真理を求めて

真理を求めて

2008.02.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
野矢さんが提出する、接続の構造を求める最後の課題問題は次のようなものだ。


問6 次の文章を読んで問に答えよ。

1 人間の脳には皺がある。
2 これは、われわれが大量の情報を脳で処理しなければならないからである。すなわち、
3 脳において高度な役割を受け持つのは、大脳皮質と呼ばれるその表面、厚さ1.5~4ミリメートルの灰白質の層であり、それゆえ、
4 その部分を増大させようとするならば、直径を大きくするよりも皺をつけて表面を増やした方が有効なのである。

そうして、人間の脳は2200平方センチもの表面積を持つに至っている。また、 このこと は大量の情報処理を要求しない場合には皺はいらないことを意味している。実際、ネズミなどの脳は滑らかであり、人間でも胎生の初期には脳にまだ皺がなく、滑らかである。

(1)1~4の接続構造を記号と番号を用いて図示せよ。



まずはそれぞれの文章の前後の論理関係を接続詞を頼りにして考えよう。次のようになっているだろう。

    1←2(「からである」という言葉から判断)
    2=3(「すなわち」という言葉から判断)
    3→4(「それゆえ」という言葉から判断)

この文章の主張もたいへん説得力があるように感じるので、おそらく接続詞の使い方も適切であり、よく考えればその構造は誰が考えても一つに絞られるのではないかと思う。それぞれの部分の主張の関係は、接続詞から見てわかりやすい。これが、全体としては

    1←(2~4)となっているのか(1~3)→4
となっているのか、どちらなのかを考える。つまり、全体の構造として、1の主張が中心なのか、それとも4の主張が中心なのかを考える。中心的な主張が最終的に導かれるものとして提出されていると思うからだ。

この文章は、全体として何を語っているかといえば、後半部分でネズミや人間の胎児の指摘にもあるように、脳の皺があるかないかということが中心的に語られている。皺を作った方が表面積が増やせるという主張は、皺があることの合理性を説明する過程で登場はするものの、特にこれを主張したいという内容のものではないと思う。したがって、中心的な主張は「皺がある」ということに関するもので、「皺がある」ということの根拠を2~3の言明で詳しく語っているものと考えられる。

後半で、ネズミの脳は皺がなく滑らかであることが語られている。このことは、人間の脳には「皺がある」ことが観察されるが、それは単に事実として目の前にあるという認識ではなく、それが存在するということに何らかの合理的な理由があるということをこの文章全体で語っているのだと思われる。つまり、この文章は、人間の脳の皺の存在の合理性というものがもっとも中心的な話題となっている。

「皺がある」という言い方を、そのような合理性を語っていると受け取ると、2の「大量の情報を脳で処理しなければならない」という簡単な理由だけではこの合理性を納得するのは難しい。そこで、これを言い換えてもっと詳しく説明する「すなわち」という言葉が必要になる。

3では「すなわち」を受けて説明がなされているが、大脳皮質が脳の情報処理(高度な役割)を受け持つといっただけでは、まだ根拠としての説明としては不足している。皺とのつながりがまだ語られていないからだ。このつながりを語るのが4の「表面積を増やした方が有効なのである」という主張だ。



ここに至ってようやく、「大量の情報を脳で処理しなければならない」ということが「皺がある」ということの合理的な根拠になっていることが納得できる。この4がなければ、1で主張している「皺がある」ということの合理性は納得できない。2で語られている脳の情報処理能力の提出だけでは、論理的には飛躍のある指摘になってしまう。この指摘ですぐに分かる人もいるだろうが、それを知らない人にとっては「なぜ?」というような疑問が浮かぶのではないだろうか。

この飛躍を埋めるために、「すなわち」と続けて、より詳しい解説をつけるというのがこの問題の文章の論理展開になっているように思う。そして、この飛躍を埋めてくれるからこそ、「皺がある」ということの合理性が納得でき、その合理性を適用して考えてみれば、ネズミの脳に皺がなく滑らかであるということの合理性も納得できる。

この問題を以上のように考えれば、1~4の接続構造は、1の根拠の説明のために2~4が使われ、2だけでは説明不足なので3と4で詳しく説明されていると考えられる。つまり、次のようになるのではないかと思う。

    1←(2=(3→4))

