まさに歴史を辿る旅ですね。


我々の先人たちがこの道を汗を流しながら歩いていたと思うと感慨深いものがありますね。
捕虜の悲惨な境遇も聞いていますが、いろいろなドラマがあったことでしょう。

それにもかかわらず、現在も日本とタイが友好関係を保っているのは素晴らしいことです。 (2017/11/07 02:02:13 AM)

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2017/11/06
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テーマ: タイ(3443)
カテゴリ: タイ旅行記
目の前に現れた地形に胸が高鳴ります。



緩やかに左へ向けて上がっていっているあのスロープ状の地形、
間違いないんじゃないか!?

時刻は、10:44。
場所は、 ここ (グーグルマップ)。

歩いて来た道も左にカーブし、



そのスロープに沿って上り坂となって続いています。



お、ここに人が上り下りした跡が。


木に掴まったり手を土まみれにしたりしながら
急斜面を登り切ると、



泰緬鉄道 の線路跡に間違いない。
うん、100%そうだ!

しばし歩いてみたものの、枕木は残っていませんでした。

滑ってズッコケそうになって指を切りながら下の道に戻り、
先へと歩いて行きます。道は急な上り坂となり、



泰緬鉄道 線路跡のスロープの高さへと
どんどん近づいていってるなあと思っていると、



合流しちゃいました!

つまりここから先、 泰緬鉄道
道になっているんです。

行けるところまで歩いて行くぞ!!



斜面に沿ってクネクネしながら 泰緬鉄道 線路跡の道は続いています。
ところどころ岩肌を削ったらしき跡に出くわしました。





切り通しじゃないか!!
こここそ岩を削る大変な作業をして線路を通しています。

ヘルファイア・パス ほどではないにしても、
立派な観光資源になると思うんですけど、
なんで トーンパープーム郡 は放っておいているんですかね。
もったいないなあ。

で、この切り通しを抜けると、



道が右へ急カーブしています。
Ωの字を90度右に横倒しにしたようなカーブを描いているんですが、
元の線路はここから谷を越える橋が架かっていたようです。



平坦な地に出ました。



コンクリート舗装が終わったところでまた切り通しが出現。
ここを抜けると、



逆に盛り土がされた軌道跡がはっきりと。



あれ、柵?
ここまでかー。残念!

時刻は、11:09。

場所は、 ここ
分かりやすいようにグーグルマップの航空写真にしてみました。
途中までストリートビューでも確認できますよ。

グーグルマップでは、この先もところどころで途切れながらも、
ワチラロンコン・ダム の堤防近くまで続いているのが確認できます。

その先は、1984年にできたそのダム湖の底なんでしょうね。



来た道を戻りますか。
ここをかつてはC56に牽引された列車が走っていたんですよね。



なぜか帰り道の方が 泰緬鉄道 線路跡であったことが
イメージしやすいですね。



お、右下に クウェーノーイ川 が見えてる。



さらには カオ・チャーンプアック (白象山)と
なぜか城郭建築な トーンパープーム町役場 も。

町役場を何気なくズームしてみてビックリ。



右の建物には、なんと旭日旗のデザインが!!

やはりあの建築デザインにしたのは、
泰緬鉄道 建設で日本軍が駐留した歴史と
間接的にしろ関係がありそうですね。

なお、間から顔を覗かせている大仏様は、
町役場敷地内ではなく、道を挟んだ反対側に立っています。


<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:1,339バーツ

※旅は2017年3月27日(月)~28日(火)に行いました。

つづく

※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ
『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』  もぜひご覧ください。

そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。
旅の参考になれば幸いです。



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最終更新日  2017/11/06 08:00:08 AM
コメント(8) | コメントを書く


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Re:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
Tui☆  さん
はっきりわかる線路跡は見つからなかったんですね。しかし戦時中に幾多のひとびとの汗と血の成果が道路というインフラとして活用されていたのだから、苦労は報われたのではないかな?

