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講師の仕事の前に、書類を届けに長野市内へ。長野インターから高速に乗って上田に行くはずだった。・・・・!財布が無いっ!!財布の中にETCカードは入っている。この近くにお金を借りられそうな知人は・・・。いるけど、今日その職場にでているかどうかは不確か。しかも電話番号もわからない。何人か声をかけられる人はいるけど、既に進行方向より後ろだ。このまま一般道でうまくいけば、ぎりぎり間に合うかも。でも戻ってお金を借りられなければアウトだ・・・ええい、ままよ!と一般道に進む。このまま、高速に乗ってしまって、出口に、先方の担当者にお金持ってきてもらうっていうこともできるか・・・・なんてことも頭をかすめる。いや、絶対に一般道でも間に合う!妙な自信というか、思い込みがある。待ち合わせや時間に関しては、基本的には間に合うという、根拠の無い自信があるんだな。万が一間に合わなくても、大事にはならない。そういう経験。こと人との約束に関しては、私は運がいい、リカバリーの方法も選択は間違えない。ラッキーだと言う思い込みがあるんです。で、「大丈夫、大丈夫。絶対間に合う。」「少なくとも10分前には到着する」・・・・・と念じながら運転をする。はたして、10分前に到着した!!妙に落ち着いている自分がいる。担当者の方、どきどきさせてしまって、ごめんなさい(^^;そして、セミナーは始まる。担当者がプロジェクターのつなぎ方がわからない。えっ?私もコネクターとノートパソコンをつなげるところしかわからない・・・・「なくてもいいんじゃないですか?」なんて言う担当者・・・えっ?それでいいの?とりあえず、今日は中身みながらじゃないと進行できないし・・とパソコンを淡々とたちあげる。参加者の方がつなげてくれた。よかった~。今日はもりだくさんにしたから、プロジェクターがどうしても欲しかった。しかし・・・・セミナーも中盤になったところで、私の持込のノートパソコンが固まる。仕方ないので、復旧させるそのあいだ、実習を急遽してもらう。・・・・なおらない。壊れたらしい。なんで、こんなときに壊れるんでしょう。と思いつつ、嘆いていても仕方ないのでホワイトボードに書きながら進行。時間がかかる。先方が用意してくださったマイクはハウリングして使えないし・・・今日はちょっとトラブルが多いです。以前だったら、そんな状況のひとつひとつに影響されて、最後には勝手に落ち込んでいたが、淡々とその場で出来ることをしていこうと行動することで、落ち込むことはない。あとは、こんな状況でも、少しでも学びを提供し、喜んで帰ってもらえるようにそんな意図を持ってそこにいられたらもっとよかったのだけど。「念じれば叶う」思いは実現する。日常のささいなことは、念じられるのだから、イメージすることができるのだから、あとは私の人生にも素敵な念を送り、イメージを強化できるようになるともっといいのだけど。個人の人生ももちろん、この地球の行く末にも素敵な念を送り、イメージを強化しそして出来ることをする。ここまで書いて思ったのは、先日いただいた「豪快な号外」は、そういう行動のひとつだなぁ。一人が本気で動き出すことで、出来ることがあるんだなぁ。支離滅裂になってしまいました。そんなことを思った今日なのでした。
2007.06.27
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チャイルドラインの運営に、少々関わっています。子供からの電話に出る「受け手」とよばれる人の養成講座のひとこまを依頼されたのがきっかけで、その後ボランティアで関わっています。私自身は子供からの電話にでるわけではありません。私個人の活動としては、対処療法的、ケア的活動ではなく、「予防」的な活動に関心があります。こどもに直接というよりは、子供に関係する大人を含む、大人全般。それなのになぜ、私はチャイルドラインに関わるのだろう。自分の中途半端なスタンスに自問自答してみたとき。ああ、私は「話の聴ける大人を増やしたい」んだなと気がつきました。チャイルドラインにこんなに電話がかかってくる事実。昨年のチャイルドラインながのの活動は100日。一件当たり38件の電話をとりました。身近な大人に話さないで、匿名で、知らない人に話をしたい、聴いてもらいたいそう思う現実。話を聴いてもらいたいけど、しらないところへ電話をかける勇気の出ない子供。チャイルドラインの存在を知らない子供。そしてその数の裏にそんな存在がどれだけいるのか?そんなことを知ってもらうことも、「話を聴く」ということに関心を払ってもらえるきっかけになるのでは?と思うようになりました。子供だけじゃない、大人たちも、話を聴いてもらいたいと思っている。ワークをやると、「おしまい」の合図をしても話し続ける人たち。話をして、聴いてもらって、楽しかった、気持ちよかったと笑顔で帰っていく人たち。みんな「話したい」「話したい」「私の話、気持をきいて!」って叫んでいるように見える。占い師のところで、各種事務手続き等の相談窓口で、えんえんと自分の身の上話をし続ける人たち。もちろん、誰でも、どんな仕事でも話をちゃんと聴くスキルは求められてはいるけどここで、その話をするの?と思うような場所で、ところかまわず身の上話をしたくなるのは、目の前に話を聴いてくれそうな人がいたからなのか?世の中が病んでいるのか?身近な人にそういう思いを満たしてもらえない人は、長い間積み重なってそういう行動になってしまうのかしら?かくいう私もそう。私も、ちゃんと話を聴いてもらいたい。理解されたと思いたい。そして相手の考えや人となり、気持をちゃんと知りたい。そう、私は、「誰かのため」「社会のため」ではなく「自分のため」に活動をしているのだ。
2007.06.18
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講談や芝居で知られる江戸末期の侠客(きょうかく)、国定忠治(1810~1850)と忠治一派に殺された博徒らのそれぞれの子孫が2日、地元の群馬県伊勢崎市で手打ち式を行う。共に同市内に住みながら「しこり」を残して来た両者が、約170年の時を越えて手を結ぶ。 忠治は本名・長岡忠次郎で、上野国左位郡国定村(現在の伊勢崎市)の生まれ。和解するのは忠治と、1834、42年に忠治の子分に殺害されたとされる「島村の伊三郎」「三室の勘助」親子のそれぞれの子孫。賭場を巡る縄張り争いが発端だったという。 伊三郎が縄張りとした現在の同市境島村の一部では、今も「忠治」は禁句。忠治が登場する民謡踊り「八木節」が演じられることはほとんどなく、やっても忠治のくだりは省かれるという。 仲介役を買って出たのは、忠治の公式ファンクラブを名乗る「伊勢崎忠治だんべ会」の桜場弘美代表(52)。忠治のPRを兼ねた手打ち式を思い立ち、一軒一軒、説得して回った。 忠治から5代目の長岡富男さん(83)は「そういう時期かなという感じ。応じないわけにいかない」。伊三郎の子孫、町田吉則さん(86)は「粋なことをしてくれるじゃねえか」と快諾。勘助の子孫、木村政司さん(71)は「遺恨がないと言えばうそになるが、地域を盛り上げるために水に流したい」と話す。 当日は忠治が眠る養寿寺(同市国定町)やそれぞれの墓を参拝。手打ち式では桜場さんが中央に座り、乾杯の音頭を取り、子孫らが杯を交わす。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070601-00000050-mai-sociより。全文引用群馬生まれの私ですが、なんだかほほえましく・・・笑っちゃいました。でも「粋なことをしてくれるじゃねえか」って今時言うかなぁ?演出だろうなぁ。でも、いまだに遺恨があったなんて、知らなかった!!
2007.06.01
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