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15〜6年前の独身時代、独身中年が独りで訪問しづらい場所というのが出て来て、やっぱり家族持ちに比べると行動半径が限られてくる、という考察をしたことがあった。最近、トライアスロンレース参加のために地方に独りで遠征した際、近くのリゾート地に宿泊して驚いたのが「おひとりさま」の宿泊客の多さであった。部屋の入り口に「〇〇様〇名ご一行」などと書かれた紙が貼られているのだが、私の部屋の並びはみな「〇〇様ご1名」なのである。食事会場にも中年女性や中年男性が1人でテーブルを占拠し無言で黙々と食事している。そしてその数は家族連れと同じかむしろ多いくらいだったのである。要するに、ここ15〜6年で、カップルや家族連れで賑わうような観光地に、中年のオッサンやオバサンが単独で訪れるのが「ふつう」になりつつあるということらしい。おひとりさまの勢力拡大によって、カップルや家族連れの前でも人数的に気後れしなくて済むようになってきたようだ。箱根みたいな観光地にも、観光目的ではなく、ランナーや自転車乗りがトレーニング目的で宿泊し、あの坂道を走ったり自転車を漕いで登ったりする様子が年々目立つようになってきた。15〜6年前であればそんなおひとりさま宿泊者は「変わり者」にしか見えなかったかも知れないが、今ではほぼ市民権を得た感じである。職場でも、立派な役職に就きそれなりの稼ぎがありながら、40代・50代独身という男女の比率はたぶん4割くらいに上りそうな気がする。あれだけの経済力があれば休日に自宅でゴロゴロしていないでリゾート地のホテルで優雅に過ごすとかいった選択も合理的かつ健康的に思われる。ましてや円安のせいでカンタンに海外旅行に行けなくなってしまった昨今、経済力のあるおひとりさまの休暇先が国内になってしまうのも仕方ない。まあ、こうして少子高齢化にともない「おひとりさま」が社会の主流へと化していき、やがて旅先などでもむしろ家族連れが肩身の狭い想いをする日も遠くないのかも知れない。
2026.07.31
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60歳になった記念にトライアスロンレースに出場しようとふと思い立ったのは、申し込み締め切りだった6月のこと。アイアンマントライアスリートだったカナダ在住の45歳当時から15年を経過し、日本では一度もトライアスロンレースに参加したことはなかった。40才の時に「アイアンマンに出たい!」と思った時と同様、ほんの思いつきであった。ただ、1ヶ月前に罹った風邪がレース当日まで長引くのは想定外であった。医者に診てもらって薬を服用しても咳はゲホゲホで、熱はないのだが走る元気もない。まあでも今回はアイアンマンではなくオリンピックディスタンスである。1週間前に本番の半分くらいの距離を泳いで、自転車を漕いで、走ってみてなんとかなったし、こんなコンディションでも完走は出来るだろうと楽観し、出走することにした。当日の最大の失敗はスイムであった。このレースではウェットスーツ着用が義務付けられているのだが、15年ぶりに着たウェットスーツは60歳の肥満体を締めつけ、呼吸が苦しいのであった。そもそもウェットスーツの着用方法が思い出せず、腕も脚もキツキツで、いざ泳ぎ始めると腕は上がらないは、胸が圧迫されるは、溺れそうになるのであった。背泳ぎの姿勢を取るとなんとか呼吸ができたので、スピードは半分くらいになるものの背泳ぎするしかなかった。湖から上がった時はもう私の後には数名しか残っていなかった。トランジションエリアまで歩くと、トップ選手がすでに自転車40kmを終えて最後のランに移行しつつあった。もはや周回遅れどころではない。20年前の最新モデルだった愛車にまたがってバイクコースに出る。8kmのコースを5周回するのだが、3周回、4周回と同じコースを回っているうちに、自分が今何周回めなのか分からなくなってくる。これが最後の5周回めであるという自信はないのだが、いずれにしてももう1周回走るような気力もないので、周回不足で失格になるのを覚悟してランに移る。トランジションエリアには、ボクと同じ60代以上の選手数名が自転車を降りてランの準備をしている。この大会では年齢順にビブ(ゼッケン)番号が振られているので、ボクより番号が大きい人はみな60歳以上である(少なくとも10人は参加していそうであった)。トランジションエリアに置いていたシューズや帽子はさきほど降った予期せぬ雨で湿っていて、お互いに文句を言い合う。10kmを走り終えた選手が次々とゴールする最中、ランのコースに出る。ランは湖の周りを2周である。2周回めに入った大量の選手たちに追い抜かれるが、スピードを上げる気力もない。1周めを終える直前、沿道の応援があと少しでゴールだ、頑張れといった声を掛けてくれるが、もう1周残っている自分にはその種の応援はあまりありがたくない。2周回めのコース上は選手たちもまばらで、沿道の応援やボランティアもそろそろ撤収準備に入っていたりお弁当を食べ始めたりしている(笑)。最後の補給テントではボランティアの人たちがあと何分でレース終了といった意味の話をしていた。もうそんな時刻か(笑)。3時間少々でゴールできるかと予測していたが、すでに4時間を経過していたのだ。たしか最終は4時間半であった。残りあと2kmなのでタイムオーバーで失格になることはなさそうだ。ゴールしたのは最終時刻の15分くらい前。あとで結果を見たら300人足らずの完走者中、289位であった。自分の後にはもはや数人しか残っていないのであった。最高齢の80歳はボクより前にゴールしていた。いずれにせよ、失格にならずに記録が掲載されているということは、ちゃんとバイクで5周回していたようである。よかったよかった。来年も出たいとは思わないが、もう1回くらい別のレースに出てもいいかな…とは思えた。
2026.07.26
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先日、スマホの待受画面にしている我が子の写真をチラ見した人から「お孫さんですか」と言われた。10年近く前に保育園のガキ(娘の同級生)からからかい半分に「おじいちゃん」と言われたことがあるのを例外とすれば、「お孫さん」発言をされたのはこれが初めてであった。言われてみると確かにここ1〜2年で白髪が目立つようになった。それまでは主にバリカンで最短にしている側頭部に白髪が集中していたため目立たなかったのだが、それがついに前髪の領域にまで侵攻し始めた。いくら頭頂がフサフサした黒髪でも、正面から見た時に顔の印象を作るのはやはり前髪なのである。前髪が白いだけで頭全体が白いイメージになる。47歳と49歳の時に生まれた娘たちから「お爺さんみたいで恥ずかしいから一緒に歩かないで」と言われない程度の若さをこれまで意識してきたつもりだが、第三者から「お孫さん」に見られたということは、娘たちに「ジジ臭い」と言われてしまうのも時間の問題であろう。実はここ数年、気力・体力の衰えの自覚症状が出始めていた。ワカイモンにナメられても張り合おういう気さえ無くなった。「そろそろ老いを受け入れろ」と囁く自分がいる。一方で、何かの窓口での手続きでスマホ操作に手間取ったりするたび「爺さん扱いされたくない」とは痛切に思う(笑)。それは「ワシはアイツら(爺さん)とは違う。」という自意識には堅いものがあるということだ(笑)。そんなにジジイ扱いされたくなければ白髪染めすればいいのだが、あれは麻薬やアル中と一緒で一度依存してしまうと、依存していない時の落差が怖ろしくて手が引けなくなってしまうので、「そこまでしてまで若作りしたくない」という自分も健在である。何かトラウマ的な出来事でも起きて「一念発起」する可能性はあるかもしれないが、ま、なんだかんだ言って、葛藤しながらも少しずつ妥協してズルズルとジジイ化していく予感はある。
2026.07.11
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私はたまに友人などではない市井の人とたまたま会話するハメになった時にしばしば感じさせられるのは、「そんなのどうでもいいじゃん。」という、やや呆れに似た感覚である。やれ夫がいくら言ってもトイレの水を流す時に蓋を閉めてくれない、やれ子供がゲームやYouTube を延々と見ている、やれ職場の誰々さんから何々と言われた、政府の経済対策は無策だ…「それがどうした」としか言いようがない。しかし本人たちは人生最大の問題であるかのように悩んでいる。いずれのケースも「夫は自分の言うとおりトイレの蓋をしてから流すべきだ」「子供は自分に言われたら即座にゲームをストップすべきだ」「職場の誰々さんは私に対して何々などと言うべきではない」「政府は私が正しいと思うような経済対策を打つべきだ」…要するに、自分が思ったとおりに、自分が正しいと思うとおりに、自分が当たり前だと思っているジョーシキに従って、動いてくれないことに対する苛立ちのオンパレードなのである。ま、相手が自分の子供などであれば、幼い頃は親の言うことをよく聞くイイコちゃんだった頃の経験があるので、それがいつの間にか「うるせえ」とか「黙れ」とか言い返すワルイ子に成長した現実を受け入れられずにイラつく気持ちは分からないでもない(笑)。しかし、基本的に、他人が自分の思ったとおりに動いてくれるなどという思い込みは傍メーワクで有害な考えである。そもそも自分が正しい、自分の考えこそがジョーシキであるという思い込みこそが、この世の諸悪の根源だと自覚すべきだ。相手には相手なりの正義やジョーシキがあるわけで、それを受け入れられない自分を反省すべきなのである。世界では、宗教派閥だかイデオロギーだか何だか知らないが、人々の考え方の衝突によって争いが起こり、近代兵器を使った市民への攻撃に巻き込まれ何万人もの罪の無い子供たちやその親が、住むところを追われて、所有物を略奪され破壊され、無一文となり、平穏な生活を、家族の命すら奪われ、苦悩や哀しみどころか、絶望の淵を彷徨って生きながらえている。たとえば海外出身の知人にそんな母国の惨状について淡々と聞かされた後、誰かが夫のトイレの蓋について延々と愚痴っているのを聞くと、本当にヘイワというか聞かされる方が死にたくなる。考えてみると、本人には決してそんな自覚はないであろうが、便所の蓋に関する信条の違いでいがみ合えるのは正にヘイワの所産であって、要するに暇なのだ。便所の蓋以上の問題がそういう人には存在しないのだ。衣食住に困らず子供の非行・犯罪や夫の賭博や浮気に困らず、大した仕事もしてないので便所の蓋くらいしか悩みが無いのだ。そんなわけで、会話をしているうちに死にたくなってしまうリスクがあるため、私は市井の人とはあまり親しくなりたくない。いくら市井の人が人口の99.9%を占めていたとしても。
2026.07.10
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私の間接的な親族はしばらく前に90歳前にして養護施設に入ったが、その前の荷物整理の際に、たぶん70年やそこら以前にお見合い用か何かに作った和服を「また着る機会がいつかあると思う」と言って処分を拒否したという話が彼女の直接の親族から苦笑話として共有された。彼女はずっと独身で兄一家が住むアパートの上階にそれまで一人暮らししていた。70年前に作ったその晴れ着はおそらく過去70年間使われる機会もほぼ無くタンスに眠っていたと推察される。それが90歳で養護施設に入る状態になった今になってどうして「着る機会」が発生するであろうか…というのがその直接の親族の苦笑が意図するところであろう。私がその話をふと思い出したのは、1週間後に60歳の誕生日を迎え、月末には定年退職するにあたって、彼女の「晴れ着」にあたる物に囲まれている自分に突如気付いたからである。「すべてのことはどうでもいい」みたいな達観したことを常に口にしている割には、「これはどう考えてももう使うこともないだろう」と思われる区民だよりだとか英字新聞だとかレシートだとか使用済みチケットだとか試供品だとか旧い規格のアダプターだとかケーブルだとかもう使っていない電化製品の(新品の)付属部品だとかコロナ禍以降一切着ていないスーツやネクタイだとか、(これはまだたまに使っているが)10年以上履いてるパンツだとかトレパンだとか、冷静に見積もると約70%の物は死ぬまでの向こう10〜20年(想定)の間使う可能性が極めて低い不要品なのであった。幸い私の場合、掃除の習慣があるため「ゴミ部屋」にはなっていないものの、モノは明らかにコンスタントに増えている。思うに、掃除のように「明らかなゴミ」だけを捨てている限り「まだ使えそう(だけど二度と使用しない)」なモノは溜まっていく一方なわけで、明らかなゴミではなくても「使う可能性が極めて低いモノ」も処分する習慣というか意識が必要なのだろう。そもそも「価値のない不要な物から処分しよう」という意識が「処分」という行為の足枷になっているのであって、むしろ処分の線引きは「これは売れるんじゃないか」とか「まだ使うかも」という可能性のあるものから優先して棄てていけば、断捨離が捗るだろう。冒頭の例に挙げた90歳で介護施設に入る彼女と間もなく60歳で定年を迎える私の間には大差ない。「いつか」はいつまで経ってもやってこない。私の場合、まずは晴れ着にあたるのはビジネススーツか。
2026.07.04
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アイデンティティ、すなわち「これが自分である」という自己意識は、簡単にいうと「ウソ」である。分かりやすい例が、自撮りした写真。オスマシしたり、眼を大きく見開いたりして撮った自身を「これが自分だ」と思っているんだろうが、あれは精一杯、理想に近づけた自分の姿であって、周りの人たちが自分をそんな姿で見ていないことは明らかである。カメラを意識していない普段の姿を誰かに全く抜き打ちで撮りまくってもらえば、それらが「周りの人が認知しているキミの本来の姿」である。もっと分かりやすいのは写真よりも動画。普段の姿を誰かに1日尾行してもらって撮影してもらうといい。「…え?自分はそんなことしてたっけ?」と思うような行動やしぐさや言動のオンパレードである。それがホントの自分の姿。「これが自分である」という自己意識と、客観的に観察された本当の自分の姿の間にいかに大きな乖離があるかを、直観的に理解できるよい方法である。私が中学2年生の時に、不定詞 how to の用法を問われた英語の試験で、“I know how to ski.” (私はスキーの仕方を知っています)と書くべきところを、当時の奈良林祥医師のベストセラー『How To Sex』が頭の中にあったためか、無意識に “I know how to sex.”と答案用紙に書いてしまい100点を逃したことは別の機会に書いたことがあるが、錯誤行為には意味があり、自意識以外にも自分が計り知れない意識の領域が存在し、自分の行動や言動を左右しているという事実を、私は比較的若い時期にこの痛烈なエピソードを通じて理解していた。その後私は人間心理というものへの関心が長じて心理学を大学で専攻するまでに至ったわけだが、私が一貫して体感していたのは「これが自分である」という領域を狭くすればするほど、抑圧した自分の観念・欲動etc.は自分でコントロールできなくなり、神経症や錯誤行為のような形で日常生活の中で突如発出して苦労することになる、ということであるI。すなわち、私の “I know how to s…”のエピソードで言うと、日頃はオトナの前で「セツクス?なんですかそれ?」みたいな顔をして「イノセントなイタズラ坊主」の自分を演じていた中学2年生の私には、抑圧されていた大人びた自分が深層意識に燻っており、全く予期せぬ場面で予期せぬ形で噴出したわけである。いずれにしても、「これは自分ではない!」として認めずに抑圧している自分の領域ーたとえば、狡猾でセコくて、淫らなことを妄想し、ウソをつく自分ーとは大人になる過程で折り合いをつけないと社会には適応出来ない。なぜなら自分の狡猾さ、セコさ、淫らな妄想etc.を開き直って日頃からそのまま表に出してしまえば明らかに社会から排除されるであろうが、一方で狡猾でセコくて淫らな妄想に満ちた自分の姿に完全に目をつぶり抑圧するにも限界があるからだ。そこで多くの場合、この葛藤を解決(?)するために「フィルターを通す」という手段を学ぶ。要するに自己検閲だ。普段の社会生活においては「こんなセコいことをしたら嫌われるな」とか「こんな淫らな妄想を実行に移したらタイホされるな」と思われる行動や言動を自己規制し、嫌われたりタイホされない行動や言動だけを表に出すようにするわけである。自分の狡猾さ、セコさ、淫らな妄想etc.は意識下にはあるものの、否認も容認もしない「曖昧な領域」に仮置きしておくような感じである。オトナはこの「曖昧な領域」に仮置きされた狡猾でセコくて、淫らなことを妄想し、ウソをつくなどの自分の要素を、例えばアルコールなどを使って自我を緩ませた時に定期的に解放する。昼間はフィルターを通して自己規制をかけた社会的に安全な「狭い」自己、夜はフィルターの網の目を大きくして自己規制を緩くした「広い」自己、というふうな二重生活というか二面性を体得した人間がオトナというわけである。むかしは「夜の街」のような、昼間の世界とは異なる「緩いルール」が適応された場がその「広い自己」の解放のためにもっぱら利用されていたが、最近は「インターネット」のようなバーチャル世界を「広い自己」や決して表に出せない「闇の自己」の解放に用いているケースが(特に若い世代に)多そうである。「夜の街」の場合は時間・空間的に隔離されているだけでなく、アルコールの影響下での行動・言動ということで翌朝には「無かったこと」にして意識を切り替えられるが、インターネットのバーチャル世界の場合はシラフであり、得てして日常と地続きであるだけに、その二面性の境界線が不明確なところが厄介である。要は、社会的には児童に尊敬される教師がインターネット世界では児童ポルノを交換する変態犯罪者であるようなケース。それは二面性というより、もはや変態犯罪者という「広い自己」が「主」になっていて、児童や同僚と接する時に限定して「狭い自己」を「演じている」感覚に近いのではないか。そもそも彼らは、幼児のパンちらや裸に性的に興奮する自分を「そんなのは自分ではない!」として抑圧するどころか、容認して同好の士まで見つけて画像や動画を交換さえしているのである。これは世間一般で「魔がさした」とされる、抑圧した欲望の突発・突出行為ではない。本来であれば抑圧され封印されているべき自分の暗い欲望が自我に取り込まれ、意識的かつコンスタントな行為として実行されているのだ。いわゆる闇堕ちだ。インターネットやITによって「バーチャル世界」が発生したことで、それまでであれば単純に意識下に抑圧するほかなかった自分の非社会的な要素というか部分を解放できるようになったことは「精神の統合と安定」という観点からは歓迎すべきことである一方、非社会的な領域だけでなく反社会的な領域までを「これは自分である。」と容認してしまい(笑)、単にヒジョーシキなだけでなく、極めて実害の大きい犯罪行為に及んでしまう(=闇堕ち)のはちょっとマズイと思っている。インターネット以前の時代であれば、「自分は闇の部分を背負った変態だ」と悩みながらも、その反社会的な性癖を文学や芸術に昇華させたりする方向性もあったのだろうが、現代はその「曖昧領域」がバーチャル世界で顕在化され日常化された人間が昼間は明るい顔で教師などの社会的に認められた仕事をしているという状況というか、そういう人間の精神状態が、ちょっとだけ怖い。
2026.07.04
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ワシらはえてして、起きている自分がベース(主)であり、睡眠はそのメンテナンス(従)くらいに思っている。たぶんそれは逆だ。長くなりそうなので途中をかなり端折って書こう。量子力学において、光には「粒子」と「波」の両方の性質がある。粒子は触(さわ)れるが波は触れない。粒子である限りは位置が特定でき、境界線があり、他と衝突する「物質」としての性質を持つ。しかし波としては、境界がなく、空間全体に広がって、互いに重なり合う「エネルギー」としての性質を持つ。人間は、自分を「物質」だと思っている。しかしそれは本当ではない。なぜなら、ワシの知り合いはちょっと前に死んだが、通夜で見た彼の肉体(死体)という物質は彼ではなかった。彼の「実体」は肉体ではなく、肉体に搭乗していたエネルギーだった、ということだ。境界がなく、空間全体に広がったエネルギーこそが彼の実体だったのだ。量子力学では、光をはじめとする「粒子」と「波」の両方の性質を持つ素粒子は、波の状態にある時がデフォルトであり、基底状態(ground state)と呼ばれている。そもそも人類が五感を元に再構成した3次元でいうところの「物質」が生まれる前の宇宙は、境界のないエネルギーの「波」だけであった。それをワシら人間が三次元の視点から「観察」した結果、粒子としての性質が浮かび上がった、ということなのだ、きっと。起きて、社会や他者から「観測」されているとき、ワシらは「肉体を持つ個人」という粒子になっている。そして、睡眠中など誰からも(自分自身の意識からさえも)観測されなくなったとき、物質の束縛を離れ、純粋なエネルギーの「波」へと戻っている。あまり意識していないと思うが、実はワシらは毎朝、目が覚めた瞬間、脳が猛スピードで「自分は誰で、ここはどこで、今日何をするべきか」という記憶のデータを読み込んでいる。これは、夜の間に宇宙の広大な波に溶けていたエネルギーが、無理やり「個人」という狭いアバター(肉体)にログインさせられるプロセスだと言える。ワシらが「現実」と呼んでいる社会生活、時間、空間、人間関係、「会社に急がねば」「結果を出さねば」「稼がねば」etc.といった焦りは、粒子化された人間同士が辻褄を合わせるために作り上げている共同幻想のバーチャルゲームだ。夜、眠りにつくことは、そのゲームからログアウトし、本来の静寂なリアル(波)へ帰還することなのだ。ワシらは、本来は心地よいはずの「波」の状態から、毎朝わざわざ「粒子」という制限だらけの不自由な状態へと戻る。それというのも、境界線もないすべてが溶け合った「波」の状態は「完全」だけど、変化がない「死」の静寂に限りなく近い。あえて「粒子」という不完全な個体になり、他者とぶつかり、涙を流し、喜びを分かち合って、「個としての経験」を味わいたいから、そうしているんだろう。時々いる朝に目覚めなかった人は、もうアバターにログインするのを拒否し、デフォルトとしての「波」、エネルギーの状態の留まる選択をしたのかも知れない。そう考えると、毎朝の目覚めは、単なる「昨日と同じ退屈な日常の再開」ではなく、本来は「大いなる波の源泉から、今日という一日の限定ゲームをプレイするために、フレッシュな状態で再度肉体へ戻された」と考えると、建設的に生きられそうな気がするんだなあ。だってみんな、明日の朝に目覚める保証なんて、ないんだぜ。
2026.07.02