今は行き止まりになって道路としての使命も終えたってことですかね?今こそこういう難工事の場所とかに記念碑を建てるなどして、大いに観光客にアピールしてほしいですね。
(2017/11/06 11:23:17 AM)

Re[1]:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
Lamyai_daeng  さん
Tui☆さんへ

>はっきりわかる線路跡は見つからなかったんですね。しかし戦時中に幾多のひとびとの汗と血の成果が道路というインフラとして活用されていたのだから、苦労は報われたのではないかな?

線路のレールが残っている箇所は、ナムトック・サイヨークノーイ駅の先と、ヘルファイア・パス、スリーパゴダパスの3か所だけのようですね。それ以外は全て剥がされてしまっています。枕木も熱帯雨林気候の中では手入れがされている場所か逆に湖底に沈んでいる場所以外は朽ちて消えているんだと思います。まあ、軌道跡が残っているだけでも私としては発見できて大喜びでした。

>今は行き止まりになって道路としての使命も終えたってことですかね?今こそこういう難工事の場所とかに記念碑を建てるなどして、大いに観光客にアピールしてほしいですね。

先はどうなっているんでしょうね。私有地内の道として使われているのか、あるいは軌道跡が単に残っているだけなのか。後者の方が嬉しいですけどね。
(2017/11/06 11:42:17 AM)

Re:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
GKen  さん
すごいですね。ワクワクです。

第2次大戦の遺跡ですので、日本のみならず英国にとっても大切な遺跡ではないかと思います。
何としても保存したいです。
柵の向こう気になります。 (2017/11/06 08:24:02 PM)

Re:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
begrit さん

Re[1]:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
Lamyai_daeng  さん
GKenさんへ

>すごいですね。ワクワクです。
>これだけ鉄道線との跡が残っているとは驚きました。

日本では考えられないことですが、タイではなんというか無造作に残されてますね。地元ではこれが観光資源になることがほとんど認識されていないんでしょう。

>第2次大戦の遺跡ですので、日本のみならず英国にとっても大切な遺跡ではないかと思います。
>何としても保存したいです。
>柵の向こう気になります。

イギリスにとってもそうですが、オーストラリアのほうがより泰緬鉄道跡には関心を示しているようです。自国の戦争捕虜が建設に多く動員されましたからね。
柵の向こうは入って行ってもタイのことだからマイペンライ(大丈夫)かなとも思いましたが、止めておきました。またの機会にしようと思います!
(2017/11/07 09:38:12 AM)

Re[1]:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
Lamyai_daeng  さん
begritさんへ

>まさに歴史を辿る旅ですね。

泰緬鉄道には惹かれるというか、自分なりの方法であまり知られていない事実を解き明かしたいと思っているんです。私にできることは線路跡を巡る旅かと ^_^;)

>我々の先人たちがこの道を汗を流しながら歩いていたと思うと感慨深いものがありますね。
>捕虜の悲惨な境遇も聞いていますが、いろいろなドラマがあったことでしょう。

この区間の工事でもきっと何人かの捕虜や雇われ労働者が命を落としたことと思います。そういう知識があると線路跡を発見しても無邪気に喜ぶことはできないですね。

>それにもかかわらず、現在も日本とタイが友好関係を保っているのは素晴らしいことです。

色々と歴史の偶然と両国の努力が重なって、今の関係があるのでしょうね。
(2017/11/07 09:46:17 AM)

Re:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
maikawa さん
道幅も鉄道のサイズから少し広げたままのようですね。

1枚目写真の位置から現道に合流するまでの坂と、鉄道跡が現道に合流してからの坂を比較すると、前者のほうが急な坂&急カーブではなかったですか?
鉄道の坂は道路の坂よりも緩やかで、特に古いほどSLみたいに非力な車両に対応するためにその傾向が強いので、元々の坂道をわざわざ切通しやS字カーブにしますが、道路でも牛車や馬車時代の道は牛馬車でも通れるように鉄道並みのゆるやかな坂になったりするので、そう簡単には見分けられませんが…。

柵の先も気になりますし、1枚目写真の手前からカンチャナブリ方面にかけても気になりますね。特に1枚目写真の手前は国道との交差付近が新し目の大仏と仏像舎や砕石場みたいになってるようなので痕跡がなさそうです。323号線の90°カーブの辺りに繋がってるのでは?と推測してみます。

