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2011年01月17日
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カテゴリ: 史記
「兵は死地なり」の意味は、戦いとは命がけであるということ。


趙(ちょう)の名将として名高い、藺相如(りんしょうじょ)・廉頗(れんぱ)と並び評されるぐらいの能力があると言われていた、趙奢(ちょうしゃ)が残した言葉だと伝えられている。


 趙奢は田畑からの租税を取り立てる小役人に過ぎなかったという。

しかし、その清廉潔白さが時の趙王・恵文公の弟の公子・平原君の目に止まるところとなり、抜擢された。

かれは国税の管理を任されていたときに国民から公平に税金の徴収を行ったので、国は大いに潤ったという。


そののち軍事上の作戦で大手柄をたて、馬服君(ばふくくん)に封じられ、藺相如・廉頗と同等の位を授かったという。



趙奢は軍略家としても目覚しい働きをしたが、その息子に趙括(ちょうかつ)という者がいた。

趙括は幼少のころより、兵法を学んでおり、また非凡な才能をもっていたので成人する頃には兵法全般を網羅していて、「天下広しといえども、兵法に関して自分に敵うものはあるまい」と豪語していたらしい。

趙括はそれだけの事をいうだけあって、実績ある軍略家である父・趙奢と、時に兵法問答しても対等以上に渡ったのである。



趙括の母親は、息子の雄弁さと能力の高さに、聞き惚れていたが父親が息子をすこしも認めていないように感じて府に落ちなかった。

そこで趙括がその場を離れたときに、息子を褒めない理由を夫に尋ねたのである。


趙括はこう答えたのである。


「兵は死地なり(戦いとは命がけである)。

しかし括(かつ)は、理屈ばかり振り回して軽々しく論じているだけだ。

もしあいつがまかり間違って大将にまつり上げられたとしたら、その時は趙が滅ぶ時だろう。」






趙奢はさすがに息子を見る目は確かだった。

そののち、趙の孝成(こうせい)王の七年(B.C 262)のことである。

上党郡(山西省・南東部)を合併したときに、端を発して秦と戦争になったのである。

「兵は死地なり」ということが理解できておらず、生兵法(なまびょうほう)は怪我のもとで、趙括は秦との一戦で趙軍四十五万を失い、趙を窮地に陥れたのであった。



            「史記」の「廉頗・藺相如伝」より













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最終更新日  2011年01月17日 21時52分44秒
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