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凄まじい暑さの桂林です。太陽が昇ると同時に気温はぐんぐん上がり、瞬く間に30度。このうだる様な暑さの中で、モチベーションを上げてやってくことは至難の業。“苦丁茶”って、むちゃ苦いお茶を2リットルほど飲んでます。効果が出てるのかは不明ですが、このクソ暑さにこの苦さで対抗できるような予感がします。くーーっつ、にがーーい。さあ、やるぞ!ってな感じでしょうか。昨日は最高気温36度とかで、確かめてみたわけじゃないんですが桂林人の男性10パーセントは上半身裸。屋台でビール飲む親父たちは70パーセントが裸ですね。卒業式も終わり、本格的に授業以外の仕事?を始める時間が増えてきました。いま、ちょぴり凝ってるのが、桂林人300人の撮影。といっても、ばかちょんカメラにモノクロームのフイルムを入れ、人物ばかりの撮影をはじめました。バカちょんカメラだから、さっと撮って何事もなかったような撮り方も出来るんです。中国人にこのカメラを“骨董品”と呼ばれながらも10年以上使ってる、アナログの復活です。昨日は、実に60人以上の顔を収めました。同僚達は面白がって、すんなりとカメラに収まってくれます。でも欠点はピースサインをしたりとサービス精神旺盛で演技っぽいこと。人民達と、何かのついでで、話しながらちょっと撮らせてもらうケースがいちばんいいですね。ちょっぴり嫌がりながらも、写ってもいいよって表情がいちばん自然です。一度は、無言でカメラを向けて、スイカの切り売りを路肩で売ってるおばちゃんに怒鳴られました。きっと、当局にでもばれたら、やばいって思ったんでしょうか?。カメラ向けるにはけっこう気をつかいます。モノクロ撮影、“桂林300人”は順調に進行中。夏休み明けに、アート展をやる予定なんです。そうそう、今回中国滞在のメインワーク。日中デザイン、アート辞典の編纂があったんです。 先日の上海で会ったデザイナーの2人も、それぞれ独自に辞書の編纂を進めてたみたいで、それそれの仕事に相互乗り入れするすることになりました。ふふっつ。これで一気に解決!!??
2004年06月29日
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上海から帰り、毎日のように教員仲間、学生達と夜の宴会が続いている。昨日は卒業式。そのせいもあって昨夜は学校生活の最後を名残惜しみながら、学生達、慣れない酒を浴びるように飲んでいました。多くの卒業生が上海、シンセン、広州のデザイン事務所へ就職していく。中国のデザインを引っ張っているのが、30歳前後の連中。わたしの送り出した最初の卒業生たちの世代だ。上海では、昨年の卒業生たちに会ってきた。屋根裏部屋を3人で借りて夢を追っていた。がんばれ、桂林デザイナー!昨晩の宴会とその後に続いたカラオケ大会で、歌いたくもない、“北国之春”を学部の書記から半強制的に歌わされ、やっと卒業生も送り出し、“北国之春”で書記のご機嫌もとったしやれやれ、休み。朝寝するぞーーしかしあさ7時、同僚より電話でたたき起こされる。“今から、スケッチに行くぞ!”あたらしい、スケッチポイントを見つけたらしい。桂林からボロボロ乗り合いバスとオート三輪を乗り継いで行ってきました。“熊村”。明朝の時代の建物がしっかり残ってます。村の中、建物の前を、水路が通ってます。犬が何かと多い村です。アヒルが水路を泳いでます。さっそくスケッチ開始。今日の桂林、気温33度~36度。スケッチブックの上に汗をボタボタと垂らしながらのスケッチ。私にとっちゃ、スケッチは瞑想と同じで、対象を見つめて、手をうごかす行為がとっても気持ちがいいんです。腕と顔が真っ赤っか!
