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May 26, 2006
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本稿は「松山観光コンベンション協会」の依頼で行った講演の資料である。
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【道後に残る条里制の跡】
~水利・水運 そして湯築城の防備を担う~

道後の道・水路
 湯築城の西側では東西方向に平行に走る。→ 条里制の跡(道後平野に多く残る)

条里制
 古代における土地区画制度。碁盤の目状に、1辺1町(約109m)の方形区画を坪と称して土地を区分し、6坪×6坪で1里と称する。その施行開始時期は、班田制の施行と連携するものと考え、西暦645年の大化改新のころとする説があるが、未だよくわかっていない。 土地に残る条里制の痕跡を単に条里、または条里地割と呼ぶことがある。また条里に沿う水路などを条里溝ということもある。

【広辞苑】
 日本古代の耕地の区画法。おおむね郡ごとに、耕地を6町(約654メートル)間隔で縦横に区切り、6町間隔の列を条、6町平方の一区画を里と呼び、1里はさらに1町間隔で縦横に区切って合計36の坪とし、何国何郡何条何里何坪と呼ぶことで地点の指示を明確にし、かつ耕地の形をととのえた。

【フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】 から抜粋
 条里制は、日本において、古代から中世後期にかけて行われた土地区画(管理)制度である。ある範囲の土地を約109m間隔で直角に交わる平行線により正方形に区分するという特徴があり、現在も北海道と沖縄を除く日本各地に条里制の遺構が残っている。

条里制の成立過程

 しかし、考古学の研究成果によれば、条里制が全国的に広く展開し始めたのは古くても奈良時代中期であり、飛鳥時代又は奈良時代初期に開始したと見られる班田収授との関連が重視されなくなっている。
 奈良時代中期に顕著に見られた現象は、墾田永年私財法の施行で盛んとなった富豪や有力寺社による農地開発(墾田)であった。このことから、条里制は富豪や有力寺社を中心とした民間部門による農地開発に伴って成立した、とする説が非常に有力である。
 奈良時代前期に、班田収授に伴って条里制が布かれたのは、おそらく奈良盆地や大阪平野など一部の地域に限られたのだろうと考えられている。
 条里制の施行を示す文献は残存しておらず、地面に残るものだけが唯一の史料であることから、条里制の成立を解明するには、まだ多くの障壁が存している。

条里遺構の見つけ方
 条里遺構を見つけるには、いくつかの方法がある。 まず一般的なのが地図を用いる方法である。
 例えば、「これは!」と思う土地の国土地理院発行2万5千分の1地図に約109mごとに線を引いた透過紙などを重ね合わせる方法。約109mごと引いた線に道路や水路・あぜ道などがある程度重なっていれば、条里遺構である蓋然性が高いと言える。
 地図上で確認した後は、現地を歩いて確認したい。
 現地の道路や水路を見て、完全な直線であれば最近できた地割りであると考えるべきだろう。微妙に曲がっていたり、今では全く意味のない道路や水路や空き地が認められれば条里遺構である可能性が非常に高まる。ほぼ条里遺構であると考えてもよいだろう。

主な条里遺構
* 近畿地方
   * 奈良盆地一帯
   * 大阪平野一帯

   * 近江平野南部(草津~彦根にかけて)
   * 近江平野東部(米原~木之本にかけて)
* 中国地方
   * 岡山県旭川下流域
  * 津山盆地

  * 防府市付近
  * 山口盆地一帯
* 四国地方
  * 讃岐平野一帯
  * 今治市付近・・・・・・国府があった所だから当然?
  * 道後平野一帯・・・・作ったのは誰? 時期は? (その他は省略)





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Last updated  May 26, 2006 12:24:06 PM
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