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ニヤっと笑われ、6時間も滞在した間何があったのか?着いてホッとした私たちの顔を見て、生天光さんは一人ひとりの名前と生年月日と住所と顔をゆっくり見ていかれました。そして、一人ひとりに意味ありげな質問と直観フィードバックが始まり、途中からなぜか私の体の肩や首が妙にこり始めてきました。おかしいなあっと思いながら、首や肩をまわしたりしながら話を聞いていたら、生天光さんがまた微笑みながら話されました。『そろそろ本題に入ったほうがいいみたいだね。 もうカラダに反応が来ている人もいるみたいだし。』生天光さん『あなたたちがどうしてここに来たかわかっとるかい?』ゴルゴ「・・うん?・・」「それが分からないので、今日教えてもらいにきたんです。」生天光さん『そうかい。じゃあ教えてあげようか?』ゴルゴ「はい!!ぜひ」生天光さん『うん。 さっきから私の上にいる神さんがあなたたちに百開きをしてあげなさいっておっしゃってるのよ。あなたたちは東京からきたんだってね。しかも、20代の人たちに大きな影響を与えているでしょ?そして、これから先も20代の人たちのリーダー的存在になり世界を変えていくキッカケを創ろうとしているでしょ?』ゴルゴ、そうしろう「はい。それができたらすばらしいと思っています。私たちなりのビジョンが達成できたらすばらしいなって毎日のように考え、話しているんです。」生天光さん「あなたたちはもう十分に9割のところまで開花してきているよ。あと1割開けば大丈夫よ。今日はその1割を開くためにここに来たのよ。本当はこれは有料なんだけど、あなたたちには神様が無料でしてあげなさいっと言われているから、今日は特別に儀式を未来のために無料でしてあげるわ。」ゴルゴ「え、いいんですか。ありがとうございます。」そして、儀式が始まった。一人ひとり名前を紙にかき、生年月日と住所を記入し、神棚の下に座り、生天光さんが祝詞を唱えられる姿をみんなで手を合わせながら眺めた。全員への禊(みそぎ)が終わったあと、また席に戻り話が始まった。儀式が終わると不思議と肩や首周りの変な疲れがとれ、気持ちよくなっていた。さらに話をつづけること3時間、もう訪問してから4時間が経っていた。話はだんだん更にもう一段階俺とソウシロウは開く必要があるという話になってきた。それまでの間に一緒に来た5名のうち何人かの問題を解決するためのコミュニケーションをとってもらっていたり、無料で儀式をしてもらっていることもあり、なんかここで新たなもう一歩踏み込んだ何かがありそうな予感があったので、更にその上の儀式というものを有料で受けることにした。そのために準備されたのが○卵○お酒これを神棚におき、また祝詞を唱えられはじめた。そして儀式のための準備のために30分くらい使い、神社のいたるところにいる神様に頭をさげ、礼をしにいき、最後に線香を燃やし、儀式が始まった。5分ほどしたら、テープを録音しはじめ、私のミッションを生天光さんが話し始めた。「左手に癒しの力。 ココロの中心より、人の天分を見抜く直観の力が宿る。 教育の道への才能が授けられている。 やがて教育という分野で人を導き、大いなる才能を活かす ことになるであろう」祝詞的な日本の昔の言葉で話されたので訳すとこういうようなことをおっしゃっていました。これの儀式により、私の左手には「ヒーリングハンズ」が宿り、ココロには「人の天分を見抜く直観の力」が宿ったそうです。そして、やっとこさ儀式がおわり、その神社を後にしたのが夜の7時でした・・・うかがったのが1時だったので丸々6時間滞在し人生初経験をさしてもらい、楽しい一日が過ぎていきました。そんな一日を過ごした翌日の朝、自分の中に宿った力の意味をしるような夢を見たのです。続く。(今日から実家へ帰ります!!更新は5月6日です)
2007.04.29
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そして、阿部さんが感じた神秘体験とは・・・ 『ゼロ』という感覚だったそうです。 すべてが無く、すべてがある。 今まで経験したどんなものよりもリアルで、生々しい。 みんなはバラバラではなく、一つであるということを 頭ではなく全神経、全五感の感覚すべてで理解するというような感覚。 もうこの上ない至福感に包まれ、すべてを手放しても大丈夫という感覚。 この感覚を味わってから、阿部さんの人生は大きく展開し 禅寺に入り、修行とワークショップを開く毎日を送られるようになり、今現在に至るということでした。 この強烈な感覚に唯一ついていったのが、わがパートナー 「鈴木惣士郎」でした。 二人は強烈なラポール感覚になり、テレパシーにちかい コミュニケーションを交わし、その場全体は何ともいえない 愛に満ちた空気にあふれ、一夜目は過ぎていきました。 しょっぱなから濃い経験をさせてもらいました。 二日目。 昨日の夜二日目に沖縄にいる「ユタ」さんに会いに行くという 話をしたら行きたい!というトモダチができて、そのトモダチに朝から出迎えてもらい、車でうるま市というところまで その「ユタ」さんに会いに行きました。 沖縄で「ユタ」さんとは、東北でいう「イタコ」さんに近い存在で、大体多くの人が30歳過ぎに大きな精神的病や神がかりてきな現象が精神や体におき、そこから40歳くらいで復帰し、 50歳くらいで「ユタ」という境地に達するそうです。 さらにご興味があるかたは、ちょっとネットでしらべて みてくださいね~。 