「アジア太平洋戦争」を始めたヒロヒト(裕仁)の戦争責任を決着させて始めて ( 戦後 ) は終わる!! 2025-10-14 はんぺん
呼称については、背景の思想的思惑があるので、いい加減にはできない。
僕が若い頃は、 (太平洋戦争) が、一般的だった。
戦前から戦中は、天皇制絶対主義国家の大日本帝国では、 「大東亜戦争」のみ が使われ、 日本が、遅れた東アジア ( 東亜 ) に平和と繁栄をもたらすという(洗脳)キャンペーン が、狂気の如く繰り返された。
僕の青年期に、太平洋戦争では、ビルマ、タイなどのインドシナでの凄惨な戦争を包含できないということで、 「アジア太平洋戦争」 が、正確だ・・・と。言われてみて、そういう事なんだ・・・と、納得した。
戦前の天皇制復活?を妄想する、右翼思想の持ち主たちは、しつこく「大東亜戦争」を、持ち出そうとしているが、 歴史の真実を見ない ( 暴論 ) としか言いようがない!!
それにしても、こういう議論の中でも、 戦犯ヒロヒト ( 裕仁 ) の戦争責任 は、置き去りにされたままだ!! なんという遅れた日本事情だろうか!
歴史の真実を語るのであれば、 ヒロヒト(裕仁)の戦争責任の問題 は、避けて通れないハズだ。この男が始めた戦争のおかげで、 330 万人の日本人、 2000 万人のアジア民衆が、殺された・・・だけでなく、もっと多くの内外民衆の家庭が壊され、膨大な不幸をもたらせたのだ ・・・
この男の戦争責任は、歴史的にも、きっちり決着をつけておくべきだった・・・ 戦後は、まだ終わっていない・・・・戦犯天皇の問題に言及しない限りは!!!!!
皆さんは、どう思われるか? はんぺん
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先の大戦をどう呼ぶか(序破急) 国際社説担当・村上太輝夫 2025 年 9 月 1 日 朝日新聞
80年前に終わった戦争をどう呼ぶか。
1941年12月の対米英開戦時、ときの政府は、その4年前から始めた 対中国戦を含め 「大東亜戦争」 と名付けた。 敗戦後、占領軍にその使用が禁じられて 「太平洋戦争」 が定着した。
いや、それでは中国を含むアジアの戦線が視野に入らないというので、 「アジア太平洋戦争」 の名が生まれた。副島昭一さん(和歌山大名誉教授)が1984年12月のシンポでの報告で提起したのが最初だという。 世界的規模にして多様な性格を持つ第2次大戦を日本からみれば、アジア太平洋戦争と呼ぶのがふさわしい、 との考えに基づいている。
そんな経緯を知らないまま私自身、記事で使ったことがある。先日お目にかかって不勉強をわびると副島さんは「それだけ定着したということで、私としては満足すべきでしょう」と笑った。
高校の教科書は「 アジア太平洋戦争」か「アジア・太平洋戦争」 を使うものが多い。「歴史総合」で本文や見出し、注釈まで含めると、言及がないのは7社中1社だけだ。
一方、かつての「大東亜戦争」を使おうという議論も学術界にあり、最近の書籍の背表紙にちらほら見える。もちろん、戦争を肯定する考えとは切り離した歴史的名称として扱う趣旨だ。
月刊「中央公論」1961年9月号に哲学者・上山春平の「大東亜戦争の思想史的意義」という有名な論考がある。刺激的な題だが論旨は明快で、上山は 特定の国家利益と結び付く歴史観を示すものとして戦争呼称を整理 した。 「大東亜戦争」は日本を善玉、米英を悪玉とする。逆に「太平洋戦争」は米国側の見方に立つ。ほかに、戦争はしょせん悪玉同士の争いだとみる「帝国主義戦争史観」や、中国の「抗日戦争史観」がある、と。身もふたもない話ではある。
それから60年以上が過ぎた。背後にあった戦争正当化への意図の生々しさが消えたのであれば、「大東亜戦争」と呼ぶ判断は理解できる。
とはいえ時間の経過もよしあしである。 一部の政党が「大東亜戦争」という言葉を使った文書を出すばかりか、その党首が「日本に中国侵略の意図はなかった」などと公言する 。そんな危うい現状は踏まえた方がいいだろう。
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