真理を求めて

真理を求めて

2004.07.27
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小熊英二さんが「<民主>と<愛国>」で報告している戦争体験の中に集団疎開がある。これは戦時下での中間集団全体主義を表している具体例だと思う。僕は、夜間中学に通う人たちからも疎開体験を聞いたけれど、おおむね小熊さんが報告していることと同じだった。それは、常につらい体験として語られるものであって、ノスタルジーを感じて、ともに頑張ったと想い出を語れるようなものではなかった。小熊さんも、柴田道子さんという人の次の回想を報告している。

「私たちの部屋は学寮中の模範だった。規律を守り、あまり騒がず、先生を困らせることがない、その上よく勉強する班、先生は全くそれ以上の何を求めよう。だが先生の目が届かないところで恐ろしいことが起こっていた。……(班長の)A子は、自分の気に入らぬことが起こったとき、先生からお小言をちょうだいしたとき、よくこの仲間はずれを行った。B子は誰先生にひいきされているからとか、C子のところには家からよく手紙が来すぎるとか、たわいない理由から、班中の子供に命令して、B子をぶつとか、その日はC子と口をきかないことなどの厳しい制裁をするのだった。この仲間はずれは順番のように回ってくる。被告の子供は、一時も早く仲間はずれから解放されたくてじっと我慢して班長の許しを待つのだ。反発したり、ともに同情したりすると、すぐ仲間はずれが自分の所に回ってくる。……
 そのうち子供たちは、班長の気を損ねないように色目を使うことを覚えた。東京から送られてきたお菓子を班長には多く与えるなどの形をとって現れた。……郷愁にかりたてられ、お手洗いに入って泣き、あるいは夜、布団の中で声を殺して泣いたものだ。」

この記述を読むと、もう60年以上も前のことなのに、今の学校状況でも全く変わっていない、この時代から続いているものがあることに気づかされる。中間集団で権力を持っている人間が、いかにそこで全体主義的な圧力をかけているか、そして、その権力を握った人間が、いかに腐敗していくかというのが見て取れる。

権力の座にいる人間は、自らの失敗を思い知ることが出来ないので、腐敗してもそれに気づかない。だから腐敗がどんどん進んでいってしまうのだろうと思う。権力の腐敗を防ぐには、権力が間違えたときに、その間違いを思い知らせるメカニズムが必要だ。上記の疎開集団の問題でいえば、班長という小権力者の上に君臨する教師という上位の権力者がその間違いに気づくことが出来れば、班長という権力者の腐敗を少しは押しとどめることが出来る。しかし、教師という権力者は、班長の腐敗を見ることが出来ない。それは、見たくないから見えないということなのだと思う。班長の腐敗を見ないことにすれば、表向きは、その班は規律を守るよく勉強するいい班であるからだ。

教師という権力者は、その下にある小権力者に汚い仕事をまかせて、表面的な実績をかすめ取るという習性があると思う。恨みはすべて小権力者に負わせて、自分は実績だけを認めさせることが出来るからだ。この構造も変えなければ中間集団全体主義の克服が出来ないのではないかと僕は感じる。どこに本質的な責任があるかということを誰もが知る必要があるだろう。また、虐げられている弱者が、すぐに逃げ出すことが出来るメカニズムを作れば、我慢の上に成り立っている実績などすぐに崩れてしまうので、これも問題の解決の一つの方向だろうと思う。

しかし、教師の場合は、善意から中間集団全体主義に加担する場合もあるので、この克服はきわめて困難を感じるものだ。まじめで誠実な教師集団には、全生研(確か、「全国生活指導研究会」というようなものだったと思う)というものが一世を風靡した時代があった。ここで行われた班活動の指導は、僕には中間集団全体主義を強める効果を持ったものに感じたものだ。

班全体で責任を負うというシステムは、その頭に立つ班長に権限を集中することになる。集団疎開の子供たちと同じだ。仮説実験授業研究会では、早い時期からこの班活動に関しては批判的だったが、規律を指導したり、班長の指導力を育てるということで、かなり熱心にこの活動が研究されていたようだ。

実際には、同調圧力による奴隷的な心情を育てることになったり、班長の指導力ではなく、恣意的な支配力を育てるような結果になったのではないかと僕は感じる。特に、それに輪をかけたのは、班同士で競争をさせたことだろう。競争において負けた原因を、できの悪い班員のせいにすれば、そこからはいじめが発生することはほとんど必然的なものではないかと思えるからである。



小熊さんは、疎開児童の状況は大人社会の縮図だったと語って、これを「上位から下位への「抑圧移譲」」という言葉で表現している。まことに適切な言葉だと思う。「抑圧移譲」は、人間を支配するときには効率的なメカニズムになる。旧日本軍では、下士官と呼ばれる地位にあったものがこの「抑圧移譲」を受け持っていた。下士官にある程度の権力を認めてやって、下にいるものへの抑圧を許可してやれば、恨みはすべて下士官へ行くが、支配体制という点では非常に効率的に支配できる。

学校が未だにこのような「抑圧移譲」のメカニズムを残しているのは、支配と指導を混同しているからだと思う。教師のいうことによく従うのは、指導の結果として表れる場合もあれば、支配の結果として表れることもある。どっちの結果なのかということに、教師は敏感でなければならない。教師は指導者でなければならない。決して支配者になってはいけないのだ。





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最終更新日  2004.07.27 08:04:23
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