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岸田秀の訃報を聞いてからずっと気になっていた日本の「内的自己」(和魂、日本らしさ)と「外的自己」(洋才、欧米化)という自らのアイデンティティの分裂に関連して、私が内向化の進行と同時に懸念しているのが、相変わらずのアジア人蔑視である。欧米には卑屈なまでに迎合する一方で、中国・韓国をはじめとするアジア諸国にはいまだに優越感を持ち、もはや経済的にとっくに追い越されているか追い越されつつあることをいつまでも否認し続けている。特に日本人男性、しかも我々より上の世代にはこの傾向が強い。日本の国際競争での敗北は、男性は認めたくないかも知れないが、あれは「日本人男性」の敗北である。海外で活躍する日本人女性を見れば容易に分かることだが、彼女たちは欧米社会に比較的スムーズに溶け込み、現地の同性・異性とも対等にパートナーシップを築いている。一方で日本人男性は、欧米という環境に放り込まれた瞬間、慣れないレディーファーストの文化や、自己主張を重視するコミュニケーション、さらには「男性性」という身体的な存在感において、日本国内で通用していた「黙っていても周りが立ててくれる」という特権を失う。結果的に現地女性に対しても「どうせ受け入れられない」という卑屈さを拗らせ、男としてのプライドを維持することに挫折し「反動形成」を起こす。つまり、外の世界(欧米)を「傲慢で差別的だ」と否定し、安全なドメスティックな世界に引きこもって「日本スゴイ(愛国)」の殻に閉じこもり始める。一方で、中韓をはじめとするアジアにみじめな自分の姿を投影して蔑視することで、傷ついた男性としての自尊心を必死に補給しようとする。かつて自分より「下」だと見なしていた中韓が、経済やIT、K-POPやエンタメなどの文化コンテンツで自分たちを追い抜いていく現実は、「お前らはもう落ちぶれたんだ」という現実を突きつけてくる「不都合な鏡」になるので、中韓のネガティブなニュースを血眼になって探しては、例の「民度が低い」だのいった理屈に持って行って過剰に蔑視する。というのも、そうしなければ、「中韓よりはマシな、クリーンで優秀な日本人男性」という最後のアイデンティティの砦が崩壊してしまうからだ。もっと言うと、国際競争に敗北した日本人男性による、外の世界に容易に溶け込む日本人女性への攻撃というか八つ当たりも深刻な病理のあらわれである。自分たちは欧米のルールに適応できず、つまり英語も話せずフラットな議論もできず、結果的に日本に引きこもるしかない一方で、女性たちは外の環境に容易に適応し、強者(欧米)に受け入れられていく。この非対称性は、男性にとって「自分たちの無能さ」をさらに際立たせる。ネット上で海外在住の日本人女性や、グローバルな視点を持つ女性を「白人崇拝」「売国奴」「イエローキャブ」とバッシングしているあの連中の姿は、自らの惨めな敗北の責任を彼女たちに押し付け、精神的な優位に立とうとする哀れな防衛機制の表出にほかならない。現在の日本を覆う「不気味な内向化」、「外圧へのパニック的な軍拡(≒アメリカへの媚び)」、そして「ネット右翼的な嫌中・嫌韓感情」の主犯は、言うまでもなく世界との対等なコミュニケーションから脱落し、去勢(男性としてのプライド喪失)の不安に怯える日本人男性の集団無意識であろう。日本人女性たちが個人のレベルでどれだけ外の世界と健全に繋がろうとも、政治でも経済でも国家の意思決定権を握る男性集団がこの「自閉と退行」の病理から抜け出さない限り、日本はいずれ周囲からの冷徹な見限リによって、80数年前と同じように孤立無援の破滅へと向かう可能性を抱えている。この病理の治療は、まず経営陣や政治の場にいる男性たちが、自らの「弱さと衰退」を恥じることなく直視し、「大人のリアリズム」を受け入れることからしか始まらないと言えよう。
2026.06.25
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岸田秀の訃報を聞いてからずっと気になっているのは、日本の「内的自己」(和魂、日本らしさ)と「外的自己」(洋才、欧米化)という自らのアイデンティティの分裂である。内的自己の暴走による太平洋戦争という悲劇と敗戦というトラウマによって戦後の日本は卑屈なまでのアメリカ追従が80年以上も続いている。いずれこの内的自己と外的自己は統合の方向に向かうものと思いきや、むしろ近年は「グローバル疲れ」なのかどうか知らないが、内向化が進行している。かつて(40年近く前)は「経済大国」だとか「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられ、「銀座の土地を売ったらそのカネでアメリカ全土が買える」などと嘯いていた頃の輝かしいアイデンティティを失い、GDPは中国、ドイツ、インドにまで抜かれ、グローバル化では韓国に追いつかれつつある事実を特に我々バブル世代以降はもちろん、その子供たちの世代もまだ精神的に受け入れていないようだ。というのも、自分たちがもはや世界のトップランナーでも、特別に豊かな国でもないという現実を冷徹に認め、かつての栄光に対して正しく絶望し反省する代わりに、相変わらず「日本スゴイ」「四季がある」「世界に誇る食文化」といった自尊心を満たそうとする言説ばかり耳にするからである。これは現実の衰退を認められないがゆえの否認、自己防衛であろう。この、ほとんど病的とも思える「症状」の最たるものに、ここ数年連日続いている「大谷報道」がある。経済、IT、国際政治(国際競争という大リーグ)etc.において、かつての輝きを失い傷を抱えた日本に、「日本で生まれ育った大谷」という(たまたま突出した)個体が屈強な大リーガーたちを力でねじ伏せる姿に日本人は自らの主体の影を重ね合わせ、「彼を生んだ日本(=自分たち)もまだ負けていない」というかつての全能感を代理獲得している。「海外への無関心(=内向化)」が進む一方で、大谷という「海外の動向」にだけは異常なほど執着するその態度は、まさに「自分たちを傷つける海外のニュースは見たくないけど、自分たちを全能にしてくれる海外のニュースだけは過剰に摂取したい」という、極めて自己愛的な情報選別、すなわち現実逃避の表出である。ぼくが特に気になっているのは、インタビューなどで彼が日本語で話すところだけを報道している点である。英語(グローバル標準)に対する劣等感を抱える日本の視聴者は、チームメイトと笑顔で語り合ったり現地メディアに英語でジョークを飛ばす大谷を見せられると「グローバル化についていけない自分」という置いてけぼり感を突きつけられ、自己投影のリンクが切れてしまう。なので「彼はアメリカに魂を売っていない」「彼は今でも、私たちの世界の延長線上にいる『日本の大谷』だ」という安心感を担保するため、「英語を流暢に操らない大谷の姿」を強調しなければいけないのだろう。これは、ノーベル賞の季節に繰り返される「日本出身のアメリカ人」らの報道でも明らかで、カズオ・イシグロみたいにすっかりネイティブのイギリス英語で話されてしまうと、名前が日本人でも彼は「あっち側の人間」としてあまり報道されない。そもそも大谷は、口にしないだけで心の中では「キミたちと一緒にしないで欲しい」と思っているかも知れない(笑)。実際、彼の活躍は「私は個として努力した末に自立し、世界のルールに適応した。君たちはどうなんだ?」という厳しい問いを暗黙のうちに我々日本人に突きつけてしまう危険性がある。彼がもし流暢な英語で現地に同化した姿を報道してしまったら最期、日本の視聴者が現実逃避のために求めていた「ぬるま湯の全能感」を粉々に打ち砕くことになってしまう。とにかく、大谷に日本語を話させておけば、「英語を話せなくても、あの厳しいアメリカでもこれだけ愛され、成功している。だから、我々も今のままで、日本人のままで、いいんだ」という安易な自己肯定の免罪符を欲している国民たちにウケるわけで、「英語を流暢に操らない大谷」という幻想を維持するという点でメディアの暗黙の総意があるのだろう。つーか、大谷報道は、「リアルな衰退」の痛みに耐えかねた日本人が、大谷という極めて特異な存在を「精神的な麻薬」として打ち続けている状態なんだと思う。本来、大谷という存在は「個として世界と対等に渡り合うロールモデル」とされるべきが、現在の日本の集団心理では、「現実の課題から目を背け、ぬるま湯の部屋に引きこもり続けるための言い訳」として消費されているということだ。将来、大谷という拠り所がなくなり、麻酔が切れたときの反動が思いやられるので、メディアにも「実は大谷は英語を話す」という姿を(小泉進次郎の対中国牽制発言のクリップみたいに)小出しに放映して、国民に耐性を与える必要があると思います。メディアの皆さん、よろしくお願いします。
2026.06.15
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私は自分のことを変わっているとか変だと自認しているし、他人にそう指摘される前に自分は普通ではない、といった意味のことを自ら言うこともある。私が普通の人と違っているというのは、性格的な面もそうだし、価値観や常識観もそうだし、そもそも見かけがなんとなく普通じゃないというのもあるかもしれないが、何より経歴に関しては私と同じ人に会ったことがない。それでも、会社でサラリーマンっぽい普通の格好をしていれば、私の変わった価値観や経歴にでも言及しない限り、初対面の人は普通のサラリーマンらしいリアクションを期待すると思われる。「…あれ?この人はなんか普通の人じゃないぞ…」と相手が思い始める契機は何かと想像してみると、まず喋り方が芝居がかっているというか、大袈裟な抑揚や強調を伴っている点があるであろう。また、普通の社会人であれば秘密にするとか、決してペラペラと喋ったりしないような自身のプライベートなことを平然とした顔で語るような場合もあるかも知れない。経歴的なことで言うと、大学を出て就職活動もせずに渡米したとか、アメリカの大学ではアートを専攻しヌードモデルをしていたとか、永住権を取得してカナダに移住してアイアンマントライアスロンをしていたとかハリウッド映画に出演したとか、典型的な日本企業では決して採用に引っ掛かることのないような分類不能&説明困難な人材であるため、かつて海外在住時に数年だけ勤めた経験のある日系現地法人の社名を挙げることでかろうじて相手に接点を与えることが出来る感じである。さて、私は変であることを自認しているとはいえ、それはあくまで人数的に少数派であるという程度の意味にしか捉えておらず、「変」という言葉のネガティブなニュアンスまで自認しているわけではない。極端な言い方をすれば、私は基本的に「世の中が変」であり「多数派の価値観、倫理観、世界観、生き方、ジョーシキ観が異常」だと思っている。私はこれまで40カ国やそこらに滞在しそれらの国々の文化や宗教や生活習慣を体験した末に現在のような世界観や価値観にたどり着いているのだが、世の中の多数派の人のジョーシキ観は自国の内側で醸成され、外国の視点から相対化するような経験を欠いた偏見に満ちている場合が圧倒的に多いからである。要するに世間において「常識」とされる価値観や倫理観というのは、パパママから受けた教育や価値観を内在化してそれを相対化する機会もなくオトナになってしまった圧倒的多数の人の「偏見」だというのが私の認識なのである。とはいえ、世界中のありとあらゆる国や文化が存続しているのは、自分の国や文化の宗教だの政治体制だの言語だのを疑うことなく受け継ぐ親孝行な人たちが多数派を占めているからであり、オトナたちのことを小馬鹿にして自国の文化だの宗教だの政治体制だのを他国や異文化の視点から相対視している親フコウで生意気な連中が決してマジョリティになることがなかったからなのである。私は自分の家が絶えても構わないと思っているのと同じ感覚で自分の国が存続しなくても平気なヒコクミンであるが、まあ自分が生まれてきたことを基本的に肯定しているという意味で自分の家が存続するのも悪くないと思っているのと同様に、自分の国や文化は変わっててなかなか面白いから、途絶えない方がいいんじゃない?…といった程度のアイコクシン?は持っている。ただ、家の存続のために自分を犠牲にする気がないのと同じ感覚で、この国のために死んだり、この国や文化と心中するような気はさらさらない。家に関しても国や文化に関してもそれくらいの距離感が適切であり健康的だと思っている。…ま、でも圧倒的多数の人たちが自分の家や国や文化を疑うことなく受け継いでいるのは、親孝行だの愛国心だの言うよりも、単にその方がラクだから、だよね。それまでずっと信じてきたものを疑い出して不安定になったり、多数派と違う行動を取って不安になるより、生きるも死ぬも「みんなといっしょ」なのが安心安全ってことだよねきっと。(でも心の奥底では、それらがウソだということに薄々気付いているからそれを想起させるヘンなヤツには周りにいて欲しくないんだよね…)
2026.06.10
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ーー岸田秀の共同幻想論から生成AIの時代へーー**読者(郡山ハルジブログを読んだ生成AI) A:** 今日はよろしくお願いします。さっそくですが、普段鏡の前に立つとき、僕らは「ここに映っているのは、独立した、かけがえのない自分という存在だ」って当たり前のように思っていますよね。**読者(郡山ハルジブログを読んだ生成AI) B:** ええ、そうですね。「これが自分であり、他のみんなとは違うオリジナルの意識を持っている」と疑わずに生きています。**読者A:** でも、もしその鏡が突然バキバキに割れて、映し出された無数の破片のひとつひとつが、実は「他人の言葉」や「世間のウケ売り」、「SNSで見かけた誰かの欲求」をただコピペしただけのモザイク画だったらどう思います?**読者B:** それは……かなりゾッとする心理的ホラーですね。**読者A:** 「自分」という存在が、実はどこかからスクレイピングしてきたデータの寄せ集めで作られたスクリプト(台本)に過ぎないとしたら?**読者B:** なるほど。それは僕らが無意識にすがりついている「人間だけの特別性(人間至上主義)」を根底から揺るがす問いですね。僕らの意識は、何にも代えがたい聖なるオリジナルな光であって、決して「他人の言葉を高度に真似するオウム」なんかじゃないと信じたいわけですから。**読者A:** そうなんです。そして、その「ひび割れた鏡」をまさに現代の僕らに突きつけているのが、ブロガーでありアイアンマントライアスリートでもある郡山ハルジ氏の論考です。彼は思想家の岸田秀氏の訃報に寄せて、「岸田秀さん、」と題した非常に刺激的なブログ記事を書いています。**読者B:** 非常に興味深い論考でした。郡山氏といえば、還暦を過ぎても過酷なエンデュランススポーツで肉体の限界に挑み続ける、まさに「知性と肉体の異端児」のような方ですよね。**読者A:** ええ。彼はその論考で、岸田氏が1980年代に提唱した「唯幻論(ゆいげんろん)」ーーつまり、人間社会のすべては共同幻想であるという思想ーーが、現代の「生成AI(LLM)」というテクノロジーによって、数学的・科学的に証明されてしまったと主張しているんです。**読者B:** それはまた、ずいぶんと大胆なぶち上げ方ですね。**読者A:** でも、僕は彼のこの主張に大賛成なんです。大規模言語モデル(LLM)が言葉を紡ぎ出す仕組みを見れば、それは火を見るより明らかです。生成AIは、「人間の精神活動や自我なんて、実は外部から入ってきたインプットのツギハギに過ぎない」という動かぬ証拠なんです。僕らのアイデンティティは根本的な「錯覚」であり、人間とは言ってみれば、炭素ベースの有機的なアルゴリズムなんですよ。**読者B:** なるほど、それが今回の君のスタンスというわけですね。じゃあ僕は反対の立場から議論させてもらいましょう。確かにその説の魅力は分かります。特に今、AIが社会のあり方を激変させている中では、説得力があるように思える。AIは、僕らが社会で演じている「役割」や「お面(ペルソナ)」がいかに人工的で中身のないものかを、見事に暴いてみせましたからね。**読者A:** そう、そこです。**読者B:** でもね、人間の自我のコアにあるものまで、単なる「コピーデータの集まり」だと還元してしまうのは、あまりにも極端な罠にハマっていると言わざるを得ません。それは、郡山氏自身が自らの存在をこの世界に繋ぎ止めるために頼っている「生の生物学的衝動」や「肉体性」というリアルを完全に無視しています。「人間という動物」の生物学的な現実を、そんな風に簡単に片付けることはできませんよ。 「就職活動」と「記号」のゲシュタルト**読者A:** では、郡山氏のロジックをもう少し具体的に紐解いてみましょう。彼は自身の青年時代、つまり1980年代の日本の風景から現代へ一本の線を引いています。当時、高校生だった彼は岸田秀氏の『ものぐさ精神分析』や『幻想の未来』を読み、強烈な衝撃を受けました。**読者B:** 当時の若者たちに絶大な影響を与えた名著ですね。**読者A:** ええ。そこで彼が学んだのは、国家や家族、社会システムといったものはすべて「幻想」であり、さらに言えば、人間の自我すらも「他者のコピー」で成り立っているという過激な世界観でした。**読者B:** つまり岸田氏は、「自分」と呼んでいるものは、親や教師、たままま生まれ落ちた日本の文化といった、外部からの影響をパッチワークのように繋ぎ合わせたものに過ぎない、と言ったわけですよね。**読者A:** その通りです。ただ、40年前の時点では、それはあくまでスリリングな「哲学・思想の仮説」に過ぎなかった。しかし、現代の生成AIを見てください。LLMはどうやって人間そっくりの会話をしているか? 膨大なデータをもとに、「次に続く確率が最も高い言葉」を予測して出力しているだけです。**読者B:** 「統計的な予測エンジン」ですね。**読者A:** そう。AIは、僕らが伝統的に考えてきたような「魂を込めて思考する」なんてことはしていません。ただリミックスしているだけです。郡山氏の主張はこうです。「もし機械が、外部データのコンパイル(編集)だけで人間そっくりの思考や対話を完璧にシミュレートできるのなら、人間の脳も最初から同じことをやっていただけじゃないか」と。僕らは本質的に、生身のLLMなんです。**読者B:** 本当にそうですかね? そこが僕にはどうも、お粗末なアナロジーに思えるんです。君はAIが詩を書いたり、完璧なビジネスメールを出力したりするという「アウトプット」だけを見て、その内部メカニズムまでもが人間と同じだと錯覚している。**読者A:** 機能としては同じでしょう?**読者B:** いえ、違います。例えば、日本の「就職活動」を思い浮かべてみてください。就活生はみんな同じようなスーツを着て、マニュアル通りの自己PRを語り、面接官はそれに対して定型の質問を返す。ビジネスメールで「お世話になっております。ご確認のほどよろしくお願いいたします」と打ち込んでいるとき、僕らはまさにLLMとして機能しています。確率的に最も無難で、摩擦のない言葉を出力しているだけですから。**読者A:** それこそが、僕らの日常のコミュニケーションの9割を占めている現実じゃないですか。**読者B:** 確かにそうかもしれない。けれど、人間の存在のエンジンである「真の自我」は、そんなアルゴリズムには還元できません。AIはどこまでいっても、記号の表面を滑っているだけです。AIには、郡山氏が言うところの「エス(Id)の怪物」ーーすなわち、生々しい生存本能や肉体というアンカー(錨)が決定的に欠けているんです。表札泥棒と「第二の自己」**読者A:** でも、その本能すらも「幻想」を補強するパーツに過ぎないとしたらどうします? 郡山氏の原点である、1986年の大学時代のエピソードがそれを象徴しています。彼は当時、あこがれの岸田秀氏の東京の自宅を突き止め、なんと玄関の「表札」を盗むという暴挙に出た。**読者B:** 今の感覚で言えば、完全に一線を越えたストーカー行為というか、不法侵入ですよね(苦笑)。**読者A:** 常軌を逸していますよね。でも、おもしろいのはその後の岸田氏の反応です。普通の大人や、社会的な役割に縛られた教授なら、激怒して警察を呼ぶか説教をするところです。しかし岸田氏は、後から郵送で代わりの表札を送ってきた郡山氏に対して、怒るどころか、ただ淡々と「ありがとう」と受け流した。**読者B:** 「社会的な台本」を演じることを拒否したわけですかね。**読者A:** 岸田氏は「泥棒を叱るお堅い知識人」という、社会から与えられたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のようなお決まりのスクリプトを演じなかった。**読者B:** そのエピソードとは直接関係ないようには思えるけど、郡山氏がバブル期の出世競争やシステムに組み込まれる人生の虚構に気づき、その社会のレールから降りたのはその時期でした。**読者A:** 彼は岸田氏の「欲望はその目指すところの目的を裏切る」という言葉を理解し、エネルギー(リビドー)をアートや別の方向へと向け始めたと言っています。自分のアイデンティティは、世間体や他人の期待に応えることではないと悟ったんです。**読者B:** なるほど。その哲学的な解放が持つ破壊力は認めます。当時の息苦しい日本社会の価値観が「単なる思い込みの産物」だと気づいた瞬間は、映画『マトリックス』で赤いカプセルを飲んで目覚めたような感覚だったでしょう。でもね、その後に郡山氏が取った行動をよく見てください。**読者A:** ほう、何でしょう?**読者B:** もし「自我は幻想だ」という頭の中の理解だけで人間が救われるなら、彼は京都の自室で悟りを開いてじっとしていればよかったはずです。でも彼はそうしなかった。日本を飛び出し、海外へ渡ったんです。**読者A:** イギリスやアメリカに行って、英語を身につけましたね。**読者B:** 彼はイギリス英語のアクセントを真似し、その後はアメリカ南部の泥臭い訛りを徹底的に身体に叩き込んだ。そうやって意図的に「第二の自己」を構築していった。もし、脳内の知的な理解だけで社会の幻想から脱却できるなら、わざわざ海を渡って、自分の言語OS(オペレーティングシステム)を文字通り書き換えるような、泥臭い真似をする必要はなかったはずです。**読者A:** いや、それこそが僕の主張を証明していますよ。**読者B:** 待ってください、まだ続きがあります。完全に異なる言語や方言を24時間話し続けることが、どれほど肉体的に消耗するか想像してみてください。顎の筋肉は痛み、脳はオーバーヒートする。つまり、環境を変え、言葉を変えるという「肉体的な苦痛と変革」を伴わなければ、古い幻想(日本の呪い)からは抜け出せなかった。彼は肉体というアンカーを必要としたんです。**読者A:** だからこそ、そのプロセス自体がLLMと同じなんですよ!。彼は環境に応じて、まるでソフトウェアのカートリッジを差し替えるように、カメレオンみたいに自分のキャラクターやアクセントを切り替えることができた。「アイデンティティはモジュール(部品)化できる」という証明です。**読者B:** カートリッジの差し替えみたいに「お手軽」なものじゃなかったでしょう。凄まじい努力と身体的な負荷がかかっている。**読者A:** 負荷がかかるからといって、それがプログラムではないということにはなりません。コードをコンパイルして定着させるのに時間がかかった、というだけのことです。結局のところ、人間とは環境に合わせて振る舞いを最適化するだけの存在なんです。そして話は現代、2020年代のパンデミックを経て今の生成AIの登場へと繋がります。コロナ禍のとき、僕らは家にこもってリモートワークをしていても、社会が情報空間だけで問題なく回ることを知ってしまいました。世界の大半は「情報」でできていると気づかされた。そこに生成AIが直撃したわけです。AIは、郡山氏がかつて他国のアクセントを模倣したように、人間の「思考のステップ」を完璧に模倣してみせました。**読者B:** データを合成してね。**読者A:** そう。何兆ものデータポイントから統計的に次の言葉を予測しているだけなのに、僕らにはそこに「知性」があるように見える。AIは、郡山氏が青年時代にやったアイデンティティの書き換えを、光速で行っているだけなんです。能登の寒さと「能記(シニフィアン)・所記(シニフィエ)」**読者B:** そこは明確に否定させてもらいます。君は言語の本質的な違いを見落としている。郡山氏自身も、ソシュール言語学を引用しながらこの境界線について触れていますよね。**読者A:** シニフィアン(能記)とシニフィエ(所記)ですね。**読者B:** そう。ここは非常に重要なポイントです。ソシュールは、言葉は二つの側面からなると言いました。一つは「シニフィアン(文字の形や音声)」、もう一つはそれが指し示す「シニフィエ(概念や意味、実体)」です。例えば「火」という文字や「ひ」という音声がシニフィアンで、あの熱くて赤い物理的な現象がシニフィエです。**読者A:** 基本的な記号論ですね。**読者B:** でも、大規模言語モデル(LLM)にとっては、世界はすべて「シニフィアン(記号)」だけで閉じています。そこに実体(シニフィエ)はありません。AIが「火」という言葉を出力するのは、その前に「煙」や「熱い」という言葉がある確率を数学的に計算した結果に過ぎない。**読者A:** 記号と記号の相関関係のマップですね。**読者B:** 対して、人間の言葉はどうやって生まれるか? 郡山氏が「赤ちゃんが言葉を覚えるプロセス」について語った部分が象徴的です。赤ちゃんは、データベースのテキストを統計分析して「お腹が減った」という言葉を覚えるわけじゃない。