6月7日の朝にいきます

6月7日の朝にいきます

2026年09月18日
XML
カテゴリ: そのほか


妻は元モデルで、タレントや英語の通訳等もしている ケイ・アンナさんだ。

長男・二男・長女3人の母である彼女を最初に取材したのは、おそらくもう40年は前だろう。
お子さんの取材だったか、彼女の得意とする料理だったのかは覚えていないが、
自宅に招かれ、同居する彼女の実母にも紹介された。

私よりちょうど4歳上。ちょうどと言うのは誕生日が1日違いだから。
初対面からとても気さくで優しく世話好き。友達か姉かのように接してくれた(さすがB型魚座)。

訃報を知った15日は、少し早いが欠礼葉書を出す相手をリストアップしていた。
ここ数年、多くは年始の挨拶をメールで済ませているが、
母の死去を知らせ、欠礼となることをメールで済ませてしまうのは、やはり失礼だと思ったのだ。

ケイ・アンナさんは、もう何十年も欠かさず、家族の集合写真を年賀状にして送ってくれていた。
お子さんたちが全員独立した後は、夫婦ふたりのショット。
2026年の年賀状も、仲良く並んで笑顔で写っている。
綱木さんは右手の親指を立ててOK(GOOD)マーク。若々しい。
そのケイさんも、当然、リストの中に入れた。

綱木氏がいくつかの病気と闘っていたことは、昨年、夫婦で出演した「徹子の部屋」でも話していた。
「徹子の部屋」には夫婦で出たこともあれば、アンナさんだけの出演の時もあった。
徹子さんはアンナさんとも古くからの知り合いのようで、
「貴女、日本語がほんとうに上手になったわね」とアメリカ人の父を持ち、帰国子女の彼女に言っていたっけ・・。

訃報を知ってから、ずっと、頭がぼ~っとしている。
あんなに素敵な夫婦に、とうとう別れの日が来てしまったのね。
気丈な彼女のことだから、しっかりとこの日々を受け止めてはいるのだろう。
覚悟はとうにできていたに違いない。

でも・・永訣の悲しみは他人には計り知れない。

人は誰もが長い人生の中で、数知れない喜びや悲しみを経験する。愛する人と紡ぐ日々であっても。

今、どんな想いで過ごしているのだろう。
しばらくは色々な手続きや挨拶等に忙しい日々を送るに違いない。
でも、それらの日々が去ったら・・。その頃に連絡を取ってみようと思う。

三原綱木さん、享年80歳。 9月11日、腎臓癌にて逝去。

合掌。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年09月19日 00時23分57秒
[そのほか] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: