つきあたりの陳列室

つきあたりの陳列室

2005.01.31
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カテゴリ: Book
『宇宙のあいさつ』(新潮文庫)つづき

この作品集は良い作品がすごく多いです.初期のぴりりと辛い,あるいはじわりと苦い味わいが効いています.話のバリエーションも多くて,読みごたえありました.かえすがえすも間抜けな表紙が残念.紹介した話のほかに「小さくて大きな事件」「期待」が好きでした.


「リンゴ」

>さわいでいたお客たちが潮のひくようにかえってしまい,しばらくしてまた,べつなお客たちが
>どやどやとはいってくるまでの空虚な時間というものは,どんなバーにも毎晩必ず一回はある.
>マスターと女の子二人だけの,この小さな「エル」というバーにも,その時間が訪れた.

そして一人客が来る.プレイボーイでならしてる明るい男で,最近リンゴに関する変な夢を見るという.本人は真剣に訝っているのだが,軽口をとばして女の子たちを笑わせるのも忘れない.

>「でも,妙な話だったわね」
>「きっと冗談なんでしょ.あのひとは人の注意を集めるのがうまいんだから」

>「あら,何か外で音がしなかった」

そこで事件が起き,そして間もなく収束する.外で様子を見てきた店の女の子が,その事件について伝え聞いたことを話すと,皆がその不吉な意味にはっと気づく.重い空気がバーを包みそうになったそのとき「べつなお客たちがどやどやとはいって」きて,ふたたび店はにぎやかな日常に戻る..

冒頭文だけで,私はするりとその世界に没入しました.また,さりげない情景描写がかもしだす臨場感がたまりません:マスターは手が空けばすぐにグラスをぬぐいはじめる.女の子の会話が脱線しかかるとマスターは客に話を振り,元の話題に戻るようさりげなく導く.タバコに火をつけるのは,客が帰って誰もいなくなってから.

埋め草や重ね着のようなむだな描写がないのです.すべての言葉がその場の雰囲気を過不足なく伝えています.ここでは,星さんのよく使う舞台,よく使う展開を楽しめる上に,ほかの作品にはないような味わいも満喫できます.全作品中でも最高ランクに入るもののひとつだと思います.


「泉」

都心のビルに住み込む管理人夫婦が奇妙なものを見つけた.夜中のある時間だけトイレに生える人間の手.これを使って金儲けできないかと考えたすえ,血を採って売血することを思いつく.ところが採れる血の量は日によってかなり違う.夫婦はやがてその量が何と関係しているのかに思い当たる.

この夫婦がずいぶんすんなりと状況に適応して,気味悪いとか感じず,思いついたことをさくさくと実行するのがなんとも奇妙.ちょっと前衛的で,つげ義春を連想しました.だから,この作品の怖さは「もし自分だったら」という類の恐怖ではありません.「ここまでして小金を稼ごうとはしねーよ」って思いますもん.この「手」や,夫婦の言動がかもしだす違和感が気味悪いのです.

杉浦日向子「百物語」にも,夜になると土蔵に手が生えるという話があります.磁器のようになめらかな掌.その家の主人が妻に話すと,表情を変えず,すこし間をあけてから,「なぜ,あなたはその手を切り取ってしまわなかったのでしょう」と答え,そこで話がおわる.でんでん意味わからなかったけど印象深い.

連想した話をもうひとつ.養老孟司のエッセイ.筆者は,顔のついた死体より手だけの標本の方が気味悪く感じるという.死体の顔は表情がないので「ああ,死んでいる」と実感できる.でも手は,生きているときと基本的に見かけが同じうえに,私たちは手を見るとき,そこに意図や表情をよんでしまう癖があるからだろうと.


「羽衣」

主人公の女性は未来の月に居住し,申し分ない環境で育ったが,自分の生活に漠然と空しさを感じていた.なぜか他人がほとんど興味を持たない過去の地球に恋いこがれ,旅行を申し込む.制限時間わずか二十分,飛行用ガウンで上空から眺めるのみ,着地は禁止.高価なわりに制限が多い旅にもかかわらず,女性は憧れの地で感激をかみしめる.




「宇宙の男」

人生の大半を宇宙で過ごした男が地球に帰る途中,事故に遭う.乗り合わせた青年と冗談を交わしながら,間近に迫る死の運命を受け入れる準備ができていく.

星新一はつねにユーモアを表現していましたが,この話はユーモア「について」書かれていて,ちょっと珍しいです.しかも,あえて人が死を意識する場面において.




ナンバー620号は女性若手アスリート特集で,安藤美姫の反則すれすれのせくしーショットにつられて買いました.でも情熱大陸を見て以来,荒川静香の方がずっと好きなのですが.



シャラポワ人気で活況に見える女子プロテニス界が,じつはスポンサー獲得に苦しんでいるとか,話題性=付加価値をつけないと収入に結びきにくい構造的な問題があることを知って驚きました.問題点をかかえていないプロスポーツなんてないんでしょう.

女子Vリーグの東レは,入れ替え戦を回避できるか否かという,予想もしなかった瀬戸際に追い込まれています.がんばれ大山っ.





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Last updated  2005.01.31 17:57:49
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inalennon @ Re[1]:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子(09/19) フィンちさん >この世は なんてままなら…
フィンち@ Re:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子 「人生のままならなさ」への強烈な疑問と,…
inalennon @ Re:4年はあっという間(03/04) ハオさん >バーチュー&モイヤー組見…
ハオ@ 4年はあっという間 バーチュー&モイヤー組見ました。 優雅…

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