http://www7.ocn.ne.jp/~kuno/yuta.html http://www.tai-ga.co.jp/johositu/minijoho/bunkashukan/yuta1.html それで、そのユタさんというかたの名前が、 「生天光(せいてんこう)神明宮」で、 神社的な場所でした。 前日で電話したときからすごいフランクなかたで、 どんな人なんだろうというワクワク感が高まり、 朝からみんなで色んな予想をしながらドライブを楽しみました。 車で二時間ほど走らせたところで、その神社をしめす 看板が見つかりました。 車をとめて入っていったら、そこには探偵ナイトスクープなんかでネタにされそうな神社の鳥居がポンっとあり、 さらにおくに入っていくと、あきらかにハリボテっちっくな 富士山の絵が書いてありました。 『なんでここに富士山やねん!!」っと突っ込みをいれつつ その「生天光」さんを探しました。 ちょっとま探していると、神社のはっぴをきた ちょっとやる気なさげな女の人が現れました。 「あ、もしかして、生天光さんですか?」って たずねると 「いえ、私ではなく、おくにいるので呼んできましょうか?」 とやる気なさげに返されました。 私たち的には、東京を出る前から今回の出会いをすごく 楽しみにしていたこともあり、何の神秘的な演出もなく まるで、「あ、うちの母ですね、では呼んできます」 的な普通~~の接し方にちょっと拍子抜けされた感覚でした そして家の中にはいると、これまたちっちゃな神殿以外は 普通な感じで、期待しすぎてた感が溢れはじめました。 ちょっとままっていると、とうとうその「生天光」さんが 登場しました。 あった瞬間「ニヤ」と笑われ、そこから6時間に渡る 私たちの運命を決定付ける 長い一日が始まったのでした。。。。。 続く。
2007.04.16
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4月5日から4月8日まで久し振りに沖縄に行ってきました。 当初の目的は、研修のコンテンツ作りとシンノスケの会社の一周年パーティのお祝いだったのですが、最近の流れの通り スピリチュアルツアーになったのでした。 まず初日からメッセージはおりてきました。 5日。 沖縄の始めての夜は、 シンノスケの学校でもあり、活動の拠点でもあり、愛ある夫婦のお店「母屋」で7時から夜中の2時までに渡る長い長い楽しい飲み会からスタートしました。 7時くらいから徐々にメンバーが集り始め、最終的には10数名の飲み会に変わり、話は次から次へと面白いほうへ展開していきました。 一気に空気が変わったのは、母屋のオーナーでもあり、 20代の頃は売れっ子のバンドボーカルでもあり、 30代から17年も禅寺で修行をしながら、ワークショップを 開催していたという遍歴をおもちの、「阿部」さんの登場で場はどんどんスピリチュアルな方向へ流れていきました。 阿部さんがそもそもバンドの売れっ子から禅寺に修行へ入られたのは、あるキッカケがあったからそうです。 売れっ子になり、両親も自分のところへ呼び、家族も両親も食べさせなければ行けなくなった状態に徐々に自分の中で不安を感じるようになってこられたのです。 売れっ子とはいえ、そのころ若手のバンドブームがおこり 次々と自分たちを追い抜く若手が現れはじめ、 家族を支えなければいけないプレッシャーと、 売れなくなってきたことによる、自信喪失で 自殺さえも考えられたそうです。 そんなもう死のうっと思っているときに、 ある人生でこれ以上は無いという神秘体験をされたのでした。 続く。
2007.04.14
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来週の研修を作らないといけないのに頭と体が動かない・・・ こんなときはどうしたらいいのだろう・・・ まずはカラダを動かしてみることが大事だとおもう。 そう、まずはコンテンツの全体像を考えて、必要な情報を得るために本を読む。 この流れを作らないといけないのに、本を読むことだけに意識が取られ全然本が進まない。 仕事として半年間貰っているので、実行しつづけるしかないのだが。。。。 果たして集中できるか? すべてが自由で何があってもら許される。 それぐらい私達の魂は自由にできている。 結局どんな選択をしても同じ場所にいくのなら楽しみながら 進んでいったほうが絶対いい。 さあて、私の楽しいこととは? ・心から悩み困っている人の心を救うこと ・進めないで止まっている人の背中を押すこと ・自分らしく生きたいのに生きれない人のブロックを外すこと ・あと一つのピースで物事が跳ねる人のピースをブレストする ・重要感を欲しがっている人に全力で大切だよ~っと伝える事 ・目の前に集まる人達の関係性を極限まで良くする事 ・繋がりを繋げなおし、活性化すること ・直観に従い生き、直観を使って人に気づきのチャンスを作る そうコンテンツを作ろうとしたら最近はブロックが入って 作れないようになっているようだ。 結果として本が空しく無駄になっていく・・・ やらなきゃ・・・から始まると最近はドンドン空回り している気がする。 『しなきゃ』ではなく、『したい』が大切。 だけど、『したい』と心から全てが思えたらもっと最高。 修行と思う人生も、楽しもうと決めた人生もどっちも大切。 自分はどちらを楽しんで選ぶんだろう。
2007.04.04
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