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●読んだ本●「サリーの帰る家」 エリザベス・オハラ著 THE HIRING FAIRもりうちすみこ=訳 さ・え・ら書房【送料無料選択可!】サリーの帰る家 (児童書) / E.オハラ 作 もりうち すみこ 訳価格:1,785円(税込、送料別)■あらすじ■「雇われの市?それって、奴隷と同じじゃない!『アンクルトムの小屋』そのものだわ! そんなもの、行かない。母さん、いやよ!」夢想家の少女が、父の急死で遠い農場にやとわれ働くことに。読書でつちかった洞察力を駆使し現実にたちむかい、思いやりのある一人前の娘に成長するまで。■感想■これはアイルランドが独立する前の19世紀後半の物語だ。家事が嫌いで逃げてばかりいた13歳のサリーが父の死をきっかけに働きに出て逞しく賢く成長していく。電気も車も電話もない時代に家事や家畜の世話をしたり、ささやかな買い物をして楽しんだり3人の子ども達の世話をする様子が生き生きと描かれている。甘えることの出来ない状況で責任を持って自分を抑えて行動せざるを得ない。そうして一人で泣きながら頑張った時、サリーはしっかりと足が地に着いて今までの生活がどれほど恵まれていたのか母や妹をどれほど愛していたのかハッキリと自覚して一気に成長した。失ってからその大切さに気付いたり愛している事に気付いたりするのはよくあるが少女が子ども時代を捨てて一人の女性になる覚悟をする様子が切なくも頼もしい。日常を日々を大切にするようにと思い出させてくれる一冊だ。
December 25, 2011
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昨夜、山形から帰って来ました。月曜日に行った時すでに疲れ果てていて火曜日に動けなくて二泊して来ました。 関山峠へ向かう途中にある特徴的な小山?大岩?です。少し紅葉が始まっていました。 作並温泉の入り口にある桜並木です。 関山峠の途中は薄っすら色付き始めていました。紅葉を楽しむのはもう少し待たねばならないです。 途中眠くて我慢が出来ずに天童の駐車場で仮眠を取りました。ふと空を見上げるとケムトレイルが広がっていました。 雲の合間に見えたケムトレイル。山形にまで。 ほらね、時間が経つとこんな風にもやぁ~と広がって行くんです。普通の飛行機雲じゃない事が解りますよね。 広々とした山形の黄昏です。叔母の年金の手続きをして高血圧で具合が悪い叔母の代わりにお墓を掃除して来ました。実家の冷蔵庫は電気を抜いていますが野菜室には母が作った味噌を入れていました。そのせいか、冷蔵室にはカビがまた発生して垂れ下がっていました(涙)でも疲れ果てて火曜日の日中も動けませんでした。それに自分の考えだけで動いて自分の世話だけして気を使ったりせずに気ままにしていられてとっても気楽でした♪胸が詰まって気分が悪かったのですが眠ったり、草取りをしたり、池の葉っぱ取りをしたり、眠ったり本を読んだりしていたら段々心も体も軽くなり昨日は冷蔵庫掃除も徹底的にやって夜に元気に帰って来れました。いわゆる「命の洗濯」って実感しました(^_^)お母さんでも妻でもなく○○さんちの奥さんでもなく「私」である事の幸せ。実家では働けるのに家に帰ると何にも出来なくなるのは何故でしょうか?前向きに動く気力が失せるのは何故でしょうか?義務になってしまうからでしょうか?人がいるとマイペースで動けなくなるからでしょうか?家の中を整理して楽に生活したいですのに。家の中が整理出来ていないとしょっちゅう物探しをしなければならずとても不快なんです。なのにいざ家に帰って来ると何にもしたくなくなってしまって。さっぱりした所でスッキリ暮らしたいです。のに。
October 23, 2008
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ストーリーも登場人物も好きなイギリスで作られた「テンペスト教授の犯罪分析ノート」シーズン3の#6のラストでテンペスト教授が階段教室で歩きながら講義をしていた。その内容がまさしく私が親に言ってやりたい事ずばりだったので、メモしときます。(読み返す度にあれこれ追加してしまって、 何度も何度も加筆してしまった。 思いはまだまだ整理し切れていないのである。)「ナルシストな親は我が子に対し、 注目と称賛、従順を求める。 そのため精神的な脅迫を執拗に繰り返したり 冷淡な態度を取ったりする。 その子供の多くは 子を持たない大人になる。 親の付属物として育ったため 自分の子供を持ち親離れすることが 受け入れられないからだ。 またナルシストな親は そうした要求を満たす義務を我が子が怠ると 侮辱や激怒、心理的虐待、 または身体的暴力といった反応を示す。」