(2)の問題で聞いている「このこと」は、ネズミの脳に皺がないことを導く根拠となっている事柄になる。したがって、これは前半で考察した、「人間の脳に皺があることの合理性」になるだろう。「このこと」からネズミの脳には皺が必要ないという結論が導かれる。ネズミは大量の情報を処理する必要がないからだ。



接続詞が部分的な文章(命題)のつながり方を語るものであり、その接続詞から接続の構造を読み取ると、議論の一部分の主張のまとまりの構造を読み取ることができる。今度は、議論の一部が全体としてどのような議論となっているかを読み取ることに進むことになる。ここで重要になるのは、「主題」「問題」「主張」という概念を明確にすることになる。野矢さんは次のように説明する。

  主題 …… 何について
  問題 …… 何が問われ
  主張 …… どう答えるのか

議論においてこの3つが正しく捉えられれば、その議論の構造を正しく受け止めることができる。また、自分が主張するときも、この3つが明確になるように議論を組み立てることによって間違いを避けて真理に至ることができるようになるだろう。

また議論は、一つの主張が終わるとそれに関連して次の主張に展開していくという構造も持っている。これに関しては、主張の展開としては、付加と転換の2種類を考えることで構造を単純化して捉えている。この抽象は構造を捉えるときにとても役に立つだろう。「そして」か「しかし」のどちらかでつながれていると思われるときは、そこで一つの主張が終わり次の主張に転換して議論が進んでいるのだということが分かる。また、一つの主張には、その主張がわかりにくいときに解説を加えるということが行われ、その主張が「なぜ」成立するかという根拠が語られて主張が説得されていくということがなされる。これを図式化すると次のようになる。

  解説(「=」)       解説(「=」)
   │             │
  主張A --付加・転換--主張B --付加・転換-- ……
   │             │
  根拠(「→」)       根拠(「→」)

野矢さんは、この図式に関して、「議論の基本は、必要に応じて解説や根拠を伴った主張を、付加か転換の形でつなげていくこと、ここにある」と語っている。これはたいへん役に立つ指摘だ。

野矢さんのこの章での指摘で、たいへん印象深かったものに次のようなものもある。


「文章は、すでにそれを理解している人と、これからそれを理解しようとしている人とでは、異なった見え方をする。理解した目には、その理解が投影されて、見えてくる。しかし、初めて読む人にはそういうことは起こりえない。ここに、書き手と読み手のギャップが生じる。書き手は、自分の文章であるから、理解している目で自分の書く文章を見る。それは、決して初めてそれを読む人の視線ではない。それゆえ、自分の視線でしか書くことができない人の文章は、きわめて読みにくく不明確なものとなってしまいがちなのである。」


僕は、中学生になって図形の証明を勉強したとき、たとえそれが自明だと思えるくらい当たり前のことだとしても、証明の前提となる「仮定」に記述されていないことはすべて根拠を書くことにしていた。仮定に書かれていることなら、証明抜きに正しいとしてもいいが、そこに書かれていないことは、どうしてそれが正しいのかという根拠を探して必ず記述することにしていた。僕が論理にこだわった第一歩だっただろうか。

自分にとっては自明のことだとしても、それを自明だと思えない人にとっては、その記述がなければ説得されることはないだろう。文法的には決して難しくない文章が、論理をたどると難しくなってしまう原因の一つに、野矢さんがここで指摘するものがあるように思う。論理の飛躍というのは、それが分かっている人間には感じられないが、初めてそれを考察する人間には越えられない河のように大きな存在となるのだろう。

証明というのは、誰かを説得するためにするのであって、自分がそれを正しいと確信するために行うのではない。かつて天才数学者ガロアは、ある数学の問題を証明するように口頭試験で求められたが、「自明です」という一言で終わらせたというエピソードがあった。たぶんガロアにとっては「自明」だったのだろうと思う。しかし、それは「証明」ではない。それが自明であっても、それを納得していない相手に対して説明する行為が「証明」と呼ばれるものなのだ。納得できていない事柄をうまく説明して納得させてくれる文章があれば、それは「証明」ということの学習のよい教材となるだろう。そういうものも探してみたいものだ。そして、どうしても納得させられない「証明」に対しては、その欠陥の分析も正しくできるようになりたいと思う。





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最終更新日  2008.02.25 10:12:52
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