2004年06月26日
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上海のアート、デザインシーンを語るには大まかに4つのポイント。いまや誰もが知ってる新天地。とくにおすすめは、上海に立ち寄るたびに必ず通う、“透明思考”台湾のデザイナーによるものですガラスと金色、黒、朱のカラーリングのコラボレーションがとってもきれい。最近の注目は、なんといってもマイケル、グレーブスが内装を手がけた中国名“外灘3号”英語名“three on the bund”イギリスユニオン保険の建物として使われていたところです。7階建てビルの上には時計台。建物の外観は当時のままで、一階にアルマーニ、3階にコンテンポラリーアートギャラリー“スペース アニュー”中国語で“全新空間”があります。http://www.threeonthebund.com屋上のテラスからのバンドの眺めはすばらしい。この季節、ここでのビールがオススメ!上海駅、蘇州川近く、工場内に点在する30余りのスタジオとギャラリー名前はなんていうのかなあ?莫千山路と西蘇州路の付きあたる附近ほんとに探しにくい。このあたりの地元の人に、へんな芸術家たちがこの辺りに住んでない?って聞くしかないですこの中のひとつアートシーンチャイナは巨大な面積のギャラリーですその本家にあたるギャラリー“アートシーン チャイナ”はアメリカ領事館から威海路を渡り、シンガポール領事館の裏のちっちゃな小道を入ったとこです。ちいちゃなギャラリーですが、表参道あたりのギャラリーの匂いがします。ちょっと、探しにくいかなhttp://www.artscenechina.com泰康路から田子坊の入り口附近から、デザイナー、アーティストのスタジオとショップがビルの中に点在します。代表的なギャラリーはhttp://www.spaceart.com.cnこの隣のインダストリアルアーチストファクトリーには世界各国のデザイナーが事務所を出してました。しかし、日本からのデザイナーはいまだ無し。ここにトップランナーでアトリエを構えるのは、私かなあ?!(かなり本気
2004年06月25日
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昨夜、10時の中国南方航空で桂林に帰りました。いやあ、上海に比べてこの湿気の多さ。上海の高速道の騒音が、ちょっと懐かしいです。国立上海図書館で開催の日本グッドデザイン展のオープニングと、CIデザインの巨匠PAOSUの中西元男氏と日産デザイナー、中村史郎氏の講演に行ってました。展示担当がわたくしのJOCV時代の同僚N、こんどは、T社、現地駐在デザイナーとして帰ってきました。安徽省で建築内装デザインを教えていただけあって、建築デザイン関連の中国語をフルにして中国側スタッフと作り上げた上海赴任一発目の仕事。上海では、ちっちゃな情報を元にアーティスト、デザイナー達の現場と、新しいデザインスポット探ししてました。スポットは徐々に、記録していきたいと思います。そのなかでも、広告代理店上海D通のS嬢に連れてっもらったthree on the band のギャラリーと屋上テラスからの眺めは中国ではこれまで見たことのなかったハイセンス。
2004年06月23日
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卒業制作発表会も終わり、あとは、卒展の準備。学部の男どもの教官たちと屋台で過ごす、時間が増えてきました。服を脱ぎ捨て、上半身は裸で学校前のメインストリート脇の歩道に簡単なイスと机を並べての屋台は、視覚的にも聴覚的にも、アジアがプンプン。好きなんだよね、この雰囲気。酒がある程度まわってくると、決まって始まるのが中国版じゃんけんポン。お互いば向かい合い、指で数字を出し合いその合計を当てっこするゲームだ。“さあ来い”“兄弟、きょうもいいぜ!”なぜか、広東語の掛け合いで始まる、けっこう粋な“酔っ払い人”ゲーム。この、広東語が私にとっちゃ新鮮で、久しぶりに、ちょこっと努力して覚えてみたいと思ってるんです。がなにしろ、負けると酒を飲まねばならんが辛いとこです。そんな雰囲気の、まもなく学期末を迎え、教師としてはまもなく授業から解放寸前の中国です。でも、わたくし、所属は美術学部なんですが、もう一つ2年生ガイド学部の授業が残ってるんで、弾け飛ぶのはちょっとお預け。。残されたコマは、最後の試験。そうなんですよ、今日中に、試験問題、作らなくっちゃいけないんですよ。CIデザインって教科書すら無い科目なので、どんな問題がいいのか、結構、悩んじゃうんですよね。うーーん、論文形式にしちゃおうかなあ!これだったら、成績にばらつき出ても融通が利きそう。そうしよう、そうしよう。おっと、問題は中国語で作るんだよな。ふーーっ。
2004年06月15日
