つきあたりの陳列室

つきあたりの陳列室

2007.04.29
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カテゴリ: Book
『エマ』 8巻 森薫 エンターブレイン



老いたケリーがおそらく三十年ほど前の出来事を回想します。物語の包含する時間はとても長いけれど,ある特定の時点,特定の場所に繋がっているぶん,印象は強烈でした。そして,その時その場所の記憶が,(一旦失いかけた)小さな指貫という物体に凝縮されていく最後の場面で胸が詰まりそうになりました。

*

「一生に一度のことだろ?」
「おおげさですよ」

万国博について話しあう若い夫婦の会話がとてもまじめで,とてもかわいい。当時を生きた生身の人はその両極端の感想をいったりきたりしたのでしょう。なんて偉大なんだと思ったあとに,他人の酷評を聞いてやっぱりたいしたことないかもと思ったり。

週末の特別入場料1シリングを安いと言いながら,それを二人分貯めるのは容易なことじゃないと思い知ったり。夫はやたら乗り気だったのに,意外とあっさり諦めたり。妻は乗り気じゃないと思ってたのに,知らないうちに自分の食費を削ってまでお金を貯めてたり(今気付いたけど「賢者の贈り物」と似てますね)。

ケリーが,おおげさですよと自分が言ったその博覧会の新聞記事を,夫を待ちながらひとり夜の食卓で頬杖つきながら読むシーンがとても好きです。文字を無意識に指でなぞり,そこに書かれたフレーズが不意に口をついて出るところは,ことさら好きです。

あんなにはしゃいでいた夫が諦めてしまったものは一体どんなものだったのか,それまでするりと読み飛ばしていた万博のあれこれについて書かれた記事を,彼女はたんねんに読みはじめます。



*

後編,万博会場の場面でいちばん好きなのは,ステンドグラス・ギャラリーのところ。描き方が少しわかりづらくて残念ですが,暗幕で覆われたこのエリアでは,ステンドグラスそのものだけでなく足下の床までもが,さまざまな色の光に彩られていることに,ケリーはうっとりします。ダグと私はその表情を見て,幸福な気分に浸るのです。

私たちは白黒で描かれたこれらの絵を見,想像力で彩ります。ちょうどケリーとダグが白黒の新聞を読みながら会場のあれこれを想像していたのと同じに。なんてかけがえのない愉悦。

最後の場面,指貫に刻まれた小さな水晶宮を見つめるケリーの脳裏に浮かぶものを想像し,しかし想像できるものはあまりにも少なかったです。私はこの架空の女性の人生の深みと,この物語の奥行きを前にして,しあわせな嘆息をつきました。






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Last updated  2007.04.29 22:06:58
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inalennon @ Re[1]:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子(09/19) フィンちさん >この世は なんてままなら…
フィンち@ Re:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子 「人生のままならなさ」への強烈な疑問と,…
inalennon @ Re:4年はあっという間(03/04) ハオさん >バーチュー&モイヤー組見…
ハオ@ 4年はあっという間 バーチュー&モイヤー組見ました。 優雅…

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