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おはようございますこの先数日間、余りよろしくない天気が続くとか。お出かけしたい予定は沢山あるのに、天気が邪魔をするなんて、面白くないです。まあ、お着物着てお出かけ、を諦めればいいんでしょうけど、それが諦めきれないのです。昨夜の食事は、バーベキュウでした。焼肉と言った方が正しいかもしれませんが、ホットプレートで肉と野菜を焼いて、たれを付けて食べたのです。じいじとばあばの分は始めに焼き、それぞれの取り皿によそっておきます。子供達は誰も帰っていなかったので、プレートの上ではパパと私の分を焼いていきます。「おかしい、食欲が湧かない」お肉の焼ける臭いや、じゅうじゅうという音がしても、楽しくありません「静か過ぎる」そう、子供達による争奪戦が無いのです。「あっ、ここに置いた俺の肉が無いっ」「俺じゃない。それに、ここに置いたのは俺だっ」「新しく焼こうよ。これは俺のだから手を出すなよ」この騒ぎがあってこそ、楽しいバーベキュウ。パパとふたりでゆっくり味わうのを喜んだのは、間違いでした。9時頃に一人で食べていたぴぃちゃんに、「寂しくなかった」と聞いたら、「腹が減ってたから気にならなかったけど、パパにそう言われたら、ちょっと寂しくなった」と言っていました。やっぱり、賑やかな会話が一番の御馳走なのですね。
2010.09.30
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秋晴れの素晴らしい朝です。こんな日こそお出かけ日和でも、今週は2日置きぐらいに予定が入っているので、今日は大人しくしています。昨日、区役所へ行ったと御報告しましたが、じつは、そこでとんでもない拾い物をしてきてしまったのです。話の確信に入るまでに、まず、予備知識を読んでください。私達が通った学校には、『清明寮』という寮から通う子達がいました。こういうと、「どんなハイソな学校なんだ」と思われる方がほとんどだと思いますが、実際は、何らかの事情で親が育てられない子たちの施設です。大概は、幼稚園から中学まで、親がお金を出せば、高校までいられる場所です。「転校生が来る」というと、大概が、『寮生』でした。その寮は、今でもあります。最近は、改革されたのか、見かけだけでは寮生かどうかはわかりませんが、私達が通っていた時には、雰囲気だけで寮生だとわかりました。どこかが違うのです。親元から離れて暮らす、という環境がそうさせるのでしょうか。さて、ここからが本題です。昨日、区役所で、まあくんのサッカー仲間に会いました。「おばさん、お久しぶりです」と声を掛けられ、名乗られてから、ああ、あの子だ、と思い出しました。H君は、寮生でした。「体を悪くなさったって聞いたんですが、もういいんですか」「う~ん、元気ってわけではないけど、ここへ来るぐらいは出来るようになって、今日もその関係の手続きをしに来たの」「まあくんは」「電話番号、教えてあげるよ」「いえ、今、働いていないんで、携帯無いんです」「じゃ、私がしてあげる」もちろん、まあくんは仕事中でした。「1分だけ付き合って」と言い、H君に代わると、楽しそうに、嬉しそうに話しています。切ってからも、ニコニコしているので、つい、色々話し込んでしまいました。その勢いで、「ぴぃちゃんの会社なら雇ってくれるかも」と言ってあげちゃったのです。そのぴぃちゃんは、お休みで、部屋の模様替えをしています。連絡をしましたが、お昼時で食事中らしく、携帯には出なかったので、自宅にしようとしたら、「自分で行って、彼に直接聞いてみます」と言うので、その方が話が早いか、と了解しました。私が買い物をして帰宅しても、H君はまだいて、ぴぃちゃんとしゃべっています。「どうだった」と聞くと、「明日、面接してもらえることになりました」と喜んでいます。よかった、よかった。ところが、H君が帰った後に、ぴぃちゃんに怒られたのです。「あいつ、口先だけなんだからね。おまけに、俺に携帯買って、とか馬鹿なこと言うし」うっ、そう言えば、まあくんもH君のことを、付き合うにはメンドクサイ奴と評価していました。「俺、暫らくの間、あいつの送り迎えだよ」と、怒っています。H君は、人がやってくれることを当てにし、「うん」というまで押し捲る、という一面もあるとか。そう聞くと、私の不用意な一言でぴぃちゃんに災難が降りかかってしまったのが、申し訳ないやら、気まずいやら。で、まあくんに電話して、色々と聞いてみました。判った事は、・彼の後見人の『親』とは、血のつながりが無い事・暫らく関東の親元で暮らしていたのにうまくいかず、結局友人の多いここへ戻ってきた事・とはいえ、仕事もなしで暫らくは公園で野宿していたら、やはりサッカー仲間に出会い、 現在の苦境を訴えた事・その話を聞いたK君は、やはりサッカー仲間のT君に相談し、解決策が、 「あいつの家には離れがあるから、ひょっとしたら置いてくれるかも」・目をつけられた『あいつ』ことまあくんは、 「今、母親が病気だし、俺自身も実家には住んでいないから無理」 と断った事。そうかぁ、H君が何で私が体調を崩しているか知っているんだろう、という謎がそこで解けました。そして、H君が最後の頼みの綱として、生活保護について相談に来た区役所で私に出会ってしまった・・・、つまり、H君は、いずれ我が家に来る運命だった、という事なのでしょう。幸い、住家は市の施設に入居できたとか。ぴぃちゃんは、H君が我が家に付く前に、昼休みで私と連絡を取ったまあくんにも仕事の斡旋を頼まれ、断りきれずに引き受けてくれたようです。まあくんも、「あいつは悪い奴じゃないけど、深い付き合いをしたい奴じゃない」と言いながら、友人を見捨てる事が出来ず、K君とT君に連絡して、「もし、弟があいつに手を焼くようになったら、相談に乗ってやってくれ」と頼んでおいてくれました。「私がH君と話をしようか」と、まあくんとぴぃちゃんに言ったら、「言い出したのはママでも、引き受けたのは俺だから、口出し無用。いざとなったら、兄貴に相談する(まあくんは、俺が何とかすると)」と、言われました。ぴぃちゃんの職場には、H君と同じような経歴の持ち主がわんさといて、非行経験が無いのはぴぃちゃんぐらいなものらしいのです。だから、H君のためにはいい職場だと思ったのも、彼にぴぃちゃんを訪ねるように言った理由の一つです。多くの人が、そこで改心し、真面目に働いているのです。ぴぃちゃんには、「直ぐに信頼できる職場の先輩に今回のいきさつを話して、あんたの手に余るようなら先輩に相談できるように根回ししておきなね」と、助言しておくしかありませんでした。昨日、まあくんとぴぃちゃんから聞いた話を考え合わせると、集団で寮生活を送っていたH君には、普通の家庭で当然身に付く事、というのが欠如しています。平気でわがままを通してしまう事、金銭感覚が無い事、等など。家庭環境で仕方なく施設を利用せざるを得ない、というのも判りますが、どんな状況でも子供を手元で育てられる環境があれば・・・。私達の同窓生が、それらを子供の頃から感じる位置にいるのは、息子達を含め、まあくんのサッカー仲間が証明しています。彼らも、H君とは付かず離れずを保っているようなので・・・。ぜひ、国会議員さんに視察に来て、現状を真面目に考えていただきたい、と思うのです。そして、将来H君が、「あの時、仲間に助けられて良かった」と思うようになってくれることを祈っています。まあくん達サッカー仲間、ぴぃちゃんのためにも・・・。
