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レベル別 ペーパーバック入門

【レベル別 -屈折した貴方に贈るペーパーバック】

外国語の学習に関連して、「適切インプット」という概念がよく引き合いに出される。
これはつまり、自分が何の関心も持っていない話を外国語で聞かされたり読まされたりしてもちっとも身が入らないし身につかないが、自分の関心のある話だと、それが外国語であっても夢中になって聞き入ったり読み込んだりすることを指すらしい。たしかに、学校の授業で使う外国語の教科書だと進んで読む気にならないが、自分の好きなバンドの輸入版レコードの歌詞なら、一晩中辞書と首っ引きで読解を試みるとか、エロ小説だと外国語であってもいつの間にか引き込まれて読んでしまうとかといった経験は誰でもありそうだ。
オイラが以下に紹介するペーパーバックは、屈折した性向や趣向を持つ人にとって「適切インプット」になると思われる英語の小説(及び一部ノンフィクション)である。いずれもオイラがイギリス語に慣れ親しむ過程でお世話になったお墨付きの本ばかりだ。中高生レベルから上級レベルまで段階分けしているので、英文に慣れ親しみたい人や読解力を高めたい、とくに屈折した性向や趣向の持った貴方に、ぜひ以下のペーパーバックから自分のレベルに合ったものを探して読んでいただきたい。

[超初心者レベル] --現役中学生レベル

Puffin Books by Penguin Book
ペーパーバックの出版社として有名なペンギンブックスには、主にガキ向けの本ばかりを出版しているPuffin Booksという関連出版社がある。おなじみのペンギンブックスのロゴはコレだが、Penguin1Puffin Booksのロゴは、ほら、ちょっと違う。PuffinPenguin
「トムソーヤーの冒険」だの「不思議の国のアリス」だの、日本でもおなじみの子供向けの作品の多くがPuffin Booksから出版されている。「超」初心者にはちょっとトムソーヤーは難しいかも知れないが、この出版社は幼児向けの童話や童謡のようなイラストがいっぱい入った本も出しているから、自分のレベルに合った本を探してみるといい。このニセ・ペンギンマーク(実際には、ペンギンではなくパフィンという鳥なのだが...)が目印だ。ガキ向けペーパーバックスを読むなんて、かなり屈折してるよな…。

[入門レベル] --現役高校生レベル

Going Solo「Boy & Going Solo」by Roald Dahl, Puffin Books
ロアルド・ダールは「基礎レベル」でも再登場するが、子供向けの童話からオトナ向けのポルノ小説まで書く、非常に幅の広い作家だ。たぶん彼の作品のほとんどは邦訳が存在するのではないかしらん(オイラ自身はどれも読んだことがないが…)。この本はロアルド・ダールの自叙伝で、読者を小中学生に想定して書かれた本。日本の高校生レベルの英文読解力があれば、スラスラ読めるゾ。オトナ向けの作品では屈折したストーリーで知られるダールだが、この本は主人公(ダール自身)が屈折している以外、内容的にはとてもまっすぐな感動的な本である。ダール作品のファンならもちろん、そうでない人も、この本なら「英文に引き込まれる」経験ができるぞ、たぶん。

[初級レベル] --現役高校生~受験生レベル

BornDifferent「Born Different: Amazing Stories of Very Special People」by Frederick Drimmer, Prentice Hall & IBD
とくに10代の屈折した少年少女にとてもお勧めしたいこの本なのだが、もしかすると日本では入手困難かも知れないなあ。オイラはハードカバーしか見たことがないが、ネットで検索するとペーパーバックでも出版されているらしいぞ。
この本は、いわゆる「奇形」の有名人の伝記を集めた、日本ではどこの出版社も発行してくれないようなテーマの本だ。日本でもよく知られている「親指トム」とか「エレファントマン」のジョン・メリック、シャム双生児の語源となったチャンとエンなどが、いつどこで生まれ、どのような生涯を送ったかという話が、豊富な写真イラスト付きで丁寧に記述されている。この本はあくまで子供向けに教育的見地から書かれた本であり、登場人物たちを決して興味本位で取り扱うものではない。「フリーク」と称され、多くはサーカスなどで見世物にされることで生きながらえた彼らが、興味本位で彼らを見る「健常者」なんかよりはるかに知的に優れており、かつ精神的・情緒的にもいかに豊かであったかということが痛切に解かる良書だ。エレファントマンのストーリーは本当に胸の痛む悲劇だが、ほかの登場人物たちは障害を乗り越え比較的幸せな生涯を送ったという事実を知るのもずいぶんと勉強になるゾ。
(注.上掲の表紙は、成人向けの姉妹作「Very Special People: The Struggles, Loves and Triumphs of Human Oddities」のもの)

