WOがキライ!(R)
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〔20050406〕大学院に進学し、松戸に引っ越した。千葉県の松戸市だ。時代は既に80年代になっていた。なぜ松戸かというと、単純に大学がそこにあったからだ。関東の人間は、当たり前のように大宮や横浜からも通っていたようだが、私は大学というものは近所に住んで通うものだと考えていた。また現実的には、江戸川を越えて千葉県に入ると家賃がぐっと安くなるせいもあった。大学には農場もあってかなり敷地は広いのだが、地図で見る分には大学の隣に住んでいたことになる。2階建てのアパートで、家賃は3万円弱だったと思う。部屋は1階だったが、目の前には空き地が広がっており日当たりはよかった。風呂場に富士山の絵が描かれていたり、3畳と6畳の部屋の間には欄間があったりと、アパートとしてはちょっと変わった部屋だった。大学のすぐ側に住んでいたため通学にクルマを使うことは殆どなかったが、とりあえず高知からクルマも持って行った。ただし、なぜがアパートの駐車場がタダで、空いている時に“停めたもの勝ち”だった。また駐車場が満員の時でも、目の前の道路が行き止まり道路で“駐車し放題”だったため、幸運にも駐車場代を払うことは1度もなかった。都内、千葉、茨城に親戚がおり、友人も東京にいたので、それまでにもちょくちょく関東に遊びに来ることはあったが、住んだのはこの時が初めてだった。ただし関東とはいっても、坂道を登って、農場の中を抜けて、木々に囲まれた大学に通うという、実にのどかな光景ではあった。また大学の研究室も、先生を含めてなぜか西の人間ばかりだったので(静岡出身者が最も東の人間だった)、特に違和感を感じることもなく関東での生活が始まった。(続く)
2025/04/06
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