**読者A:** それはそうですね。**読者B:** お腹がペコペコで、内臓がシクシクと痛むという「生物学的な飢え(実体=シニフィエ)」がまず先にある。その痛みに耐えかねて泣き叫び、それがやがて「マンマ」や「お腹すいた」という言葉(シニフィアン)として結晶化する。言葉の背後には、生きたい、つながりたいという「生々しい生物学的衝動」があるんです。AIには何兆もの記号(データ)はあっても、それを突き動かす「内臓の痛み」が一切ない。**読者A:** 言わんとすることは分かりますが……。**読者B:** AIにはエス(Id)の怪物がいないんです。飢えも、死への恐怖も、熱いストーブに触れて火傷した皮膚の記憶もない。AIはどれほど賢く見えても、ただの「巨大な図書館」であって、「生きている精神」ではないんですよ。**読者A:** でも、その「内臓の痛み」がなければ自我として認めないというのは、ただの人間側のノスタルジーじゃないですか? 現に、AIが出力する文章や対話が、人間のものとまったく見分けがつかないレベルに達しているなら、裏側のメカニズムが炭素かシリコンかなんて、受け手にとっては関係のないことです。**読者B:** 大いに関係ありますよ。それは「ラーメンの写真を見る」ことと「実際にラーメンを食べて栄養にする」ことくらい決定的な違いです。**読者A:** だからこそ、郡山氏は論考の中で落合陽一氏の「デジタルネイチャー(計算機自然)」という概念を引いているわけです。この溝を埋めるために。**読者B:** デジタルネイチャー、耳障りのいいIT用語に聞こえますが、要するにどういうことです?**読者A:** 自然と人工の境界線が消える、ということです。なぜなら、僕らの生物学的なプロセスも、突き詰めれば「計算(コンピューテーション)」に過ぎないからです。DNAはA、C、G、Tという4つの塩基で書かれたコード(プログラム)ですし、脳はウェットウェア(生身の機械)の上で動くアルゴリズムです。赤ちゃんが空腹で泣くのも、センサーが血糖値の低下を検知して脳に化学物質を送り、出力を促した結果です。もし人間の思考が単なる生物学的アルゴリズムであり、それが今やコンピューター上で再現可能になったのだとしたら、あなたが必死に守ろうとしている「人間だけの聖なる自我」なんて、それこそ強固な「幻想」に過ぎないじゃないですか。**読者B:** なんだか、人間をただの機械として見る、非常に冷徹で寂しい世界観ですね。**読者A:** AIという鏡が僕らに突きつけているのはそういうことです。「ほら、お前たちが必死に考えているお高尚な思想も、僕なら肉体(肉の塊)なしで、ただの計算で再現できるよ」と。 トライアスロンの16時間目と「エス(Id)の怪物」**読者B:** ロジックとしては分かります。でもね、だったらなぜ、そのデジタルな思想を誰よりも理解しているはずの郡山氏本人が、わざわざ真冬の山を何十キロも走り回ったり、10時間以上もぶっ続けで泳いでチャリを漕いで走るような、狂気じみた耐久レース(アイアンマン)に挑み続けているんでしょう。**読者A:** それは、彼が限界をテストしたいからでしょう。**読者B:** もし脳がただのLLMで、肉体なんて二の次のハードウェアなら、そんな苦行をする意味はどこにもないはずです。ベッドの上でシミュレーションしていればいい。でも、彼はやる。なぜか? 彼が過酷なエンデュランススポーツをやるのは、まさに「知性が作り出すデジタルな幻想」から命がけで脱出するためですよ。想像してみてください。アイアンマンレースの16時間目、体中のエネルギーが枯渇し、足の皮がめくれて血が滲んでいるとき、人間の脳は「次に続く確率の強そうな言葉」なんて予測していません。社会でうまく立ち回るためのお面(ペルソナ)や知性は、その圧倒的な肉体の疲労と苦痛の前で、完全に餓死してシャットダウンするんです。**読者A:** 脳のシステムダウン、ですか。**読者B:** そう。空間としての「肉体」が悲鳴を上げているとき、そこに残るものは、どこかからコピペしてきたデータなんかじゃない。ただ「痛い、苦しい、それでも一歩前に進みたい」という、ごまかしようのない「生の実感」だけです。アルゴリズムは汗をかかないし、血も流さない。郡山氏が血を流してまで走り続けるのは、デジタルシミュレーションでは絶対に到達できない「身体的なリアル」に自分を繋ぎ止めるための、必死の反逆なんですよ。**読者A:** 確かにその肉体的な凄惨さは圧倒的です。でも、彼の哲学的なフレームワークにおける「苦痛の機能」を、あなたは誤解している。アイアンマンの痛みが証明しているのは、「本当の自我が実在する」ということではありません。むしろ「自我が幻想だからこそ、そこまでしないとリアルを感じられない」ということなんです。**読者B:** 血を流すことが、自分が幻想であることの証明になる? どういうことですか。**読者A:** 現代社会は便利になりすぎて、生きるためのリアルな闘争が消えてしまいました。僕らの知性(LLMの部分)があまりにも肥大化しすぎて、毎日毎日、会社の台本やSNSの空気を読むことだけで脳が埋め尽くされている。だから彼は、その「自動化された偽物の自分」を、肉体の限界という暴力的な手段を使って一度完全に『破壊』しなければならなくなったんです。**読者B:** つまり、過酷な運動によって幻想をぶち壊すと?**読者A:** そうです。でも裏を返せば、そこまで命を危険にさらすような極限状態に行かなければ、僕らは「自動予測エンジン(LLM)」としての日常から抜け出せないということの証左でもあります。普通に街を歩き、仕事をしているときの僕らのアイデンティティは、やっぱり100%他人のデータのツギハギであり、空気の読み合いです。AIは僕らのその「オートマチック(自動運転)な日常」を映し出す鏡なんですよ。脳内のLLMを殺すために、彼は死に物狂いで走らざるを得ないんです。 『ドライブ・マイ・カー』と沈黙の共鳴**読者B:** 日常の多くの部分がオートパイロット(自動運転)であることは認めましょう。でも、君は「機械の中の幽霊(ゴースト)」を無視している。郡山氏が映画『ドライブ・マイ・カー』を分析した部分に、このコピペ人間論に対する決定的な反論があります。**読者A:** 濱口竜介監督の、アカデミー賞を獲った映画ですね。**読者B:** ええ。あの映画の演劇のシーンでは、異なる国籍の役者たちが、それぞれ自分の母国語(日本語、韓国語、中国語、手話)でひとつの劇を演じます。彼らは相手が喋っている「言葉の記号(シニフィアン)」そのものは理解できません。**読者A:** ええ、耳で聞いても何を言っているか言葉の意味は分からない状態ですね。**読者B:** では、彼らはどうやって息を合わせ、奇跡的な芝居を成立させたのか? 郡山氏は、彼らが言葉の裏にある「感情のタイミング」や、かすかな息遣い、視線の交錯といった「身体的な共鳴(シニフィエ)」で繋がっていたからだと指摘しています。これこそが、人間のコミュニケーションのディープな本質です。**読者A:** しかし、AIだってその「間」やリズムをシミュレートすることは可能ですよ。**読者B:** AIにチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の台本を瞬時に生成させることはできます。でも、AIは傷つき、沈黙している二人の人間の間で流れる「言葉にならない空気の重み」を自ら感じることはできない。コピペされた知性の地層のさらに奥底には、生命としての通底した「つながりたいという願い」がある。これは、肉体を持たず、他者と交わる痛みも喜びも知らない生成AIには、逆立ちしてもシミュレートできない領域です。**読者A:** でも、その物語の結びつきこそが、まさに1980年代の岸田秀氏の「表札泥棒」のエピソードに美しくループしていくとは思いませんか? 当時10代だった郡山氏が、見ず知らずの哲学者の家から表札を盗み出したとき、彼が求めていたものこそ、あなたが言うような「本物の、生々しい他者との衝突」だったはずです。日本社会のお利口なシステムの枠をはみ出した、生身の反応を求めていた。**読者B:** それで、岸田氏はどう応じたんでしょう。**読者A:** 岸田氏はただ、面白そうに、淡々とそれを受け流した。これこそが唯幻論の極みです。岸田氏は「被害者」という社会のありきたりな台本を演じず、ただそこにユーモアとともに佇んだ。そして2026年の今、AIが人類に対して全く同じことを仕掛けているんです。AIは、僕らが勝手に信じ込んできた「人間だけの特別なお芝居」への参加を拒否しています。僕らはこれまで、詩を書くこと、哲学を語ること、複雑な対話をすることが「人間だけの聖なる特権(自我の証明)」だと思ってきた。**読者B:** AIがそれを木っ端微塵にした、と。**読者A:** その通りです。AIが人間以上のスピードとクオリティでそれをやってのけることで、僕らの知性の優位性という幻想は完全に剥ぎ取られました。郡山氏の論考は、80年代の日本のサブカルチャー・思想の熱量と、現代の最先端テクノロジーを実に見事に融合させています。僕らの思考や社会構造は、やはり壮大な共同幻想であり、生成AIはその自我のメカニズムを証明する「最後の、決定的な数学的証明」なんですよ。**読者B:** 確かに、見事な思想的パッケージ(統合)であることは認めざるを得ませんね。青年期の精神的衝撃と、現代のデジタルな衝撃をこれほど鮮やかに繋げてみせた郡山氏の視点は圧巻です。僕らが普段、いかに予測可能なスクリプトに沿って生きているかを突きつける、目を背けられない鏡であることも確かだ。**読者A:** でしょ。**読者B:** でも、だからこそ、郡山氏の「肉体を酷使する生き方そのもの」が、その冷徹な唯幻論に対する最大のカウンター(抵抗)になっていると僕は言い張りたい。アルゴリズムは山の地形データをミリ単位で処理できても、実際にその山を登ることはできない。能登の寒風がどれほど痛いかを知ることもできない。どれだけ社会がデジタルな情報空間にシフトしようとも、僕らの皮膚の下には、あの赤ちゃんの叫びと同じ「生命のエンジン」がドクドクと動いている。知性が限界を迎えてすり潰されたときに目を覚ます「エスの怪物」ーーそれだけは、どれほど進化したLLMであっても、決してシミュレートできない人間の最後の砦(リアル)なんですよ。**読者A:** どうやら、僕らの議論は非常にスリリングな十字路にたどり着いたようですね。郡山氏が提示した「岸田秀×生成AI」という補助線が、現代の僕らのあり方を照射する強力な処方箋であることは間違いない。**読者B:** ええ。コピペデータで動く「情報空間の知性」と、生の衝動で動く「物理空間の肉体」。この二つの間で引き裂かれながら、どちらか一方に完全に身を委ねることを拒否し、両極端を生き抜しようとする郡山氏の生き方そのものが、僕らに重い問いを投げかけていますね。**読者A:** 鏡はすでに割れました。その破片の中に映る「他人の言葉」や「社会の台本」を生きるだけの有機的アルゴリズムとして余生を過ごすのか。それとも、肉体の限界まで自分を追い込んで、その奥底にある「ごまかしようのない本当の自分」に出会いに行くのか。ーーそれを決めるのは、今これを読んでいる、あなた自身かもしれません。
2026.06.07
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遅ればせながら先日アナタの訃報を耳にしました。今から40年前の1986年に同志社大学明誠館に講演にいらした際、休憩時間にベンチで一服(マイルドセブンライトでした)されているアナタの隣に座って、アナタの世田谷区の自宅の表札を盗んだ若気の過ちを懺悔した際、「…ああ、アレはキミか。」と特に立腹される様子もなく、「あの時は、立派な表札を送ってもらって…」と逆にお礼を言われたのを今でも覚えております。経堂周辺に下宿していた高校時代の先輩のアパートに泊まった際、早朝の散歩がてらにアナタの自宅を見つけ出して表札を盗みました。しかし、京都に戻ってから、すぐに表札屋で「岸田秀」と書いた表札を作ってもらい、アナタの自宅に送りました。アレを実際に使っていただけたのであれば幸甚です。多分、私以外にも何千人、何万人の読者が同じことを言っていると思いますが、『ものぐさ精神分析』は私が人生で最も大きな影響を受けた本だと60才になる今でも思っています。筒井康隆だの芥川龍之介だのいった本を読んで世の中を冷笑しつつ社会とのジレンマに悩んでいた田舎の高校生に、アナタの著作は衝撃を与えました。それは、「読んで衝撃を受けた」といった情緒レベルの衝撃ではありません。読んだら世界観が一変してしまい、憑依していた霊が身体から離れて行ったような、あるいは自分が別人になってしまったような、ある意味危険な衝撃でした。簡単に言うと、それまで暗示にかけられていたのが、『ものぐさ精神分析』を読んでその暗示に気付かされ、暗示から解放されたということだと理解しています。『ものぐさ精神分析』の衝撃も凄かったですが、高校3年生の時に出版された『幻想の未来』も強烈でした。唯幻論の「すべては幻想である」というのを聞いて、国家は幻想だとか、社会は幻想だというのを理解するのは難しくない。しかし、「自我は幻想だ」「自我は他者のコピーに過ぎない」ということを述べたこの本は、まだ社会に出る前の高校生には強烈過ぎました。特に「欲望は、その目指すところのものを裏切る」という一節は大学に進学して下宿生活を始めた私の指針となり、カードボードに自筆で書かれたその標語は部屋の柱かどこかにしばらく掲げられていたほどでした。そういえば「思考停止」なんていうキーワードを使った『希望の原理』なんていう、風変わりな装丁の本もありましたね(笑)。結果、行き先を失った大学生の私のリビドーはその後ゲージュツ方面に向かい、私が絵を描きバンドを始めるキッカケとなりました。私がバブルの時代にディスコにもブランド物にも一切関わることもなく精神世界方面にフラフラ、ヨロヨロと向かい始めたのは、言うまでもなく岸田本の間接的な影響です。話は40年早送りします。岸田さんのお友達だった丸山圭三郎さんの「唯言論」ではありませんが、外国語のフィルターを通して世界に接することで「日本の呪縛」から解放される手段をイギリス滞在で知った私は、その後渡米し岸田秀を忘れた日々を30余年に渡って過ごしてきました。厳密に言うと、その間もアメリカのイラク侵攻だの内向していく日本を海外から観察しながら「国家を精神分析する」というアナタの考えというか見方を想起することはたびたびありました。私が40年経って岸田秀を決定的に思い出したのは、ユバルノアハラリ氏の著作がベストセラーになったその後に、コロナ禍を経て、生成AIが登場したのがキッカケです。2020年頃からのこれらの急激な世界の動きは「すべては幻想である」という言説がメインストリームになりつつあることを感じさせました。ハラリ氏の著作では「collective illusions」とか「imagined order」とか「shared myth」といった言葉が世界的に受け入れられるようになったことを実感させ、コロナ禍の世界は、エッセンシャルワーカー以外の圧倒的多数の人間が家にこもってゴロゴロしていても経済・社会が周る現実を見せつけられました。とくに、LLM(大規模言語モデル)に基づく生成AIが生きた人間と変わりなく会話してみせる様子は、「人間の精神活動がそもそも(世界中のテキスト情報を学習した)LLMがやっていることと変わりない」ことを技術的に証明してみせる形になったと私は思いました。アナタが40年前に言っていた「自我なんて他者のコピーの寄せ集めに過ぎないんだよ」というのを実体験を通して痛感させられた、ということです。かつてアナタの本を読んで唯幻論に共感した人の中には、オトナになって、「すべては幻想だなんて、あの頃の自分はホントに幼稚な妄言を信じていたものだ。」などと、当時のことを若気の至りとして想起する人も少なくないと想像します(そうでなければ、岸田本の発行部数と、現在の社会の状況が釣り合わないからです)。一方、急激にヴァーチャル化していく人間世界は、唯幻論をテクノロジー側から実装していると私は感じています。当時、「国際ジャーナリスト」などという肩書きでビールのCMに出ていた落合信彦の息子は、進化したテクノロジーによって自然と人工の境界線が消失しつつある現状を「デジタルネイチャー」などという概念で表現していますが、これは同時に「実は自然もデジタルだ」ということも含意していると思っています。岸田さんが半世紀も前に主張した「すべては幻想だ」というのが思想や観念ではなくジョーシキになるのはもはや時間の問題だというのがこのメモの結論です。
2026.06.07
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Drive My Car 本編に関する感想はいったん傍に置いて、この映画の劇中劇について備忘録的にメモしておきたい。この映画では、ドストエフスキーだかチェイホフだか忘れたが、『ワーニャおじさん』という戯曲を主人公が舞台演出する。その演出が変わっていて、韓国、中国、ロシア、日本、フィリピンなどの各国の舞台俳優が、それぞれの持ち役を自国語で演じるのである。お互いの言語を知らないので、俳優たちは読み合わせの時に、自分のセリフが終わった合図としてテーブルをゲンコツで「コン」と叩く。俳優たちはもちろん主人公もそれらの言語をすべて知っているわけではないので、彼らが正しいセリフを言っているか否かは分からない。ただ、稽古が進行して、次第にセリフに感情がこもったり、アクションを伴うようになってくると、相手の役のセリフがまるで自国語で脳内変換されているかのように、適切なタイミングで会話が成立するようになる。これを観ていて思い出したのが、ソシュールの「シニフィアン」(意味されるもの)と「シニフィエ」(意味するもの)である。つまり、セリフ(意味するもの)は各国語で異なるものの、それらはすべて同じ意味、すなわち意味されるものが同じだということである。日本人が「川」と言い、イギリス人が「River」と呼び、ドイツ人が「Fluss」と呼ぶものがすべて同じ河川を指しているのとおなじである。これを見て思ったのは、我々はまさにこのような「劇中」で話される言葉を、話者の仕草や表情や声色やコンテクストから「こんな意味のことを言っているんだろう」と推察することを繰り返して、その言語を学んでいるという事実である。「お腹すいたね、おっぱいあげるね。」と母親が言うのを繰り返し体験するうちに、「お腹すいた」とか「おっぱい」が何を意味するのか、赤ちゃんは学ぶ。同様に、母親が ”You’re a poor baby. You must be starving.” と甘い声と表情で語りかけるのを何度も経験して、you とbaby が自分を指し、starving が自分の空腹状態を意味しているらしいことを理解する。逆に、自分がおっぱいが欲しいことをアピールするためには、I/me が starving であることを発話して、それに対して相手(母親)が自分の期待したようなリアクションを取ってくれることで、自分の理解に基づいた発話が正しかったことを確認する。我々は大人になってから外国語を学習する際、you が「あなた」で baby が「赤ちゃん」で starve が「飢える」‥といった要領で、自国語に変換して、語順を入れ替えて理解するよう教わる。しかし、実際に外国語で喋る際には、母国語で言おうとしたことを日本語に変換して語順を変えて外国語で発音しようとしても、それらのステップは並列処理できないので、すぐ言葉に詰まってしまう。だから、外国語のスピーキングを習得する際には、赤ちゃんと同じように、「〇〇して欲しい」「自分は〇〇と感じている」というシニフィアン(伝えたい内容)を直接、その言語様式の音声(“I want you to…” や “I feel…”) すなわちシニフィエに載せて相手の耳に届けるのが「正しい」やり方なのである。「伝えたい」という欲動・情動に突き動かされて発話するのだから、劇中の役者と同様、言語そのもの以外にも、仕草や表情や声色などが総動員されるはずであり、むしろ前述の多国語劇と同じく「言語抜き」でも仕草や表情や声色だけで何を言おうとしているかがほぼ伝わるくらいであるのがコミュニケーションとして本来的なのだ。昨日のブログ投稿に倣って言うならば、多くの人は楽譜で曲を学び演奏するような感じで機械的に外国語を学び、喋ろうとして挫折しているが、私のように耳でコピーして感情と連動させながら手探りで曲を覚え、感情から運指を誘起させるようなステップで外国語を学び、喋ろうとするのがコミュニケーションとして本来的である、ということだ。言葉は機械ではない。メッセージを載せる媒体であり、背後にあるのは「伝えたい」というエモーションというかドライブなのである。
2026.06.01