2010.09.29
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今日は、明け方凄い雨音で何度か起こされてしまいました。それでも、なぜか気力は充実していて、というか、朝からじいじの機嫌が悪かったので、早々に家出を決めて、どうしても着物を着ていこうと頑張りました。でも、お出かけの先は、区役所。着物を着ている私を見て、「出かけるの?」と聞いたぴぃちゃんに、「うん、区役所行ってくる」というと、飽きれた顔をされました。欝の医療費を1割負担にしてもらえるので、その更新です。とっても有り難い制度です。リウマチにも適応して欲しいのですが、リウマチ患者は多くて、そんな事をするとお国が潰れるから出来ないんだとか。リウマチのお薬って高いのにぃ~さて、一愚痴りしたので、今日の置物です。 気楽に着られるデザインが好きです。これなら、Tシャツ姿の中で悪目立ちしないよなぁ、って感じたのです。色々な帯にも合うし、着心地も抜群です。今日の帯は、博多織の半幅帯。黄緑ばかりでぼやけるので、アクセントに赤の帯締めをしました。この着物で、『フランス絵画展』へ行きたいと計画しています。今日のカメラも携帯です。画像が悪くてごめんなさい。
2010.09.28
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おはようございますすっかり寒いです。秋晴れの一日ですが、風がうなっています。昨日は、一日体が重く、ゴロゴロしていたのでネタなしです。で、いつものように子供達の切り売りです。我が家の息子達は、とん以外、幼稚園から高校まで同じ所へ通いました。そこ以外行けなかったという事情もありますが・・・。高校ともなると、自分が教えてもらう先生以外は、「顔は知っているけど・・・」ぐらいの認識しかないのですが、それでも兄弟で通っていると、そうもいかないようで・・・。うっくんが通い始めたのは、ぴぃちゃんが卒業して1年後まあくんの担任、ぴぃちゃんの担任ともに転勤していたので、うっくんの素性がばれることは無い、と思っていました。ところが、体育教員室は違ったのです。まあくんと同じくサッカー部に所属したうっくんは、新米の講師の先生に、「まっちゃん」(苗字からついたまあくんのあだ名です)と声を掛けられ、驚いたとか。「どうしてそう呼ぶんですか」と聞いたところ、「兄貴にそっくりだから、すぐにわかった」というお返事が。その新米講師は、まあくんの尊敬する偉大な先輩だったのです。おまけに、サッカー大好きで、サッカーを続けるために体育教師を目指した、という立派な子(私的には、長男の先輩でしかないので、先生という感覚が無いのです)とうぜん、サッカー部副顧問です。「やりにくい」と呻いていました。それで終わりかというと、もう一人いて、「まっちゃんは元気か」と質問する先生が。即座に一番上の兄貴だと察したうっくは、「元気です。広島で働いています」と答えたとか。この先生は、うっくんには何の関係もなく、名前すらよく知らない先生だとかで、まあくんに電話して確認していました。やはり、顔でわかったらしいのです。うっくんさえこんななのですから、同時に通っていたまあくんとぴぃちゃんは、もっと色々ありました。「おまえ、よくもあの先生の授業で寝てたな。俺なんか、恐くてその気にもならないぞ」と、お説教を食らうぴぃちゃん。まあくんの担任の先生の授業中、居眠りしたのがその日のうちにばれたのです。「俺の授業で寝るなんて、お前の弟はいい根性している」と、嫌味たっぷり言われたとか。ぴぃちゃんが午後の授業をサボって友達の家で遊んでいたのがばれたのは、ぴぃちゃんと同じクラスのサッカー部員が、「おなかがいたいって、早退しましたよ」と、まあくんに言いつけたからです。よくよく聞くと、複数人でさぼったらしく、早く担任に『体調が・・・』と言った生徒は疑われず、言いつけた子がその気になったときには、「あやしい」と感づいた先生に阻止され、その腹いせで言いつけたらしいのですが、そんな事とは知らないまあくんが、「あいつ、大丈夫」と私に連絡してきたのです。当のぴぃちゃんは、何事も無かったように定時に帰ってきて、ぺろりとご飯を平らげた後。「何それ」「腹痛で早退したって聞いた」ほ~、いい根性してるじゃないかそれとなく、「今日、どこ行ってたの」と聞くと、「どうしてそれを・・・」「情報網は完璧です」しぶしぶ白状し、「親の金で行かせて貰っている学校をサボるとは、どういう了見してるんだ」というお説教を長々と聴かされ、まあくんにまで、「俺は本気で心配したのに」と怒られ・・・。その後、彼の行動は改められました。そう考えると、周囲の目の恐さ、温かさに気が付く事が出来た3人は、幸せ者なのでしょう。『悪いことをすれば、いずれはばれる』という事を、身を持って知ったのですから。
2010.09.27
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おはようございます朝から寒くて起きてしまいました。秋深し、を実感です。昨日、病院へパパに連れて行ってもらったと御報告しましたが、その前にちょっとごたごたがあったんです。事の始まりは、金曜日に職場のリクレーションへ車で出かけたことからです。そのまま飲み会へ流れ込んだ御一行様は、車は職場の駐車場へ置き、バスや徒歩で御帰宅しました。帰って来たパパは、ご機嫌でした。お風呂に入りながら、「今日、病院に行きそびれちゃった」金曜日は雨も降っていたし、肌寒かったし、体調もイマイチだったので、一人で行くつもりだった病院へ行かなかったのです。「それじゃあ、明日連れて行ってあげるよ」と言ってくれたので、喜んで「お願いします」と言ったのですが・・・。お風呂から一足先に出たパパは、一階のソファに寝転んでいました。私は、そこでぴぃちゃん相手にお説教をしなければいけなくて、「あんた、もうちょっと視野を広くしないと、他人と暮らして行けないよ」とんの些細なくせがぴぃちゃんの気に障り、私に何とかしてくれ、という話の続きです。「いい、他人と暮らすには、見て見ぬ振りって言うのも必要なんだからね」暗に、じいじを意識して言っているのは、子供達も承知です。「それは、逃げてるだけじゃん。戦って勝つのも必要だ」確かに、それも一理。でも、相手によりけりだというのも、年齢を重ねた私はわかっています。「若いって、いいわねぇ」とつぶやいた時、ソファでひっくり返っているパパが目に入りました。私は、アルコールが全くダメなので、酔ったパパと一緒に寝ただけで、翌日二日酔いに悩まされるほどなのです。その時も、書斎で寝ようと母屋からの脱出の途中だったので、「これ、頼むから」と、パパを指差すと、ぴぃちゃんは、「見て見ぬ振りをしよう」「戦えっ、戦うんだっ、若者だろ」一緒に居たとんと、三人、大笑いでした。で、話は昨日になります。朝10時に母屋に戻った私は、パパがいないのに気が付きました。「おかしい。病院へ連れて行ってくれる話はどうなったんだ」携帯を鳴らすと、「今、職場。車を取りに来たから」「じゃ、病院へ連れて行ってもらえるんだよね」「えっ・・・、病院昨日、行ったんじゃないの」「行きそびれたって言ったら、今日連れて行ってくれるって言った」「そ・・・、そうじゃあ、すぐ帰るから」最近のパパは、飲むとこんな感じです。だから、怒る気にもならないのですが、昨夜、子供達にどのぐらい迷惑をかけたのかが気になりましたそして、昨夜は子供達のサッカーを通じてお仲間になった方たちとの飲み会ここは、飲める人の集団なので、出かけたパパがどんな状態で帰ってくるのか、その時まで判りません。