨てなかったらば、一軍事官僚として、その生を終えたでしょう。幕末、伊藤博文と井上馨が、藩の危急を聞き、留学先のイギリスから飛んで帰り、風雲に身を投じて元勲となったのに対して、同時期に留学した朋輩は学問を修め終わって帰朝し、単なる技術屋として一生を終えたのです。常勝の法の中の「英語屋の悲哀」の教えを、違う角度で再確認した気がしています。まあ、あちこちに論が飛びましたが、「薩摩の将領なら、そんなにギラギラしていないよ。もっと春風のようさ」と言いたいだけなんです。そして、ギラギラしている自分を矯めて、薩摩の将星の如くなることが、現今の私の責務であるとも、思っているものです。チェスト!
2005.12.22
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「ウッドクラフト」という言葉をご存知でしょうか。実は木工細工ではなく、「森林生活術」とでもいうべきものです。面白いんですが、山や森で道に迷った所から始まります。普通、山の中で迷ったら、日没を迎えるまで、あせって道を探し回るもんです。でも、このウッドクラフトを知っていると、そうはなりません。もしも道がわからなくとも、快適に野宿できるように時間をつかうのです。乾いた寝床に、あたたかい食事、もちろん雨露しのげるシェルターも。ですから、道を探しながらも、野宿に好適な場所を同時に探します。シェルター、寝床、食事の順番に作業するための必要時間を逆算し、日没の一時間前とかに、移動を止めてしまうのです。もし、迷い続けて日没を迎えたらどうなるでしょうか。雨露しのげる場所も、暖かい食事も、寝る所すらありません。これで雨でも降って風が吹いたらお仕舞です。寒い時期なら疲労凍死確実になります。もちろん、こんな考えとテクニックは、登山でもしなければ縁がないかもしれませんが、精神的な余裕を持ち、逆境に備えるという、「不敗の地に立つ」という考え方に通じるものがあると思っています。私は、幸いなことに緊急事態には立ち至っていませんが、ウッドクラフトを参考にして、あらゆる際に「不敗の地に立つ」心がまえをしているつもりです。しかし、この考えの問題点は、地に脚を付けすぎるがために、「天空高く飛翔する」ことができなくなることでしょうか。本当に、成功の中に明日の失敗の種があるんですね。ああ、飛翔してみたいなあ。
2005.12.16
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久方ぶりの歯ごたえのある露天風呂を堪能しながら、変な思索にふけりました。それは、「本物の露天風呂とは何じゃ」という内容です。閑ですねえ。結論は「野趣」です。言葉を換えれば「大自然の息吹」でしょうか。温泉ブーム到来以来、各地の温泉場、レジャーランドに露天風呂はひしめいています。しかし、私には「大気に解放された風呂」としか思えません。やはり「大自然」が感じられないからです。私が露天風呂で楽しむのは、「風」であり、「木々のざわめき」です。さらには空を仰いで「行雲」や「光の散乱」を楽しみますし、「渓流のせせらぎ」の音や、山奥の「清明な空気」自体を堪能するのです。もちろん、これは風呂に浸かることなくても可能なことですが、厳冬期の雪山で、これを堪能するのは「露天風呂」が一番です。第一、家族で山へピクニックに行って、自然を堪能するために、半跏趺坐などしてごらんなさい。「恥ずかしいからやめて!」と、嫁さんにキツーく注意されること請け合いです。露天風呂ならば、変なオジサン扱いされませんもの。しかし「露天風呂瞑想」なんかしていると、修羅の巷になんか、出て行きたくはなくなります。だがここが勇猛心の発揮しどころです。「山の小聖」よりも「町の大聖」ですよね。巷に呻吟しながらも、心だけでも露天風呂気分これこそが求められますか・・・
2005.12.14
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こんばんは飯田です。先日、久方ぶりの雨音に思いました。家というのは便利なものです。こんなこと実感することは、あまりありませんよね。でも、「存在して当り前」のものほど、感謝することは困難なようです。私はボーイスカウトですから、野営や野宿を、これまでにさんざんしてきました。大雨対策で夜半に奔走することもありましたし、台風で獅子奮迅したことも多いです。野外活動での雨は、本当にやなもんです。そんな後で家に帰り、窓の外の大雨を眺めるときには、「ああ。家っていうのは、なんとも便利なもんだなあ」と、実感できます。雨水が寝てる所にどんどん流れ込んでくるようじゃ、とてもじゃありませんが眠れやしません。大雨じゃ、よほどうまくやらなきゃ、火も起こせないです。もちろん、ご飯なんか食べられません。でも、家があれば、何の不自由もないんですから。でも、感謝っていうのは難しいんでしょうね。こんな当り前の「家」ですら、なければ大騒ぎなんですから。それこそ、発見できないような物凄いことがあるに違いありません。我々が到底感謝していないようなです。「感謝は努力に比例する」そんなことを思い出させてくれた降雨でした。
