2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1

「お酒を呑んでもいいのでしょう?」私は退院する時にたずねた台詞をまた言った。「呑んでもいい」と退院する時に、先生は言ったはずだ。「う~ん」エッ、血液検査の検査結果報告書を見ながら、先生がうめいている。まさか酒が呑めないと言おうと悩んでいるのではあるまいか。「エッ、お酒は駄目なのですか?」私はあわてて確認した。「いいや、お酒を呑んではいけないとは言ってはいません。ただ……」先生は苦笑いをしながら血液検査報告書を見せてくれた。「γ-GTP、血糖値、中性脂肪、すべて良好です。、木谷さんは入院して生活習慣病がすべて治っているということです。お酒を控えて塩分控えめな食事した結果がこうなったということを自覚してください」先生は微笑みながら言った。「お酒は呑んではいけないということですか?」私は同じ質問をした。「ふふふ」先生は含み笑いをして検査報告書を差し出した。「退院する時にも言いましたが、お酒はほどほどに呑んでも結構です。 ただ、この血液検査の結果を見て、健康をいつも考えてくださいな」そういうことで、私の手元に血液検査結果報告書が、今、手元にある。それを眺めながら、今夜、お酒を呑もうかどうか悩んでいる。明日から二月、春が一歩一歩と近づいている。今年の春の花ほど、私の気持ちを華やかにするものはないだろう。長期入院して、退院しての、春なのだから……。今夜はお酒は呑むまい。うん、やがて来る春を思って寝ることにしよう。うん、おそらくお酒を呑む夢を見るのだろうな。ああ。
2008.01.31
コメント(12)

「今日の夕方の六時五十六分より三分間、外へ出てください。 南西から北に向かってかなり大きな星のようなものが走りますよ。 スーッと走ってサーッと消えます。それがスペースシャトルです」夕方、友人よりそのような電話が入った。そういえば、同じ友人から去年の秋にもそのような電話が入った。電話の指示に従って、私は外に出て夜空を見上げた。秋の空に星が浮かんでいた。こんなに星が見えるんだ。ひとりで驚いた。やがて、西の空に、突然に、スーッと灯りが現れた。そうだね。飛行機の夜間灯のような感じだった。思ったよりもゆっくりと夜空を横切って、北に空にサーッと消えた。あの灯りのもと、三人の宇宙飛行士が乗船している。そう思うと、宇宙のロマンがかきたてられた。なにか胸がドキドキしたことを、今でもはっきりと覚えている。「スペースシャトルが、大分の上空を通るとよくわかったね」友人に話をすると、宇宙に関係する連中の間では常識らしい。スペースシャトルなどが今どこを走っているのを推計するらしい。ふむふむ。大分、私の家付近の上空で見られるのは、年に数回らしい。何度も通るのだが、昼間とか早朝とかで見られないこともある。うん、私とスペースシャトルの遭遇、そう考えると胸がときめく。大分で、この時間、スペースシャトルを見たのは、私だけかもしれない。うん、奇跡というより、なにか神のご加護がありそうな……ふふふ。秋の夜空を見上げて、ひとつの灯りに、私は感動した。えっ、今夜はどうだったかって……言わなくてはいけないのかな。うん、曇りで、全然見えなかったよ。ああ。寒かったな。だからこそ、秋の日のあの一瞬がとてつもなく愛おしく思えてくる。こんな私は少しおかしいのかな。男のロマンというものは、そんなものかもしれないと、私は理解している。ああ、それにしても男のロマンを感じるのは寒かったね。ああ。
2008.01.29
コメント(14)