宴会場所は、幸い徒歩1分。帰宅の足の心配が無いのが、唯一の救い思ったよりも早い時間、9時に帰って来たパパは、前夜の反省か、余り飲んでいないようです。さっそくお風呂に入ろうと下へ行くと、帰って来たばかりのぴぃちゃんが、ご飯を食べようとしていました。「昨日、面倒かけた」パパを指差しながら聞くと、「あんまり。風邪ひくから、ベッドで寝なよ、って言っただけ」ということは、やはり、子供達のお世話になったということです。「それで、自分で2階へ行ったんだよな」と、パパ。「えっ・・・」言葉を失うぴぃちゃん。「パパ、覚えてないの。私を病院へ連れて行ってくれるって約束も忘れてたんだから」「そっ・・・、それは、同じじゃん」これも、じいじを意識した言葉です。「違う俺は自分でベッドへ行った」と言い張るパパ。私とぴぃちゃんは、疑わしげな視線を交わし、「心配だ・・・」と言い合いました。20年後のパパは、どうなっているのでしょう毎晩の晩酌だけはして欲しくないんだけど・・・。ああ、20年も先のことを心配しても仕方ない、するなら自分の明日を心配しよう。
2010.09.26
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こんにちはもう、夕方に近い時間ですね。最近は日暮れが早くて、おまけに真夏から真秋へと、突然の気温変化。寒さが余計に身に染みます今朝は、心療内科に行ってきました。昨日行くつもりだったのですが行きそびれてしまい、今日行かなければお薬がなくなってしまうので、行かざるを得なかったのです。昨日はパパが忙しかったのですが、今日は一緒に行ってくれましたまあ、それもあって、昨日行かなかったのですが・・・。相変わらず、心療内科の待合室は苦手です。パパにぴったりと寄り添って、手を繋いでもらって、何とかしのぎました。いい年した夫婦が、新婚さんでもしないような密着状態周囲の人の目が好奇心に輝いていました。パパは、そういうことに無頓着の人なので、居眠りしていました。先生にこの間の発作の話をしたら、「よかったですね」とおっしゃっていただきました。感情を爆発させる、涙を流す事は大切な事、とも。あの爆発からパパとのコミュニケーションもうまくいっています我慢ばかりが美徳ではない、と実感です
2010.09.25
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雨ですねぇ。今日、ゴルフを予定していたパパは、ボーリングに変更のようです。今からうっくんを最寄り駅まで送っていき、一度帰宅して昼食を食べてからお出かけだそうです。うっくんは、オーストラリアへ残された私は、愛読書のロマンス小説を持って、書斎にああ、何たる違いでも、昨日はお出かけしたんですよブログを更新している間、なぜか頭が重くなり、そのままベッドへ・・・。ちょうど廊下にいたうっくんに「頭痛がするから寝るって、パパに言っといて」と言っているうちにパパが来て、「せっかく、パパとお出かけしようと思ったのにっ。頭痛なんて最低っ」と言うと、「じゃ、行こうか」と言ってくれたのです。そのとたん、頭痛は吹っ飛び「うっくん、私は元気になったから、行って来る」久々のお出かけだから、着物を着てお洒落しようとしたら、「それだけは止めた方がいい。雨が降っているから」なるほど、気が付かないうちに雨になっていました。仕方ないので洋服を着替え、出発急に決めたので、行く当てもなかったのですが、出かけるのも遅かったので、以前うっくんと行った『花鳥園』へ行きました。着物じゃないから、コッコちゃんのフン害も気にしなくていいし。では、写真集です。デジカメは、うっくんに貸してしまった後なので、携帯写真。画像の悪さは許してください 南国の鳥たちは、色彩鮮やか・とりどりで美しいです。 でも、餌を持たない者には見向きもしません ラピラリとかいうお魚が、古い角質を食べてくれると聞いて、チャレンジ皮膚がふやければ食べやすくなって効果有とか。パパにバードショウを見に行っておいでよ、と送り出し、私は美容に励みました。日頃のお手入れのお陰か、手には余り来ないのですが、足には、うじゃうじゃと群がっています。30分くらい浸かっていました。あ、足が太く見えるのは、水中だから・光線の具合で・・・、と思い込んでいるので、皆さんもそういう目で見てください。くれぐれも、ヒールソックスの痕が、なんて思わないでっ、お願いっ思わず楽しい一日を体験しましたパパにありがとうです。
2010.09.24
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おはようございます今日は曇りひょっとしたらもうじき降り出すかなあ、という感じです。10日ほど前、うっくんが学校から電話をしてきました。「フェレット、飼っていい」動物飼育系の学校に行っているうっくんは、もちろん、動物大好き学校の飼育動物では飽き足らず、自宅にもペットが欲しい、と以前から言っていました。「私ひとりに聞かれても、返事の仕様が無い」と電話を切りましたが、パパには話しておきました。帰って来たうっくんは元気が無く、「パパにダメって言われた」と言っていましたが、1時間後、「飼ってもいいって。兄弟からも了解を取ったから、後はじいじだけいいって言わせればいいんだ」と、嬉しそうです「餌代とかは、どうするの?」「それは、俺が釘を刺した。金貸せなんていったら、首を絞めるって言ってある」と、ぴぃちゃん。「俺の部屋に置くから、とんに一番迷惑かかるかも」「それは、嫌だけど・・・。でも、パパもぴぃ兄もいいって言ったのに、俺がダメって言ったら、俺だけ悪者じゃん」結局、じいじ以外の家族全員、ペットは好きな方なので、多少の犠牲は我慢できるのです。残されたじいじの承諾も、『2階から下へは降ろさない』と条件付でOKに。ところが、それから話が進展しないのです。フェレットは、うっくんの学校の先生が、「里親募集中」と言う事なのですが、その先生に会う機会が無いのだとか。始めは他人事だった私なのですが、最近、愛玩動物がいればもう少し気持ちが落ち着くのでは・・・、と思い始めていたので、フェレットの到着を心待ちにするようになって来ました。ここ数日の気持ちの揺れから、ますます、「ペットが欲しい、でも、一人では責任を負いかねる」という思いに拍車が掛かります。そうなると、うっくんと協力してフェレットを飼うのは、理想的な解決案です。来年度になれば、うっくんは研修旅行が多くなり、その間の世話は誰かがしなければいけないし、うっくんがいる時には任せっぱなしでもいいのです。幸い、奴らは夜行性で、昼間はほとんど寝ているらしいし、適当に遊んであげれば、ケージに入れておいても心配の無い飼い易い動物だとか。ますます、理想的そこで、昨日は、「フェレットを共同で飼おう」と提案し、うっくんをせっついて、フェレット獲得に向けて下調べをしました。ゲージの値段と大きさ、餌の値段等など。どちらも思ったよりも費用がかかりません。そこで、うっくんに学校へ電話してもらい、「里親募集中」の先生と話をしてもらいました。虚勢済みかどうか。これは、体臭や繁殖期行動に大きな問題なのです。全てクリア済みだとか。そして、フェレットは4匹、里親候補は一人だとも教えてくれたとか。「いっそ、4匹引き取ってくれない」と泣き付かれたとか。どちらにしても、うっくんはあさってから9日間オーストラリア研修です。昨日、トランクを宅配業者が取りに来たのですが、のんびりやのうっくんは、前日の夜11時30分に、手馴れたとんの助けを得て、トランクの鍵をかけ終わりました。そして、明日、オーストラリアに向けて出発です。フェレットは、その後だから、少なくとも半月後。なんなら2匹ぐらい、とも思いましたが、そこはパパに「ダメ」と言われてしまいました。でも可愛がる対象ができる事が楽しみです。早くこないかなぁ
