真理を求めて

真理を求めて

2003.12.13
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内藤朝雄さんの「いじめの社会理論」を一度通読して、今二度目の精読に入っている。理論書というのは、事実を記述した報道やストーリーを追いかける小説と違って、一度読んだだけではその内容がつかめない。後半部分に記述されている事柄が、前半部分の理解に必要であることもあるからである。だから、全体を把握するには何度も読み返す必要がある。

しかし、何度も読み返そうという意欲を持たせてくれる理論書は少ない。内藤さんのこの本は、そういう意欲を持たせてくれる貴重な本だ。内藤さんは、今は無名の一研究者だけれど、そのすごさをとても感じる人だ。僕が宮台真司氏を知ったときは、宮台氏はすでに有名な研究者だったけれど、内藤さんは宮台氏に匹敵するくらいのすごい研究者だと思う。

僕が数学に魅力を感じたのは、数学的世界というのはその全体を把握できる世界だったからだ。特に公理論的な見方は、その成立の最初から完結する最後までを見通すことの出来る壮大な世界のプログラムを見る思いだった。内藤さんの問題意識にも、そのような全体の把握に向かう意欲が感じられる。内藤さんは、この本のまえがきで次のように書いている。

「実に多くの大人たちがいじめを語り出した。そしてその語ること自体が、大人にとってのいじめの意味を変容させていく。
 大人たちは「子供」のいじめを懸命に語ることで、実は自分たちの惨めさを語っているのかもしれない。私たちの社会では(国家権力ではなく)中間集団が非常にきつい。そこでは「人間関係をしくじると運命がどう転ぶか分からない」のである。この社会の少なくとも半面は、普遍的なルールが通用しない有力者の「縁」や「みんなのムード」を頼らなければ生活の基盤が成り立たないように出来ている。会社や学校では、精神的な売春とでも言うべき「なかよしごっこ」が身分関係と折り合わされて強いられる。そしてこの生きていくための日々の「屈従業務」が、人々の市民的自由と人格権を奪っている。
 大人たちは、このような「世間」で卑屈にならざるを得ない屈辱を、圧倒的な集団力にさらされている「子供」に投影し、安全な距離から「不当な仕打ち」に起こっている。「子供」のいじめは、自分の姿を映し出すために倍率を高くした鏡として、大人にとって意味がある。私たちはその投影をもう一度自分たちの側に引き受け、美しく生きるためには闘わなければならないことを覚悟すべきである。」

内藤さんは、こう「まえがき」の最初の部分で語っている。この本では、いじめ解決のための処方箋も提案しているが、決してそれだけが主題ではない。むしろ、いじめを生み出す社会そのものを問題にし、その社会の変革を提案している。つまり現実をつじつまが合うように解釈して、プラグマティックに問題に対する実効性を追いかけた処方箋を提出することを目的にしているのではない。大きな観点から全体像を把握することを求め、その上での根本的な解決を目指している。

かつてマルクスは、現実を解釈することではなく、現実を変革することが大事だと言って、その当時の哲学を批判した。狭い部分のつじつまを合わせるだけの解釈は、他の事実に目をつぶればいくらでも都合良くできる。その解釈が本質を突いた妥当性を持っているかどうかは、全体像を把握できるかどうかにかかっている。そしてそれこそが変革の理論になりうるのだと思う。内藤さんは、そういう変革の理論を提出していると、僕は感じた。

中間集団全体主義に関しては、日本人ならそういう世界で生きているのが普通だから、用語の難しさに比べて、この具体的な実感はすぐに分かるだろう。この全体主義が蔓延している集団では、頭に立つ一部の人間の専制権力と、いじめの対象になる一部の惨めな立場にいる人間たちと、直接的には被害を受けないので傍観者になる大部分の人々がいる。大部分の人々は、自分がいじめの対象になりたくないのと、直接的な被害がないことで、長いものには巻かれろという気分でこの状態を変革しようという意欲は出てこない。



こういう社会は、社会全体としてみれば、進歩に逆行し、人間がふさわしい地位につけないので、不幸を感じる人間が多くなる。自分の能力を伸ばし、自由に自分のやりたいことを求める生き方を選びたい人間は、このような社会を変革することにつとめなければならないだろう。そういう意欲を与えてくれるのがこの内藤さんの理論だという感じがする。

