逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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2023.10.03
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「そう……そうだね。目の前のまやかしにやられて、赤信号なのに車の前に飛び出そうとしてたら、止めるだろうね」

「……」

なんか、例えがリアルで怖い。俺、慈恩堂の仕事は、絶対真久部さんに指示されたとおりの約束事、守るんだ……。

「だけど、助けられてすぐの眠りにあの子が会いに来てくれなかったのは、どうしてなのかなぁ」

ちょっとビビってる俺に、いつもみたいに笑ってみせるけど、その目には傷ついた、小さな寂しさが滲んでいる。

「何でも屋さんの言い方を借りるなら、僕の夢にあの子が繋がれなかったのは、どうしてなんだろう………数日目覚めなかったと、あの子は知っていたようなのに」

今でも時々、思い出すとついああでもない、こうでもないと考え込んでしまうんだよ、と真久部さんは困ったように笑う。

「僕が女の子じゃなかったから、がっかりしたのかな、なんて、当時はうじうじしたものです。伯父はあの子が僕に『さよなら』を言いたくなかったから、と言うけど……。夢だから会えるというなら、いつでも夢に会いに来てくれれば、いっしょに遊べるのに何で? といじけたりね。──それは危ないことだと、もうわかってはいるけれど」

生きている人間が、違う世界の存在と長くふれあうのは、良いことではないといつも真久部さんは言うし、俺だってなんとなく知っている。



「誘拐されて怖い思いはしたけれど、あの子に保護されて楽しく遊んで……せっかく楽しかったのに、お互い性別を勘違いしていたって知って……僕はあの子が男の子でもよかったけど、あの子は本当に唖然としてたから──がっかりしたんだろうなぁ、と思うと、子供心にもね、傷つくものがありました」

「──なら、真久部さんのほうが拒否してたんじゃないかなぁ」

ふ、と俺は声に出していた。

「え?」

「あ、その」

何だ俺、何も考えずにこんなこと……えーっと。

「あの、ほら! 真久部さんだって子供だったじゃないですか。他愛ない遊びに夢中になるような年頃の。一緒に遊んでた子から『え? 男の子だったの?』って、それが単に驚いただけにしても、急に遠ざけられたら、何で? と思うし、あ、それはちょうどご両親に呼ばれて目を覚ましたせいだけど、うーん、つまり、子供だから、納得できなくて腹を立てるっていうか」

とっちらかった説明なのに、真久部さんは虚を衝かれたような顔をしている。

「ま、真久部さん?」

見開いた眼は俺を見ているようで、見ていない。

「そうか……腹を立てて……怒っていたのか、僕は──」



「女の子みたい、とはよく言われていたし、慣れてはいたけれど──あの子は、みたい、じゃなくて本当に僕が女の子だと思い込んでいた……他の誰にそう思われてもどうでもよかったけど、あのときの僕は、何だかとても悔しくて──、そう、確かに僕は腹を立てていたよ」

顔を上げて、苦笑して見せる。僕だってあの子のこと、ちょっと年上の女の子だと思っていたから、お互いさまなのにね、と。

「何でも屋さんのお蔭で、やっと腑に落ちたというか……納得できたよ。どうしてあの子が最初、夢に現れてくれなかったのか。僕のほうがあの子を拒否していたせいだったんだね。うん──それですっきりしたよ。伯父の『さよならを言いたくなかったから』説よりも、ずっと素直ですっきりしてる」

長年の心の痞えが取れたような表情、だけどそこには、かすかな寂しさが過っていく。

「伯父の飲ませてくれた水は、確かに効果があったんだろうね。無理強いをしなかったあの子の力を届けやすくしたか、それとも、僕の心身をこちらに繋ぎ止めることによって、反動を狙ったか──」



「振り向いて、さよならを……けじめををつけることによって、相手にもそれを願う──もとより、僕はあの饅頭をひと口しか食べなかったから、連れて行かれることはないと伯父は踏んでいたんだろうねぇ。最悪、熱を出すくらいで……それでも、|相《・》|手《・》の気分次第でどうにでも転ぶ可能性は無くもないから、繋がりを断ち切りたかったんでしょう」

二十歳まで生きられないとかね、なんてさらっと続けるから、俺は無言になった。──伯父さん、色んな可能性を思い当たるだけに、小さな甥っ子が心配で心配でたまらなかったんだろうな、と思う。

「大人になってから、あの水は何だったのかと伯父にたずねたことがあるんですよ。伯父は<力水>だとか言ってましたが、詳しくは教えてくれませんでした」




あと三話です。いつの間にか十月。驚くよ十月。ああ、十月よ、何故おまえは十月なのか──! などと、意味不明の供述をしており……。





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最終更新日  2023.10.03 06:07:52
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