2010.09.23
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青空ですでも、明日は雲が出るとか。明日がお月見の日だそうですから、今日、堪能しておきましょう。実は、昨日、朝からパニック発作に見舞われました。前夜から精神が不安定でしたが、そんな時でも起きて直ぐに発作になることはまず無いのに・・・。原因は、『パパとのコミュニケーション不足』私は、ほとんどの日を一人で過ごすか、子供達と話をするか、変化のない生活を送っています。時々、パパとゆっくり過ごしたい、と思っても、『兼業主夫』のパパは、『まだ忙しい』おまけに秋祭りも近くなり、夜のお出かけも多くなっています。私と過ごすのは、入浴時の20分と、睡眠薬を飲んで意識不明で寝ている間だけ。そんな日々に嫌気が差し、前夜から何とかパパの気持ちをこちらに向けようと頑張ったものの、「ふふん」と言うだけで、睡眠薬を飲んでいる私よりも先に寝てしまいました。で、昨日、目が覚めると同時に前夜の屈辱感が蘇り、「パパの顔が見たい」と、リビングに内線すると、「まだ、飯食ってる」めんどくさそうに答えるのです。「じゃ、食べ終わってからでいいよ」そのぐらいの譲歩は当たり前でしょう。ところが、何分待っても来ないのです。ようやく来たと思ったら、まだ、ベッドの中にいた私に、「何だ、まだ寝てたのか」とだけ言って、出て行ってしまったのです。24時間前、ここでナイトと評した男は、あっという間に豚を囲い柵の中に追い込む農場主に変身していたのです。発作の沸騰点に限りなく近づいた私は、喚く、暴れると大騒ぎをしました。ようやく顔を出したパパは、「全く」口癖のこの一言、おまけに蔑みの目で私を見るのです。とうとう、沸点を超えた私のパニックは、もっと喚き、もっと暴れるという行為に。次に顔を出したパパは、「いいかげんにしろ、俺は午前中、出かける用事があるんだっ」と言い放ち、私の愚行はとどまる所を知らず・・・。怒り狂ってまたやってきたパパを無理やりベッドの隅に座らせ、後から抱きついて、「いいこういう時には、言い方ってもんがあるでしょう。普通、こういう状態の人間を見たら、『ごめんね、ゆっくりしたいのはやまやまだけど、午前中はどうしても出かけないといけないんだ』って言って、ぽっぺにチュッとでもすれば、大人しくなるもんなのよっ」と、言ってやる事で溜飲を下げました。そこでパパは、「じゃ、行って来るね」と笑顔を作って言いましたが、ほっぺにチュッ、はしませんでした。「きぃ~っ」起き抜けに、また、睡眠薬のお世話になるはめに。こんな無茶な飲み方をしたら、後々響く事はわかっていましたが、このパニック発作から救ってくれるのは、眠りしかありません。いつもなら安定剤を使うのですが、そんなものでは寝られないと判っていました。お陰で、4時間ぐっすり眠り、次にパパが顔を出した13時には、朦朧としながらも気持ちも落ち着いていました。ベッドに寝転んだパパに、「こういう時は、こうするの」と、パパの体を横向きにし、腕を私に回させ、また、うとうとと夢の世界へ・・・。それにしても、プリンセス直々にナイトの教育をしなければならないなんて、屈辱です。でも、ちょっぴりワガママだったかなあ、でも、私が兼業主婦だった頃、夫婦の関係だって手を抜いた覚えはないぞ、とも思うsatomamaでした。
2010.09.21
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おはようございます、にしては遅い時間ですね。今朝は、ベッドから出るのが苦痛で、遅くまでごろごろしていました。一杯のコーヒーで、どうにか目覚めました。昨日の夕方、4時30分ぐらいでしょうか。母屋からうっくんとじいじが言い合う声が聞こえてきました。「そんなに大声を出すな。じいじの声で、ママが発作を起こすんだっ」「何だとっ、どうして、そう決め付けるんだっ」というような声が聞こえます。その後は、ボリュームが下がったので、会話自体は聞き取れませんでしたが、うっくんが、私のために戦っていてくれているのはわかりました。いつもだったら、それだけでひどいパニック発作を起こすのですが、幸い、昨日は逆上せの症状があったので、少し前に安定剤を飲んでありまして、発作は短時間で済みました。夕食に呼ばれ、食卓に顔を出すと、「聞こえていた」と、うっくんが聞きます。「うん、ママのために戦ってくれてありがとう」と、言うと、とんが、「おれは、それを笑ってみていた」と、茶化します。感情表現の仕方が下手なとんは、うっくんのように直接じいじと会話をするのを避けています。その方が争いにならないと、経験済みだからです。「でも、一番ヒートアップした時には、止めなきゃ、とは思った」その、『一番ヒートアップした時』が、私が聞いた会話だったようです。「その後、あのじいさま逆切れしてさぁ、ぶん殴ってやろうかと思った」とんなりに、ふたりの間に交わされる会話を観察し、いざという時には自分が割って入ろう、と思っていたようです。そして、彼なりに私をかばってくれたのです。世間の皆さんに、「うちは、男の子が4人」というと、大概の人は、「うわぁ、大変だねぇ」と言います。ある意味、大変です。今の時代、知恵をつけて世の中に出してあげなければならないし、それには金銭的な問題が付き物です。特に、我が家のように「自分がやりたい道を進みなさい」などと言って上の二人を好きな道に進めた場合、後のふたりも同じようにしなければ、という事に今更ながら苦しんでいる家庭には、お金は付いて回ります。それでも、そういう信念で育てた子供達が、皆、母親の気持ちを汲み取り、苦労を感じ、いざと言う時に世の中と戦ってくれる・・・。お金ではない幸せを、身を持って感じます。私は、5人の騎士に守られたプリンセス(大分老けてはいるけれど)です。こんな幸せを手に入れている幸せ者は私だけ、なんて、本気で考えています。
2010.09.19
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おはようございますすっかり涼しくなって、夜エアコン要らずになりました。風も湿気が無くて、一番いい季節になってきたようです先日、パパがパソコンをいじりながらニヤニヤしていました。その理由が、これ 某携帯会社のキャラクターです。首の辺りをなでなですると、3歩歩いて一言コメント、を3回繰り返します。しゃべるストラップよりも何倍も大きいためか、一言コメントも多様です。歩く姿は、かわゆいです。ポイントが溜まっていたので引き換えたとか。落ち込んだ時の気晴らしにこんなにいい物はないのでは、と思っています
2010.09.18