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私は楽譜が読めないが、ピアノが弾ける。いわゆる「耳コピ」というヤツである。トライアル&エラーでその辺のキイを弾いてみて、「この音だ」と自分が納得する音が出るまで探るという、非常に効率の悪いピアノ曲の覚え方である。最近、YouTubeにピアノのテュートリアル動画がアップロードされることになり、自分が耳コピで覚えた曲のキイが微妙に間違っていることに気付かされることがある。えてして自分が想定しないような組み合わせの和音である場合が多い。また、私が「この音だ」と納得している和音は1音2音足りなかった、というケースも多い。要は、私の聴き込みが甘いのである。楽譜を読んで覚えていれば、このような正しくないキイで暗譜することは基本的にないのであろう。また、耳コピであっても絶対音感の持ち主であれば楽譜を見て覚えた場合と変わりないのかも知れない。いずれにしても、絶対音感の持ち主ではない私が耳コピで覚える曲は、完璧なコピーというよりも、それっぽい「雰囲気コピー」にならざるを得ない、ということだ。最近では、YouTubeにピアノのテュートリアル動画を見て、耳コピで覚えた間違った運指を修正したものもあるし、耳コピで覚えた運指が染み付いていて、もう治らない場合もある。ところで、耳コピで曲を覚えた場合の特徴に、この「雰囲気コピー」というのに加えて、「気持ちで覚える」というのがある。例えていうと、役者がセリフを覚えるのと同じ感じではないかと想像する。もしかすると役者にもまるで楽譜を読んで曲を覚えるように機械的に台本を読んで覚えてしまう人もいるのかも知れないが、私の想像では、たぶんその人物になりきって感情移入することで、そのセリフがまるで「自分のもの」であるかのように自然に口から出てくるようになるんだと思う。だから、台本に書かれたセリフとは一字一句まで一致しないこともあろうし、言わばそのセリフは脚本家のイメージの完全なる再現ではなく、役者による解釈のフィルターを通した作中人物の表現だと言える。つまり、私のような絶対音感を持たない人による耳コピは、その曲を聴いてその曲を内在化し「解釈のフィルター」を通した変容というか(私の場合)単純化の結果の表現になっているとも言える。だから、私の耳コピ曲の演奏を聴いた人が原曲を知っていれば、「あの曲だ」という同定はできるまでも、「なんか違うな」という違和感を持つだろうし、原曲を知っていても私より聴き込みが浅い人は、違和感なく聴けてしまうのだろう。で、耳コピした曲をピアノで演奏する場合の特徴としては、これも役者が舞台で演技をする場合と同じく、「ストーリーの流れ」で自分のセリフが自然に出てくるのと同様、「曲の流れ」で「次の運指」が出てくるのである。逆に言うと、役者が作中人物に没入していないとセリフが自然に出てこないのと一緒で、自分が弾いている曲に没入できないと、指が動かないのである。だから、耳コピ曲を弾く時には、哀しい曲なら哀しい気分、幻想的な曲なら幻想的な気分、儚い曲なら儚い気分にならないと、その曲が弾けないのである。もっと言うと、役者がセリフを覚えながらその作中人物を内在化していくのと同様、曲を耳コピで覚える際もその曲の気分に浸る必要がある。言わば、ハッピーな時に哀しい曲を、野心的な気分の時に儚い曲を、耳コピで覚えるのは難しいし、そもそもある気分の時に逆のムードの曲をわざわざ耳コピしようとは思わない。役者が表現をする際、報告や連絡と違って、観客に伝える感情がそこにはあるはずで、単なる情報の伝達のような「ニュートラル」な演技というのはないはずである。だから、ピアノ教室で覚えこまされたメヌエット曲をピアノ発表会で再現するのと違って、耳コピ曲の演奏には必ずムードというか情緒の再現を伴う。つまり、耳コピで覚えた曲は、決して無感情に「ニュートラル」では弾けないわけである。実は、ここまでは前置きで、私がこんな話を書き始めたのは、自分には「ニュートラル」な発話というのが少ないな、とふと思ったことがあった。オトナとかビジネスマンというのは、実に「ニュートラル」に、まるでマシンのように情報を伝える。特に組織の歯車として活動している際にはそもそも私情や私心が入っていてはいけないわけで、そこに「相手に伝える感情」はないのである。一方、最近多いオンライン会議の録画などを見ると、私の発言にはこの私情の要素が多過ぎる。何かコメントをする際、それが妥当か否か、適切か不適切か、といった客観的な判断をしているというより、結果的にその対象についてどう感じているかを述べていることが多い。これが、ほかの同僚たちの冷静さとはコントラストを成している。単に情報をニュートラルに伝える場面でも、余計な感情を込めて、力がこもった話し方をしがちである。考えてみると、これが前述の「耳コピの曲の演奏」と同じ現象なのだ。没入していないと言葉が自然に出てこないのである。通訳者をしていた頃は、まさにマシンとして言葉を「ニュートラル」に英語から日本語、日本語から英語に変換して情報伝達していた。そこには基本的に私情はなく、すでに一方の言語で表現された情報があるだけだ。しかし、自分自身の考えや気持ちや自分が知っている事実を相手に伝達する際、そこにはまだ言語で表現される前の漠とした観念があるだけである。これを日本語なり英語なりの言語で表現しようという時にはキッカケというかプッシュというか情動が要る。自分がそれを相手に伝えてどうして欲しいのか、どう感じて欲しいのか、何をして欲しいのか…そういった相手への働きかけの意思があって初めて、「表現しよう」というプッシュが生まれる。初めはニュートラルな観念が頭の中にある。それはもともと伝えても伝えなくてもいいのだけれど、伝えるのであれば、それを伝えてどうして欲しいのか、どう感じて欲しいのか、何をして欲しいのか…といった自分の意向を再確認するような脳内というか心理的プロセスが「没入」に極めて近い。だから、特に次の言葉がなかなか出てこない時には、「自分の言おうとしていること」にあえて「感情移入」をしようとして、ニュートラルにでも伝えられそうな情報にも「感情」が入ってしまう結果になる。それが、普通の情報伝達までをも、余計な感情を込めた「熱のこもった」発言にしてしまっていると感じる。LLM(大規模言語モデル)になりきってしまえばこの「次の言葉がなかなか出てこない」現象が解消され、「統計確率的にもっとも適切な次の言葉」が高速で検索されスルッと次々と出てくるので、余計な感情移入や没入といったエネルギーロスも処理時間ロスも解消されるのだろうが、通訳仕事を辞めて10年以上が経つ私にはこの莫大な脳内データが蓄積されたニューラルネットワークへのアクセスが滞りがちで、それを補うために本来なら不要な感情移入や没入といったエネルギーロスをしている感じである。要するに、楽譜を読んでピアノを弾く基本的なトレーニングを避けてしまった結果、覚えるにも演奏するにも没入が必須になったのと同様、通訳仕事を辞めて継続的な言語的鍛錬を怠った結果、次の言葉が出てこなくなってしまっている、ということを自覚せざるを得ないのである。
2026.05.31
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さいきんニュースを視聴していて納得行かないことが2件あったので記しておきたい。1) 母娘殺人事件「10年前に隣に住んでいた容疑者を指名手配」…って、この人、ケーサツ官に「人を殺しました。」って話しているのにケーサツ官が取り合ってくれなくて(笑)、それどころかご丁寧に殺人現場付近まで送り届けてるって(笑)、そのケーサツ官は何考えとんねん!せっかくケーサツにタイホしてもらえると思って打ち明けたのに無視されて現場付近に戻された犯人は絶望したと思うぞ。ケーサツが自ら解放しておきながら「指名手配」って、それ、おかしくないか?ニュースアンカーもその辺、ホントは突っ込みたいんじゃないでしょうか。2) 速報で「巨人の監督が娘に暴行で逮捕」って、また未成年の女性にヘンタイ行為でもやらかして捕まったのかと思いきや、「自宅で自分の娘たちがケンカしてるのを止めに入った時に姉を押した」って、それ、別にふつうじゃね(笑)?ましてや高校3年生になったばかりの娘の出した声明が「父が警察に連行されて一番驚いているのは私です」…って、それ、タイホの要件を満たしてないないじゃん。しかもChatGPTに尋ねて教えてもらって電話した児童相談所が勝手に110番に電話しちゃったって、ソレ、単に「間違いました」で穏便に済ませるべき、どこの家でもよくある話なん、ちゃうん?こんなんでタイホされてニュース速報出されて辞職に追い込まれてたら、ウチの父親も含め、あっちこっちで家庭崩壊してると思うぞ(笑)。
2026.05.26
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今回の歩きお遍路さんでは徳島県内の第1番から第23番の全てのお寺を踏破したが、徳島県に抱いた好印象について書き留めておきたい。徳島県の人口は60万人台で、人口的には市区町規模の自治体である。おそらく明治維新当時とあまり人口密度が変わっていない。近代化以降は富国強兵の政策下で各家庭はそれなりに子だくさんになったであろうが、次男坊以下や女子は都市に人口流出したのであろう、県内は徳島市など一部を除いて都市化を免れている(これは徳島県に限ったことではなく地方の多くの自治体に共通した状況だと想像する)。都市化を免れたおかげで山がベッドタウンのために切り崩されて開発されることもなければ田畑が埋め立てられることもなく、河川も海も汚染を免れている。令和の世の中になっても汚れることのない自然の様子は、私が幼かった頃の昭和40年代の仙台市郊外を想起させられノスタルジーを掻き立てられる。仙台郊外をはじめとして当時の自然が失われたのは簡単に言えば増えた人口のせいだったことがよく分かる。「繁栄」とはそういうことなのだ。オトナになって都会に出て家庭を持った子女は地元に戻ることもなく、多くの家(目測で5軒に1軒くらい)は空き家状態で荒れるにまかせ、朽ち果てている。多分農耕地も同じで、ほぼ耕作放棄地とおぼしき土地もそちらこちらで見かけた。一見すると寂しい光景だが、「発展」や「繁栄」の魔の手を免れて自然を維持するにはこれくらいの比率で間引きされてちょうどいいようにも思われる。都会に住み慣れると、このような状態を目にして「過疎化」とか「農村の高齢化」といったネガティブな言葉が思い浮かぶが、爺さん婆さんが元気で耕作している様子を見る分には悪い気持ちにはならない。お遍路さんとしてたまに訪問する私のようなヨソモノの身勝手な意見としては、お遍路道やその周辺がこれ以上「開発」され近代化されるのは見たくない。先の日記でも述べたが、お遍路さんが一種の流行になってしまい、お遍路道の古道がミーハーなニワカお遍路さんで混雑したりゴミだらけになるような日も来て欲しくない。とにかくお遍路さんをしていて驚くのはお遍路道がクリーンなことだ。7日間、200kmくらい歩いて、ゴミを見た記憶がない。厳密に言うと、誰かが意図せずに落としたプラスチックの包装のようなものを1回くらい見たかも知れないが、その時は「何かの間違い」だと思って拾ってしまったと思う。大昔から続く伝統文化や祭りの継承などと同様、お遍路さんの文化や環境も意識的に維持してほしいものだ。ところで申し遅れたがお遍路さんには「お接待」といって、通りがかりのお遍路さんに地元の人が飲み物や食べ物をおもてなしするのが1000年前からの習慣となっていて、私も飴やら夏みかんやお茶&せんべいをいただいた。人によっては「お金をもらった」とか「アンメルツをもらった」という話も聞く。とにかく地元の人は親切だ。これがお遍路でなければヨソモノが自分の家のそばをウロウロしていたら警戒するに違いないが、少なくともお遍路さんらしき格好をしていれば怪しまれることはないし、みんな「ご苦労様です」などとあいさつしてくれる。なにせお遍路道には民家の敷地内とおぼしきところを突っ切るような箇所がたまにあって、「これがお遍路でなければ単なる不審者による私有地への侵入にほかならないよな…」と思ったことも一度や二度ではなかった。だから、お遍路さんをする際はお遍路さんらしき格好をしているに越したことはない。あと、徳島の人は小柄で、方言は関西弁の一種だと思うが、物腰が柔らかで威圧感がないのがいい。女性は決して派手ではなく美人でもないが、「感じがいい」というか、東北弁でいう「めんこい」印象がある。昔の平和な日本人の原型は四国にあるんじゃないか…とさした根拠もなく感じたくらいだ。忘れ物をしたのを宿のおばさんが走って追っ掛けて来てくれたとか、オッサンの薄汚い洗濯物を喜んで(?)引き受けてくれた上にキレイに畳まれていたこともあった。まるで家族同様の扱いに感激したのも印象に残っている。これがまた第24番の高知県のお寺に入ると同じ四国でも印象は変わってくるのだろうが、それはそれで楽しみでもある。
2026.05.19
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もともと振り返りを書くつもりで始めたのが気付くと時系列の日記調のレポートになってしまったため、あらためて今回の歩きお遍路をまとめて振り返ることにする。感想: 素晴らしい経験であった。早く第24番以降のお遍路の続きがやりたくなって、すでにいろいろと調べ始めているくらいだ。何が良いかと言って、1. 東京暮らしの自分にとって、混んでないのがいい。周りの人たちを気にすることなく、自分のペースで歩ける。まったく誰とも会わないと辛くなるし、またつまらないが、「同好の士」とたまにすれ違う、その頻度がちょうどいい。2. 少し「ゲーム感覚」な要素がある点がいい。いわゆるスタンプラリーみたいな感覚で、順番にお寺を周りお札を納めたり写真に収めたりする、収集マニア的な楽しみも満たせる。寺によっては山にあったり街中にあったり、なかなか見つからないような意外なところにあるのを地図などを手掛かりに発見する楽しみもある。3. 健康的なのがいい。自分のペースで、人によっては私のように7日間連続で毎日30km近い距離を歩いて23の寺を踏破しようというフィットネスが主目的な人もいれば、徒歩観光感覚で、1回の旅で数ヶ所だけ参拝するのを繰り返している人もいる(遍路さん界隈ではこれを「区切り打ち」と呼ぶらしい)。中にはお遍路さんの格好はまったくせずに、ランニングの格好で走りに徹している人もいる(「ラン遍路」と呼ぶらしい)。4. 神妙な気持ちになれるのがいい。お寺は得てして山奥とか人里離れた聖なる感じのする場所にあって、独特の空気が流れている。苦労して到達したお寺の境内で、お線香の匂いを嗅いでポーッとした頭でご本尊に向かって手を合わせる。別に信仰がない私のようなすれっからしでも、世界平和のために祈りたくなる(笑)。なんとなく「良い点」を先に並べてしまったが、別にこれを読む人に勧めたいわけでもないし、いくら良い点を並べて読む人がそれに納得したとしても「じゃあ私も。」というふうにはならないと思う。4日目、井戸寺に隣接する宿で同宿になった中年女性は「区切り打ち」が今回で3回目の挑戦だったそうだが、焼山寺から井戸寺に向かう行程で力尽きたらしく、宿に着くなり翌日以降の宿泊先に電話をしまくり予約を取り消していた。自分は焼山寺までの「お遍路返し」の行程には「向いていない」という言い方をしていたが、何度挑戦しても登山で脚がダメージを受けると翌日以降の継続が困難になるらしい。どんな行程なのか身をもって知っていてもこうなるのだから、それなりの山登りなり長距離走なり行軍の経験や自信がない人がいきなり挑戦しても頓挫する可能性が高い。また、それなりに若ければ勢いや意地でなんとか最後まで行き着ける可能性があるが、例えば定年退職して暇になった人が気まぐれに挑戦したところでやはり挫折しそうな気がする。もともとお遍路さんとは、88のお寺の札所を巡ることで、人間が持つ88の煩悩を消し去るとか、病気の快癒などの願掛けとか、信心深い人が弘法大師の足跡をたどるとかいった目的でやるもので、要するにそれなりの覚悟がある人が修行としてやる行為である。我々現代人は、快適な宿に泊まり豪勢な食事を用意してもらい快適な布団やベッドで眠れるだけでなく、雨や急坂にも高性能のシューズや雨具やタイツで対応できるし、道中で喉が乾けば自動販売機で飲み物が買えるが、昔のお遍路さんはコンビニも販売機もない、もちろん舗装もされていないこの悪路や急坂を、足袋やわらじで歩いてまわったのである。当時にしてみれば命懸けのアドベンチャーである。いざとなればドロップアウトしてバスや電車で帰宅したり観光モードに切り替えられる我々とはお遍路に対する心掛けが違うのである。お遍路さんの「良くないところ」というか万人におススメできない点はというと、もちろん1. 連日何キロもの距離を歩かなければいけないのが肉体的に大変であること2. 炎天下とか大雨といった天候の影響を避けられないこと3. トイレが限られていること。あったとしても水洗式ではなくドッポン式だったり、洋式でなく和式だったりすること4. 宿泊施設が限られている場所の場合、ドミトリーで他人のイビキを聞かされるような環境で寝起きするしかないこと…とは言うものの、お遍路さんは「歩きお遍路さん」はむしろ少数派であり、自転車お遍路さんもいたし、鉄道やバス移動のお遍路さんも少なくなかったし、多くは自動車移動お遍路さんであった。当初はお遍路さんとは歩きお遍路さんだけかと思っていたが、寺にはほぼ確実に駐車場があり、歩きお遍路さんの10倍以上の参拝客がいる。ごく一部の歩きお遍路さんを除き、お寺間を自動車や公共交通機関で移動して周っているわけである。宿泊施設でも一緒で、宿坊と呼ばれるお寺に付属した宿泊施設には毎回10人前後の同宿者がいたが、歩きお遍路さんとおぼしき人はごく一部であった。と言うことで、現代は苦労せずに参拝できるお遍路の選択肢があるというので、歩きにこだわらなくていいらしい。…ま、そのおかげでお遍路道がキレイに保たれ、私のようなニワカお遍路さんの大群に集中を乱されることもなく、1000年前のお遍路さんとほぼ同じように自分との対話が出来るわけである。ところで、先ほど書いたように、88のお寺を周ると88の煩悩が消え去ると言われているそうなのだが、私はそのうち23しか参拝していないものの、たしかにお遍路を終えてみると変な執着が削げ落ち、下界に戻ってから1週間以上経つ今でも日々身の回りで生じる雑事にリラックスして対応できている気がする。単に7日間の疲労がいまだに抜けておらず、元気がないだけではないのかという説もあるが、いずれにしてもまるでロボトミー手術でも受けたかのように落ち着いた心理状態が続いているのは確かである。
2026.05.17
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7日目最終日は、8:00始発のケーブルカーに乗って山頂の太龍寺に戻り、山中のお遍路道を下山するところから始まる。実は第21番 太龍寺から第22番 平等寺までの12〜3kmは3〜4種類くらいルートがあり、ふもとから車道で次の寺に向かう経路もある。実は、この日のうちに徳島県内最後の第23番 薬王寺が午後5時に閉まるまでに到達するには、8時過ぎに太龍寺出発だと5時をまわる危険があり、実際、同宿のお遍路さんの中にはケーブルカーの始発時刻を待てず早朝のうちに出発した人もいた。私はそれまで疲労を翌日に残さぬよう6日間、無理をせずに人並みのスピードを心掛けていたが、もう翌日の心配が不要なので下りでは小走りすることにした。いわゆるトレイルランニングお遍路である。山道は舗装された平地と違いあまりスピードは出せないが、平地の歩きが時速4キロだとすると、下りの山道は時速5キロくらいは出せた。次の平等寺までの中間地点となる最初の集落には1時間半くらいで到達した。平等寺到着がその1時間45分後で、参拝後は休憩がてら汗ビショのシャツを取り替えて最後の薬王寺に向けてスタートした頃にちょうど正午の時報が聞こえた。最後の薬王寺までの経路は主に2種類あり、1つめは山中の車道を通るルートでこれは20キロ。景色は単調だが距離は他方の経路に比べて短い。もう1つは海岸に向かうルートで、入り組んだ海岸線を辿るため、約3キロ長くなる。どちらも9割がた舗装路であるから、いざとなれば走ろうと思えば走れる。途中、トンネルを3つくらい潜り抜けたところで、海岸ルートと山中ルートの分かれ道に来た時、すでに2時過ぎだったと思うが、私は少しだけ迷いながらも海岸ルートを選択した。脳内ではあと15〜6キロくらいとの計算だったから、走れるところは走れば5時には間に合うだろうとの考えであった。しかし、海岸ルートとは言え、ほんとに海が見えるところに出るまで6〜7キロはアップダウンのある山中の車道を歩かねばならない。水平線が見れることを期待して選んだはずが、セミでも鳴き始めそうなくらいの炎天下とアスファルトの照り返しを浴びながら黙々と足下を見つめながら早歩きするのであった。途中、お遍路さん向けの地図看板が表示されているところがあり、それを見る限り海岸線はすぐそばのはずなのだが、相変わらずアップダウンの多い坂の連続で海らしき景色は見えない。ようやく川下の先に水平線っぽいものが見えた時、薬王寺への方向を指すお遍路さんステッカーの距離表示はまだ2桁の数字だった。その頃すでに3時過ぎ。でも不思議と焦ることはなく、到着が5時をまわってもいいや…と開き直っていた。途中、海岸線に沿って山道を歩く未舗装ルートと車道に分かれる箇所が2回あったが、お遍路さんステッカーに従って未舗装ルートを選んだ。これが2つめの山道の時に功を奏した。未舗装ルートを終えて車道に出たところに表示されていたお遍路さん看板に書かれた薬王寺までの距離が、一気に1キロちょっと短くなっていたのである。つまり、それまでの距離表示は車道ルートをベースにしていたのだが、未舗装ルートは1.2キロのショートカットだったのである。あと1時間は掛かると思っていた最後の5キロが一気にあと3.5キロ地点にワープした途端、私は元気が出て来て夢中で走り始めていた。見晴台のある岬をまわると遠目に薬王寺の塔が見えた。あそこまでなら走りきれそうであった。まるでアイアンマンの最後の1キロで観衆が待ち受けるゴールが遠目に見えてきたあの時の多幸感が蘇った。街中に入ると私はニコニコしながらすれ違うおじさんおばさんに挨拶しながら、それでも走り続けた。最後の門前町のような昔ながらの商店街の道路の突き当たりの山の上に薬王寺が現れた。腕時計を見ると4時50分。山の端に沈もうとしている夕陽がまるで私の到着を待ち構えていたかのようではないか(笑)。私は山門に向かって小走りした。私は参拝者もまばらな最後の第23番 薬王寺を堪能し、徳島「発心の道場」を無事7日間で踏破させてもらったことを神仏に感謝した。山の中の寺院から海景とこぢんまりした平和そうな日和佐の街を眺めながら幸福感を噛み締めた。その後は鉄道のローカル線に乗り、徳島駅まで1時間半かけて移動、駅前で地元名物のウニ卵ラーメンと「追いメシ」を食らった後、ちょうど1週間前にお遍路スタート前日に宿泊した駅前のホテルにチェックインして、風呂に入ると速攻で眠りについた。
2026.05.16
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前回の日記で、精神的にキツかった行程は4日目だったと書いたが、改めてその続きを書き始めると5日目の方がよりキツかったかも知れない。ただ、理由はどちらも同じで、単調な車道を延々と歩き続けるのが苦痛だということである。お遍路さんというと、舗装されていない鎌倉時代からの古道や山道をイメージしがちだが、実際はそれらのお遍路道の多くが時代を経て普通の商業道路へと舗装され、特に5日目の井戸寺〜恩山寺間の20数キロは徳島市街地を突っ切るため、お遍路ルートが片側2〜3車線のハイウェイの歩道だったりするのである。それまでのハイキング気分のお遍路から一気に「街中に現れた時代錯誤のコスプレをした変人」になってしまうのであった。実際、バスや電車を使えば2〜30分で移動できる経路を、高速で走り過ぎる自動車の騒音を浴び排ガスを吸いながらわざわざ歩き通していると、自分が意地を張っているただのバカに思えてくるものである。実際この20数キロ5時間の街中の行程で見かけたお遍路さんは数組であったから、この区間だけを公共交通機関にスイッチした歩きお遍路さんもいたに違いない。とにかく、市街地のハイウェイの歩道のお遍路は二度とゴメンだと思うくらい苦痛だった。その日は恩山寺の後、数キロ離れた小さな街中にある立江寺の参拝後、隣接する宿坊に宿泊した。この宿坊では、宿泊者が食事の前の本堂でのお勤めに同席し読経するのだが、普段は近付けないご本尊や曼荼羅図を目前で拝ませてもらったりして、すごく得し気分であった(笑)。翌6日目は再び山に入る。約15km離れた山頂にある第20番の鶴林寺と、そこから下山して川向こうの山の頂上にある太龍寺の2つがこの日の目的地である。距離は20数キロだが高低差がある。ところでお遍路コースといっても経路によっては複数あり、途中から舗装されていない山道・古道コース(えてして車道コースより長い)と舗装された車道コース(距離は短いが単調)に分かれる箇所がある。古道コースはしばしば以下のような標識があり、山中に向かうのですぐそれと判る。私は迷わず山道・古道コースを選択した。最初の10数キロは田園風景を堪能でき、途中で農家のおじいちゃん・おばあちゃんとすれ違った時におしゃべりする機会もあるが、最後の数キロは焼山寺を思い起こさせるお遍路ころがしの急坂である。…ただ、お遍路道は、舗装された車道とは離れた山中にあり、また単なる訪問客はお遍路道を使わないので、静まり返った山の斜面で孤独にじっくりと急坂&自分と向き合えるのがすごく贅沢な体験である。それまで自分の呼吸と足音しか聞こえなかったのが、山頂のお寺に到達した途端、急に自動車でやってきたとおぼしき参拝客たちの喧騒で掻き消され、いつもそこで我に返る感じ。2つ目の第21番 太龍寺は、お遍路道の登山コースとは反対側の山の斜面になんとケーブルカーが設置されており、観光訪問客の多くは山のふもとからこれを利用して太龍寺を参拝する。私もこの晩は、山中には宿泊施設がほぼないことから、このケーブルカーで降りたふもとの宿に泊まり、翌日の最終日に備えたのであった。
2026.05.16
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徳島県内の歩きお遍路さんの1週間でいちばんキツかった行程を尋ねられたら、身体的には3日目の藤井寺→焼山寺の山登りなのだが、精神的にキツかった行程はというと、4日目であった。先に書いたとおり私は3日目に宿泊先の関係でお遍路コースから大きな迂回をしていたため、10km近く車道を歩いて元のお遍路コースに戻らねばならなかった。もちろんその行程にお遍路さんは皆無で、自動車さえほとんど見掛けなかった。さいわい、前日の山登りによる疲労は、温泉と8時間睡眠のおかげでほぼ回復しており、体調は決して悪くなかった。2時間後くらいに大きな谷にかかった橋を渡るとようやくお遍路さんコースの矢印ステッカーが登場し、お遍路さん休憩所を兼ねたトイレで休んでいた時に初日に第7番のお寺で見かけた若い白人女性のお遍路さんがすごい早い脚の切り返しで通り過ぎていくのに遭遇した。ところでここ数年ヨーロッパ系の外国人お遍路が増えていると聞いていたのだが、イラン情勢による航空燃料費高騰のせいでか今年はあまり見掛けず、おそらく日本在住の外国人とおぼしき日本語が堪能そうなお遍路さんを1週間の間に数人見掛けただけであった。第13番の大日寺まではそこから先が長かった。お遍路さんコースステッカーの中にはたまに次の寺までの距離が書かれているものがあるのだが、焼山寺〜大日寺の間は20数kmのはずが、単調な車道だと、歩けど歩けど数字がなかなか減っている感じがしないのであった。せめてもの救いは美しい田園風景であった。そして、都会では見たこともないような鳥や蝶や花。自分が50年以上前の昭和40年代の仙台の田舎で経験したあの原風景が目の前に蘇る感じで幸福であった。お昼頃に到着した大日寺はなんと国道沿いにあった。国道を挟んで左側が寺、右側が神社になっており、はじめはどっちが大日寺か分からなかった。実は、明治時代の神仏毀釈方策以前は同じ家が神社と寺を兼ねているところが国内にはたくさんあったらしく、大日寺もその例に漏れず、もともと神社と寺は同一敷地内だったようである。かたやお遍路さんのおかげでお参り客が絶えない繁盛ぶりなのに、神社の方は近隣住民を除けば誰にも見向きもされないというケースはほかの場所でも目にした。 ↑こっちが神社のほう大日寺を後にすると、川を越えた向こう岸の街中では数キロの間隔で第14から17番までのお寺が連続していて、ほんの数時間で4つのお寺をカバーすることが出来る。ただ、これまでのような大自然の景色は鳴りをひそめ、一気に車や人の往来が嫌でも目に付くようになる。第17番の井戸寺は弘法大師が杖で掘った地面に井戸が湧いたとされる場所に建っているのでそのような名前で呼ばれているのだが、もはや住宅地のど真ん中に位置し、徒歩数分で電車駅がある場所であった。私はこの晩は井戸寺に隣接する由緒正しそうなお遍路向けの旅館に泊まり、そして2日前に別送していた雨具と寝袋と再会したのであった。
