逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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2023.09.06
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お腹痛くなったりしないかとか、気にしてたみたいだし、と考えながら俺は続ける。

「──きっと、伯父さんが何もしなくても、薄のあの子の力は、子供の真久部さんの身体にゆっくり馴染んでいったんじゃないかなぁ……」

あの世とこの世のあいだみたいな、不思議な世界のことだから、俺にだって確かなことは言えないけれど……とか思いながら顔を上げると。

「……」

真久部さんが驚いたみたいに俺を見ている。

「え……何ですか? 俺、何か変なこと言いました?」

「何でも屋さんは、伯父とは逆のことを言うんだね」

「そ、そうなんですか?」



「そんなことはないと思いますよ」

無意識に声が出てたらしい。真久部さんは首を振る。

「伯父は、一度目の昏睡であの子に会えなかったのは、あの子が僕に会おうとしなかったからだと思っていたようです」

「え……」

「もちろん悪意ではなく、さよならを言うのが寂しいから……そして、あの子のほうから『さよなら』を言ってもらうのが、黄泉竈食の約束事をほどく一番の鍵だと考えていたようです」

「……それも、わかるような気がします」

嫌いでないのに、さよならする。それは、俺もしたことのある選択。心の中の何かを、断ち切る決意が必要で、あの時の俺はなんとかそれができたけど……俺はまだ良い。だって、離婚したって娘には会えるし、元妻は快く会わせてくれる。

彼女にだって吐きたい弱音も沢山あっただろうに、元妻は俺の弱さに寄り添ってくれた──それは、彼女が大人だったから。そして、俺も大人だった。お互いにとって、どうするのが一番いいか、理解し、納得することくらいはできた。

「きっと伯父さんは、ヨモツヘグイは、|子《・》|供《・》|に《・》|と《・》|っ《・》|て《・》重すぎる約束事だと考えたんだと思うんです。俺もそう思う……ただ会わない、距離を置くだけでは、|寂《・》|し《・》|い《・》|子《・》|供《・》の心が納得できず、引き摺ってしまうのではないかと、そんなふうに。
だから伯父さんが心配するのも無理はないとは思います。約束事としての、契約の解除が必要だと。だけど──」

俺は考えながら言葉を足していった。



「……」

目を伏せて、真久部さんは膝の上に置いた手を見つめている。

「でも、そんなこと、当時の伯父さんにはわからないわけで……結果を見てやっとわかる、っていうたぐいの事柄というか。甥っ子の真久部さんの、楽しくいっしょに遊んだ話を聞いても、|子供《甥っ子》にはその危うさがわからないから、自分が何とかしてやらないと、って必死になっていたのかも」

ほら、行方不明になってた真久部さんを探してるとき、地元の人が言ってたっていうじゃないですか、と俺は続ける。

「“知らずの茅場”には、薄の神様がいるって。それは片目の神様で、子供をさらって薄にしてしまうって。普通はそんなのただの御伽噺か、モッタイナイおばけレベルの戒めだと思うものだけど、伯父さんの場合は、ほら、その、普通とは違う視点があるせいで、どうしても深刻に受け止めざるを得ないというか──」



「普通とは違う視点、ですか」

呟くように、真久部さん。

「はい。知ってるからこそ、怖い、とか思うことあるじゃないですか。山で熊に出会う→襲われる、とか。ガスが漏れる→爆発する、とか。密室でストーブが不完全燃焼→一酸化炭素中毒になる、とか。熊が獰猛だとか、充満したガスは静電気でも爆発するとか、一酸化炭素の恐ろしさとかを知らなければ、何も怖くない、そもそも何が怖いのかすらわからない。でも、知ってたら?」

「……そうだね。子供は知らなくても、大人なら知っていて、危険を取り除こうとするでしょうね」

「俺、|普《・》|通《・》|の《・》例えしか出来ないけど……伯父さんは、そんな感じで頑張ったんじゃないかなぁ、と。甥っ子の命が掛かってると思って必死になったんでしょう。だって、ヨモツヘグイって、やっぱり怖いじゃないですか」

どんな漢字を使うのか知らないけど、何か怖そうな字面に違いないと思ってる。

「真久部さんだって、古道具を扱うときの約束事を守ってるでしょ? そういうのちゃんとしてないと、こんなお店だって無事にやっていられないって、前に言ってたじゃないですか。俺、|こ《・》|っ《・》|ち《・》|系《・》|の《・》|仕《・》|事《・》|は《・》いつも真久部さんの言う通りにしてるけど、もし、俺が約束を守らず、そのせいでおかしなことになったりしたら、焦るでしょ? なんとかしなきゃ! って」

真久部さんはかすかに微笑んだ。



つづく……。





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最終更新日  2023.09.06 06:11:11
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