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おはようございます今日は、綺麗な青空の上に、心地よい気温。ようやく過ごしやすい日になってきました。昨日は、天気もイマイチ、肌寒ささえ感じ、頭が重くてため息をついていました。そこへ、ぴぃちゃんの小・中時代のサッカー仲間のお母さんから、「遊びに来ない」と、連絡がほいほいと出かけましたリーダーシップがあり、明るくおしゃべりな彼女は、考え方も私に似ていて、話すのに苦になりません夕方から仕事が入っている、ということで、3時間ほど話してきましたが、昔話や現在の話まで、あれこれと話しました。実は、遭うのは8年ぶりぐらい。暫らく前に、ぴぃちゃんから、仕事帰りに寄ったコンビニで仕事中の彼女に会い、「あれ」と声を掛けられ、「お母さん、元気」と聞かれた弾みに、「欝とか、リウマチとか言ってます」と、正直に話してしまった・・・、と報告があり、それから頻繁に電話をくれるようになったのです。彼女は、困っている友人に手を差し伸べるタイプの人ですから、お互いにそれを当たり前だと思っています。誤解の無いように付け加えますが、『お互いに』というのは、彼女は私のことを本気で心配してくれていて、我が家の家族の誰に会っても、「お母さん、元気」と聞いてくれていましたし、私も、彼女の事を思い出しては、「彼女なら、今の私になんて声を掛けてくれるだろう」と、彼女の優しさと率直な意見を聞いてみたい、と願った事がある、という意味です。お互いに忙しく、8年ものブランクがありましたが、それを感じさせない楽しいおしゃべりが出来ました。「また、サッカー仲間で集まろうね」などという遊びの企画も立てした。実現するといいなぁ
2010.09.17
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おはようございます関東地方は大雨だとか。当地は、くもりもうじき晴れるかも、という雲行きです。さて、我が家の4男うっくんが、来週の木曜日からオーストラリアへ研修旅行に行きます。とん以外の兄弟は、羨ましがっています。9日間の予定で、ホームスティとホテル泊。動物園めぐりをして、コアラなどにも接する機会があるようです。9日間でどれぐらいの経験が身に付くのか、は疑問です。この研修に我が家が支払った金額と見合った成果を身に付けて来てくれるのだろうかまず、英会話能力からして無理でしょう。でも、うっくんには、別の勉強もしてもらいたいのです。『言葉の通じない相手と同居する心細さ』4年前のとんの気持ちが少しでもわかってもらいたい。双子のように育ったとんに、うっくんは尊敬という感情を持っていません。まあ、当たり前かもしれませんが、とんがした経験がどれだけ過酷だったのかを考えると、それではいけないとも思うのです。3月に卒業旅行で香港に行ったぴぃちゃんが、「おまえ、すごいなぁ」と、とんに言っていました。「友達と一緒でも、言葉の通じない異国は怖かった」ツアー旅行でも、自由時間というのがあって、その間の不安はかなりだったようです。「よく、3年も暮らしてたよなぁ」「慣れれば、どうってことはなくなるから」と、とんは言っていましたが、慣れるまでに1年近くかかっているはずです。スティ先に恵まれたのも良かったのでしょうが、4年前のとんと今のとんを比べると、成長は明らかです。うっくんには、なぜとんがこれほど成長したのかを肌で感じて欲しいのです。我が家で一人暮らしを経験せずに成人式を迎えるのはうっくんだけです。そういう目で見ると、彼はまだ子供です。9日間で、お兄ちゃんたちが経験した数年間を身につけるなんて無理なのは承知ですが、少しでも感じてくれたらなぁ、特に、とんの苦労を・・・。と思うのです。
2010.09.16
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涼しい朝です昨夜もエアコンなしで寝られたし、本格的に秋になったと思ってもいいのでしょうか今日は、昨日の反省に立って、気分もいい1日になりそうです。幸せの数を数えて、気持ちをハイにしようかと。・パパが、優しい これが一番の幸せ。あの両親から生まれたとは考えられない。 「パパって、橋の下で拾われたんじゃないの?」 これは、我が家では褒め言葉です。・子供達も優しい 私が育てたにしては、出来がいい。 先日、どうしようもない欝に陥り、涙をぽろぽろ流しながら、 「パパが帰ってこないけど、私お風呂に入って寝たいの」 「えっ、大丈夫なの?」 「大丈夫じゃないから、お風呂場の前でトランプでもしていてくれない?」 私がシャワーを浴びているうちに帰って来たパパが目撃したのは、 お風呂場前の廊下で、マンガ本片手におしゃべりをしている、ぴぃちゃんとうっくんでした。・自分の時間を持てるようになった これは、大きな変化です。 今までは、仕事と家事で、自分の時間はあっても細切れの時間でした。 今は、全ての時間が私のものです。 自由な時間に自由に行動できる、4十何年間で始めての経験をしています。・自分の部屋まで持っている 自分だけの空間。 誰にも、何にも邪魔されず、だらしのない格好をしても気にする相手もいず、 ただ、ストリップをするには、隣御近所から丸見えなのが残念。 それは、冬、窓を閉め切った時のお楽しみにしましょう。・たくさんの友人に囲まれている 本当に、ありがたいのです。 「今日、ランチしない?」 と今から声を掛けても付き合ってくれる友人が複数いる、 なんて、すっごく、幸せ。 皆、こんな我侭おばさんに付き合ってくれてありがとう!!!数え上げればキリのない幸せがいっぱいです。不幸せや、失敗をいつまでも嘆いている時間はありません「失敗しない人間なんていないんだから、その時は潔く謝って、できるだけの対処をして、それを補えばいい」接客業の基本。人生なんて、接客業みたいなものです。
2010.09.15
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おはようございます。今日は、最悪です。昨日のブログの反省。自分で金銭管理が出来ないのに、他人頼み。こんな間抜けの本なんて、誰も買ってくれないよ、と頭の片隅が言っています。落ち込みの原因は、他にもあったはずなんですが、今は、他に浮かびません。私は、恵まれすぎているのでしょう。パパや、子供達の愛情に。そして、それに頼り切っているこの現状も。多くの友人、こうしてブログを読んで下さる方々。私のことを心配し、気遣って下さる方も大勢います。だから、自分の我侭もわからない。昨日、金策へ出かける時のパパの笑顔が忘れられません。笑ってくれた、それだけで、ほっとした気持ちも。今日は、長い一日になりそうです。その時間を有効に使って、自分自身を見つめなおし、また、元気な私に戻ります。
2010.09.14