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その夜、教官たちから罵声を浴びせられた学生から電話。先生、ごめんなさい。彼は、わたしの気持ちを察し、謝りの電話を入れてくれたのだ。たしかに、前の日記にも書いているようにこちらまで、切れそうになるぐらい、攻め立てる教官達にはムカついた。でも、おっしゃってることは、正しい。これが、また困るんだ。担当教官の僕だって、彼の作品のコンセプトは理解しがたい。正論を建てに罵声を浴びせさせないでよ!よっぽど、お前の担当学生のパッケージデザインなんて、既成のパッケージに紙を張っただけだろう、それに比べりゃコンセプトは外してるけど、自分で作り上げてるじゃない!って反論食らわそうとも、思った。でも、感情論で卒業間近、一番大事な発表会をぶち壊したくなかったのだ。本音は、あの口うるさい女性教官と、中国語でやりあっても勝ち目は無いってことがあったからなのかもしれない。呼吸法を駆使して、精神状態を整え、なんにも無かったように淡々とした顔つきで、やり過ごした。なんとか、一発大逆転を願って‥卒業制作発表2日目わが、指導学生の2番手登場。コンセプトはまあまあでも完成度が、これまた一夜漬け。ちょっとは、気合入れてつくれよ!って言いたいんだけど担当学生学費のアルバイトに明け暮れ、作品チェックに持ってきたのは発表会、前前日。すみません1時間で作りました。と学生。卒業制作を1時間かよ!まあ、学費を払えないと卒業できないからな。最後の1日、徹夜して完成度をあげろよって言ってたんだけど1日で何ができるわけでもなく、これまた呼吸法で、教官たちの私の担当学生への罵声をかわすだけ。我が子がいたぶられるような感覚、身が切られるような時間でした。でも、やってくれました。3番手、4番手と誰が見ても独創性、完成度、制作量ともに完璧な作品を発表。教官たちのアクドイ質疑にも、淡々と受け答え。期待が持てるぜ!!2日目、正午前70名すべての制作発表が、10時間に渡る審査会を終了。制作発表はコンペにもなっている、順位がつくのである。いよいよ、すべての集計が終わり、結果発表ややりました、私の指導学生がトップ!!へへへ、賞金600元。これで、帳消し!チャイナの学生の意思を尊重しながら、長所を伸ばすやり方は、時には的を外すけど、俄然、独創性に優れてる!いま、この国に求められてるのは、そろそろ模倣の時期を終えそこから、突き抜けて独創性に目覚めること。トップの呂弁は、模倣専門の頭の固い教官達さえも、納得させる力のある作品だった。桂林で開かれた全国書市に日本より講演に来られた某児童書出版社の常務との約束を果たせました。中国で未だ見ない、なんの薀蓄もない、ただ、見て楽しい児童書の雛形を卒業制作で、私の担当学生が完成!!
2004年06月14日
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昨日のつづきまあ、他の教官から必ず反論来るから、予測回答を準備しとけよって言ったのに。こてんぱてんに、やられてしまって担当学生、あれだけ罵声を浴びてはちょっとかわいそう。学生の発表舞台の前に並んだ、審査席では担当教官が、私だと知って、こそこそと伝言ゲームのように、何かが伝わってくる。ところで、学生の指導やったのか?もちろん、やりましたよ!コンセプトから見直したらっていったんだけど最後は、彼の意思に負けたんだよ。と答えたものの、日ごろ熱心な指導をしないやつに限って、こういう場面では、鬼の首でも取ったかのように大声で、しかも1,2年生と大勢の聴衆の前で攻め立てる教官に、ちょっとむかつくおまえの一方的な意見を学生に押し付けるだけでいいんかい!おまけに、おまえらの作品なんて一度もみたことないぞ。結局、その学生、作品を再提出ってことで決着しましたがわなわなと震えておりました。まあ、学生もあれだけ罵声を浴びれば、ちょっとは、考え直してくれるでしょう担当教官としては、責任を感じるんだけど、あのデリカシーのない罵声を上げる、指導?にはムカツクわい落ち着け、落ち着け。作品の評価より、感情論になっちゃってくそー。
2004年06月10日
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卒業制作発表会が、朝8時半より始まる。わがグラフィック班は2クラス40名。前もって抽選で発表の順番が決まっている。審査は5名の専属教師。ことしも、学生と一波乱ありそうな予感。わたしの指導学生は6人。どういう理由で6名の指導教官になったかは、知らない。はっきり言って問題児ばかり。問題児といっても、自己主張の強い6人だ。午前中は無難に修了。例年に比べ、作品がおとなし過ぎる。もっと、若さをドカーンと表現した作品は無いのかい!。もちろん、デザインはアートと違い対象とするものを、対象とする人に分かりやすく伝達するものであるから、なかなか。若さをドカーンと表現できるには、条件が限られてくるのは仕方ないが‥それにしても、きれい過ぎて、‥なんか、同じような作品ばっかし。じゃじゃ~ん、ついにわたしの一発目の学生登場!どう見ても、的を外した表現。麻薬キャンペーンの公共広告に中国伝統の繍球を使っている。中国滞在7年の私にも意味不明。でも、彼の強い意志で、私にはよく理解できないコンセプトでスタート。おれに分からないから、世界には通用しないよなあ、発想から変えようぜ!って言ったにも関わらす‥やっちゃいました。他の4人の教官から、質問というより罵声を浴びておりました。だから、言っただろう、言わんこっちゃねえ仕舞には指導教官は誰だ!こんどは、私までとばっちり続きはあした