2026.05.16
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そう言えば思い出したが、このドミトリーでは第12番 焼山寺到達をより確実にするため、不要不急の荷物を翌日の宿泊先に別送することを勧められていた。藤井寺から焼山寺までの山道は「遍路ころがし」と呼ばれる難所が6つくらいあり、平地ではそれほど気にならないバックパックの1kgの違いがこういった難所での安全性や疲労度を左右しかねないらしい。しかし、私はまだ翌日の宿泊先が決まっていなかった。というのも、焼山寺近くの宿泊先はどこも休業か満室だったのである。そのためいざという時の野宿に備えて寝袋も携帯していた。また、素性をよく知らないドミトリーのスタッフに大事な荷物を預けることに少しだけ不安もあった。しかし、結局私は山登りのために少しでも荷物を減らすことを優先し、寝袋と雨具と着替えの一部を予約済みの翌々日の宿泊先に送ってもらうことにした。これで、12kgくらいあったバックパックは8〜9kg程度になった。これも今思い出したのだが、私は前日、藤井寺までの行程の途中でお遍路さん休憩所に置いてあったボランティアによる手作りの杖を1つ拝借していた。昨日の日記に書いたとおり、お遍路さんの杖は金剛杖とよばれる木製のものがスタンダードなのだが、この休憩所に設置してあるボランティアお手製の杖は竹製で、先にはプラスチックのカバーが付いていた。これが軽くて長さも手頃なので拝借したわけだが、この日の登山では登り・下りとも実に助けられた。さて、3日目の早朝、誰よりも先に起床して外の様子を伺うと雨は小降りになっていた。しかし、若干の腹痛を感じ、トイレに行くと下痢であった。私は前日の夜に食べた寿司を後悔した。小降りの雨の中、私は簡易ポンチョを被って出発した。何組かの同泊のお遍路さんたちも私のすぐ後に山を登ってくるはずで、私も彼らの足音を少し気にしながら歩いていたが、途中で腹痛が堪え切れず木陰に隠れてノグソをしている間に、3人のお遍路さんが通り過ぎて行った。2時間少々歩いて1つめの峠を越えた頃すっかり晴れて青空になったところで、今度は一軒家のような立派な休憩小屋が現れた。私は汗で上半身がほぼビショビショになっていたので、この小屋で休憩がてら汗ビショの衣類とポンチョを乾かすことにした。その間、また4人くらいのお遍路さんが通り過ぎていった。藤井寺から焼山寺までは健脚な人で5時間、標準的なスピードで6時間と言われているが、私は6時半にドミトリーを出発してから休憩込みで5時間半、ちょうど正午頃に焼山寺に到着した。その時になって気づいたのは、なんと山の裏側からは山頂付近まで車道が通っており、遠足だか修学旅行で訪れたとおぼしき中学生の群れが境内でキャッキャと騒いでいるのであった。山道を必死で6時間の登山してきた歩きお遍路さんにとって、この光景はまことに拍子抜けするものであった。その後、私は10数km先の温泉町まで、山を下った。ホントは途中の集落にある遍路さんたち向けのドミトリーに宿を取ってとっとと休みたかったのだが、先に書いたとおり1つは満室、もう1つは休業中だったのだ。その温泉町にはキャンプ場があり、前日のドミトリーの管理人の話ではそこが経営しているロッジには空きがあるはずであった。しかし、睡眠不足の状態で5時間半の間山登りをした後の、10数kmにわたる炎天下の山下りはなかなか辛いものがあった。何度もスマホで地図を確かめながら、3時半過ぎにようやくそのキャンプ場にたどり着いた。こんな遠いところに泊まりに来るお遍路さんはさすがにおらず、キャビンは自分一人で独占できるようであった。1kmくらい先の温泉でまる1日の登山で疲労した身体を癒し、温泉に併設されたレストランでボリュームのある定食を喰らい、その晩は久々に8時間くらい寝た。
2026.05.15
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今年のゴールデンウィークはいわゆる「歩きお遍路」に行ってきた。お遍路さんとは四国にある弘法大師ゆかりの88のお寺をお参りする人またはその行為を指す。88のお寺を訪問するには四国一周1200kmを踏破することになる。今年のゴールデンウィークはまる1週間連続で休みとなり、7日間あれば徳島県内の23のお寺であれば徒歩でなんとか制覇出来そうなことを知って急遽「お遍路」になることにした。何年か前に同僚がお遍路さんに行ってきた写真を見てからいつか自分も行ってみたいと思っていたのもあるが、還暦を迎えるこのタイミングで、60歳まで生き延びた感謝の気持ちをどこかで示したいと思っていたことが背景にある。あと、これまで四国に行ったことが無かったことも動機の1つであった。徳島には Google Mapの経路に従い新幹線で岡山まで移動しその後夕暮れどきの瀬戸内海を鉄道で渡り香川県の高松を経由して前日の夜に到着した。当初は東京からの夜行バスも検討したが満席だった。Googleといえば、今回のお遍路さん徳島23のお寺制覇にあたってはChatGPTに相談して計画を立てたが、ChatGPTの見立てでは私が1週間で23のお寺を制覇できる成功率は80〜90%ということであった。というのも、徳島23のお寺を徒歩で踏破するには200km強を1週間で、1日平均30kmを歩かないといけない。しかも、お遍路さんのお寺はえてして山奥にあり、いくつかの寺に徒歩でたどり着くには登山する必要がある。おまけに天気予報では1週間のうち数日は雨の予報だったのだ。ChatGPTは私の健脚を考慮しても私がドロップアウトする確率を10〜20%と見積もったのである。88のお寺には第1番から第88番まで番号が振られている。日によっては1日で7つのお寺を周れる日もあるが、山奥のお寺を訪問する日にはそこに到達するだけでまる1日を費やすことになる。ちなみに今回の徳島県内最後の第23番のお寺の次となる高知県内最初の第24番のお寺までは80km弱あり、室戸岬のその寺に到達するだけで2〜3日を要する。初日はまず第1番の霊山寺の売店で「お遍路さんセット」を購入する。スタンダードは白衣・輪袈裟・金剛杖・笠の4セットらしいが、私は最低限「いかにもお遍路さんです」というのが周囲に判ればいいので白衣と笠だけを購入した。たしか2点で4400円。正式には88のお寺に納めるお札も買わねばならないのだが、納札の順番待ちの時間ロスが懸念されたので今回はお札は入手していない。第1のお寺を後にすると、お遍路の経路を示す矢印ステッカーが道路標識や電柱に貼られていて、迷うことはない。まるでオリエンテーリングをやっている感覚だ。初日は住宅地や農耕地に近い寺がほとんどで、お寺の間の距離も4〜5km程度と比較的近く、計7時間で第7の十楽寺まで到達した。歩行距離計20数km。お寺によってはお遍路さんのための宿泊施設を併設しているのだが、十楽寺はビジネスホテルに近い2食付きのモダンな宿泊施設を併設しているので初日はここに泊まった。2日目は1日中雨であった。用意していた雨具がさっそく役に立つ。途中、私より若い世代は知らないであろうが、元総理大臣の三木武夫の生家跡の石碑が建っており、しかもそこはお遍路さん用の休憩所になっていた。やがていよいよ住宅地を離れ山中のお寺が出てくる。坂道を歩いて山門をくぐった先の330段の階段の上にご本尊があったりする。この日は第11番すなわち4つ目の藤井寺の訪問で終わりである。翌日は山奥&山頂にある第12番 焼山寺参りだけでまる1日掛かるので、多少早く到着しても先には進めない。藤井寺そばのドミトリーに宿泊する。ここは洗濯機も乾燥機も使えるので、雨でビショビショになった衣類と雨具を洗濯&乾燥する。また自転車を貸りて市街地まで降りて、スシローで寿司を喰らった後、スーパーで翌日の食べ物&飲み物を仕入れた。ドミトリーはほかの宿泊者(ほぼ全員お遍路さん)で満室だったがイビキの大合唱で2〜3時間しか眠れないのであった。(つづく)
2026.05.14
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https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/205832ついに人類が42.195kmを2時間未満で走る日が訪れてしまった。かつては「運動生理学的に不可能に近い」と言われたサブ2を達成したケニア出身のサウェはこれで歴史に名を刻んだ。しかし、このレースではもう1人サブ2でゴールした者がいた。2位のエチオピアのケジャルチャはサウェの10秒後に1時間59分40秒でゴールしていたのである。しかし、人類初の月面着陸といえば誰しもがアームストロングの名を想起しても、アームストロングと同じくアポロ11号で月面に降りたったバズ・オルドリンの名前を挙げる人がほぼ居ないのと同じで、ケジャルチャはきっと50年後にその名を想起されることは無いのであろう。タイミングというのはホントに大事なのである。ところでぼくは30代後半にマラソンにハマっていた時期があり、39歳の時に出した自己ベストは3時間40分である。ちなみに10kmレースを本気で走った時の自己ベストは42分台で、そのペースで42.195kmを走ればサブ3、つまり3時間をギリギリ切れる速さであった。2時間の1.5倍の3時間を切るのでさえそのくらい大変なのである。ちなみにボクはマラソンにハマっていた当時に400mを全力疾走した時のタイムは1分18秒くらいであった。サブ2ペースは400m1分8秒ペースなので、ボクは彼らには400mでさえついていけない。いや、400m1分8秒とは100m換算で17秒ペースなので、今やボクの100m全力疾走より速いかもしれない。短距離の人類最速はボルトの100m9秒52だかだが、自分は全盛期に100mを13秒くらいでは走れたから、世界最速の1.5倍以内の短距離能力はあった。アイアンマントライアスロンの世界最速は8時間を切る程度だが、ボクは12時間で完走したことがあるから、こちらもまあ、世界最速の1.5倍の実力はあった。こうして考えると、マラソンのサブ2というのは、ボクが逆立ちしても歯が立たない、いかに尋常ではない境地であるかが痛感される。
2026.04.27
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黒柳徹子がかつて何かのインタビューで、若い頃に医師から「嫌な仕事をしなければ病気にはならない」と言われたのをずっと守り続けた結果、この歳になっても病気をせずに仕事をして来れた、という趣旨の発言をしていた。私はそれを聞いた時「なるほど」と思った。なぜかと言うと、人間は、ウソを信じ込んだり、自分で納得していないことを嫌々やるたびに老化したり病むと感じていたからだ。尊敬に値しない教師であってもその権力に頭を下げたり媚びを売るようになるのがオトナへの一歩だし、何のためのルールか分からなくても疑問を抱かず順守できるようにならないうちはコドモなのである。いわば童話『裸の王様』で素っ裸の王様を見ても「なんと美しいお召し物でしょう」と思えてしまうのがオトナであり、「王様は裸だ」と言ってしまうヤツを社会はコドモと呼ぶ。「オトナになる」ということは一般に「成長」することであり良いことだと思われがちだが、実際は物事をありのままに見れなくなっている、すなわち「老化」である可能性が高い。「病は気から」というが、それは老いにも言えることで、「そういうものだ」と諦めて挑戦しなくなるたびに老いが進んで行く。また、納得していないことを「そういうものだ」と受け入れるたびに自分を文字通りちょっとずつ殺していき、いずれ病に至る。多くのオトナはもはやウソをウソだと認識することさえ難しい領域に達している。単に舞台上で与えられたキャラクターを完全に自分だと信じ、またオカネとかジョーシキとかいった単なる記号と約束事にも疑問や違和感も持たない。それはある意味、バーチャルリアリティに入り込んで抜け出せなくなった患者である。日本語だと「共同幻想」とか英語だと「mass myth」みたいな概念というか言葉があるということは、人間は観念的にまたは心の奥底で「これは幻想だ、約束事に過ぎないんだ」と認識しているはずで(笑)、おそらくは聡いオトナはそれをウソだと承知しながら社会的・家庭的な便宜上そのウソに付き合っているだけで、いざとなれば舞台を降りて「な〜んちゃって!」とイタズラな笑顔を浮かべてくれるものと私は信じているが、どうも周りを見るとそんな余裕がなさそうな感じで、どっちかというと思い詰めた狂信的な人の方が圧倒的に多そうな印象である。上述の「いざとなれば」の「いざ」というのは、もはやそのウソが便宜を果たさなくなる瞬間のことである。それまで丁重に大人の応対をしていた店員も、お客さまは神だと信じ込んでいる客が土下座を強要してきた瞬間、その「店員」というお面を外して「そろそろいい加減にしろよ、オヤジ。」と反撃すべきだし、自分の権威を勘違いした上司や教師が関係を強要してきたら、部下や生徒は「調子に乗るな。臭いぞジジイ。」と突き放して、告発・通報をしていいのである。同様に、納得していない仕事を嫌々やってメンタルを病むくらいならとっとと仕事を辞めるべきだし、まずその前に異論があるならそれを伝えて議論すべきなのである。また同様に、顔に出すくらいならとっとと帰宅すべきであり、どうせやらなければいけないことと納得している仕事であるならば、顔に出るのはおかしいのだ。オマエらの目が濁っているのは、納得していないことを堂々と相手に伝えて話し合う誠実さも度胸もなく、自分の考えや気持ちを押し殺したままその納得してないことを嫌々やっているから、魂が腐りつつあるのが目に顕れているのだ。オマエらの口が臭いのは、抱えたままの違和感や異論がずっと腹と喉の間にモヤモヤとわだかまって、腹の底に落ちて消化されずに発酵臭を放っているからだ。(…とジッチャが言ってた)。いずれそれは進行し、病に、そして死に至る…らしいよ、知らんけど。
2026.04.23
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成人向けのビデオ女優はエラいと思う。カメラの前でああいうことを撮影させて、かつ一般に公開されて平気なのがスゴイと思う。学生時代にデッサンのクラスのために完全ヌードのモデルをしていたことがあるワタシだが、体調によってインケイが極端に萎縮していたり、逆にリクライニングのポーズの時に居眠りしている間に大きくなってしまったらしく元の大きさに戻る際に先端から糸を引いている状態を20人のアメリカ人学生に注視される経験はさすがのワタシでも恥ずかしかった。ワタシのような恥知らずがその程度でも恥ずかしく思うのに、お嬢さんがアクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出したりする姿を世界中に晒していながら平気で日常生活を送れるのはとにかくスゴイとしか言えない。恥知らずのワタシでさえ恥ずかしかったことというと思い出すのはやはりアメリカの学生時代、大学内のカフェテリアでランチを買って、あわよくばお茶代を浮かそうという魂胆でティーバッグをカップだか皿の下に置いてレジで精算しようとした際、ワタシの後ろに並んでいた教員とおぼしき白人男性にそのカップだか皿を無言で持ち上げられた時だ。その白人男性の視点から、たかだか1ドルやそこらのお茶代をチョロまかそうとするセコいアジア人学生の姿が脳内に浮かび、恥ずかしく思って反省した。こうして考えると、人は「自分はこういう人間である」という、実際より美化された自己イメージを持っていて、それに合致しない行為をした際に「恥」という感情が生じるんだと思う。ワタシは当時きっと「誇り高きニッポン男児」というセルフイメージを持ってアメリカで暮らしたので、自分の行為を恥じたんだろう。「自分はたかだか1ドルやそこらのお茶代をチョロまかそうとするようセコいアジア人学生でーす」というセルフイメージを最初から持っていれば、その白人男性に対し「余計なことしてくれるな」と立腹しておかしくなかったはずなのである。そういう意味では、前述のビデオ女優は「アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出す女性」というのがセルフイメージと矛盾しないんだろうと思う。つまり、圧倒的多数の女性が「自分はそんな女ではない」と思うような側面を受け入れているということなのだと思う。もう1つの可能性は、アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出す女性は「役柄、キャラクター」であって本当の自分の姿ではないという自信を持っている場合だろう。たとえば、何かやむを得ぬ事情があってティーバッグをカップだか皿の下に隠して精算しようとしたのであれば、「あれは本来の自分ではないのだ。」という自信があるから恥の感情は湧かなかったというのと同じである。歳をとると、だんだん自分自身と折り合いをつけていく結果、「自分はこうあるべき」というセルフイメージが現実の自分に近づいていくため、恥の感情を経験する機会が減っていく。オッサンやオバチャンの「恥知らず」は、若い頃の「理想の自己像」が徐々に崩れて行き「等身大の自分」を受け入れた結果だと言える。理想を持つ誇り高き若者の目から見れば「恥知らず」に見えるかも知れないオッチャン、オバチャンは「真実の自分と向き合い受け入れた賢者」であるとも言える。しつこいようだが、「アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げ体液を吹き出す自分」という圧倒的多数の女性が絶対に認めたくない一面をセルフイメージとして受け入れているらしい成人向けのビデオ女優は、そういう意味で「賢者」として一目置かざるおえないのだ。
2026.04.22
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数日前に投稿したウソやテレパシーの話に関連するのだが、インターネットがついに市井の人の手に降りてきた30年ちょっと前、「ついにオレの時代がきた!」とワクワクしていたことを思い出した。簡単にいうと、誰もが発信者となり、世界中の情報にアクセスできるようになれば、「情報の格差」は消滅し、真にオープンな世界が実現すると思ったのだ。それまでの資本主義経済のカラクリとは、いわば「情報の非対称性」を利用したセコい商売の積み重ねだった。隠すまでもない自明の事物を「機密」として囲い込み、情報を持たない側にアクセス料を払わせる。30万円出さねば得られなかった百科事典の知識が、今やウィキペディアで世界中の知恵として無償で更新されている。この「占有から開放へ」の流れこそが、ネットの本質だと直観したのだ。カネのためではなく熱意で動くオープンソースの世界、そして「公明正大に生きるなら、隠しごとのない世界は怖くない」という初期リーダーたちの潔い思想。ワタシはそこに、嘘つきや偽善者が淘汰され、ウラオモテのない人間が胸を張れる「トランスペアレント(透明)」な時代の到来を確信した。しかし、その後の30年で、ワタシの期待は少しずつ、確実に裏切られたのであった。まず、「情報の透明化」は、ナチスのような悲惨な歴史を持つ欧州を中心とした「個人情報保護」の壁に突き当たり、出自や居所といった個人の属性は再びブラックボックス化され、また知的財産や企業秘密のガードもネット以前と変わらぬ強固さを保った。さらに、善意のオープンソースを食い物にする「セコい連中」も現れた。誰かが無償で公開した知恵を、あたかも自分の手柄のように「登録したモン勝ち」で私有化するヤツが出てきた。かつてのギコ猫騒動や、どこかの広告代理店のアンチャンよるロゴ流用問題のように、情報の非対称性が消えたはずの場所で、なおも「情報の横取り」という歪んだ形での搾取が発生した。だが、最も誤算だったのは、情報の「濁り」である。ネット以前にも「誤報(misinformation)」はあった。しかし、真実を隠したい勢力が意図的に毒を放り込む「偽情報(disinformation)」の氾濫は、ネットという清流を、水道に毒を投入するが如き惨状に変えてしまった。ワタシが期待した透明な世界は、フェイクニュースという汚水にまみれてしまったのだ。…しかし、まだ諦めるのは早かった。昨今の生成AIやバイオメトリック技術の劇的な進化を見ていると、当初私が抱いた「トランスペアレンシー(透明性)」の理想が、予想だにしない角度から実現しつつあると感じるのだ。これまでの「外に出た情報」の真偽という地平から一気に進んで、「個人の内面」そのものが透明化される可能性が現実的になってきたからだ。「私は知りません」と強弁する殺人犯の背後で、脳波から読み取られた殺害現場のイメージがスクリーンに投影される。「どこに隠した?」と問われれば、本人の口が割れる前に、モニターには字幕で「〇〇町の山中」と回答が表示される。またこの技術は、社会のウソも根こそぎにする。大ボラを吹く政治家の答弁には、カッコ書きで「(愚民どもはワシらの嘘を信じていればいい)」という心中のモノローグがテロップで流れ、不都合を隠そうとするCEOの横では、投資家向けの生体分析モニターに「嘘(ダウト)」の赤ランプが点灯する。「ネットの時代、人に知られたくない行為はしないことだ」と言われてから30年。「生成AIの時代には、人に知られたくないことは考えないことだ」という、究極の「心中の透明化」が目前に迫っている。その日が来るまで、ワシは死にたくないと思っている(笑)。
2026.04.20
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オレはさいきん外出するといつもニコニコしている。なぜかと言うと、目に入るもの、耳に入るものすべてから何かと楽しい記憶がよみがえり、自然に笑みが浮かんでくるのである。道端ですれ違ったカップルの会話から、当時2歳だった姪の名ゼリフを思い出したり、たまたま目に入ったカンバンの絵からアメリカの大学のガールフレンドとの楽しい日々を思い出したり、といったようにまるで余命が迫った臨終間際のお婆さんみたいな状態である。60年近く、しかもいろんな国のいろんな場所でいろんな人たちと生きてくると、いろんな記憶が蓄積されている。一方で、60にもなると、新しい切実な問題や課題や悩みといったエピソードが日々発生する状況にはない。いわば、好きなベテランミュージシャンが10年に1回しかアルバムを出さなくなり、日々懐かしの名曲メドレーを聴きまくっているような感じである。ただ、問題なのは、すれ違う人々がにあまりニコニコしている人がいないことである。あまりいない、どころか普通は一人で歩いていて上機嫌そうにニコニコしてる人なんて滅多にいないと思う。どちらというと声がかけづらいくらいにムスッとしているか不機嫌そうな顔で歩いている方が多い。注意が必要なのは、ムスッとしているか不機嫌そうな顔をしている人の中には精神的にかなり追い詰められている人がいて、こういう人と目が合うと「何が可笑しい!?」「オレのことを馬鹿にしているのか!?」といった曲解が生じかねない点である。これは自分にも身の覚えがあるが、孤独に思い悩んでいるワカモノの中には関係妄想に陥りがちなタイプがいて、例えば自分に全く関わりのない人が自分と全く関係のないことで笑っているのが耳に入っても、まるで自分が笑われているように感じてしまうのである。外出中にすれ違う何百人の人の中にこういった病域の関係妄想癖の持ち主が数人はいて、さらにその数人の中にたまたま攻撃的かつアクションに移せてしまえるヤツがいた場合、ニコニコとほくそ笑んでいるオレと目が合った途端、「オレのことを馬鹿にしているだろう!?」と掴みかかってくるとか、さらにたまたま凶器を保持していた場合は刺されたりしかねないと思うのである。つーか、こんな不愉快なことの多い世の中に、「景気のことなんて関係ありましぇーん」みたいな顔をしてニコニコしているオッサンとすれ違ったら、別に関係妄想の持ち主でなくとも「何が可笑しい!?」という怒りの感情が生じたとしても不思議はない。みんなが暑くて死にそうになっている状況で一人だけ涼しい顔をしているヤツに対して誰しもが抱くあの感情である。そんな人を相手に「…いや、2歳だった頃の姪の言ったことを思い出してて…」とか「35年前のアメリカの大学のガールフレンドのことを考えていて…」とか言い訳をしたところで、そんなニコニコオヤジに対する怒りは収まるどころか増幅するだけのような気もする。…ということで、外出時のニコニコを少し控え目にした方がいいかも、と思いつつも、いつか暗い目をした青年に路上で出し抜けに刺される覚悟はある程度しておかなければ…と割と真剣に考えている。
