森田理論学習のすすめ

森田理論学習のすすめ

2021.03.11
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森田先生のお話です。

お釈迦様は・・・14、15歳から17歳くらいの間に、人生問題に悩み始めて、つまるところ「安心立命」という事を目的として、王位を捨てて宮中を出奔したのが29歳の時であった。

お釈迦様は有名な学者・修道者を歴訪して、修道の法を尋ねた。
ところがどうしても納得できる悟りには至らなかった。
お釈迦様は、ついに一人で山に入って、自力の修行を始めた。
6年間の歳月を費やしてようやく強迫観念が全治した。
発病してからは12、13年後のことである。
心機一転して、転迷開悟したのが 「諸行無常・是生滅法」 という事であった。


これは世の中のすべての出来事は、一定の所にとどまっているものは何もない。
絶えず変化流転している。私たちはその流れにのって駆け抜けていくことしかできない。
その方が無理がないのでうまくいく。これは精神面においても同じことがいえる。

心配事を安心したり、忙しいのを落ち着いたりしようとするのは、それは「難きに求む」以上のことで、全く不可能の努力である。
心配事をも、作為をもって安心しようとするから、そこに迷妄が起こり、たえざる不安心に駆られるようになるのである。

不安心に常住すれば、初めてそこに安心立命の境地がある。
世の中の出来事はすべて「諸行無常」である。
すなわちこの世に固定・常住しているものは何もないというのが真実である。
この事実をそのままに認識さえすれば、初めて安心立命の境地に到達し、強迫観念が解消する。
気になる不安にいつまでも固執するのではなく、それを抱えたまま変化の流れに乗って生活していくということである。つまりあるがままの生活を続けることです。
口でいうのはたやすいが、実行できるようになるまで持っていくことが大切です。


私は対人恐怖症は治すことはできないと体感できたのが、森田と出会ってから15年くらい経ってからのことである。
それまでは、なんとかして治そう、その方法は必ずあるはずだと信じて疑わなかった。
その間、対人恐怖の葛藤や苦悩は頭から消え去ることはなかった。

「まな板の鯉になったつもり」「清水の舞台から飛び降りるようなつもり」という背水の陣を敷いたときに、対人恐怖症の解消への重い扉が開いた。
これは人からいくら分かりやすく理屈を教えてもらっても無理なのだ。

そのためには対人恐怖症でいえば、どうしても苦しむ無駄な時間の経過が必要なのかなと思っています。そして森田から離れないようにしておくことも大切です。

いったんこのような心境に至れば次の展開は早いです。
それは過去のしがらみから決別できるからです。
次のステップに向けての出発点に立てるからです。
せき止められていた水が一挙に動きだすようになるのです。
ぜひこの体験を味わってみてください。
味わい深い人生が口を開けて待っているはずです。





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Last updated  2021.03.11 06:20:06
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森田生涯 @ Re[3]:強情と盲従の弊害について(02/27) ststさんへ 今の生活は日中のほとんどが…
stst@ Re[2]:強情と盲従の弊害について(02/27) 森田生涯様、返信アドバイスをしていただ…
森田生涯 @ Re[1]:強情と盲従の弊害について(02/27) ststさんへ コメントありがとうございま…
stst@ Re:強情と盲従の弊害について(02/27) 森田生涯様、こんばんは。 過去に何度かコ…
軸受国富論@ Re:森田の正道を歩むとはどういうことか(06/05) かの有名なドクターDXの理論ですね。ほか…

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