最高の環境下での子育て、やっと普通に結婚して良かったと思い始めていた矢先でした
ASDは私に一言の相談もなく毎年、東京への転勤願いを出して「受理」されてしまっていたのです。
いやぁ~ショックでしたね…![]()
ちょうど幼稚園入園の準備を始めて制服も用意していました
裏切られた私は到底ASDに付いて行く気にはなれず離婚を決意したのです
第一回目の「爆発」でした…この時、別れていれば新しい人生があったと悔やまれます。
この頃は、カサンドラ症候群を脱却していましたから今までの結婚生活の「違和感」
を盾に離婚を詰め寄りました。
でも、こういう時のASDは反省している、生まれ変わる、チヤンスをくれと縋り付くのです
この時も母に行ってみてダメなら帰って来て良いからと説得されて付いて行っちゃったのです(後悔)
仲の良いお友達とも別れなければいけなかった娘は引っ越し後、暫く環境に馴染めず、
神経性の自家中毒にかかり大変でした。札幌に比べて住宅事情が悪いく狭いアパートです
此処で暮らすの?と気づいた娘は「お家に帰りた~い」と泣き叫び娘の心はズタズタでした。
神奈川の田舎町での子育ては大変でしたがカサンドラは今は専業主婦しかないかと
新環境下で我慢すればと周りに助けを受けながら新生活をスタートしたのでした。
娘のために良い母親でいたい!娘も良い子で賢かったのですが「おっとり」しすぎで
虐められたら可哀想だからと私立に入れようと提案しましたがASDに反対されました。
自分は国公立出身で、お金をかけずにエリート街道を歩いてきた彼はお金の掛かる
私立に反感すら抱いていたのです。
その代わり教育熱心な地域に引っ越す事に…ところがこれが大失敗!!
ツレは東京人特有のプライドの高さで沿線に拘りが強く田園都市線を選びました
当時のヒットドラマ「金曜日の妻達」の舞台です。
ASDが此処を選んだ理由は小田急はスポーツ新聞読んでいる乗客が多く
田園都市線は日経新聞だからと言う理由でした。
確かに戸建てが多い高級住宅街でしたが排他的で、大手企業の社宅建設の反対活動が盛んで
そこら中に手作り、手書きの立て看板が林立、私達は古いマンションでしたが
強烈な違和感を感じざるを得ませんでした。
そこの学区の小学校は8割が私立中に行く様なところだったのです…
都会では珍しい学年2クラスの小さな小学校でした。
こんな所選ぶべきじゃなかったのよね。碌に調べもしなかった私も悪いのですが…
娘は成績も良く優等生でした。自分と同じく他所から引っ越して来た問題児にも
優しく勉強を教えて先生にも感謝されていましたから、この頃はまだ良かったのですが
4年生位にもなると大半が受験塾に通い始めるのです。
仲の良いお友達と遊べなくなり自分も受験塾に通いたいと言い出したのです
私立に受験しないのにですよ…泣いてせがまれ仕方なくOKせざるを得ませんでした。
娘は、篩にかけるための「ひっかけ問題」を嬉々として解いていました…
「違和感」感じ始める私…
受験の為にはテレビのアンテナを撤去する父親までいるような所でしたからね(苦笑)
見栄の為に飼ったとしか思えないゴールデンが外飼いされていて暑くても寒くてもひとりぼっちで可哀想でした
学校帰りのお迎え時、娘が撫でていたら、そこの家の小さな子が「うちの敷地に入らないで!」って
その犬がよく脱走してマンションの公園にいましたっけ … 犬の名前は「ペロ」でした
娘を慕って逃げてきていたのかも?私がコールデンに嵌った理由の一つでもあります。
フラストレーションが溜まったママ友にも私は限界でした
良妻賢母が密かな楽しみを持っている事にも驚きました…まさに金妻の世界です。
真面目な夫に物足りなさを感じ「金曜日の妻達」のドラマに感化されたのでしょうか?
もう、嫌だ!花粉症も酷くなり、そろそろ持ち家を考えなくてはという時期でも有り
一人娘として親の介護問題も真剣に考え始めていました。
その頃の東京近辺の中古のボロマンションの価格が3600万でした(完全バブル)
そんな頃、強烈で決定的な違和感を感じる出来事があったのです
夏と冬休みには「実家」に帰るのが恒例だった私と娘。
そんな頃、同じ北海道出身の同僚の奥様が(このエリアを進めた張本人でもあります)
お宅の旦那、奥さんと子供が帰っちゃって寂しいでしょう?って聞いたら
「お金持って帰ってくるから寂しくない」って言っていたそうよ!と私に告げ口してきたのです。
つまり、 ASD にとって我が実家は ATM と化していた ?
そりゃ旦那の給料安いから飛行機代出してもらっていたけど。
勿論、怒った私は ASD を問い詰めましたが本人は、そんな事言っていないの一点張りでした …
でも最近は「から口」叩いたかもって自分でも思い出せないらしいです。
そしてもう一つ、私が熱を出して寝込んだ時でした。
「俺と〇〇」は外でパスタでも食べてくるからと言われたのです…
ネットでカサンドラさんの手記を読むと、この事象が圧倒的に多くて ‼️
娘も小学校4年生位になっていましたから普通なら、お母さんはどうするの ? って
言いそうなものですが外食が嬉しかったのか?
いや、もしかしたら共感能力の低いアスペ傾向だったのかも …
この時の違和感は決定的でした。もう娘を連れて北海道に帰ろう!です。
そんな訳で娘の中学入学に合わせて2世帯店舗付き住宅を4人名義で建てました
離婚突入を娘の為に避けたいという両親のツレに対する温情か税金対策?
私は嫁入り道具の代わりに親が持たせてくれた持参金を密かに運用していたのです![]()
元金の三倍くらいに増やしておりましたがバブル崩壊寸前で売り逃げ家の資金にしたのです。
この時は全てのタイミングが私の味方をしてくれました。
ちなみにアスペは一銭も出していませんが「共有名義」と云う事になっています。
そんな訳で私の2度の「爆発」で、やっと実家に帰らせてもらう事になりました
もう離婚して再出発!のはずだったのです。![]()
この時、私は40歳、正に、四十にして立つです。
母はこの後に及んで婿に女が出来たらどうする?と心配していましたが
私は「リボンと熨斗を付けてあげる」と揺るぎない覚悟でしたね(笑)
当時は養育費を払わない男とかの話も沢山聞いていたので娘の大学卒業までの
「別居」という選択肢は有利な保険でもあった訳です。
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