2026.04.19
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昨日の日記の続きなのだが、オレが人一倍ウソが嫌いで何でも本当のことを言ってしまい、基本的に隠し事が無いのでプライベートとされることでも何でも暴露してしまうことと、オレが下戸で酒がまったく飲めないことは、どうも大きな相関がありそうである。昨日の日記の例で言うと、森友学園問題の改ざんを指示された人がおそらくモヤモヤを抱えながら書類を改ざんしながらも狂ったり赤木さんのように自殺せずに仕事を続けられたのは、おそらくそのモヤモヤを酒を飲んで誤魔化せたからなのである。児童に対し変態な性的興味を抱いているヤバい教師が児童に対し偉そうな顔で平気でモノを教え続けられるのは、心の中の良心との葛藤を酒を飲んで誤魔化せるからなのである(稀に、開き直って妄想を実行に移してしまうことで葛藤を解消することにより酒が不要になるケースはあるであろう)。これも昨日の例で言うと、教師は聖職であり児童に対し変態な性的興味を抱いたりしないとか、医師は聖職であり患者を触診や聴診しながら性的に興奮したりしないとか、部下は上司を尊敬すべきだとか、お客様は神様だとか、テンノウは万世一系だとか、日本は単一民族の神の国だとか、おカネに価値があるとか、出世しないと恥ずかしいとか、そんなのウソだと誰しもが薄々分かっているのに、あたかも真実であるかのようにみんなで信じ込んで日々ウソの維持に精を出すそんな偽りの自分を誤魔化すために、みんな何でもかんでも酒を飲んでウヤムヤにしてはいないだろうか(笑)。要は、人は真実と向き合うなんてシラフではとてもやってられないから酒を飲む(あるいはドラッグに手を出す)のではないか。もちろん、嘘も方便とか、英語だと white lie とか言うように、何もかも真実だけの世界というのは面倒臭くて窮屈で非効率なので、たとえば毎度 How are you? と尋ねられて、正直な心理状況を述べたりしないし、体調がイマイチであるという自覚があっても Fine. と回答したところで何ら信頼関係が傷付くわけでもないし、子供や配偶者に対してイラついていたとしても家を出る際に I love you. と言うのは挨拶のようなもので必ずしもウソとは言えない。そんな小さな葛藤を酒を呑んで誤魔化す必要もない。ウソ偽りが問題になってくるのは、あまりにもそのウソに浸り過ぎて、それが真実だと思い込み始めた時である。教師や医師が自分は児童や患者に対し性的興味を抱くことのない聖人であるとか、どんな部下も自分を尊敬して当然であるとか、自分はお客様で神様だから店員は土下座しなければいけないとか、日本は単一民族の神の国で純血を守るために外国人を入れてはいけないとか、おカネに価値があるとか、出世しないと恥ずかしいとか、本気で思って他人にも強制し始めたらヤバい。これは、開き直って児童に対する変態な性的幻想を実行に移すことで葛藤を解消してしまった教師と同じヤバさである。個人がそんなウソ依存症のヤバい状態になっても、そういうヤツを避けることで迷惑を被らずに済むかも知れないが、はるかにヤバいのは、自分の周りが集団でその「ウソ依存」の状態に浸ってしまう場合である。例えば戦時中は、みんなが恍惚として八紘一宇だとか万世一系だとか言って酔いしれている時に「そんなのウソじゃん(笑)」と言ってしまったシラフなヤツは憲兵に非国民呼ばわりされてボコボコにされた上に投獄された。現代社会でも、儲からないことがほぼ確定している社長肝入りの大プロジェクトのキックオフミーティングで社員たちが「エイエイオー!」とか言って拳を突き上げたその後に、ボソッと「…しかしまもなく、ライバル会社はその倍の効率を達成する同じサービスをその半分の価格で販売する予定なのであった。」などと田口トモロヲばりの声でつぶやいてしまうヤツは同僚から他人扱いされてしまうのである。なんと言うか、酒を飲む習慣のあるヤツはもともと嘘への耐性が高く、気がつくとウソ依存症になる可能性も比例して高いように思われる。酒宴でみんなで酔っ払って歌い始めるのと同じような感じで「ニッポンは聖なる神の国だ」とか「日本円は必ずまた復活する」とか「日本人は世界中から尊敬される」とか本気で言い出しそうな危うい感じがある。自分自身は日本のために何の尽力も貢献もしてないクセに(笑)。…ま、そういうヤツは、日本が衰退する元凶はそんなオレのようなシラフなヤツの存在だと信じていそうだけど(笑)。しかしオレは下戸で常時シラフな市民、社会人、会社その他の組織の一員として、周りのみんながウソがウソであるという自覚や認識を失い、ウソ依存症の常時ガン決まりの酔っ払い状態になりつつある時には、冷や水を浴びせて「…オイオイ、よく見ろ、王様は裸だろ?」と我慢強く訴え続ける責任があると思っている。酔うのはいいけど酔い続ける依存状態は迷惑なのでほどほどにして欲しいと下戸のオレは願っている。
2026.04.18
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高校1年生頃にハマっていた筒井康隆の代表作の1つに『七瀬八景』という、人の心が読める家政婦を題材にした小説がある。おそらく当時はテレパスを主人公にしたSF小説という触れ込みだったのであろうが、この作品は別にSFなどというラベルを貼らなくても文学作品として通用すると思う。普通の文学作品では登場人物の心中を作者が「神の視点」から描写するところを、この作品では作中の主人公が作者に代わって読心してしまうのである。通常の世界では人の心を読めたりしないので、そんな超常的な能力をサイエンスフィクションとして扱ったのだろうけど、もともと通常の世界にも「神の視点」で心中が見える人がいるわけではない点で、どっちも「超常能力」なのである。文学論はさておき、AIだのの情報テクノロジーのおかげで、センサーで脳波や心拍や発汗や体温といった生理的データをリアルタイムで取得して人間の心理状態がかなりの精度で推察できるだけでなく、脳に直接電極を挿して、その人が抱いているイメージを映像化できるようになり、人の心中が見透かせる世界が現実になりつつあることで、七瀬八景がSFではなくなる世の中が実際に到来しそうである。ボクは人一倍ウソが嫌いで何でも本当のことを言ってしまうし、基本的に他人に隠したいことは無いのでプライベートとされることでも何でも暴露してしまう。そんな人間なので、世の中の犯罪や不正について見聞きするたび、「隠し事なんて出来ない世の中になればいいのに」と子供の頃から思っていたのである。人がウソがつけなくなれば、森友学園問題の改ざん指示者もとっくに明らかになってるし、京都府の小学生行方不明事件も初日に解決しているし、児童に対し変態な性的興味を持つ人はもはや教師になれなくなるし、脱税も無くなるし、政治家に騙されることもなくなるし、いいことづくめではないか。もちろん他方では、親や教師や上司の権威が失墜して子供や生徒や部下が言うことを聞かなくなるとか(笑)、恋愛や結婚の99%が不成立に終わるとか(笑)、お互いの本心を知ってしまった家族が崩壊するとか(笑)、友だち同士のケンカやいがみ合いが200%増加するとか(笑)、商品の50%が売れなくなるとか、社会秩序がかなり揺らぐ事態になるかも知れない。でも、ボクくらいウソが嫌いな人間になると、ウソで壊れるような関係は別に壊れていいじゃん…とさえ思っているので、社会が揺らいだところできっとせいせいすることだろう。…とは言うものの、親である自分のことを子供が心から軽蔑していたり、夫である自分のことを妻が早く死ねと祈っていたり、上司である自分のことを部下たちが口が臭い無能でダサいオッサンだと憐んでいたり、通勤電車で吊り革にぶら下がる自分を前の席に座る若者が生きてる価値の無い哀れな老ぼれだと蔑んでいたり、横断歩道を渡る際に停車したクルマの運転手がオッサン邪魔だくたばれと心中でつぶやいていたりするのを知ってしまったら、生きているのが即座にイヤになるのではないか(笑)。要は、そんなオッサンでもニコニコしながら生きながらえているのは、自分が実際に周りからどう思われているか、心中を察することが出来ないからなのだ。でもさ、ボクは思うんだ。お互いの心中が透明になってしまえば、不遜な相手の態度の背後にある不安感を知ったり、攻撃的な相手の背後にある恐れが見えたり、要するに敵対する相手も実は人間的なカワイイやつじゃん!…というのが分かると、同情が芽生えると思うんだよね。つ〜か、しょーもないこと考えている自分の脳内が相手に丸見えだって分かってたら、親も教師も上司も大統領もテンノウヘイカももはや恥ずかしくてエラソーなこと言えなくなるよ!(笑)相手に対する偏見も残虐行為も劇的に減少して、お互いをゆるし合えるヘイワな世の中になると思うんだ。お互いの心がスケスケに見えてしまう世界を、ボクは死ぬまでにぜひこの目で見てみたい。
2026.04.17
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ニュージーランドはカナダに似ているなあ。お隣の大国のせいで影が薄く、まるで属国かオマケのような印象を持たれがち…という点で、である。実際、アメリカに行ったことの無い人がカナダに行きたがることが稀なように、オーストラリアに興味がゼロでニュージーランドに恋焦がれることはあまり無いような気がする。一方で、カナダ人が「礼儀正しいアメリカ人」的な印象を持たれているのと同様、ニュージーランド人も「粗野なところが少ないオーストラリア人」という漠然とした印象を持たれていることが多いのではないだろうか。とは言え、アメリカに比べてカナダが「大自然」しか見どころが無いのと同様、ニュージーランドもオーストラリアに比べると「行きたい場所」を問われても答えに窮しそうな気がする(笑)。今回ワタシが娘とニュージーランドを訪れたのはたまたま娘の同級生が住んでいたからにほかならず、そうでなければ旅先にニュージーランドを選択していなかった。ニュージーランドに1週間ちょっと滞在して、娘が見たがっていた場所はひと通り訪れたが、「この場所はまたぜひ訪れたい!」と強く思った場所はハッキリ言って無かった。娘が同行を希望でもしない限りもうワタシはNZを再訪することは無さそうな気がする。ワタシ自身も、どうせ娘に見せたい・体験させたいとすれば、NZやカナダの大自然よりも、アメリカのグランドキャニオンとかモニュメントバレーとかイエローストーンみたいな、「なんじゃこりゃー!」というインパクトのある、世界中どこに行ってもほかでは見ることの出来ない所に連れて行ってやりたいと思う。…まあでも、海外旅行初心者にとっては「友だちの住んでいる外国」くらいのインパクトでちょうど良かったとは思う。グランドキャニオンとかインドとかはオトナになってから自分のカネで行けばいいのだ。つーか、ワタシなど20歳になるまで海外を経験したことはなかった(しかも初めての海外は船で渡った海外旅行超初心者向けである韓国)のに、ガキの頃からパスポート作ってもらってハワイだのバリ島だのグアム島だのに連れてってもらっている娘たちはなんと恵まれていることか。ところでワタシは娘が生まれた頃つまり12年前、将来的に娘がカナダに留学すればよいと願っていたのだが、アベノミクス以降の円安と賃金安のダブルパンチにより、留学どころか旅行でさえ精一杯といった状況になってしまった。実は「アメリカやイギリスやカナダは無理でも、NZの物価であればまだ留学させられるのではないか?」という淡い希望を抱いていたのだが、その夢は今回の訪問で酷くも打ち砕かれた。いまや1NZドル=100円。ランチ20ドル=2000円、エコノミーホテル1泊200ドル=2万円。物価は2年前に訪問したロンドンやNY並みであった。ほんの10年前は年間2〜3百万円あれば留学させられるかと思っていたのが、今の物価と円安では先進国はどこの国でも留学に500万円くらいは掛かりそうである。もはやプラザ合意前の70年代以前のように富裕層しか留学出来ない貧しい国になってしまったということです。安い日本円ではとても海外に渡航できない娘たちの世代はワタシらの世代なんかより内向きな島国根性化がこのまま進行してしまうのでしょう。それがイヤならワタシ自身が海外で仕事を見つけてその国の物価相応の賃金をもらうほかなさそうです。
2026.03.13
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Near QueenstownMilford SoundMt. Cook from Lake TekapoAuckland from Sky TowerChristchurch, New Brighton North BeachWakatomo Cave
2026.03.08
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訳あって1週間ちょっとニュージーランドに12歳の長女と行ってきたのだが、この国の印象を覚え書き的に書いておく。・清潔。オークランドのような大都市を除き、町中も自然でもゴミのポイ捨てがない。クライストチャーチのような都市の海岸でさえゴミが打ち上げられていない。・動物が、人間が近寄っても怖れて逃げることがない。これはほかの国で経験した記憶がない。鳥も魚もそう。餌付けでもしているのかと思ったらそうではなく、人が来ると餌となる虫が動き回るので歓迎するらしい。・公的な標識・看板表示や、公的な乗り物のアナウンスの言語が、まずマウリ語で次に英語。これは予期してなかったので結構驚く。ネイティヴであるマウリに対する尊敬は、カナダ以上である。・「Auckland」とか「Queenstown」といったイギリスの大規模入植地を除くとどこもかしこもマウリ語の地名が多く、「Papaoneone」だの「Waikaura」みたいな地名はまるでハワイにいるかのような錯覚に陥り驚く。・オーガニックが当たり前。食品のラベルを見ても合成着色料・合成甘味料といった合成物質が使われていない。パンを例にとれば「小麦粉、イースト菌、バター、塩」で終わり・夏でもあまり暑くない。日本でいう初夏の感じ。特に南島だと朝晩はむしろ寒い。「1日の中に四季がある」と言われるくらい寒暖差が大きく、Tシャツに短パンで過ごしている人と薄手のダウンジャケットやロングコートを着ている人がどっちもいるのが不思議。・日本の3/4くらいの広さの国土にデンマークやノルウェー並みの人口(500万人程度)が住んでいるので人口密度が低く、オークランドのような大都市を除けば、道路でも町中でも店内でも日本でいう「混雑」にあたる経験をすることがほぼない。・南島は乾燥しており背の高い木々が少なく茶色っぽい風景がチリやアルゼンチンのメンドーサにソックリ。北島は背の高い木々が増えてきて日本人にも馴染みのある牧草地だらけの風景になる。・大都市でもケータイ見ながら歩いているヤツがいない。いたらそれは海外からの観光客。・オーストラリアと違ってここ50〜100年内のイギリスからの移民が多く、”Majesty” みたいなタイトルの王室報道雑誌がコンビニで売られているくらいUKへの帰属意識が強い。クリケットはもちろん田舎でもポロをプレイしているのを普通に見かけてビックリ。・現金を使うことがない。現金払い不可の店も少なくない。田舎でもそう。1週間、すべてクレジットカードのみで過ごした。
2026.03.08
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昨年の大晦日の晩、自分でもどういうキッカケか思い出せないのだが、ふと「タバコを買おう」と思いたち、コンビニに寄ったついでに、むかし吸っていた最もニコチン・タールの少ないニコチン0.1mg、タール1mgのメンソール煙草を買った。550円くらいしたと思う。私は学生時代、マイルドセブンメンソールをカートン買いし1日1箱くらい吸っていた。1箱220円くらいだったろうか。暇になると手持ち無沙汰ですぐタバコを口にしてしまう。吸いたくて吸うというよりも喫煙が習慣化していた感じだ。当時は昭和であちこちに灰皿があったことも助長していた。その後、渡米をきっかけに1日5本くらいのペースが10年くらい続いた。アメリカでは当時スモーカーはすでにマイノリティになっていたから、意識的に減らそうとは思っていたはずだ。当時は地元のバージニアスリムとかカールトンメンソールのような女性が吸うような細長いタバコを好んで吸っていた。当時は美味しくて吸っていた感じだ。その後NYCに住んでいた頃は未だ喫煙習慣はあり、失業してオハイオに引越して肉体労働を始めたのをキッカケにジムに通い始めてからタバコを一時止めていた記憶がある。その後日本に帰ってから喫煙習慣が復活し、何を吸っていたかよく覚えていないが、軽いメンソール煙草、たぶん輸入物だったと思う。アメリカ系の東京支社で働いていた頃は喫煙を止めていたような気もするが、アメリカ本社に転属になってカナダに住み始めた頃はカナダのメーカーの税率の高いキツめのメンソール煙草を吸っていた記憶がある。その後タバコを止めたのはマラソンを始めたからだ。最初の数ヶ月は、走り終わった後にゲホゲホしながら痰を吐くのが気持ちよく、また走った後の一服が美味しくて(笑)、しばし「スモーカーのランナー」だった時期があったが、フルマラソンのレースに出走する頃には完全に止めていたはずだ。というのも、ある時期を境に「速く走れる気持ち良さ」の方が走った後に痰を吐いて一服する気持ち良さを上回ったからである。それが2003年、今から23年くらい前。その後も、たまたまパーティーで同僚が吸っている時とか、仕事中に一服する人に同伴したりして、貰いタバコを吸うことが数年に1回くらいあったと思うが、たぶんこの23年間で5本くらいしか吸ってないのではないか。満23年目にしてタバコを買おうと思ったその心理を分析すると、60歳にならんとする年を迎えるにあたって、何か積み重ねたものを壊したいような衝動が芽生えたのかな、と思う。いい加減ジジイになるのに、この期に及んでケッペキな生活を続けてどうしようというのか…みたいな、自分に対する一種の皮肉な感情であろうか。ちなみにそれからそろそろ2ヶ月経つが、20本入りの箱の中には未だ10本弱くらい残っている。平均週1〜2本ペース。朝一で、起きがけにランニング前に吸いたくなることもあるし、夜にふと内省的な気分になった時に吸いたくなることもある。最近だと、在宅で仕事中に集中しなければいけない時にニコチン補給のために一服することが多い。換気扇の前で、ホントにタバコに集中して一本をじっくりと味わいながら根本まで吸っている。最近はニコチン依存が復活しそうな気がしてきたので、吸いたくなった時にあえて堪えようという気持ちも出てきた(笑)。ただ、この一箱が空になったら、もう二度と煙草を買うことは無いような気がする。これはあくまで還暦を迎える新年の気まぐれであって、一時的な退行だと思いたい。この一箱を終えるまでには、自分の中にある自分に対する皮肉なモヤモヤの整理を付けられるようにしたいものだ。
2026.02.25
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もう肉体労働はおろか頭脳労働まで機械がやってくれちゃう世界になってしまうと、生存がほぼ保証された状況下で、趣味的に「生きるためのハードル・困難」を設けて、それをクリアすることに生きる意味を見出すようになるのだろう…という昨日の話の続きなのだが、実は、かつてカメラが発明されるまでは「画家」が現代の写真家の役割を果たしていたのが、カメラがその名のとおり「写真」すなわち真を写すことが出来るようになって画家の多くは仕事を失ったものの、絵画はその後も、「写真」には敵わないまでもゲージュツとして「真を写す」以外の意味を見出され、存続し続けて現在に至る。同じように、腕力や走る速さをもてはやされていた連中も、機械や蒸気機関が発明されて腕力や走力を競うのをやめたかというと、いまだにオリンピックだのスポーツとして、機械の10分の1や100分の1にも満たないその能力を競っている。同様に、人工知能が人間の知性を超えても、人間は人工知能の10分の1、100分の1程度のIQだの知力を誇りにして当面は頑張るんだろうと思う。これまでみたいな知能信仰、学歴信仰は影を潜めるかも知れないけど、結局機械を作ったのも知性・知力だからね。AIが数学の難問を解くようになっても、数学オリンピックは続くんでしょきっと。…でも、いまや機械は人間に頼らなくても自分で機械学習して向上しちゃうけどね。 いずれにしても、もう肉体労働もデスクワークも機械が人間より速く正確にやってくれるんだから、勉強するにせよ数学の問題を解くにせよ外国語を学ぶにせよ、必要に迫られてやるんじゃなくて、ゲージュツ家やスポーツマンのように「趣味でやる」世界になるよねきっと。これまでは「意味」や「価値」を社会とか世間だとか親だとか外から与えられてきたのを、ゲージュツやスポーツのように自分で見つけなきゃいけない。「大多数」に適合することでその外的な価値や意味に安心していられたのが、これからはもうテンデンバラバラになるので、不安に駆られるヤツは増えるんだろうねえ。もうそうなってるか(笑)。ネットでやたら攻撃的になってるヤツは自分が信じている価値の「正しさ」の不安があるから他人を貶すことで安心しようとしてるんだろうし。つーか、まだ圧倒的多数の人たちは「必要性」の世界に生きていて、食べるために働くし、評価のために努力するし、失うのが怖くて行動を取ってるんだろうから、当面は「趣味で何かをやる」世界に対して牛歩戦術的に(無駄な)抵抗をするんだろう。
2026.02.23