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おはようございます今は、心地よい風が吹き込み、秋近し、と思われるのですが、昨夜の蒸し暑さには参りました体力も減退していますが、気力もなくなりつつあります。自分で招いた事とはいえ・・・。今、パパは、私の横で銀行の通帳を眺めてため息をついています。今日中に25万円かき集めなければならないのです。私のために・・・。「まあ、satomamaさん、また、着物買ったのっ」とご批判されるのでしょうが、違うのです。それは、昨年末、まだ寒い頃のお話です。私の著書、『つめたくて、やさしくて』 文芸社 刊が、この9月に契約が切れるのですが、「その延長を、もっといい条件でしませんか」という、お誘いを戴いたのです。本当に良い条件です。始めは、乗り気でなかった私も、2・3日考え、「いいんじゃないかな」と思い始めました。パパに相談すると、「良い話なのはわかるけど、金がない」そうなのです。アマチュアの本は、金が物を言うのです。「ああ、やっぱり」本の契約は今年の9月まで。でも、電子図書の契約は、もう1年あります。そう考えて、本は諦めよう、と思ったのですが、契約日ぎりぎりになって、パパが、「いいよ」と言ってくれたのです。50万の契約金を、2月と8月に半分づつで支払い、という契約に落ち着きました。「あれっ」と、思った方、間違いではありません。8月25日に2回目の支払期限だったのです。どきどきしながら待っていても、催促の手紙が来ませんでした。「ひょっとして、2月に50万、払ってくれたのかしらん」ここが、お呑気・お気楽な私らしいところ。25日は無事に過ぎ、支払いのことは忘れていました。ところが、先週、現れたのです。『晩夏の幽霊』のごとく、一枚の紙切れが・・・体中が暑くなったり、寒くなったり、パニックの障害が出そうになったり、治まったり。どんな霊現象よりも恐ろしい、現金現象ようやく、大きなため息と何冊もの通帳とともに、パパが出掛けて行きましたその顔を見ていたら、私も頭が重くなり出しました。これは、自業自得、というものです。真剣なお願いです。正真正銘、広告です『つめたくて、やさしくて』 伊本聡葉 著 文芸社 刊 1470円 楽天ブックスにて発売中または、『文芸社ホームページ』『Boon-gate』『つめたくて、やさしくて』それが面倒な方は、『伊本聡葉』検索 『文芸社 Boon-gate』 こちらは、500円と割安で、電子化するときに手を加えて有りますので、私的にはお勧めですどうぞ、買ってぇ~切実な現金問題に遭遇して、お呑気・お気楽母さんをしている場合ではないのでした。
2010.09.13
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おはようございます台風一過からこっち、すっかり秋の気配が漂ってきています。とともに、私の無駄遣いで、家計にも秋風が・・・、いえ、季節先取りで、吹雪かも知れません。そこで、無駄削減に車の保険を見直しました。早速『我が家のお車おまかせ店』へ電話して、「保険料の見直ししてください」とお願いし、夕方には、書類にサインしていました。さて、ここからが本日のメインです。『おまかせ店』のT君は、私の冗談に付き合ってくれません顔をこわばらせ、聞こえなかったふりをするのです。そういう経験は、T君以外にもたくさんあります。最近悟ったのは、『私のユーモア感覚を理解してくれる人は少ない』ということです。う~ん、確かに、一歩間違えるとブラック系でも、実家もこういう家だった、ということは、私は、『筋金入りのブラックユーモアの持ち主』と言う事でしょう。パパと子供達は、私に慣れていますから、彼らも『ブラックユーモア』の持ち主にさせられたのでしょう。妻・母親の毒牙にかかって・・・。そこで、ふと疑問が。「ねぇ、ひょっとして、運良く子供達が嫁貰って、私がこういうこと言ったら、嫁に、『あんたのお母さんとは絶好よッ。あんな侮辱されたわっ』って言われるのかなぁ」パパは、即答でした。「うん」ああ、やっぱりそこで、子供達にリサーチしました。「将来、ひょっとしてあんた達が嫁を貰ったら、私と話しをさせたい」3人全員が、「必要だったら」そうかぁ、やっぱり、進んで会話させようとは思わないのかぁ。私の夢は、『夏休み、どこかの避暑地で4人の子供・4人の嫁・16人の孫とくつろぐ、グランパとグランマ』その実現は、どうなるのだろうそれは、まだ見ぬ嫁より先に、ぴぃちゃんに拒否されました。「想像しただけでめんどくせぇ」26人の大移動は、マイクロバスだと言うのです。「現地集合に決まってるじゃん」「それなら、尚更めんどくせぇ」それでも、話が進むうちに、「それはそれで面白いかも。俺は、兄貴達の子供をいじめるんだ。親への積年の恨みを子供に返すぞ」とか、「おれは、それを笑ってみていよう」とか、「おいおい、その気になってる場合か。現実問題はどこ行った」とか。かれこれ1時間、その話題でしゃべりまくりました。やはり、我が家の『ブラックユーモア』健在の証拠。パパも笑いながらその会話を聞いていて、止めようともしないのですから。どうか、子供達が、こういう家庭が大好きになってくれる女性と巡り合えます様に・・・。お呑気・お気楽グランマ、気長に待っています
2010.09.11
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おはようございます今日は、大分涼しくなりましたこんな日が長く続くといいなぁさてさて、昨日、保険会社から電話がありました。以前資料請求した大手の保険会社です。「暫らく前に資料請求をしていただいた時にお話させていただいた、〇〇ですが」暫らくといっても、かなり前では少なくとも、1年半はたっているぞ。それでも、こちらから電話をした事は明らかですので、お相手をしなければならなくなりました「それで、考えていただきましたか」1年半もあるんだから、考えて結論も出しているに決まっているっ「実は、持病で思ったような保険には入れませんでした。がん保険のみだったらというので、お断りさせていただきました」「そうでしたか」おっと、次の手はわかっている。「そのころ、お宅では持病のある方対象の保険はありませんでしたよね。その直ぐ後から出たんですよね。それで、また、資料を戴いたんですけど、私の病気のリスクと、そちらの保険金との大きさを考えたら入らない方がいいと決めました」「あの頃はヘルニアだと伺っていたのですが」ピンポン。私は、首と腰にヘルニアも持っています。「はい、あの頃は。今はですねぇ・・・」ここで、間を持たせるのが面白かった「欝」その一言で、相手の口調が変わりました。「あははは・・・」と、空々しい笑い声。「それにリウマチです」ますます、笑い声に気が抜けていきます。「そういうわけで」と言いかけたのに、「いやあ、失礼しました」がちゃんふっふっふっ、私の勝ち最もしつこい保険会社の本部でも諦めるなんて、な~んて便利なお病気でしょう幸い、しっかり者のパパが、かなり以前(だから、1日入院なんかは対象外けど)に家族型保険に入ってくれているから、いざという時には、何とかなるのです。もし、次の機会があれば、「私は欝でリウマチ、主人は脳溢血の心配があり薬を服用中(かなり大げさだけど、嘘ではない)。良い保険、ありますか」と聞いてみよう、と考えていますお呑気・お気楽母さん、今日も小さな楽しみを物色中です
2010.09.10
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今日は、朝から雨の予報。久々の雨で一息つけます。畑や花壇には、恵みの雨です。これで、野菜の高騰が納まるとバンザイなんですが・・・。ちょっと前から振り出しましたが、降り始めの頃、雷音が・・・。今から塾に行くとんは、バスで出かけることにしたようです。ここら辺は、適度に都会・適度に田舎という土地なので、バスの便も時間により、良かったり悪かったり・・・。この時間は最悪の時間なので、バスの時間待ちに私のところへ来て、あれこれとしゃべっていました。今、ようやく「行って来ます」と言いに来て、出かけていくところです。もう1ヶ月もすれば20歳という息子が、暇さえあれば母親と話をする、というのは、良い事なのでしょう。特に、とんは昔はパパっ子で、パパとふざけたりはしても、私には、私からおいで、と言わなければ遠くから「抱っこして欲しいんだけどなぁ」という顔でこちらを見ているような子でした。機会があれば、私に甘えたがり、5年生の頃まで手を繋いでくれたものですが、それも私の顔色を伺っていた節があります。早くから親元を離れてしまったので、「とんとは一生分かり合えないのかなぁ」と残念でしたが、帰国後は、一皮剥けた感じで、私の顔色なんてお構いなしにしゃべる、しゃべる。こうなると、人間勝手なもので、「わかった、わかったからもう勘弁してくれ~」状態です。それでも、そんな数分が嬉しいsatomamaでした。
