逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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イヨマンテ ヨイトマケ で検索したら@ Re:イヨマンテとヨイトマケ。(01/13) まさか同じ勘違いする人がいたとは
prisonerNo.6@ Re:へたれていますのね(03/31) chabo48さんへ 四月馬鹿の日はお休みでし…
chabo48 @ へたれていますのね 明日はそれどころじゃないよ! バカの日…
PrisonerNo.6@ Re:2019年の謹賀珍年(01/03) chabo48さんへ おお! おめでとうござい…
chabo48 @ 2019年の謹賀珍年 ぷーりちゃん! おめでとう

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2022.11.18
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よし! と気合を入れて軍手を嵌め、草をむしるためにしゃがんだ俺に、何故かまだそこにいた阿加井さんが、躊躇うように言葉を継いだ。

「もし……もしあの彼岸花の向こうに何かが見えたとしても、決してそちらに行ってはいけません」

「え?」

思いもかけない言葉に驚いて顔を上げると、阿加井さんは既にこちらに背を向けて、母屋に去って行くところだった。

「……」

意味もわからず、見送った背中。揺れる赤につられ、しゃがんだ姿勢で見る彼岸花畑は、まるで夕焼けの空のよう。風に揺れて、海のように果てなくも思える──。だけど俺は知っている。花畑の向こうは、ただの透垣だってこと。隙間から見えるのは遠くの山で、借景のひとつの形式なのかな、と俺は思っている。

そう、山! ごく普通の住宅地なのに、ここのお家のこの透垣の方向だけ、地形の関係で山が見えるんだ。

だからさ、そんなとこに見えるのなんか、鴉か、野良猫くらいじゃないか? 別に珍しくもなんとも……、そんなことを考えながら草むしりに没頭するうちに、謎めいた言葉のこともすっかり忘れてしまった。

「……さん、何でも屋さん」



呼ばれて顔を上げると、そこには母屋に戻ったはずの阿加井さん。

「一日早く客が来てしまってね。これだけきれいにしてもらったら、もういいよ。屋根の落ち葉は、また後日」

「そうなんですか。わかりました」

軽く手を払って立ち上がり、腰を伸ばしながらふと見やると、群れ咲く彼岸花たちが午後の陽射しの中で揺れている。こうして見ると、そう陰気でもない。ただ、葉の無い大きな花だけがたくさん咲いている姿は、まるで異世界の光景のようで、ちょっと不思議な感じがするけれど。

むしった草を袋に詰めているあいだに、阿加井さんはお茶の道具を四阿に運んでいたようだ。

「せっかくだから、何でも屋さんも一服いかがです?」
「いや、でも……こんな格好じゃ……」

誘ってもらえてうれしいけれど、汗かいてるし、軍手だって草の汁と泥まみれだし……。

「手なら、そこの蹲踞で」

指されたほうを見ると、石を刳り貫いて作られた水鉢に、真新しい柄杓が添えてある。きれいなそれを汚れた手で触ることを躊躇していると、阿加井さんが柄杓を取って俺の手を流してくれた。

「ありがとうございます」



恐縮しながら四阿に向かうと、そこには先客があった。一日早く来たというその人は、既に供されていたお茶を手にしながら、軽く会釈してくれた。

「すみません、こんな格好で……」

さらに恐縮してしまう。だってその人はとても威厳のある老婦人だったんだ。九月も下旬だけどまだまだ暑いというのに、きっちりと和服を召している。

ゆったりと微笑んで俺の言葉を受け取ると、茶碗を置いた老婦人はあとはただ黙って静かに彼岸花を眺めていた。

風の音、たまに聞こえる車の音も、鳥の声と大差ない。静かで騒がしい山の中と同じように、いろんな音が風に混じって聞こえてきて、それ故にすべてが遠いような……。



「今年も、会えないようですわね」

ただ確認するためだけに、発した言葉。

「そうですか」

立てたお茶を、俺に渡してくれながら、事務的に応える阿加井さん。

「冷たいわね」

「私は期待しておりませんのでね」

淡々としたやり取りのあと、二人はまた沈黙する。会えないって、他の招待客のことかな、と思あたけれど、なんとなく違うような気がした。

他に会話はなく、彼らはただ彼岸花を眺めている──いや、その向こうの透垣の、さらにその向こうを見ているんだろうか? 

静かな時間が過ぎる。時折交わされる二人の会話は、言葉だけだと友好的とはいえないけれど、刺々しいわけではなく、いたたまれない雰囲気とかそういうのではない。何となく、この場を辞すための言葉を見つけられず、この人たちは何か同じものを待っているのかもしれないと、ぼんやりとそんなことを思った。

透垣の向こうは、遠くに霞む山。雲の影か、今はその半分が暗く沈み、その半分がくっきりとした輪郭を見せている。空が高くて、眩しくて──。

「え……」

知らず、俺は声を漏らしていた。

「父さん?」

俺が中学生の時に死んだはずの父が、生前の姿のまま彼岸花の波の向こうに立っている。



まだもう少し、つづく……。





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Last updated  2022.11.18 06:03:18
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