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カテゴリ: 文学その他



 奥付を見ると、1971年発行の1974年 第7刷となっているが、読んだ跡どころか、ページを開いた形跡すらない、きれいな本である。きっと、30年以上にわたって、どこかの家庭の書棚に全巻まとめて鎮座ましましていたのであろう。

 誰かがどこかで言っていたが、当時は念願のマイホームを建てたら、書棚に平凡社の百科事典や新潮社だとかの文学全集などをどどっと並べるのが、この国の中産階級の慣わしであったのだそうだ。ひょっとすると、どこかの家で当主の交代でもあって、親不孝な息子だか娘だかにより、蔵書まるごと処分されたのかもしれない。

 わが幼少のみぎりの話であるが、母親の小さな書箱にあった文庫本の 『帰郷』 を読んだような記憶がある。あと、『天皇の世紀』 という、未完に終わった彼の最後の作品に基づいたドラマも、中学か高校の頃に放映されたはずなのだが、こっちはほとんど見た覚えすらない。ちょうど明治100年ということがいろいろと話題になっていた時分のことだが、たぶん、同じ時間帯に放送されていた別の番組でも見ていたのだろう。

 大仏次郎といえば、むろん鞍馬天狗の原作者としても有名である。鞍馬天狗とくれば、林家木久蔵 (もうすぐ名前が変わるそうだ) ならずとも、 「杉作! 」 ということになる。で、鞍馬天狗と杉作のコンビについて考察していたら、次に、江戸川乱歩の明智探偵と小林少年の関係に考えが及んだ。スーパーマン的ヒーローと、それを慕う紅顔の美少年、ううむ、なにやら妖しげな雰囲気。

 戦後すぐに発表された 『帰郷』 には、わけあって海軍を離れ、「彷徨えるユダヤ人」 のごとく海外を流浪していた主人公が、敗戦後の日本に帰国するという筋立てで、戦争の傷と戦後の日本の世相が描かれている。戦争中の、権力をかさにきて威張り散らす憲兵や、戦争が終わった途端にころりと立場を変え、なんの反省もなく 「民主主義」 や 「平和」 を唱えだした知識人、あるいは敗戦のショックによって虚脱感に陥った元軍人の姿などが、厳しい目で描写されている。

 守屋恭吾という主人公は、日本人の感傷癖やもたれあいを嫌いながらも、失われゆく日本の古い文化と伝統を愛惜する人物として描かれている。そこには、むろん明治生まれの知識人であり教養人である、大仏自身の考えと感じ方が反映されているのだろう。

 巻末の解説には、 「戦後に心にきざしたある怒りから生れたと簡単に記しておく。その怒りを露呈させず、努めて奥に沈めて静かな形で置くようにした」 という作者の言葉が引用されている。愚かな戦争と、時代の変転の中でただ小利口に立ち回るだけの人間たちにたいする怒りや軽蔑が伝わってくる作品である。

 なんでも、過去に二度映画化されており、最初は津島惠子が、二度目はかの吉永小百合が、主人公と20年ぶりに再会するけなげな娘役を演じたそうだが、残念ながらどちらも見たことはない。

 この本、そのほかに 『地霊』 と 『詩人』 という二編の短編も収録されている。この二編は、どちらも帝政時代のロシアの革命家を描いたもので、最近、岩波現代文庫で再刊された、 サヴィンコフ (ロープシンという筆名で、『蒼ざめた馬』 や『黒馬を見たり』 も書いている) が残した 『テロリスト群像』 の中の逸話を題材にしている。 

 『地霊』 の主人公は、警察のスパイとして組織に潜り込みながら、エスエル戦闘団 (ナロードニキの流れをくむ社会革命党の武装組織) の指導者にまでなり、政府要人の暗殺を次々と企て、しかも成功させたという奇妙な男、アーゼフである。一方、『詩人』 のほうは、カミュが 『正義の人々』 で描いた心優しきテロリスト、 カリャーエフ が主人公である。

 革命後、サヴィンコフはレーニンの政府と対立し、革命を潰そうとする帝政派の旧将軍らと協力して内戦を繰り広げる。最終的には、ソビエト政府に逮捕されたあと、裁判で自らの敗北と過ちを認め、10年の禁固刑を宣告された翌日に自殺したことになっているのだが、真相については諸説あるようだ。

 本当のことを言うと、この本をわざわざ105円も払って購入したのは、この二編が収録されていたからである。この作品では、「詩人」 というあだ名を持つカリャーエフとサヴィンコフとの、次のような会話が紹介されている。


 カリャーエフ
   失敗したら、どうするか?  あなた、どうするか知っていますか?
   僕は日本人の流儀で始末したいと思っているんです。

 サヴィンコフ
   どういうんだって?

 カリャーエフ
   ハラキリですよ。



 この事件 (セルゲイ大公の暗殺) が起きたのは、ちょうど日露戦争の最中である。彼らに資金を提供していたのは、実はロシアの後方撹乱を狙った日本の軍部だったなどという話もあるが、それはおいとくとして、この時期のロシアのテロリストの心性について、カミュは 「犠牲の趣味が死への誘惑と暗合している」 と指摘している。

 この会話からは、たとえば、明治に大隈重信に爆弾を投げて、その場で自決した玄洋社の来島恒喜のことなども連想される。幕末から明治初期にかけてのサムライのハラキリが、当時の外国人にいかに強烈な印象を与えたかは、森鴎外の 『堺事件』 などからも推察できるだろう。

 ロシア文学は明治以来、日本人によって最も愛好された外国文学の一つであるが、確かに、ロシア人と日本人のものの考え方・感じ方には、なにか近いものがあるようだ。なにしろ、 「ロシアはヨーロッパではない」 という言葉もあるくらいだから。

 ちなみに、石川啄木の 「はてしなき議論の後」 にという詩には、次のような一節もある。

されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
  V NAROD(ヴナロード)! と叫び出づるものなし


 なお、大仏という筆名、「おさらぎ」 と読みます。くれぐれも、「だいぶつ」 さんとは読まないように。






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Last updated  2010.05.03 19:20:48
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