権力の座に着いた人間は必然的に腐敗するように見える感じがするが、内藤さんに寄れば、権力志向の強い人間は、権力によって得られる全能感(何でもやりたいことが出来る)の中にいたいという気持ちが強いためにそうなるのではないかと思えるところがある。全能感が弱い人間は権力志向も弱いので、本当の意味での指導者が指導的立場につくことが少なく、権力志向の強い人間が支配者として君臨することが多くなってしまうのだろう。

人間が権力志向が強くなる、言葉を換えれば全能感が欲しくなるのは、かつては全能感によって支配されひどい目にあったことが契機になることが多いという指摘もあった。いじめを受けて、それに耐えてのし上がってきた子供は、いじめは耐えるものだという価値観を形成してしまうそうだ。だから、自分がいじめる立場に立ったときも、その程度のことには耐えて当然だという気持ちが働くようだ。いじめそのものが悪いという発想が生まれてこないらしい。

体育会系のしごきの問題でも、しごかれて耐えてきた人間ほど、自分がしごく立場に立ったときにひどいことをするらしい。どの程度のしごきが人間を鍛えることになり、その限界を超えるとかえって人間を壊すというような配慮が出来ず、すべてのしごきは人間を鍛えるという精神主義に支配される。戸塚ヨットスクール的な発想ではないかと思う。

我々がおかしいと思いながらも、現実には改善されない現象が社会には多く見られる。それは、その現象がある面では正しさをほんの少し引きずっているからだろう。しごきによって限界を超えることが出来れば、その限りでは精神力は強くなる。しかし、理論のないところには、その限界は見えてこない。内藤さんが提出する理論を学ぶ価値というのは、一面的な真理を含んでいながらも、どこかおかしいと感じる物事を、そのおかしさを正しく評価できると言うことではないかと思う。この本を精読して、具体的な教訓も紹介できればと思う。

さて、イラク関連で気になるのは今日は次のことだ。

「<コロンビア>「反テロ法案」を可決 令状なしで拘束など

 コロンビアの上院は11日、警察や国軍に対し、盗聴や令状なしで36時間まで身柄拘束できる「反テロリズム法案」を可決した。ウリベ政権はペルーのフジモリ政権時代と同様、左翼ゲリラ掃討を名目に強権政治をより前面に打ち出すことになった。法案はすでに下院を通過しており、憲法裁で承認されれば来年3月に発効する。(毎日新聞)」

これは、直接的にはイラクでの出来事ではないけれど、テロという絶対悪に対しては、これまで人間が積み上げてきた貴重な遺産である基本的人権などをすべて踏みにじってもかまわないんだという空気が蔓延することを僕は恐れる。ここには、絶対悪を取り締まる人間の間違いとか悪意というものを全く考えからのぞいているように感じる。僕は、絶対悪のテロリストよりも、それを取り締まる人間の方が心配だ。

権力者は合法的に活動するので、どんなにひどいことをしても一般の我々には見えにくいからだ。だからこそ権力は腐敗する。テロリストの悪はわかりやすいから、たとえ法に記載されていなくても我々はそれを糾弾する気持ちを失うことはない。しかし、権力者の悪は、合法的であるが故に、それを糾弾する意欲を失わせる。とんでもない法律が出来たものだと思う。これと構造的には、次の事柄も同じだと僕は感じる。

「実用化の可能性追求を 小型核で米当局が指示


 書簡は、研究が禁じられていた10年間の「空白」を埋める必要性を指摘した上で「この機会を逃してはならない」と強調。重点課題として、生物・化学兵器の破壊や民間人らへの副次的被害の抑制を挙げ、新型核の開発に結び付く研究の促進を強く呼び掛けている。
 書簡の内容は、同条項の廃止で小型核の開発、配備への傾斜が強まることを警戒していた野党の民主党や軍縮団体の懸念を裏付けた形だ。(共同通信)」

相手が絶対悪であれば、核兵器の使用も許されるという論理だろうか。使用する人間のミスや悪意を計算に入れなければならない。核兵器の使用は、絶対悪の中に入れるべきもので、これを使ってしまえば、どんなに相手の絶対悪を非難しようとも、同じ穴の狢になるだけだ。テロとの戦いという名目が、このような権力の暴走に使われてはならないと思う。このような暴走する権力が行っているイラク戦争の後始末に荷担するようなことは、やはり反対だ。自衛隊の派遣が、このような荷担ではないと証明されるまでは、僕はやはり派遣には反対だ。





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最終更新日  2003.12.13 10:03:12
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