2010.09.08
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おふぁようごしゃいます・・・打ち間違いじゃないんです。私が、今口を開くとこういう言葉になるのです。数ヶ月前に、歯医者との絶縁宣言をしましたが、また、お世話になっています虫歯自体は進んでいないようですが、沁みるのです。冷たいもの、甘いもの、とにかく美味しいものを「ひぇ~」と言いながら食べるのは辛いです。昨日は1本神経を抜きました。夕方だったので、夕食までに麻酔が抜けず、しかし、中途半端に効いている状態で、「痺れるよぉ、痛いよぉ」と、夕食は食べられませんでした。それでも痛み止めは飲みたいから、シャワー後に痛みが和らいだちょっとの間に、根性でご飯を飲み込み、お薬を飲みましたところが、その後が問題発生。痛み止めと同時に飲んだ神経系の薬は、4時間置いてから出ないと次が飲めないのです。20時30分に飲んだから、就寝前の薬は、少なくとも0時30分と言う事になるのです。痛みは気持ち楽になったものの、別の苦悩の始まりです。頭は重いし、体はだるいし、このまま寝てしまおうか、と思ったのが22時。「あれ、とんがまだ帰っていないぞ」と気が付き、どうしたものかと悩んでいたら、「ばたんっ、ただいまっ」と、毎度の暴徒の襲来で、和らいでいた痛みがぶり返し、「頼む、私は歯が痛くて頭痛もする。悪いが一人にしといてくれ」と、息も絶え絶えに訴え、「静かに閉めて行くように」と命令し、とんのおしゃべりから逃れましたそれは良かったのですが、歯は良くないしばし痛みで眠気も覚め、0時に、「30分ぐらいだったらいいだろう」と決意して、精神系の薬と睡眠薬を飲んで、バタン、グ~今朝も、少し痛みます。鎮痛剤を飲むべきか、悩んでいますただでさえ薬漬けの毎日の上、この前の血液検査で肝臓の数値が危険区域へ上がっていたので、必要以上に飲みたくないのです。肝臓の疲れで苦しむのは、もう嫌なのです。あんなに苦しい思いは、絶対にしたくない散々な思いをしてまでの時間厳守もそのためなのです。ああ、痛い・・・、でも・・・、を繰り返し、時間が過ぎるのを待っている今朝のsatomamaです。
2010.09.07
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風は秋らしくなりましたね。それでも、お日様はギラギラしてます。なかなか涼しくならないですねぇ。今日の予想気温も、33度9月に汗疹って・・・、あんまりです。私は、軽いアトピーも持っているので、直ぐに汗疹が出来るのです。大体は肘の内側、首周り、下着のゴム辺り。ここらへんは、毎年です。ところが、今年は思わぬところにも腰回りに大きな赤い斑点が・・・。それが、醜いのなんのって、見るのも嫌ってぐらいなんです。プロポーションが良いとは言えないまでも、どうにか腰らしきものがあるのですが、その直ぐ下のお腹周りには、4回も出たり引っ込んだりした後がはっきりくっきり。そこに汗疹が出来たのです。汗疹の奴は、その妊娠線を上手に避けて、赤い痕を付けています。その結果、醜い線が浮き彫りになって、『うげぇ』という結果に。見たくなくても、きちんと見て薬を塗り塗り。2・3日で治るのですが、はたと気が付くと、また、醜い後が・・・薬を塗って退治して、また、赤くなって、の繰り返しです。痒くて掻き毟り、余計に赤みが増します。益々醜くなる汗疹に、今日も薬を塗っています
2010.09.06
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おはようございます昨日は、愚痴愚痴と書き連ねてしまいました。で、今日は明るい話題を・・・、と考え、恒例の親馬鹿です。子供が沢山いると、面白い事も沢山あります。今日は、学校偏をお届けします。1年だけですが、4人とも小学校に通っていた時がありました。まあくんが6年、ぴぃちゃんは5年、とんは2年でうっくんは1年。こうなると、知らない先生の方が少ないぐらい。元・誰それの担任とか、部活の担当とか。その点では、私にも恩恵が合ったりして。さて、面白話 です・とんが1年の時、音楽会のオープニングの小劇のメンバーに選ばれました。 ステージに出た瞬間、5年と4年の席から、「あいつの弟だ」と声が上がったとか。・とんが6年になると、児童会に配属されました。 朝礼の時に壇上で挨拶するのも仕事の一つ。 うっくんが眠気をこらえて立っていると、朝礼台の上にとんの姿が。 「あいつ、何したんだっ」と、眠気も吹っ飛んだとか・その反対は、とんが中3、うっくんが中2の時。 うっくんが「挨拶標語」で賞を貰い、朝会で表彰された時、とんは心地よい眠りについていて、 「お前の弟、凄いな」と、朝会後に友人に教えられたとか。・我が家の1・3男は、朝起きが気にらならい、2・4は朝が苦手。 同じ中学に通うのに、家を出る時間は全く違うのです。 2・4男は「どうして兄貴と来ないんだっ」と、遅刻するたびに叱られたとか。・うっくんが小3の時の担任の先生は、前年ぴぃちゃんの担任だった先生。 三者面談の時の話題は、中学生になったぴぃちゃんとその仲間のお話。 「どうして、僕の面談なのに、僕の話はしなかったのっ」と怒るうっくんに、 「それだけ、あんたは文句のないいい子だから」と誤魔化しました。・うっくんが中1の時、「怖い」で有名な先生がいまして、その先生は、生徒の怖いという思いを何とかしようと、自分の授業を1時間潰して「怖い」と言われる元となった事件の経過説明をしたとか。 まあくんの担任もした事がある先生なので、うっくんも聞いていた話もあったとか。 で、説明を終えた先生は、うっくんに向かって、「いいか、兄貴にもちゃんと説明しといて くれ」と頼んだとか。次は、私の失敗・うっくんの『中学校進学説明会』の日、しっかりと忘れていた私は、帰って来たうっくんに、「今日 は言わなくてごめんなさい」と言われました。 「何を」「説明会があること」あ~っ 次の日、中学校へ行って学務科の先生に謝りますと、 「いやぁ、誰か来てないっていうから調べたら、お宅だってわかったもので、じゃあいいだ ろうって事になったんです」 4人目だから、って理由だそうで・・・。思い出しただけでもこれだけ有ります。当時はもっと笑ったのでしょう。私が『男の子4人の母親だ』と始めて知った人は、必ず、「大変ですねぇ」と仰います。いえいえ、面白いことが沢山です。学校関係だけでもこれだけ有るのですから、家庭生活まで入れれば、盛りだくさんです。お金がかかってその面では『大変』ですが、お金に変えられない楽しみ・苦しみはもっと大切に心の中に残っています子沢山、バンザイ
2010.09.05
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こんばんわまた、夜の更新になってしまいました。今日は、午前中にカウンセリングに行ってきたので、午後は、寝ていました。今回の昼寝は、カウンセリングの疲れというより、今週の御乱交の疲れからでしょう。今日のカウンセリングでは、先日のじいじの事故のことをお話しさせていただきました。あの日以来、じいじの影を見ただけで、軽い欝症状が出るからです。事故の当日、うっくん曰く、「あのくそ爺には、愛想が尽きた」と言うほどの態度の悪さで現場検証を受けたらしく、そんな話を聞いた私に影響が・・・。うっくんは、動物相手の仕事を志しているだけあって、我が家一温厚な性格なのです。その彼が、あんなに怒ったのは始めて見た、と言っても過言ではありません。おまけに、本人が懲りていず、だれが聞いてもこちらに非があるのにも関わらず、「100パーセントあっちが悪い」と豪語し、今でも代車に乗り続けているという、はた迷惑な状況になっています。そんなこんなが、私の繊細な神経に障るのだろう、と結論付け、「最近はいかがですか」という先生のお言葉に、「実は・・・」とお話した次第です。「何とか免許を取り上げる名案はありませんか」と縋る思いで尋ねましたが、「お宅のおじいちゃんにはありません」というお答えが・・・。決して、先生が無能な訳ではありません。実は、先生のお父様も我が家のじいじと同じような性格だったらしく、その経験上、上のお言葉になったわけです。おまけに、私ともパパもそのお言葉に、「やっぱり」と納得してしまいまして、説得の一番の材料は、「保険屋の結果待ち」と言う事に。〇対〇でどちらがどう悪かったか、で押し切るしかないだろう、と。「それでも無理かもしれませんよねぇ」と、先生。私達も、「はい」としか言えません。それ程、我が家のじいじの『我が道を行く』は、強力なのです。私達が出来る事は、『この車危険』というステッカーを貼る事ぐらいでしょうか・・・。どなたか、このような経験をお持ちでしたら、是非、お知恵を拝借したいです。ああ、他人様にだけは被害が及びませんように・・・。
2010.09.04
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もうじき、お昼です今日は、何の用事もないので、ここ数日の疲れを取ろうとゆっくりと寝ていました。いつもと変わりない仰るとおりです昨夜、まあくんと長電話をしました。広島で働くまあくんは、その前に2年兵庫の西宮にもいたので、日本語がめちゃくちゃで、会話していても面白い言い回しをします。遠州弁に関西弁、広島弁が交じり合っています。先日のじいじの事故がどうなったのか気にして電話をくれたのですが、ちょうどご飯時だったので、折り返しこちらから電話しました。まあくんは、長男です。私の人生を振り返ると、一番育てにくかったのがまあくんでした。まあ、初めての育児ということもあったのでしょうが、彼は気が小さいので、やたらと愚図るのでした。でも、弟達を育ててくれたのはまあくんです。私は、実質的なミルクやオムツの世話をしただけ。教育してくれたのは、まあくんです。下の子達も、それをわかっていてくれます。一番上の兄貴が我がまま放題、自分達に使い走りさせ、やりたくもないゲームにつき合わされ、と文句も言いますが、今の自分があるのも4人兄弟で育ったからだとわかっていますし、今の我が家の状態でも、「お前が長男なんだから、こっちに帰ってきて責任を持て」などと言って自分達が楽をしよう、とも思っていません。まあくんの背中を見ながら、「ああ、こういう事か」と、良くも悪くも人生経験をしています。そのまあくんは、「俺が長男なのに、弟達にあの母親とあのじいじの面倒を見させている」という負い目があるのです。「皆が協力して頑張っているのに、俺だけが一人で好きな事をしている」と。思わず、「そんなことはないよ。あんたがそうやって一人で頑張っているから、弟達も自分も頑張ろうって思えるんだから、今は、あんたがそこで一生懸命に仕事をするのが弟達へのお手本になるんだからね」と言ってあげました。「下の子達だって、それがわかっているから、あんたに帰れとかずるいなんて言わないでしょう。自分達がまあ兄のお陰で大きくなったのが判ったいるからだよ」と、泣き虫のまあくんは泣いてしまいました。「そういってもらって嬉しい」と・・・。「こっちで頑張って、弟達に笑われないようにするよ」私の自慢の息子達です。私は、幸せ者です。超親ばか日記ですみません
2010.09.03
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おはようございますっまだ、暑いのかなぁ・・・、と思わせる日差しです。案外、外の方が涼しいかも。さてさて、昨日、行ってまいりました行きは新幹線で30分、帰りは在来線で1時間15分の旅。行き先は、『假屋崎省吾と久保田一竹・佐波理 展』假屋崎省吾先生は、あの、華道家の超有名先生。草月流の方で、私が師範の資格を取ったのも草月流。絶対に生で先生の作品を見てみたい、と思っていたら、ありましたっ、私一人でも行ける場所での展示会。早速前売り券を買って、1日・2日は先生のトークショウも有ると知ったら、もちろん、1・2のどちらかで、それなら早い方の1日で、というわけです。さて、まずはいでたちから。 やっぱりへたくそな着付け・・・でも、品は良い品なのです。そして、月2万の借金の一部。しかし、この効果はありましたっ展示会場内で、目だったのです。普段は余り目立ちたくないのですが、今回は目立ってよかった呉服屋のNさんお勧めの『久保田一竹辻が花』のコーナーで作品に見入っていた所、「あの」と、声を掛けられ振り向くと・・・、恰幅が良く、凛とした佇まいの初老の方が・・・。「もしや」と伺えば、「息子です」と仰るではありませんかっ数回に分けて、少しづつお話させていただきました。気に入った作品の解説までしていただいて、感動~です。「よろしければ、ぜひ、河口湖の当美術館へお越し下さい」とも言って頂いちゃって・・・。機会があれば、いいえ、機会を作って必ず行きます佐波理というのは、帯の工房で出している商品名(らしい)。人工灯の中で虹色に輝く帯が、素晴らしい、の一言でした。見る方向やライトの色などで雰囲気が変わるので、飽きずに眺めていられますお値段を聞く気にもなりませんでしたが、間違いなく、商品です。成人式で使われる方もいるとかで、きっと前首相のようなお宅のお嬢様でしょう。假屋崎省吾先生の作品は、今回は小さなものがメインでしたので、少しがっかりしましたが、それでも、身近に花を生けるには、とても勉強になりました。トークショウも聞いたし、作品集を買い求めサインもしていただきました。図々しくもツーショットの写真も撮らせていただいて、(一人で行ったので、どなたかに撮って頂こうとしたら、先生が目の前にいたお客様に頼んでくださいました)おまけに、「私も草月流を習わせていただいています」と、いつもなら言えない様な事も話してしまいました。先生は嬉しそうに、「あらぁ、そうなのぉ」と、おっしゃってくださいましたが、その間もサインの手は休まず、でした。人の上に立つ、ということが自然に出来る方、という印象です。指示をはっきりと的確におっしゃる、褒める所は褒め、叱る所は叱る、ご自分が気が付き出来る事はご自分でするう~ん、理想の上司像。でも、それだけにスタッフの方は大変だろうなぁ、とも思いました。その上で、機会があれば先生に師事したい、とも思います。自分の成長のためには、とても勉強させていただける師匠だなぁ、と。内部撮影は禁止だったのが残念です皆さんに見ていただきたい作品ばかりで、選択には迷うでしょうが・・・。
2010.09.02
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