私の母は亡くなる2年くらい前だったか「どうしてあなたは、自分の能力を生かせなかったの?」と私に言ったのだった。「聞いた」ではなく「言った」と書いたのは、母は私の返事を期待して話したのではなく、「この優秀な私の娘のくせに、どうして世間に自慢出来る娘にならなかったのかしら」と愚痴っただけだから。だから私は返事をしなかった。いや、母の機嫌を損なうのが怖くて返事が出来なかったのが本当の所で、長い間に擦り込まれた習慣だった。母が望まない事はしてはならない。そういう母であった。外面の良い母を知っている人達、親族・教え子・職場の人々・知り合い・友人全て外面しか知らないので、私の苦しみも嘆きも孤独感も全く知らないのである。私の前でしか見せなかった顔が沢山あったのである。母は私を侮辱したりこき下ろす時には弟を取り込んで同意させるのだったが、弟は自分に都合の悪い事は消し去るタイプのため私が高校生の時のやり取りは憶えていないのである。ましてや弟が傍若無人な仕切り屋自己中のそう、自分がわがまま三昧の気分屋だった事に気付いた高校2年生までの事はもっと消し去ったのである。大学入学時に家を出て、夏休みに帰った私に「これまでの俺の事は忘れてくれ」と弟は言ったのだった。つまりあれらの日々は何の証拠も無いのである。私の自己欺瞞と言われても反撃する手段がないのである。でも十代二十代の私が強気の人に逆らえなかったり、断れなかったり、流されたり、巻き込まれたりして大変な目に合っていたのは、自己肯定感が低くて自分で自分を守る事が出来なかったからだと思っている。なぜ自己肯定感が低いのかと言うと母が自分を満足させるために私をいたぶったからだと思っている。何をしても褒める事は無く、不足分だけを高圧的に言い続けたし、子供の頃にはしょっちゅう往復ビンタされたし、高校生の時は箒の柄でなぐられた。私からのお願いは必ず条件付きだった。家の掃除をしたら外出しても良い、洗濯をしたら友達に会いに行っても良い、とか。いやいや平日の家事は小学5年から全部私がやっていたのでこれは休日の条件。他に、弟の高校入学時にお小遣いをやる事になり、弟だけにやるわけにいかないので高3になって私もようやく3千円のお小遣いを貰えるようになった、とか。とにかく暖かい愛情を感じた事をあまり憶えていないのだった。これでは母に反則な気がするので、週末にピロシキを買って来てくれたとか、焼き芋を買って来てくれたとか、まあ子供が嫌いな人だったからね・・・。猫も犬も嫌いだった。動物には何も反応しない人だった。あ、だけど退職後に、私の飼っていた平和な性格の猫達に出会って猫は許せるようになったんだよね。晩年はチビタロウという凶暴なトラ猫を溺愛していたなあ。よく本気の猫パンチされて威嚇されてたけど。母は国語の教師だったので、話していても手紙を書いても一々訂正された。赤字で添削した手紙が返送されて来た。はがきまで添削されて送って来た。(夫が雰囲気で適当な単語使いをしたり、 意味を成さない事を発すると ついつい指摘してしまうのは、 母にみっちり教え込まれたからだよね。 ようーーやく最近私も流す事を憶えました!)分からない漢字や意味はすぐに教えてくれた。間違った単語の使い方も注意された。自信がないと母はすぐに辞書を引くので、これは私も良い事を身に付けさせてもらった(*^▽^*)私もすぐに辞書を引いたりスマホで確認してどんどん調べて行く。母は音楽も得意だったので、子供の頃は夕食後によく文部省唱歌を輪唱した。これもしょっちゅう訂正された。口を大きく開けろとか、腹から声を出せとかいつも指導されていた。私は地声が大きいので、合唱コンクールでは前の人が耳をふさいでいたなあ。あれは良かったのかどうなのか。家でも常に指導される事ばっかりだった。母は完璧主義者で、適当な私が許せなかったのよ。その割に母は、嫁いびりをする姑への憎しみを緩和するため毎週少年サンデー・少年マガジン・少女フレンド・少女マーガレットを買って来て読んでいて、何年にも渡って積み上げられた漫画本で床が抜けていたんだよおーー。母の現実逃避の漫画本をついでに読んでいた私は今も漫画を読むし、それは私の娘にまで続いているんだよ。なんじゃこりゃ。私が高1の時に姑と小姑のいる家を出て天童に全額借金の家を建てた父と母は、最大の敵から離れてホッとしたのもつかの間、今度は、母の誇りを満たそうとしない出来の悪い娘に怒り心頭となり、私に関わる事はみんなイライライライラしていたよ。一番大事なのは世間体だと、大人になってからでさえ2度言われたよ。私の気持ちなんて問題にならない訳で、外面がどうかが一番大事な両親だったのよ。私とは全く相いれない両親だったのよ。あの人達は物事を他人の物差しでしか考えられなかったのだろうと思う。自分で正面から向き合って、根掘り葉掘り分解して矯めつ眇めつして己の気持ちを切り刻んで手のひらに載せたりしなかったのよ。