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November 26, 2025
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カテゴリ: 社会

研究現場の知財と研究者保護

——内閣府が公表した取り扱い指針

山田 剛志

活動の継続と管理のバランス示す

公益に資する制度の整備こそ

「学問の自由」構造的課題

今年 3 25 日、内閣府は「大学等研究者の転退職時の知財取り扱い指針」(以下「本指針」)を公表した。

これは、これまで制度的な空白が続いてきた、研究者の転籍・退職時の知財の帰属や活用方法に関する全国共通のルールを初めて明示したものであり、現場でのトラブル防止と研究継続性の確保を目的としている。研究者は数年に一度、より良い研究環境を求めて転籍することが多いが、その際せっかくの特許等が活用されず、いわゆる「死蔵特許」となる現状が続いていた。

本指針は、その改善に向けた一歩となることが期待される。同時に長年にわたり問題視されてきた研究継続の自由と大学等の知財管理とのバランスに対して一定の方向性を示した点で、実務的にも意義深い。

従来、大学と企業の共同研究においては、大学と共同研究企業が出願者となり、発明者である研究者が特許権者とならず、また研究者が転職後には自らの発明であっても自由に研究や論文発表ができないという状況が散見されていた。拙著『搾取される研究者たち』でも詳述したが、この問題は単に知財契約の枠を超えて、研究者の職業選択の自由や、憲法に保障された学問の自由にすらかかわる深刻な構造的課題である。

本欄の昨年 8 20 日付で筆者が紹介したⅰPS細胞技術の発見者である高橋政代氏の事例はその象徴である。発明者であるにもかかわらず、「自分が発明した技術を使わせてほしい」と、経済産業相に最低請求を行わなければならなかったという。現実は、制度の不備を如実に示していた。高橋氏が研究を継続しるためには、自身が作り出した技術を持つ企業との和解を経なければならなかった。これは決して特殊な事例ではなく、国内外の大学における産業連携の実務現場で繰り返されてきた課題である。

譲渡、返還等、 5 つの対応類型

本指針では、知的財産の取り扱いについて、研究者の立場や移籍の状況に応じた五つの対応類型が明記された。具体的には、①転職先大学への権利譲渡、②元大学による権利維持、③両大学による共有、④大学による権利放棄、⑤研究者本人への返還、である。これまでのような一律管理から脱し、柔軟な選択肢を提示したことは、実務に即した制度設計への転換点といえる。

中でも注目すべきは、「研究者本人へも権利返還」が明文化されたことである。大学が活用しない知財については、研究者の申請により本人に返還する仕組みが提示されており、研究者が転職後も自身の研究成果を引き継ぎ、再び研究活動をおこなえるよういなる。このように、研究成果の本人帰属と研究継続の自由を明確に意識した構成は、画期的な前進と評価できる。

さらに、発明者の意向を丁寧に確認することや、他の共同研究者や共同研究者との調整も含めて合意形成を促すことが求められている。

従来のように、技術移転機関( TLO )や知財部門の判断のみで独占的なライセンス契約が締結され、発明者の意思が無視されるといった事態への歯止めがかかることも期待される。

また、本指針では米国における転職前大学と転職後大学との間で締結される契約( Inter-Institutionl greement )、IIAと呼ばれる、大学間の知財移管協定を参考とした対応が推奨されており、日本の現場で不足していたテンプレート(ひな形)整備や制度的支援に関する方向性も示されている点は注目に値する。

これにより、これまで日本では研究者の転職に伴う知財の移転について、属人的な判断や慣例にゆだねられてきた状況に、合理的基礎が示されたことは意義深い。

状況に応じ柔軟に選択が可能

法的拘束力を持たせるべき

ただし課題も残る。本指針は、あくまで「努力義務」として提示されており、法的拘束力はない。各大学や研究機関の裁量に任せているため、本指針を知らない担当者いることも予想され、実際にどこまで履行されるかには差が出る可能性が高い。大学によっては、組織が防衛や収益確保を重視するあまり、指針を形骸化させてしまう恐れもある。

したがって今後は、研究者・大学・企業の第三者の趣旨を正しく理解し、現場で実効的に運用できるよう、教育・研修の強化や、契約ガイドライン・チェックリストの整備が必要である。

さらに、履行状況を検証する第三者機関の設置や、研究者からの相談を受け付ける窓口の整備など、実務的なサポート体制の構築も求められる。

本指針は、研究者の権利保護を知財の公益的活用という理念を制度化する上で、重要な第一歩を踏み出したものといえる。特に、研究者が、自らの発明をもとに研究を継続できる環境を制度的に整えることは、真に公益に資する知財制度の在り方として評価される。

知財立国を目指す上で、研究者の権利保護と知的財産の有効活用は、今まさに取り組むべき喫緊の課題だ。

今後は、本指針が各現場で確実に実施され、研究者が委縮せずに研究と向き合えっる社会的基盤となるよう、制度面・運用面の両面からさらなる充実が求められる。

(成城大学教授・弁護士)

【社会・文化】聖教新聞 2025.4.15






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Last updated  November 26, 2025 05:49:57 AMコメント(0) | コメントを書く
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