ふふふ、おいしくて有名なトンカツ屋には行かなかったよ。健康な時、月に一度は通ったトンカツ屋には、私は行かなかった。普段は行かない研究室近くのトンカツ屋に行ったのだ。油を何回も繰り返し使っている。豚肉も悪いのを使っている。それにやけにコロモが多くて、固いトンカツ屋として知られている店だ。そう、入院している時に、私はなじみのトンカツ屋を思わなかった。去年の秋、なじみの店が休みなので仕方なく、私はそのトンカツ屋に一度行ったことがある。そうそう、このブログでも紹介したあのお店だ。その時に、味わった昔風のトンカツの味が忘れられなかった。ねえ、水飴にしても、そうでしょう。デパートの食品売り場の水飴よりも紙芝居屋のおじさんが売ってくれた砂埃の中の水飴が恋しい。変に不衛生で、変に固くて、変に甘い、そんな水飴が懐かしい。そんな想いで、私は評判の悪いトンカツ屋に行った。店の中は若者でにぎわっていた。トンカツ定食、630円、大盛りのご飯とキャベツ、肉が固くても、コロモだらけでも、大型のトンカツだ。若者は腹を満たしたい。健康な身体がそれを求めている。座って、注文すると、すぐに運ばれてきた。どんぶりに入ったご飯、味噌汁、たくあん、そしてトンカツ。食べる。固い、コロモが痛い、味噌汁は塩辛い、ご飯はパサパサしている。ふふふ、若者と一緒のものを食べている。それが嬉しい。週刊誌を見ながら、スポーツ新聞を見ながら、若者達は食べている。喰っている。みんな元気で健康だ。いい。若いということは、それだけで価値がある。固いトンカツを食べながら、唇が切れるのではないかと注意をした。「薬を飲んでいる時に、口内炎になったら大変ですからね」看護婦さんから注意されたことを思い出して苦笑いをした。うん、病人ということを忘れていなかったようだ。ふふふ。店を出た。ラーメンを食べた。トンカツを喰った。想いのいくつかは果たした。そうだね、後は中華丼かな、そう思いながら、あることに気づいた。「そうだな。夢を今一度見つけて、夢を食べなくてはね。 そうだんべえ、夢をもう一度見るのもいいかもしれない」冬の冷たい雨が降り続けるトンカツを食べた後の昼下がりだった。
2008.01.28
コメント(9)

退院して、このブログを再開する時、私は格好良く始めようと思った。「やあ、お元気!みんな、夢を持っているかい」うん、少し恥ずかしい台詞だ。そうだべえ。六十歳になっている私だ。もう少し落ち着いて、ブログを再開したいものだ。ふむふむ。病室のベッドで悩み考えた。考え考え抜いた。治療を受けながら、退院してのブログを考えている。うん、この私、やはりどこか変なおかしい人間なのだ。私は病気よりも私の性格に悩んだ。ああ。一ヶ月も入院したのだから、みんなの同情を得るべきだ。同情を得て。優しさを得て、ふふふ、甘えてもいいのかもしれないな。おっとと、そんなことを考えている自分に驚いた。うん、考えてみれば、病室では他に考えることがない。朝、起きて、血圧、体温、脈拍などの検査、そして朝食だ。そう、この朝食はじめ食事には、病気によりいろいろな制限がある。制限を知って、おのれの病気を自覚する。自覚しながら、退院したら、「これを食べたい。絶対に食べたい」と思うのだ。何を思ったっかって……ふふふ。そうだね、ラーメン、トンカツ、中華丼、この三つなのだ。病院の食事には絶対に出てこないものだ。ふふふ、ステーキや大トロのにぎりなどを思い浮かべればいいのになぜかラーメン、トンカツ、中華丼なのだ。私自身の人生がわかるような選択だ。そう、私の人生を考えた究極の選択の食事。そう、退院して、その日、私はラーメンをまず食べた。ふふふ、おいしかったというより、味がわからなかったね。そういうものらしい。うん、久しぶりに食べるものは味がわからないらしい。問題は翌日のことだ。ふふふ、トンカツ屋に、私は入った。うん、その話は、また明日ね。てへへへ。
2008.01.27
コメント(10)

今年の冬が静かに冷え冷えとした空気を漂わせています。今年の冬が何もなかったように佇んでいます。今年の冬が私の気持ちと関係なく過ぎていきます。去年の年末、今年の年始、私は病院で過ごしました。クリスマス、大晦日、正月など、一年の主な行事の中で、私は病気の治療に専念しました。「生きるか死ぬか」私は、入院当時、悩み苦しみました。病気が病気であったがために、それは深刻なものでした。「頑張るしかないのよ。治ることを信じるのよ」大勢の人から励まされました。ありがたいことだと思いながら、ただ深く感謝するだけでした。「後は通院治療で完全治癒まで頑張りましょう」医者から言われて、病院を後にしました。そして今……このブログを打っているということです。「生きている」「生かされている」そのことを実感しています。ブログを打てる喜びを味わっています。病室からいつも由布岳を眺めていました。自然はいいものだと思いました。人にどんなことがあっても、自然は四季折々の風景を見せてくれます。朝、昼、夕方と様々な姿を見せる自然は、弱気の私に生きる勇気を与えてくれました。そして……二ヶ月が過ぎました。約二が月ぶりのブログです。この大分の自然に囲まれて、ゆっくりと生きていこうと思います。相変わらずの拙いブログですが、よろしくお願いします。 なにも知らなかった日の あの素直さにかえりたい 一ぱいのお茶にも 手を合わせていただいた日の あの初めの日にかえりたい 坂村 真民
2008.01.26
コメント(17)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