2004年06月09日
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久々に楽天日記の興味あるページをじっくり読みました。ぐぐっと、惹かれるところをお気に入りしたり記入されてる名句をノートに書き込んだり。ずいぶん、エネルギーもらいました。アクセスカウンターが上がるだけのことはありますね。僕自身、何回も、おんなじページにアクセスかけてるもんね。先般のストレス入院もあり正直言って、長時間パソコンの前に座ると、頭痛のする状態が続いてたんで、久しぶりのネットサーフィン。パソコン使いたくても、体が言うことをきかなくなって元デザイナーとしちゃあ、パソコン使えなきゃ、包丁を持てなくなった料理人と同じ。元デザイナーって自分で言ってるんだから、失格でも良いんだけど、時々、元デザイナーのかけらがむくむくっとじゃまをして、現在の長時間でのパソコン使えない状態はとても複雑、それがアレルギーとなれば悩みは一層です。でも、きょうは、通院中の桂林中医院での針とマッサージがいよいよ効いてきたのか調子がいいんです。桂林の奇峰への早朝登山を始めてやっと1ヶ月。こっちの方との“合わせ技”もあるのかな。楽天の先輩方のきらりと光る名文に接して、パソコン体質アレルギーを克服ずべく一層精進いたします。体調良くなったら、アクセスカウンターレースにも参加しますね。あすは、いよいよ卒業制作発表審査会。
2004年06月08日
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シトシトと雨の降る桂林です。卒業制作指導も、残すところ3日。発表会を終えると、また学生達が去って行く。学生から開放される喜びと、ちょっぴりのさみしさの季節にはいってきました。毎年、発表会終えると、桂林を離れる学生達から毎晩のように宴会、カラオケと引っ張りまわされるんです。酔っ払った口から、泣きながらこれまでの日本人に対する感情を話す学生。愛国教育の中で、日本人に対するこれまでの思いの本音が出るんです。先生と共有の時間を持ててから、本当の日本人が理解できました。先生は、私たちが聞いてた日本人とは違う!って言うんです。こっちは、こっちで、“えっ。そんなことおもってたんか!”自分の“所属チーム国”を考える暇さえなく学生たちの中に、どっぷり入り入ってたのでそういう、本音を聞かされるとおいらが、学生にとて良い日本人であろうがそんなこと、、どーでも良くそれより、反日の根深さに少々げんなり。さて、今年は‥
2004年06月05日
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最近、涼しかった桂林です。曇り空で、ちょっと涼しい日を狙っていました。目的は、華南アートのメッカ愚自楽園。園内の林の中、池の周りに配置された彫刻を見て回るだけで2,3時間。広い園内を回るのは涼しくないとね。ここは、台湾資本で開発され周りの山水世界を生かした中国初のオープン彫刻美術館。たしかアートアドバイザーは日本のM商社に居た台湾人です。学芸員の間でも、最近注目され始めた場所。初めて行ったのは、オープンしたばかりの2年前だった。ただ、だだっ広いだけだったのに久しぶりに行って、ビックリ。作品も充実してきた。日本人作家の作品もチラホラ。ここで、ワークキャンプ張って作品を仕上げたという。情報知っていたら、毎日でも通い詰めたのに。アートと言うだけで、心を擽られる私です。
2004年06月03日
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先週末、外語学部主催、英語.日本語劇コンテストが開催される。日本語劇は日本語でやるんだけどなに言ってるのか、よくわからん。そこんところがおもしろい。なんとなく、日本語っぽいんだ。あ、学生達に失礼ですね。ストーリーも監督も、衣装も、配役もすべて学生。2ヶ月近く準備した成果の発表会でした。美術学部は、卒業制作発表会まで1週間を切った。卒業制作なんにもやってない、学生達がひっきりなしに言い訳にやってきます。どうすんだよ!
2004年06月02日
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