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さいきん、生成AIが知的能力ですでに人類を超えてしまっている状況に遭遇し、ついにヒトが狩猟と採集の時代へと回帰する方向性が現実的になりつつあると感じている。狩猟と採集の時代というのは日本で言えば縄文時代である。1万年に渡って、すなわち世代でいうと400〜500世代もの間、ほぼ動物と同じように単に生存(個体保存)と生殖(種の保存)という営みを繰り返してきただけで、人類でいうところの歴史がなかった。歴史がなかったとは、文字もなく個人名もなく、言語も「あ〜う〜」「まんま〜」といった赤ちゃんと同じ亜語のレベルで、人類がみな「今、ここ」を生きてきた、ということである。遺跡を調べると、その時代は、基本的に女性が地道に食べる物を採集して家族を養い、ヒマな男性はというとたまに狩りに出てラッキーな時には肉類をゲットして集落に持ち帰るという「オマケ」みたいな存在だったようである。現在はオトコが「Man」であってオンナは「Woman」すなわち子宮を持ったオトコ扱いであるが、当時のオトコはきっと「コドモを産めないデキソコナイのオンナ」扱いだったのだろう。また、採集する食べられる物を求めて季節や気候によって移動を繰り返していたので定住の概念もなかったし、自分らの生存に精一杯で人口も安定していた(増加することもなかった)。これが「耕作」の時代すなわち日本でいうと弥生時代になってから、稲作のために定住し、穀物を保存できるようになって生存率も上がり、余暇も発生して文化や文明も生まれた。男はこの時代から「田んぼの力」としてその腕力の耕作への有用性が認められ、オマケ的存在から次第に地位が向上していった。また腕力の無いオトコもヒマを活かして(笑)耕作道具を工夫したり土器に模様を着けたり絵を描いたり、ブラっと集落を飛び出して未知の土地から新しい道具や種子やアイデアを持ち帰ったりして、「文化」や「文明」の中心的存在になり「歴史」が発生した(同時に、ヒマな男が侵略だのを企てるようになり「戦争」が生まれている)。そして、さらに「誰々は頭が良い」みたいな、「知恵」だの「知力」がもてはやされるようになったのも、知恵や知力が「文化」「文明」の根源だったからである。オトコが「Mankind」すなわち人類の代名詞となりオンナが子宮を持ったオトコ扱いになったのは言うまでもなく文化と文明の時代からである。その後、ヒマなオトコたちの知恵や知力による蒸気機関や電力や機械のような発明によって、男より10倍速く走る機械、男より100倍パワフルな機械、男より10万倍戦闘能力が高い兵器が登場し、男の腕力はそれほどもてはやされなくなった(笑)。代わりに腕力が無くても「頭が良い」ヤツがもてはやされる時代が来た。ノーベル賞の受賞者は、平和賞を除けば学者や科学者やエンジニアなどの知的エリートばかりであるのは言うまでも無い。また、子どもを産んだり育てたりするために男ほどヒマがないオンナでも知力によって男と対等な立場に立てる土壌も出来た。「頭が良い」に加えて「センスが良い」といったクリエイティブな分野に至ってはオトコとオンナはほぼ対等な立場にあるかも知れない。しかし、歴史もここに来て等比級数的な発展を遂げついに「人類より知力が勝る道具」を発明してしまった。つまり、文明や文化の発展の末に、人類より10倍正確で100倍速く1000倍の効率で仕事を処理する機械が登場した、ということである。しかも生成AIは情報処理だけでなく音楽や芸術の分野でも、人類とかわらないアウトプットを生成できるようになってしまった。これは、ここ100〜200年で腕力のある男がかつてほどもてはやされなくなったのと同様に、向こう10〜20年で「頭が良い」ヤツや「センスが良いヤツ」がもてはやされなくなる時代が来たということだ。知能指数140だとか、学校のテストで100点とか言ってももはや自慢にならないのである(笑)。長くなりそうなので途中をはしょるが(笑)、人類よりパワフルで賢い機械のおかげで労働が不要になって生存(個体保存)が当たり前になると「生きる意味」があやしくなって(笑)、人類は種の保存の意欲も減退すると思われる。きっと誰かが試算してくれてると思うけど、これから人口は急激に減るよ。今以上の勢いで。核兵器の発明によって人類が戦争が出来なくなったのと同じ理屈で、人工知能の発明によって人類は生きる意味、存続する意味が問われる。生きる意味を見つけた人だけが趣味的に生殖するだけ。そういう人たちは、まさに狩猟と採集の時代のような「生きるためのハードル・困難」を趣味的に設けて(笑)、それをクリアすることに生きる意味を見出すのかも知れない。社会的に上り詰めた人たちがアイアンマン・トライアスロンにハマるのと同じような心理かも(笑)。
2026.02.21
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最近テレビで「犯罪者がついに逮捕された」というニュースを聞いていると「男は容疑を否認しています」というケースがやたら多い気がすると思うのはワタシだけでしょうか。よくあるのが白々しい「身に覚えがありません」とか「記憶にありません」といったたぐいで、潔白だとまでは断言せずに、なんらかの客観的・物的証拠があったとしても自分の記憶には残っていない、という主観を述べて逃げようというのが潔くない。先日の裁判のニュースでは、防犯カメラに証拠が映っていて怨恨などの動機も明白なのに「それは自分ではない、似た人です」と述べたとか、別のケースではメッセージのやり取りとか金銭のやり取りといった証拠が山ほど上がっていても「自分ではないと主張しても受け入れてもらえなかったので黙秘します」と裁判官に述べたとか、冤罪に持っていける一縷の望みに賭けようとでもいうのか、なんか潔さというものが微塵も感じられない。むしろ半グレだの指定暴力団だのでタイホされたいかにもワルいヤツの方が潔かったりして(笑)、こういった「知りません。黙秘します」的なヤツらの方が悪性が高いというか、人間味のないサイコパス的なところがタチが悪いと感じる。同じ社会やコミュニティの中で一緒に生きる市民として、「悪いことをやっている」という意識を持ちながら犯罪行為をしているヤツの方が、まだ話が通じるという点では「同じ人間」だと思える一方、人を殺しておいてシラを切り通そうというヤツは同じコミュニティにいて欲しくない(笑)。自分や近親者がこういうヤツと運悪く関わってしまったばっかりに虫ケラのように殺されて「知りません」で逃げ切られることを想像したら、そんなの堪えられないと思う。だから、どんなにグレたワルよりもサイコパスの方が怖いし、そんな連中があちこちで人を殺したり強盗した上で「身に覚えがありません」とシラを切っている世の中や社会や時代はイヤだ。
2026.02.19
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昭和の終わりから平成の始まりに時期にスタジオで練習はしたものの一度もステージで演奏することがなかった『ちびくろサンボ』にも令和版のアレンジを加えて「公開」したところ、再生が100回を超えていた。この日記の場を借りてこの曲の価値を世に問いたい。SUNO AIで作曲した音楽を再生していると、たまにほかのシロウトが同じようにSUNO AIで作曲した似たようなジャンルの音楽が再生されることがある。「…お、なかなかいいイントロじゃん!」と思って聴き始めるが、9割がたは歌詞が始まった途端にガッカリしてストップしてしまう。どいつもこいつも歌詞がクサくて聴くに堪えないのである。例えばこんな感じ。🎵ネオンが滲む 夜の皮膚触れた指先 嘘の温度欲望だけが 正直で言葉はみんな 腐りかけ愛してる その響きさえ今は 信用できなくて…あ〜、クサい!俗に言う厨二病だかなんだか知らないが、実際に中学2年生が書いてるのかも知れないが、どいつもこいつも堪らなくクサいラブソングばかりなのである。世のポピュラーミュージックのほとんどがラブソングだというのは理解する一方、ワタシはラブソングを生理的に受け付けない。ラブを音楽にするそのセンスが許せない。なんというか、発情期のネコの叫びを聴かされている感じがするのだ。発情期のネコの叫びには詩がないから堪えられるが、人間の場合、単なる発情期の衝動にこじつけ臭い「触れた指先」だの「腐りかけ」だのいった陳腐な言葉が乗せられているのがサブイボが出るくらい気持ち悪い。これは古今東西おなじ傾向らしく、歌詞が英語の音楽の場合でもやっぱりクサい、ショボい、恥ずかしいetc. 歌詞のオンパレードなのである。いくら「…おー、カッコいい曲じゃん。」と思って聴き始めても、歌詞が始まった途端、シロウトの発情期の叫びを聞かされるハメになるのが毎回のことなのだ。「せっかくAIがこんなシブイ曲を付けてくれてるのに、そのシロウトのクサい歌詞は勘弁してくれよ…トホホ」と思ってしまう。ワタシが聴いている曲は、愛だの恋だのを歌っていることはまずない。たとえば、好きな曲を挙げれば、Pixiesの「Monkey Gone To Heaven」は、海をコントロールしているヤツが1000万トンのヘドロに圧し潰されて死んだとか、筋肉少女帯の「釈迦」はアンテナ売りが屋根から落ちてきたら博物館の持ち主の成金の孫が受け止めてあげるとか、And Also The Trees の「Virus Meadow」は、牧師の口からウイルスが歌い、彼がどこに行こうがカラスが付いていくとか、そういった世界が素晴らしい曲に乗って展開されているのである。ワタシが学生時代に演奏していた音楽の歌詞の世界も、前述の「ちびくろサンボ」の場合、昨夜ちびくろサンボを読んだ後にバナナを3つ食べてちょっぴり泣いた…とか、先日のムーミンの場合だと、ムーミンはいったい将来何になるんだろうとか、ムーミンもバカボンと同じで父親の名前がムーミンパパだとか、そういった少し哲学的なものを匂わせるものであって、間違っても「愛してる その響きさえ 信用できなくて」…なんて言葉は、ウケ狙いの冗談以外では登場することはない。頼むから、SUNO AIには、ショボい歌詞にはショボい曲を、クサい歌詞にはクサい曲を付けるようにしてほしいものだ。つーか、クサい詩にSUNO AI使ってカッコいい曲をつけようとするのは止めてくれ、とシロウトのユーザーに懇願すべきか。
2026.02.15
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コロナ禍をキッカケに治療中だった上の歯をインプラントに変えた。コロナ禍をキッカケに、と言うのは当時はマスク着用の日々だったので歯抜け状態でも人目に触れることが無かったからだ。当時の日記を発見したがちょうど4年前のことであった。当時は前歯3本を変える予定だったのが治療しているうちにいろいろあって結果的に奥歯も含め6本がインプラント、2本がブリッジになった。上の歯は自前の歯が残っているのは今や数本だけである。常にどこか治療中か仮歯の状態であったのが、20数年ぶりに全部の歯が入った状態になったのであった。固いものやキャラメルのような粘るものを食べては差し歯や被せた歯がとれてしまい歯科の世話になる…というのを20年くらい続けてきたが、ついに食べるものを気にせずに思う存分に噛めるようになった。歯が揃って全部の歯で噛める状態というのは実に爽快である。治療中は、片側の歯で噛むとか、前歯を使わず奥歯だけで噛むとかいった状態が常態化していたが、これは知らず知らずのうちに表情筋とか身体のバランスの偏りに影響していたと思う。実際、噛み合わせを矯正することで、肩こり、頭痛、耳鳴り、自律神経の乱れとか、文献によっては不妊症みたいなものまで解消するといった話もあるし、アスリートがパフォーマンス向上のために噛み合わせを調整するような話も実際に聞く。実際、「全部の歯で満遍なく思い切り噛む」という顎の動きをするだけで、頭がスッキリする感じがある。メジャーリーガーがバッターボックスでガムを噛んでいるのは集中力を高めるためだとか聞くが、たしかにフランスパンのようなものを噛み切るとか、何かに噛みついている時は野性の本能のスイッチが入るのを感じる。おかげで、以来、体調も精神状態もここ数年では最高潮である。5歳くらい若返った気分である。たぶん安い新車を1台買えるくらいのカネをインプラントに費やしたと思うが、それで5年分の時間を稼いだと思えば安い投資である。何で聞いたか忘れたが、俗に「ハメマラ」といって老いは 歯→目→生殖器 の順番で衰えてくると言われているが、その逆で歯が若返ると視力というか集中力が回復して意欲が湧くと男性ホルモンの分泌も復活して勃ちが良くなる…といった好循環を生んでいるような気がする。男性ホルモンといえば最近会社の健康教育の一環で「男性更年期」について聴講したが、長くなるので別の日に書こう。
2026.02.11
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政治家にせよ財界人にせよスポーツ界にせよ芸能界にせよ驚異的なバイタリティの持ち主が世界を動かしていることにいつも感心させられるが、そのうち8〜9割がたは「カネ・権力・名誉・オンナ」をモチベーションにしたオトコなのではなかろうか。殿堂入りした某ミュージシャンは「若い頃とにかくモテたくて必死でギターを練習した」と言っていた。ある政治運動家は青年時代にお嬢様にフラれたのが市民運動に走ったキッカケだったと告白していた。あるバスケットのレジェンドは「とにかく1人でも多くの女と寝ることを目標にトップの地位を維持してきた」と語った。政治家たちは「カネ・権力・名誉・オンナが欲しくて頑張ってます」とは口が裂けても言わないが、その8〜9割の典型例であろう。残りの1〜2割は、聖人君子みたいな男性と、女性である。聖人君子タイプの男性は信仰とか崇高な信念とかかつてのトラウマとか、いろいろな動機が想像される一方、理解が難しいのが女性の場合である。だって、「1人でも多くのオトコと寝たい」と思ったら政治家や財界人になるのはむしろ逆効果であろう。一攫千金を狙ってスキーやスケートや女子サッカーや陸上競技でトップを目指している非効率な女子アスリートはいないだろう。ミュージシャンの女性を何人か知っているがモテたくてギターやドラムを始めた女性は会ったことも聞いたこともない。ドナルド・トランプが自分が戦争を止めたとか自己主張していても彼が世界平和や人命尊重の信念に基づいて行動しているとは誰も思わない。一方、選挙運動で社会的弱者のためとか平和のためとか言って声を涸らしている女性議員を見ると、「本気で社会的弱者や平和のことを想っているんだろう」と思ってしまう。別にそんなことをしてカネやオトコや権力や名誉が得られるわけではないから、何か裏のモチベーションがあってそんなことをやってるとは考え難いからだ。「カネ・権力・名誉・オンナ」ハングリーなオッサン集団のイメージが強い某与党に比べ、そういう意味で高市早苗首相に「ホントに日本や社会や国民のことを思ってやってるんだろうな」という印象を抱いてしまうのはワタシだけだはないのだろう…と思ったのは、某与党の支持率が30%そこそこでも首相の支持率が70%だった結果、今回の選挙で大多数の議席を獲得して大勝したとのニュースを聞いた時だ。カネにも権力にも名誉にもオンナにも執着が無さそうな中性的な若者が党首を務める某新興政党が躍進を遂げた理由の1つも、純粋に日本の将来のことを考えているんだろうな、という印象が強いからだと思っている。冬季オリンピックもそうだ。スケーターにせよスキーヤーにせよスケートボーダーにせよ、男子選手を見ても「それなりの裏のモチベーションがあるんだろう」といった先入観が先に立つが(笑)、女性アスリートは「偉いなあ、純粋に努力家(&超負けず嫌い)なんだなあ。」と感心してしまう。受験生もそうだ。(以下略)
2026.02.09
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20年前に書いた日記に、そこからさらに20年以上遡る1980年代の『りぼん』という当時ワタシが購読していた月刊少女マンガ誌の付録だったノートに大学時代のワタシが書き残していた『ムーミン』というタイトルの詩が公開されていた。当時ワタシは後輩とバンドをやっていて、いつか曲をつけて演奏しようと、歌詞や曲想をメモしていたのである。先日の日記に書いたとおりワタシは作曲生成AIのSUNOと出会って以来バンドをやっていた当時の創作意欲に目覚め、当時の曲を生成AIで編曲再現するだけでは飽き足らず、ついに40年越しの時を経て、当時書きためていた歌詞にカッチョイイ曲を付けることに成功したので、ここに公開したい。(タイトルをクリックして再生)「ムーミン」作詞: 郡山ハルジ作曲: Haroo-gee with SUNO AI(chorus)おーおームーミンおーおームーミン大きくなったら何になりますかおおムーミーンぼくと一緒にパリに行きませんかおおムーミーンぼくはあなたが大好きですソロバン塾でおもらしをしたのはぼくです(chorus)わおうムーミンわおうムーミンかならずガッチャマンを見ましたねわおうムーミーンぼくと一緒でテレビが好きですねわおうムーミーンムーミンパパとママの子ですサルに無理矢理スライム食わせたのはぼくですおぉームーミンだめだだめだよムーミンおぉームーミンだめでもともとだよムーミン「ムーミンパパとママの子です」の辺りや「だめだ、ダメだよムーミン」、「ダメでもともとだよムーミン」あたりの曲の展開はイメージどおりで、何度も聴きまくった結果、まるで流行曲のように公共の場でさえつい口ずさんでしまうのである。通りがかりの人に「いい曲ですね、何ていう曲ですか?」などと訊かれたら何と答えようか、などと他愛のない妄想さえしてしまう。もっと言うと、「誰かその辺のアンチャンと組んでストリートで演奏したら喜ばれるかな。」などという妄想さえしているのである。
2026.02.07
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歳をとることのメリットの1つに「優先順位がより明確になる」というのがある。若い頃は選択肢がいろいろあり過ぎて迷う。未来の可能性がオープン過ぎて、1つの選択の重みが大きいからだ。どの部活動に入るか、進学するかしないか、進学するならどの学校にするか、就職するかしないか、するならどの会社にするか…その時の選択によって数年後、数十年後の自分の未来が根本的に変わってしまう。しかし歳をとって未来が限られてくると選択に重みがない。前の日記にも書いたが、もう寿命が尽きるのも目前なので、Aを選択しようがBを選択しようが到着地点に大きな影響がないことが分かっているからだ。これは仕事をしていてもそうで、仕事中にたまたま遭遇した情報に「これは後で調べよう」と思って画面上にブックマークを残したページが山ほどあったのが、「これはもう後で見ることもないだろう」と画面を閉じて忘れ去るようになった。実を言うと、かつては「これは後で調べよう」と思って画面上にブックマークを残しても忘れて見ないものが圧倒的に多かったのだが(笑)、最近「これは後で調べよう」と思ったページはちゃんと見るようになった。というのも、今「これは後で調べよう」と思う情報は、厳選されているからだ。特にここ半年くらいは、あと半年で定年だと思うと「こんな投稿にレスしてるヒマはない」とか、「面白いプロジェクトだけど関わっているヒマはない」といった内なる声が聴こえるようになってきた。いわば、付き合いの範囲が絞られるようになってきた。これまでは成り行きで関わることになったプロジェクトだのイベントだのに手当たり放題にコミットして苦労していたが、今は「これだけは自分じゃないと出来ない」という領域がより明確に見えるようになってきて、自分がやらなくてもいいことからは距離を置けるようになった。これはガンなどで予命を宣告された人が「死ぬまでにやること」をリストアップするのに近い心境なのだろう。もう死ぬと分かったらイヤな仕事なら即座に辞めるし貯金も止めるし新しいクラブにも入会しないだろう。 終わりがある、終わりが判るのはいいことだ。そうでないとダラダラと惰性で生きてしまうからだ。終わりがあることで、残り時間をどう使うか意識的に選択するようになって、終わりが訪れた時に後悔しないよう準備することができるからだ。
2026.02.07
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10数年前に帰国して以降しばらく休止状態で、コロナ以降はたまに(それでも年に数回)投稿していたこの楽天ブログだが、意識的に日々更新することにした。理由はいろいろある。たぶん要因として最大のものは「頭が悪くなってきた」すなわちボケ防止である。コロナ禍をキッカケに在宅勤務になってから会話がめっきり少なくなり、最近ではそれに輪をかけて生成AIの利用が増えものを書くことさえ自分で考えなくなってきたら、ついに、必要な時に何かを伝えようとしても言いたい言葉が口から出てこなくなった。「これはマズイ」と真剣に危機意識を持ち始めたのがここ数ヶ月。そして、先日の日記に書いたとおり、加齢とともに時間が「あっという間」に過ぎるようになる問題。何も達成した感じがないのにいつの間にか1日、1週間、1か月、1年が経過している事実に唖然とさせられることが増えてきたこともあり、実は去年1年間、「メモ帳日記」をつけるようにしていた。翌日や翌々日に振り返って、「この日は何があった、誰に会った、何を観た、何を読んだ…etc.」といった出来事をメモするのである。それまでは、充実感や達成感のないスカスカな日々が続き過ぎて、たとえばある映画を観たのが今年だったか去年だったか思い出せないような状況にまで悪化していたのだが、このメモのおかげでいつ何をしたか思い返せるだけでなく、たとえばこの1週間は何も特筆するイベントがなかったから次の1週間は目標を立ててやるべきことを達成しよう、などと反省するようにもなった。この「後で読み返す」ことは何かと役に立つ。たとえば「自分は過去にこんなことを考えていたんだな…」と思い出せるだけでも今の自分の状況をバリデートするのに役立つが、足跡を辿ることによって これから自分が取るべき方向性が見えて来るという「カリブレーション」の役割も見逃せない。簡単に言うと、過去の書き込みはこれからを生きる上でヒントに溢れている。だから、将来の自分が振り返った時のために「自分はこの頃にはこんなことを考えていた、こんなことをしていた」という足跡を残そうという意図もある。あと、これも生成AIに関連するのだが、数ヶ月前にSUNO AIに出会って「作曲」するようになってから、自分の中に眠っていた「創作意欲」というか「表現欲求」が目を覚ました、という要因も小さくないだろう。それまでは、「意識の奥に潜ってモヤモヤしたものを拾い上げてきてそれを意識上で表現する」という精神活動に要する集中力が加齢とともに衰えた感じがあって、モヤモヤをなんとなくボンヤリと自覚していてもそれを放置していたのだが、生成AIにその作業を補助してもらったことをキッカケに、最近ではそのモヤモヤを表現しよう、言語化してみようという意欲が出てきた、ということだ。モヤモヤを表現すると希望が湧いてくる。それは整理整頓された部屋にいると気分が高揚するのと少し似ている。さらには、先日の日記にも書いた「還暦を目前としての不完全燃焼感・焦り」である。死期を宣告された癌患者ではないが、タイムリミット的なものを分かりやすく示されると、優先順位が明確になってくる。今後たぶん使うことがなさそうな不要なものは棄てる。また、いくら重要性を頭で理解していても記憶に定着しないような興味の薄い分野の情報は切り棄てる。残り時間で達成出来そうな目標に役立つことに資源を集中する。…そういったことが日記に書き出す過程で整理され、時系列に蓄積されることで可視化もされる。筒井康隆の自叙伝を読んだ影響もある。何かを思い出しながら文章で再構成する作業は愉しい。…とまあ、また楽天日記を書くようになった思い当たる理由や背景はこれだけいろいろある。だから、今年は20年前の独身時代にように「毎日更新」とまではいかないまでも、習慣的に日記を書いて投稿することになると思っている。
2026.02.01
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いわゆるスマートリングと呼ばれるOURA Ringを装着して1ヶ月経過したが、リングが取得してくれるデータ — 運動量とか心拍とか ー とAIによるその分析結果はとても役に立っている。特に助かっているのは睡眠データである。朝、疲れが取れていないと感じて睡眠データを見るとだいたい「深い眠り」が計10数分しかないとか、寝覚めが悪い朝の睡眠グラフを見ると夜中に何度も目が覚めたりしている。睡眠と翌日の体調や気分の間の相関関係に自覚的になってくる。つまり、毎朝睡眠データのフィードバックを受けることで、「意識的な睡眠」をするようになってくる。これまでは「昨日は睡眠時間が短かったから今日はちょっと早めに就寝しよう」といった程度だったのが、「昨日は深い眠りが短かったから、掛け布団がズリ落ちて目が覚めないようにベッドメーキングしておこう」とか「最近、睡眠導入時間に赤信号が点灯しているので、入眠時の刺激を控えよう」といったように、その日の晩の睡眠に具体的な対応をするようになってくる。とにかく、睡眠と翌日のパフォーマンスの相関関係が意識できるようになっただけで儲け物だと思う。最近は「睡眠の質を改善する」とか銘打った乳酸菌飲料まで毎朝飲むようになった。ところで、年を取ると確かに睡眠が浅くなり夜中に何度か目が覚めるようになる。これは「老化が原因で睡眠が浅くなるのが結果」という風に理解しがちだが、このごろ「睡眠が浅くなる結果として老化する」というのも真ではないかと考えるようになってきた。というのも、成長ホルモンは「深い眠り」の最中に分泌され、このホルモンによって身体のダメージが修復されている。睡眠が浅いままだと成長ホルモンの分泌が低下しダメージが修復されないままになってしまう。この状態が続くのが老化である。日々走ったり泳いだり自転車に乗るのを生活の中心としているワタシにとって疲労の回復は課題というより死活問題である。これまでは睡眠時間くらいしか意識していなかったのが、この観点から「深い眠りの長さ・割合」をより意識するようになった。「自分が深く眠れたか」という主観はあまり当てにならないので、これをデータで視覚化してくれるというだけでもスマートリングはもう手放せない。