[基礎レベル] --高校卒業生、大学生レベル

Unexpected「More Tales of the Unexpected」by Roald Dahl, Penguin Book
学生時代、ロアルド・ダールにはたいへん世話になった。オイラが英文を読むのに抵抗がなくなったのは、彼の短編小説に出会ったおかげだ。ダールがイギリス人だと思っている人がいるが、実は彼はノルウェイ人の両親の元に生まれ、小学生から両親の教育方針でイギリスの全寮制の学校で教育を受けている。つまり、彼の書く英語はいわば「カンペキな第二外国語」のようなもので、ネイティブでないと分からないような表現が少なく、外国人にも非常に読みやすい。語学学校で彼の小説が教材に使われているのも分かるような気がする。
彼の短編集は、標題のもの以外にも「Kiss Kiss」だの「Someone Like You」だのたくさんあるが、どの作品も屈折したユーモアとヒネリの効いたいい作品だ。1作10ページくらいだし、飽きずに読み通せるゾ、きっと。

[中級レベル①] --英検準1級~1級レベル

Rye「The Catcher in the Rye」「Nine Stories」by JD Salinger
「ライ麦畑でつかまえて」--オイラのオヤジの時代から、屈折した少年少女のための推薦図書として知られているこの本。邦訳は何十版をも数えるロングセラーだ。高校を退学になった主人公のアメリカ人の少年が、家出してから家に戻るまでを、主人公自身が語り部となって一人称で綴っているこのストーリー。邦訳を読むと、ごく軽いスラスラ読める小説だと思われそうだが、原文は日本人には結構タフだぞ。なぜなら、半世紀も前の10代の少年が当時のアメリカの口語で一人称でストーリーを語るという設定なので、アメリカに住んだことがあるとか、アメリカ文化に精通しているとかいった経験がないと、この本の古い口語表現は「スラスラ」と読んで理解できるものではない。まあ、邦訳をすでに読んでストーリーがすでにわかっている人にとっては「基礎レベル」の英文かも知れないけどな。
「ライ麦畑」を読んだことのない人なら、基本的に三人称で書かれた短編を集めた「Nine Stories」がおすすめだ。ただ、よほどボキャブラリーの豊富な人じゃないと、辞書無しで読むのは大変だろうなあ。

[中級レベル②]

MishimaSailor「The Sailor Who fell from the Grace with the Sea」by Yukio Mishima, translated by John Nathan; Vintage Books
「モテない青少年に贈るコアな5冊」でも紹介している三島由紀夫の「午後の曳航」の英訳版。John Nathanは60年代に日本に住み、三島一家の友人でもあった三島通でもあり、その英訳の的確さはオイラのような素人の目にも明白だ。この作品は30年以上も前にイギリスだかアメリカで映画化され、その露骨なベッドシーンや残虐シーンは当時欧米で物議をかもしたそうだ。
三島センセイの日本語表現はとても格調が高く、しばしば高度に観念的であるため、この作品をいきなり英語で読むのは「中級レベル」の日本人には勧められない。しかし、この作品を日本語で読んだことがあれば、その格調高い日本語がいかに的確かつ洗練された英語で表現されるかに触れ、感動することであろう。三島センセイの日本語は得てして西洋の言語に翻訳されてより輝きを増す、と言われる(例えば、「サド侯爵夫人」の仏訳は有名)。それは、彼の日本文がまるで翻訳されることを意識したような、日本文化固有の、あるいは作者自身のごく主観的な情緒性を排除した普遍性のある硬質なコトバで書かれているからだとオイラは思っている。このヘンが川端康成の「雪国」の英訳(サイデンステッカー先生訳)なんかと違うところなんだよなあ。

[上級レベル]

GeekLove「Geek Love」by Katherine Dunn, Warner Books
この小説は、「上級レベル」に分類したけれども、決して難解な小説だ、ということではない。むしろストーリー自体はごくストレートに記述・展開され、高度に観念的あるいは妙に情緒的な表現もない。この小説が「上級向け」である理由は、この作品が特殊な米語口語で書かれているからである。
ただ、この小説の設定だが、これがすさまじく屈折している(笑)。場所は現代のアメリカ。落ちぶれたサーカスの支配人が、妻に(合意の上で)さまざまな毒薬だの麻薬を服用させて次々と奇形児を生ませ、それを見世物にすることでサーカスを再建して軌道に乗せたところから話は始まる。胴体にアシカのような手足のついた長男、アルビノ(白子)でコビトの長女、ひとつの胴体に二つの頭が付いたシャム双生児の次女・三女、外見は健常者と変わりないが放射能の影響で念力を使うことのできる次男の5兄妹という、醜いながら家族愛で結ばれた登場人物を中心に、次々と繰り出されるかなりエグいエピソードが極めてリアリスティックに展開される。不思議なのは、本来であれば鬼畜の暗黒物語になりそうなこのぶっ飛んだストーリーが、日常の出来事のようにサラリと淡々と書かれ、ごく普通の物語のように読ませてしまうところである。
タランティーノの映画でも出てこないようなアングラな強烈なスラングだとか、口語辞典にも載ってないんじゃないかと思われる特殊な米語イディオムは、学校で習った英語で読解するのはちょっとキビシイだろう。でも、この妙に明るい屈折した鬼畜な世界は、多少背伸びしてでも読む価値がある。
…ところで、発禁になってもおかしくないこの小説に、なんと邦訳版が存在するらしい。「異形の愛」とかいう邦題で出版されているらしいゾ。オイラはあいにくその邦訳を見たことがないが、この特殊小説の特殊な米語を日本語に訳した翻訳者の能力と根性には脱帽するなあ。


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