死んでも理解し合えない関係のままだったのよ。と言う訳で、テンペスト教授の講義のシーンで余りにもあの状況を的確に言語化していたため震えたのだった。「我が子に対し、 注目と称賛、従順を求める。 そのため精神的な脅迫を執拗に繰り返したり 冷淡な態度を取ったりする。」ブルブルブル・・・・・(´;ω;`)「親の付属物として育ったため」ブルブルブル・・・・・(´;ω;`)「そうした要求を満たす義務を我が子が怠ると 侮辱や激怒、心理的虐待、 または身体的暴力といった反応を示す。」ブルブルブル・・・・・(´;ω;`)そして今更気付いたのだった。「そうか、あの人はナルシストだったんだ」愚直な私は何十年も考え続けてようやく気付いたのだった。だけど私は子供を生み、沢山の失敗をしつつも子育てが出来たのは、小学校入学時まで母の実家で、実直で誠実で寡黙な祖母に育ててもらったからだと思っている。心の温かい、温和で真面目な人だった。このテンペスト教授の言葉を聞いて私はほら見ろと思ったのだった。母「どうしてあなたは、自分の能力を生かせなかったの?」私「あら、お母さんがそうしたんですよ♪」にやりと笑って言ってやりたかった。母は自分が望まない展開が大嫌いですぐ怒るため、私は言葉を控えるのが習い性となっていて、気持ちを飲み込んだのである。言語化するのって大事だよね。こうしてテンペスト教授の講義文を読むと色々と腑に落ちて、長い間考えていた事が無駄なく言葉にされていて実に痛快である。これを当時知っていたら教えてあげたのに。返事を待っていない母に言ってやったのに。「『常に自分が正しい』と思っていた」と語っていた母はさぞかし驚いただろう。でも拒絶するだろうね。いや、思いを伝えると言う点で言えただけでも大成功だったと思うんである。何十年経ってもまだ抜け出せないのよね。でも、母が「ナルシストな親」ってラベリングしたら私の中ですごく整理しやすくなった。ラベリングを嫌うカウンセラーさんもいるけど、私の心の整理整頓のためにはラベリングは大切と思う。これからは「ナルシストな親からの脱却」と文字化して壁に貼って日々を大切に過ごしたいところである。■「テンペスト教授の犯罪分析ノート」概要ケンブリッジ大学法科学犯罪学部のジャスパー・テンペスト教授は、常にゴム手袋をつけている上に、アルコール消毒は当たり前、一切の埃も許さない潔癖症で、人を寄せ付けない独特の雰囲気を持つが、犯人の心理を見抜く鋭い洞察力を持っている天才的な犯罪のスペシャリスト。そんな彼も実は幼い頃に受けたトラウマが原因で強迫神経症を患っていた。ある日、テンペスト教授は、元教え子であり、現在は現役刑事であるリサの強引な依頼を受けて、捜査協力をすることになる・・・ベルギーの人気シリーズを、舞台を英国ケンブリッジに置き換えてリメイクされた本作。ドイツ版、フランス版も誕生し、世界中でドラマ化。「ミステリーinパラダイス」の初代主人公を演じたベン・ミラーが主人公テンペスト教授を演じる。
November 23, 2025
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日本のマスコミでは知り得ないスーダン内戦の実情を、元駐日スーダン大使館特命全権大使のムサ・ムハンマド・オマル・サイード閣下をゲストに、越境3.0の石田和靖さんのチャンネルで話していた。●越境3.0チャンネル 2023年5月13日【スーダン内戦】意味不明のジェッダ停戦協議,その背後に潜むのはアメリカの"スーダン支配計画"のDSの闇■国立国会図書館によれば本国を代表して外交任務を行う資格を持つ外交官のうち、大使館の長として外交使節団の中で最高の席次を有するものを「大使」、これに次ぐ地位にあるものを「公使」と言います。大使とは、外交使節の最上級の階級です。常駐的に外国に派遣される「特命全権大使」を指すのが一般的ですが、臨時的外交使節として大使が外国に派遣される場合もあります。■ウィキペディアによれば特命全権大使(とくめいぜんけんたいし、仏: ambassadeur extraordinaire et plénipotentiaire、英: ambassador extraordinary and plenipotentiary、独: Außerordentlicher und bevollmächtigter Botschafter)は、外交使節団の長で最上級の階級である[1]。接受国の元首に対して派遣され、外交交渉、全権代表としての条約の調印・署名、滞在する自国民の保護などの任務を行う。国際連合などの国際機関の政府代表部に対しても派遣される。
May 15, 2023
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