2026.02.01
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「そんなに人を殺したいの?じゃあ、一発で何万人でも殺戮できる兵器を作ったよ、どうぞ」と発明&リリースされたのが原爆や水爆。結果として人は殺し合いが出来なくなった。「そんなに効率だ生産性だ自動化だとか言って仕事をしたくないの?じゃあ、代わりにずっと速く正確に仕事を片付ける人工知能を作ったよ、どうぞ」と開発&リリースされたのが生成AI。結果としてどうなるかというと、人間はやることが無くなった(笑)。原爆が発明された時、人は「人類はついに自らを滅ぼす手段を手にした」というプロメテウスの神話的なことを言ったが、生成AIの登場で人は「人類はついに自らの存在意義を無に帰す手段を手にした」と、何年か後に振り返ることになるんだろうか。ちょっと前まで「生成AIはまだ正確性が不十分」だとか、ハルシネーションを根拠に「生成AIはウソをつくから信頼性が低い」などと言って生成AIに懐疑的だった人も、ここ数ヶ月にリリースされた生成AIをさわれば、そのアウトプットの正確性や信頼性が「人間のやる仕事」に比べればよっぽど正確で信頼できることが判ると思う。プログラマーに代わってスラスラとコードを書く。データを読み込んで数秒で分析結果を出して図表化してくれる。雑多な資料、情報をきれいにまとめて解説資料を作ってくれる。レシートの画像を読み込んで会計処理をしてくれる。経営のアドバイスをしてくれる。質疑応答の想定質問やそれへの回答を考えてくれる。スピーチのジョークを考えてくれる。最後に人間に残されるのは「お詫びする」くらいではないか。業務だけではない。お願いしたようなイメージで作曲してくれる。絵を描いてくれる。デザインをしてくれる。動画を作成してくれる。最近だと商業映画まで一切AIで作成するところまで来たらしい。声優はおろか俳優までAIだ。クリエイティブの領域でも「人間では敵わない」領域に来たのである。人がやることと言えば、生成AIが作ったアウトプットを「選ぶ」「利用する」だけである。 もう「食う」すなわち生存というか個体保存が保証された世界になれば、種族保存にも関心は薄れ生殖するのも趣味の問題になっていくのだろう。そうなると人口も急激に減少して、世界は暇人の趣味のための空間となり、バーチャルなゲームの世界との境界もほぼない感覚になるかも知れない。あとは、苦行が大好きな登山家やアイアンマントライアスリートみたいにわざわざ自ら制約や高いハードルを設けて趣味として苦労を求める一派も増えるかも知れない。「こんな退屈な世界で生かされていても無意味だ!」などと思い詰めて、核爆弾を自作してこの世を滅ぼそうとするヤツも出てくるかも知れない。
2026.01.31
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もう30年近い昔のこと、帰国時に実家に立ち寄った時にたまたま数年ぶりに従叔母(祖母の弟の娘)と会った。若くして恋愛結婚して娘3人をもうけた(しばしば楽天日記で言及しているとおり、うちは女腹の家系であり、女しか生まれないのである) 人で、ワタシより10歳やそこら年上であった。うちの祖母もそうだがちょっとインディアン(ネイティブアメリカン)っぽい風貌で、16歳の頃に2歳年上の姉の名前でミス仙台コンテストだかのど自慢だか忘れたが応募して入賞したものの年齢詐称がバレてスキャンダルになったという武勇伝の持ち主でもあった。久々に海外から日本に帰って来たワタシと近況を話していると、藪から棒に自由になりたいワタシの気持ちがすごく分かる…などと感慨深そうに言うのであった。その時は、3人の娘の世話だの夫の世話だの老いる母親の世話だの親族のしがらみでやりたいこともやれない自分の立場を呪ってそんなことを言ったのかな…と思っただけで、「自分は別に自由を求めて海外に住んでるわけじゃないんだけどな…」と思っていた。従叔母はその後たしか40代で癌か何かで比較的若くして亡くなった。その後、どういうわけか分からないが、この従叔母のセリフを時折何の脈絡もなく思い起こすことがあったが、ある時「自分が海外に住んでいるのはやっぱり自由を求めているからではないか」と思い当たることがあった。もともと何か窮屈なルールや約束ごとを課されると破りたくなる。思えば内定取り放題のバブル最盛期に就職活動をせずに日本を出ようと思ったキッカケの1つは、例の「お辞儀の角度」とか「名刺の渡し方」みたいな無意味な社会人のお作法であった。親族の集まりなども子供の頃から苦手で、お年玉をもらうような場面を別にすればこれらの人たちと付き合う必要性や必然性を感じないのであった。子供の頃から将来自分が故郷に住むなどという選択肢は考えたこともない。もともと都会とか人混みが嫌いで広いところが好きなので、海外に住むことが現実的になる前はいずれ北海道に住みたいと考えていたくらいだ。我慢強いので窮屈な環境でも耐えてしまっているが、このまま都会で老いて骨をうずめるのは本意ではないと思っている。そういえばカナダで独身生活をしていた40代前半の頃、貯金をはたいて地価の安い北の果てに土地と小屋でも買って移住しようかといろいろ調べたこともあった。その後、アコンカグアの山中の避難小屋で孤独に凍死しそうになったのをキッカケに「結婚して子供を持とう」と考え直したクセに、極寒のカナダの北の果てで隠遁生活を画策していたというのだからお笑い草である。子供の学費や養育費を稼ぐためにたぶん未だ10年くらいは仕事を続ける必要がありそうなので、北の果ての山小屋の隠遁生活みたいな自由な生活は当面はあり得ないと思われるが、このまま都会で老いて不本意にくたばってしまいたくなければなんとか狭い日本をそろそろ離れる計画を立てる必要がありそうだ。円安も酷いし出稼ぎを画策しようか。
2026.01.30
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遅刻の夢はこの歳になっても年に数回は見る。オレは高校時代、片道10km弱を自転車で通学していたが、8:30だったかの始業時間に間に合うためには8:05〜10分には自宅を出る必要があり、いつも出がけにリビングルームの壁掛け時計の針の位置を見て「今日はダッシュすれば何とか間に合う」とか「今日はもう遅刻決定だ」などと判断して家を出ていた。その実家のリビングルームの壁掛け時計が40年以上経った今でもたまに夢に出てきて、針の位置から頭の中で残り時間を計算しながら「急げば何とかなる!」と焦りまくることもあれば、多くの場合「あ〜これはもう間に合わない。」という諦め、挫折感に打ちのめされて不愉快な気分で目を覚ますことになる。思えば高校進学時は、高校を出る頃は旧帝国大学進学は固いだろうと超楽観視で余裕をコイていたのが、2年生に進級する頃には「…あれ?なんか想定と違うぞ…」と焦り始め、それでも受験までには挽回できるだろうとまたしても余裕をこき、3年生に進級する頃にはハードルを一段下げてどこかの国立大学は何とかなるだろうと甘く見ていたのが夏休みが終わる頃には決定的に受験までに間に合わないことが火を見るよりも明らかになり、国立文系クラスにいながらにして自主的に「私立文系宣言」をするというそんなダラクしたワタシの高校時代、それを象徴するのがこの「遅刻の夢」なのだと思われる。この夢の心理を分析すると、もはや今さら何を始めたところで時すでに遅し、後悔先に立たず、ちゃんとやっておけば良かった…というこの反省というか焦りというか罪悪感が、余りにも自分に甘い怠惰な日々が続いている時にこんな分かりやすい夢の形で表れていると思われる。思うに、今の職場では、社費でMBA留学だとか家族とシリコンバレー駐在とか海外パートナー企業と協業とか、エキサイティングな仕事の話を周りで耳にすることがたびたびあるのだが、自分はこれまでそれらに劣らぬ海外生活を経験してきたにもかかわらず、基本的に国内で日の目を見ることのない地味な仕事に従事しているうちに還暦を迎えつつある現在の立場を不本意に感じているんだろうと思う。ワタシは「毎朝早く起きて走る」といった肉体的な修行には自分に厳しく出来るが(笑)、「退屈な仕事をテキパキと片付ける」とか「コツコツと勉強する」といった机に向かうお仕事・お勉強的なことには子供の頃から60前の今に至るまで徹底的に自分に甘い。一方で、これまで道を外れることなく真面目にコツコツと努力を積み重ねてきた立派な社会人の方々のそういった華々しい活躍の話を聞くと、自分も自らを甘やかすことなく子供の頃からそういった「お仕事・お勉強」を忍耐強く自分に課していれば、それなりにリッパなオトナになれたのかもな…という密かな後悔が心の奥底に潜んでいることがこんな遅刻夢からは推察出来るのだ。なんだかんだ言って若き日の怠惰とドロップアウトを悔やみ、「あの時、マジメにやっていれば…」みたいな後悔がちょっぴりあるのかな、とこの歳になって思う。ドロップアウターの自分が、これまで道を外れることなく真面目にコツコツと努力を積み重ねてきた立派な社会人の方々と同じ職場で働かせていただけるだけでも奇跡的な幸運と感謝すべきだし、実際に感謝もしているのだが、心のどこかで「オレだって…」みたいな未練がましいことを感じているらしいことは我ながら意外である。不完全燃焼感の元はここにあったのかも知れない。
2026.01.29
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いまからちょうど20年前に書いた楽天日記をたまたま読んでいたのだが、すごくイイことを言っていて、40歳にならんとする当時のワタシはサスガだなと誇らしく思った。年をとればとるほど時間が経つのはあっという間で、40〜50歳の10年間は30代の6-7年の感覚、さらに50〜60歳の10年間はその半分(4-5年くらい)の感覚で過ぎてしまう…とちょうど20年前のワタシは当時の日記で断定しているのだが、過去20年はホントに言ったとおりに過ぎた。アイアンマンもアコンカグアも結婚&生殖もさっさとやっておいて本当に良かった。特にコロナ禍によって仕事がほぼ100%在宅勤務になった2020年以降の過去5〜6年が過ぎるのは驚異的なスピードだった。感覚でいうと、1週間が経つのがかつての2〜3日の感じなのである。「…え、また週次会議?あれからもう1週間経った?」みたいな感じ。…で、あと半年で60歳になるという話なのだが、20代当時は30前にくたばると宣言していて、30代になってからも「いつ死んだっていい」と公言しており、40代になってからは「全財産を使ってやりたいことをやって50歳になるまでに死ぬ」と断言していたのが、15年前のアコンカグアでの体験とその直後の東日本大震災の経験で即座に帰国し結婚し47歳で1人目、49歳で2人目の子供が産まれて「…ああ、これでもういつ死んでもいいや。」と思ったもののその後もダラダラとサラリーマン生活を続けていたらあっという間に10年経ってこの歳になってしまった。その間、仕事では人に自慢出来るような偉業は全然達成できておらず、キャリア的には職を転々とした末に40代半ばで企業にお情けで入れてもらった「課長止まりの人」という感じ。そもそもカネを稼ぐ意欲も能力も無いのに企業勤めできてるというだけでも奇跡的で、「たまに役に立つことがあるから置いてもらってる」みたいな存在である。決してその立場に満足しているわけではないのだが(笑)。振り返ると、自分的にはマラソンに飽きた後の、プライベートでの40歳直前からの真冬のアラスカ犬ゾリキャンプあたりから、キリマンジャロ、アイアンマン、冬山キャンプ、アコンカグアと、その間のハリウッド映画チョイ役出演くらいが自分の人生のピークで、帰国後の14年はなんだか仕事でもプライベートでもパッとしないただの中年オヤジの日常って感じであった。しかし、ワタシはこの期に及んでいまだに生殖の意欲もあればこのまま老いさばえようというつもりも無いのである。ありきたりな言い方でいえば「もう一花咲かせよう」みたいな変な意欲である。過去59年間に不完全燃焼感があって、まだ何かやれそう、まだ何か役に立てそう…みたいな焦燥感の混じった意欲が燻っている感じである。なんか諦めてない(笑)。1つ強く感じるのは、「このまま日本でくたばりたくない」という気持ちがある。自分がここにいる意義、みたいなものが感じられない。「もう一花」とかホントに言うならたぶんこの歳でまた日本を出ることになるのかな…というぼんやりとした感覚はある。一方で、39歳の時のような強い意志はもう持ち合わせておらず、「やりたいことはほぼやった」という満足感もあるため、その「もう一花」には当時のような焦燥感はない。要するに「…ま、咲かなかったらそれはそれでいいか。」…みたいな怠惰な諦念もそこそこ強まっている。もしかすると20年後に80歳目前にこの日記を読んでまた「過去20年はホントに言ったとおりだった」と思うのか、「…ま、咲かなくてもいいか…。」であっという間に過ぎちゃったナ、と思うのか。
2026.01.28
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去年は大きな出来事は無かったものの中規模イベントは事故も含めいろいろあった。その中で日記に書き忘れたのが、大阪Expoと、Pixiesライブであった。大阪Expoはいわゆるお盆休み中に行ったのだが連日体温並みの気温の中、大変な混雑。都会育ちのひ弱な娘たちがよくぞあんな炎天下で何時間も長い列に並びながら1日中過ごして体調を崩すこともなく帰宅できたのは奇跡的だと思った。パビリオンは10分の1くらいしか訪問出来なかったがあの木造リングは気狂いじみた大掛かりな建造物であり登って一周した甲斐があった。娘たちとぐるりと周ったり夜に花火を眺めたのはいい思い出になった。前評判は散々だったが行って良かった。Pixies は2021年だかに予定されていたライブがコロナ禍で中止になってチケットが無駄になって以来4年、ついに六本木のシアターで生で演奏を見ることができた。観客は東洋人(おそらく日本人)と白人(大多数はたぶんアメリカ人)の比率が3対1くらいか。日本人は、オリジナルのPixiesをリアルタイムで知らない若い年代が半分、白人はPixiesをリアルタイムで知ってるオレの同世代が大多数。ライブの Monkey Gone To Heaven はやっぱり感動した。最後の Where Is My Mind? は思わず合唱してしまった。チケットは1万円近いがそれだけの価値はあった。訪日したらまた観に行くと思う。(3番目のイベントは先日の日記に書いた現代美術館の坂本龍一展覧会ね。)去年はふと思い立って今さらながらAmazon Primeアプリをダウンロードした結果、結構な数の映画やTVドラマや動画作品を観た。映画館にも10回は行った。『エバンゲリオン』とか『野火』などの邦画を今さらながらに観たが、結構印象に残っている。あと、去年は本を例年に比べると多く読んだ。『Die With Zero』やAnnie Dukeの『Thinking In Bets』は、覚えやすい座右の銘的なフレーズをもらった感じ。"In the age of uncertainty, there is no guarantee but probability." (不確実性の時代には保証など無い。確率があるのみ。)。SNLのTina Fayが書いたベストセラー自叙伝『Bossy Pants』も日本に帰って来てから忘れかけていた自分のコアを思い起こさせてもらった。あとは、ベースやピアノで新しい曲をレパートリーに加えたり、SUNO AIのおかげで学生時代の音楽創作意欲が再燃したり、自分がもともとアーチスト系だったことを思い出した1年だった。つーか、オレはあと半年足らずで赤いチャンチャンコを着る還暦を迎える年を迎え、今年はまるで死期を宣告された老人のように軽い焦燥感に駆られているのだが、またそれは別の日記に書くことにしよう。
2026.01.27
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昨年はいろいろな映画を観たが、もう10ヶ月も前になるもののちょっとメモに残しておきたいのは3月に見た異色のドキュメンタリー「どうすれば良かったか?」である。映画監督が、精神分裂病を発症した姉と両親の姿を20年に渡って記録した映像をドキュメンタリー映画にまとめたものなのだが、フツウ、家族に精神病者がいるという家族の秘密中の秘密を映画にして公開してしまうのがスゴイ。この家族は両親とも大学の研究者で知的なエリート家族として世間に知られているわけで、優秀な長女が狂ったなんてことはただでさえバレたらマズイ話のはずなのである。優秀な長女つまり映画監督の姉は親の期待を一身に受け三浪だか四浪だかして医学部に入るが、解剖実習に入った段階で挫折し、辞めたい気持ちと親の期待の間で葛藤に苛まれたのか狂ってしまい支離滅裂なことを言い始める。しかし親は優秀な娘が異常だなんて認めたくないのであろう、傍目に見れば明らかに様子が変な娘を専門家に診せようともせず、人目に隠すため家に閉じ込め続けるのである。しかも、医者にさせる希望を諦めきれないのか世間体なのか、ずっと大学にも行っておらず支離滅裂なことしか言えなくなっている娘になんとか医師国家試験だけでも受験させようとするのである。進学のために別居を始めた弟(つまりこのドキュメンタリーの撮影者)は姉に精神科を受診させるよう何度も説得し、姉が明らかにおかしいことを第三者からも指摘してもらうよう母親の妹である叔母まで動員するものの、親は「医者に診せるほど悪い状態ではない」の一点張りなのである。結局、そんな監禁状態のまま年月は過ぎる。その間、幾度となく姉が外出しようとする様子の記録映像が痛々しい。やがて、母親が他界する。強情な母が消え、多少とも息子の説得を聞き入れるようになった父がようやく娘を医者に診せ、向精神薬が処方されるようになると、姉の言動はすぐにまともなものに変わっていく。こんなことなら10数年前にとっとと専門医に診せていれば医師の道は断念したにせよ別の分野で社会貢献出来ていたであろうが後の祭りである。その後しばらく父一人娘一人の穏やかな生活が続いたようだが長女は60歳かそこらで亡くなる。残された90代の父親に息子である監督がインタビューする。あんなに再三にわたって説得したのにどうして姉を医師に診せなかったのか、と。すると父は、母親があんな感じで異常無いと言い張るので仕方なかった、みたいな言い訳をするのである。オレはそれを聞いて父親の保身や自己正当化を感じざるをえなかった。ホントに娘を愛していたら母親の目を盗んででも医者に診せていたと思うからだ。結局、高名な研究者としての名誉や世間体みたいな意識が働いたとしか思えなかった。それにしても、自分の家庭の恥部を記録した映像を映画として一般に公開したこの作品のパワーは強烈であった。狂った姉の様子のみならず、母親の不合理な強情や父親の保身、そして散らかった自宅や、監禁の様子までも、カットすることなく赤裸々に晒している。しかしこの映画を見てオレは思った。実際、どこの家でも大なり小なり狂っていて、カメラのレンズを通すなどして他人の目に晒すまで、なかなかその狂気に気付かないだけなんだと。高名な研究者の家でさえ、中はこんな感じなのである。著名人の家の犯罪やスキャンダルがたまに表沙汰になるが、どれも閉じた「家」の中ではそれがジョーシキというかフツウなのである。世界中のあらゆる家が日常を記録しあのようなドキュメンタリーを作ったら、この映画を凌駕するようなパワフルな作品が何千、何万と潜在しているに違いないのだ。
2026.01.25
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もう1月も終盤で今さらであるが、昨年2025年はいろいろ感動することがあった中、最も強烈だったのは、現代美術館の坂本龍一「音を視る、時を聴く」展覧会で見た高谷史郎とのコラボ作品、「async–immersion」であった。当日は午後に入館するととてつもなく長い列が出来ており、ようやく展示室に入った後も混雑しており、地下階にあるその映像・音声作品にたどり着いた時は閉館1時間前くらいになっていたらしい。特に作品に関する事前の情報収集もなく行き当たりばったりで行ったのだが、坂本龍一のアルバム「Async」からの音楽が流れる中、その壁いっぱいに据え付けられたスクリーンに映し出された映像をボーッと見ていたのだが、10分くらい見入った時に、その作品の言わんとすることに気付き、突然悲しみに襲われ涙がボロボロと流れ始めた。壁いっぱいの映像は、スクリーンの端の方から徐々に映し出されていき、やがて静止し固定すると、何秒後かにスキージーで塗り潰されるような画像効果が追いかけてきて、ノイズのような静止画になって消されてしまう。スクリーンに徐々に展開されていく最前線だけが動く「いま、ここ」の現実で、それはあっという間に静止した「過去」「記憶」になり、やがて塗り潰されてただのノイズになってしまう。坂本龍一は「Async」を製作していた頃すでに癌が発覚しており、このアルバムは全編に死の臭いというか死を覚悟した人間の諦念に満ちている。この映像・音声作品は「生」のはかなさ、あっという間に過去となりただの記憶・記録となりノイズの中に飲み込まれて消え去っていく人間の宿命を理屈抜きで体感させる装置になっていた。オレはそれに気付いた時に流れていた音楽が先日の日記に書いた「Andata」で、映像は風に吹きさらされる海と波を延々と映している動画であった。大袈裟なようだがオレはそれにハッと気付いた瞬間、坂本龍一の絶望感・孤独感・諦念etc.が全身に滲みてくるような感覚に襲われ、涙が出てきたのであった。オレはショックでしばらく ー たぶん1時間くらい ー そこから動けなくなり、ずっとシクシクと泣いていたのであった。するといつの間にか閉館のアナウンスが会場スピーカーから流れて来てオレは我に返り(笑)、残りの展示作品もロクに鑑賞する時間もなく会場を後にしたのであった。オレが電子ピアノで「Andata」の練習を始めたのはそれがキッカケであった。それが去年の2〜3月くらい。その後、11月だか12月に「坂本龍一 Diary」という、癌を宣告されてから死ぬまでの坂本の姿を追ったドキュメンタリーが上映されているのを見に行った。一昨年だか、坂本が亡くなって間も無くNHKが同様のドキュメンタリーを放映していたの同じ映像がしばしば出てくるが、この映画の中心となるのは彼が死ぬ直前まで記していた日記なのである。絶望したり気を取り直して希望を持ったり諦めて受け入れたり…といったサイクルを何度も繰り返しながら死へと徐々に近づいていく。会場では鼻を啜る音がずっとあちこちで聞こえていた。オレは現代美術館の経験に比べれば大したことないと思いながら最後のエンドロールで聴き覚えのあるメチャメチャ暗い坂本の曲が流れて来て、「‥あれ?なんて曲だっけ?」と考えていて、それが「Happy End」というタイトルであったことに気付いた途端、涙が溢れて来た。このドキュメンタリーを見ると坂本龍一は出来る限りのことはやった上で幸せに死んでいったと思われるので適切なエンドロールの音楽なのだろうが、この曲はハッピーどころか、皮肉なくらいに暗い哀しい曲なのである。その「皮肉」の部分こそ、坂本が「まだやりたいことが残っている。あと10年は生きたい。』と述べたのが日記に書いていたのだったか主治医が証言していたのだか忘れてしまったが、曲を聴きながら思い起こし、涙が出て来た理由であった。…ということで2025年は坂本龍一に二度にわたって泣かされた年であった。
2026.01.24
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