2005.12.11
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半世紀以上も前の、ミンダナオの戦記を読んでいましたら、回教徒のモロ族の記述が出てきました。そうです、ミンダナオに今なお跋扈して、アルカイーダとの関連が指摘されている、イスラム過激主義者たちの「モロ民族解放戦線」のご先祖です。やはり彼らは、この当時から異教徒襲撃をくり返し、キリスト教徒たちから、モロの「スーサイド・アタック」と呼ばれて恐れられていたようです。彼らは異教徒を殺せば天国に帰れると信じて、ちょうどユダヤの「聖絶」に似たイメージでの異教徒殲滅戦を展開していたようです。原理主義の過激派は、やはり教義によって作られていたのですね。彼らの出現は、ずっと以前からだったのです。21世紀における社会主義共産主義の代替物として、イスラムが勢力を伸ばす可能性が指摘されています。ベルリンの壁崩壊以来、社会主義共産主義が滅びていく姿を我々は見ることができました。しかし公平よりも平等、自助努力よりも結果の平等を望む勢力のニーズは消え去ることはありません。そのベクトルの内の一部が、イスラムへと向く可能性は否定できません。昨今のテロを見るにつけても、自由主義社会、あるいは資本主義社会との、イスラム原理主義との共存は、かなり困難だと思います。イスラムと他の文化文明を共存させる秘策はあるか否か。これが、人類に突きつけられている重要な課題となるでしょう。他の信仰による発展繁栄を「悪魔の業」とのみ捉えられては、人類に発展の余地はありません。現状では手詰まり感は否めません。イスラムをも、キリスト教をも、そして仏教をも超える新しい価値観の登場が切望されるところです。宇宙人にでも現れてもらうしかないでしょうか。そうしたら、ドメスティックな盲信なんか、どこかに吹っ飛ぶんですが・・・
2005.12.08
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テニスの仲間に公立中学の校長さんがいます。かねてから機会をとらえて「ゆとり教育批判」をしようと思っていたところ、幸いなことに、先日その機会が訪れまして、意見交換ができました。現場ではかなり危機的なようで、かえって話を聞いた私が愕然とするくらいです。特に私の住む越谷市の公立中学の状況は壊滅的だそうです。あらゆる機会を通じて、ゆとり教育批判を展開していますが、現場の校長から、「御臨終です」の発言に等しい反応を聞いて、さすがにショックでした。土佐勤皇党の本を、たまたま読み返した所でしたから、「身分や貴賎によって、個人の未来や夢が限定されることない」そうした社会を実現するために、幕末の路上に骸をさらした、土佐勤皇党の諸氏を思うと、この日本の現状、正に涙流れる思いです。一握りの邪見の官僚の専断によって、彼ら志士たちの夢まで奪われるなど、決して許せません。理想社会建設のため、生命を布施した多くの先達の魂のためにも、断固としてユートピアを建設する必要があると思います。生命を賭けて戦い抜き、何の名誉も利得も無く、志半ばで斃れた土佐勤皇党の志士たちを思えば、我らには、何の困難がありましょうか。社会変革は急務であると共に、我らが義務であると確信いたします。
2005.12.05
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先日あった振替休日を利用して、家内と子供が都内の私立中学の授業風景を見学してきました。補修塾では少し難しい程度の、とある大学の付属です。その学校に通っている知り合いもなく、表面的な説明では実態が分からないものですから、平常の授業を見学させてもらったのです。本当に「百聞は一見にしかず」です。二人とも愕然として帰ってきました。授業が成立していないのだそうです。学級崩壊といってもいい程度で。「見に行ってよかった。あんな所、6年も行ってたら大変なことになっていた」んだそうです。公立に任せられないからと、保護者が高い授業料を払って行かせているのに、崩壊状態では浮かばれませんよね。案内の先生は、到る所にある「恥ずかしい光景」に耐えることができず、「もう、このくらいでいいですか?」と、見学を切り上げたそうです。教育の再生は急務です。このままでは、次世代の若者たちが無駄に人生を送ってしまいます。ヘルメスの繁栄を成就するためにも、あらゆる良き提言をなしてまいりましょう。
2005.12.02
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