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カーク船長4761さん
12:00 朝兼昼食:納豆、和布とほわほわ卵のスープ。
午後、散歩に出る。六本木通りを西に下り渋谷の金王八幡宮に参拝する。タイミングよく話題の青い目の神主、ウィルチコ・フローリアンさんの白衣浅葱袴の姿も拝見。宝物殿を見学し境内の日溜まりにて休憩の後、並木橋のスーパーに立寄り、恵比寿より電車にて六本木に帰着。何処も人出多し。
19:00 夕飯:寿司ネタと酢飯を海苔で手巻きしながら日本酒
21:30頃、カーペット上にてうたた寝。
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武田泰淳「F花園十九号」のレジュメ3。
<裸踊り見物に向かう車中での丘と呉とのやりとり>
「だけどいやらしくて馬鹿々々しい人間世界にも美や正義は存在するだろう。そう思わないかね」
「美や正義は存在する。ちょっと目にはそういうように見える。だがそれが誤解なんだ。妄想なんだ。大へんな思い上がりなんだ。美や正義ってものは妄想を楽しむ連中のいい加減なとりきめなんだ」
「あんたなんか絶対平和主義者みたいな顔ですましているけど、案外体内にはそんな妄想の血がドクドク流れているんじゃないかね」
「だけど僕は君みたいに愛人を殺すための妄想なんか持っちゃいないよ。君がどんな強烈な上等な妄想にかられて謝さんを殺したかは知らんが、僕はそんな妄想のお付き合いは御免だよ。殺人までして守りたい妄想なんて、僕にはまるでないからね。殺したり殺されたりしてまで僕は国家や社会主義や恋人を守ろうとは思っていないよ」
ニヒリズム、エゴイズム、或は冷たい自己保存欲をモットーとすると自称するこの日本の美術商はかなり必死に抗弁する。
<引き返そうと言う丘に冬子は>
「あなたの態度なんとなく卑怯みたいよ」「大問題よ。一事が万事」
<裸踊りの描写が呈示するもの>
客たちは少し間のわるそうな表情で、神妙に坐ってる。肉の丸みに包まれた骨、毛の芝生でおおわれた肉を無抵抗で見せつけられている。そのぶざまな裸の動きだけが真実堅固な生物の在り方であり、服に包まれて坐っている自分たちは、しごく不徹底な仮の姿にすがっている。そんな錯覚におびやかされる。そこには何の奇もないまる裸の肉身があるだけである。しかしナターシャが自分の正面に廻ってくると丘は圧迫を感じた。まるで全人類が腰蓑をはずして近々と押し寄せてきた気がする。光線の加減で、こちら向きの女の肉のふくらみやはざまが黒々とした影をあびる。するとまるで全人類が巨大な影に包まれたように感じた。肉の隆起が夕日を浴びた峰の山肌に似て淋しげな赤みを帯びることもあり、肉のきれこみが手ひどい傷口に似て紫色にかわることもある。全人類がそのような太古以来の色彩を、そのままハアハアと息をきらせて踊り、しとどに汗を流している。背も腹も、その内部のとば口までさらけ出してすぐそこにいる。
<桜井言う「へん」が呈示するもの>
「人間の裸ってへんなものね」「なんだかジッと見てたら、死骸が踊っているような気がしてきたわ」
「へんでないものなんかこの世にあるわけないじゃないか」「生きていることそれ自体がへんなんだから」
「…自分がへんであり他人がへんであり、人間世界がへんであることを今さら恥ずかしがったり怕がったりすることは一つもありませんぜ。(中略)人間自身が反省しようが批判しようが懺悔しようが転向しようが、生まれ変わろうが、このへんから逃れることなんかできますかいな。わしはこの大戦争がはじまったそもそも最初のときからそう感じてましたからな」
<脱出決行の朝届いた呉の手紙>
「十月九日、午前二時、謝女士の遺体を水葬に付す。黄浦江上に在って、ひとり啼泣す。同志時を失わんことを怖る。涙を払い、眦を決し、倉皇として帰る。貴兄貴姉、女士の死を憐れみ、永く記念せらるれば幸なり。我また、一死をあますのみ。十九号三楼、すでに血痕をとどめず。我等三名の他、女士の死を知る者なし。乞う、休心せられよ」
<脱出開始時の丘の心理>
「もっともっと」と無理な積み込みを要求する冬子に、丘は同情した。「死ぬ気よ」と、思いつめた言葉を吐く彼女が、薪の量にこだわるのは矛盾である。不徹底である。だが徐州の夫が還れば、彼女は言葉通りに死ぬかもしれない。生きるための燃料と、死ぬための情熱、主婦の配慮と、姦婦の決意。この両者が彼女にとって、二つながらの真実なのだ。その矛盾と不徹底がむき出しのところが丘を安心させる。丘自身の精神状態は、彼女以上に不徹底だ。その矛盾は目下、底知れぬ程度に達している。社会の動きよう一つで、右翼になるか左翼になるか、行き先は不明だった。政治的にどちらにでも転べる男か、それとも抜き難い根が何処かに生えているか、それが第一断定できない。せっかくの敗戦も、この男をそこまで追い詰めてはいなかった。
<小盗児集団(ピセ)の襲撃で正念場に陥った丘に発動する心理が呈示するもの>
彼は好戦的になり、確固たる行動の士となった。この寄せては返す灰色の泡の群れは、単なるピセ以上の何者かであった。このブツブツと歯ごたえのない壁は、彼に密着した。遠慮なく浸みとおり、ムズムズと充満した。何食わぬ顔つきで、彼の細胞の間に、微塵となって座りこんだ。おまけに、この扱いにくい壁は、どうやら本質的に丘自身の心理状態に、あまりにもよく似かよっていた。丘の大車は、彼自身の体内で停止しているかの如くである。彼自身の肉と精神の色を帯びた、この壁を突き破るのは不可能である。絶対不可能と決まったからには、敢えて一撃を加えてやってもいいではないか。脱走! それは何処かへ、巧みに逃げおおせることではない。自分自身の肉の壁、肉の襞を、殴りつけ、ぶっ叩くことだ。
<ラストシーン>
大車は動き出した。前なる薪車は、とっくに橋を越して、傾斜路を駆け下っている。橋を渡って、一町ほど行けばアジア・ホテルである。そこは丘の脱走の第一目標であった。
武田泰淳「F花園十九号」レジュメ(了)