前回のコメントのご返信ありがとうございます。
>ノーンプラードゥック駅は行ったんですが、起点の石碑があるとは今の今まで知りませんでした。なんと勿体ないことをしたんでしょう… -_-;)

これはどうも最近(少なくとも2010年代に)出来たようです。ホーム上、駅舎の前ですので、停車する列車なら窓からでも見れると思います。


>クローンダーンからそんな路線がかつてはあったんですか。そのうちクローンダーン~チョンブリーのローカルバスに終点まで乗ってみたいです。

それが、ケーハーバンプリー地区で、クローンダーン~バンプリーと書かれたソンテオを多数見たので(すべてバンプリー地区内の便でしたが…)、無くなったわけではないようなんですよ。休日だったのが悪いのか、クローンダーンの橋のあたりまで来ないだけなのか…謎です。
しかもこの路線はサムローン~パークナーム~クローンダーンの路線と同じ1140番なのでややこしいです。


>そう言えばこの話は書きましたっけ? トーンパープームの町で「トーンパープーム-ヒンダート」と書かれたソンテオを見かけて思わず運転手に尋ねたら、かつてこの路線があったものの今は廃止されてしまって、車をそのまま流用しているだけだという返事が返ってきました。

初耳です、イートンやバーンライ行きと同じ黄色のソンテオですか?
ヒンダートと言っても、トーンパープーム~カンチャナブリーの区間便みたいな感じで温泉前には行かなそうな気がしますが、途中の経路が違うんでしょうかね。
トーンパープームなかなか奥が深い町のようですね。 (2017/11/09 12:04:17 AM)

Re[1]:泰緬鉄道線路跡@トーンパープーム ミャンマー国境、元すず鉱集落イートンへ[13](11/06)  
Lamyai_daeng  さん
maikawaさんへ

ご返事が遅くなりすみません。ここ数日忙しくブログを見られませんでした。

>道幅も鉄道のサイズから少し広げたままのようですね。
>
>1枚目写真の位置から現道に合流するまでの坂と、鉄道跡が現道に合流してからの坂を比較すると、前者のほうが急な坂&急カーブではなかったですか?
鉄道の坂は道路の坂よりも緩やかで、特に古いほどSLみたいに非力な車両に対応するためにその傾向が強いので、元々の坂道をわざわざ切通しやS字カーブにしますが、道路でも牛車や馬車時代の道は牛馬車でも通れるように鉄道並みのゆるやかな坂になったりするので、そう簡単には見分けられませんが…。

現道合流前の線路跡と合流後の線路跡(つまり現道になっている部分)の坂は緩やかですね。合流直前の線路跡に並行している現道の上り坂はかなりの急坂です。

>柵の先も気になりますし、1枚目写真の手前からカンチャナブリ方面にかけても気になりますね。特に1枚目写真の手前は国道との交差付近が新し目の大仏と仏像舎や砕石場みたいになってるようなので痕跡がなさそうです。323号線の90°カーブの辺りに繋がってるのでは?と推測してみます。

グーグルマップの航空写真で見るとところどころ線路跡が途絶えている箇所がありますよね。開発で消えてしまっている区間がかなりあるんだと思います。

>前回のコメントのご返信ありがとうございます。
>>ノーンプラードゥック駅は行ったんですが、起点の石碑があるとは今の今まで知りませんでした。なんと勿体ないことをしたんでしょう… -_-;)
>
>これはどうも最近(少なくとも2010年代に)出来たようです。ホーム上、駅舎の前ですので、停車する列車なら窓からでも見れると思います。

そうでしたか。1942年に日本軍が0キロポストを打ち込んだ記録が残って売るのですが、その現物は現存していないようですね。

>それが、ケーハーバンプリー地区で、クローンダーン~バンプリーと書かれたソンテオを多数見たので(すべてバンプリー地区内の便でしたが…)、無くなったわけではないようなんですよ。休日だったのが悪いのか、クローンダーンの橋のあたりまで来ないだけなのか…謎です。
しかもこの路線はサムローン~パークナーム~クローンダーンの路線と同じ1140番なのでややこしいです。

パークナムからバンプー方面へ行くソンテオは路線番号が同じなのにびみょな色分けで途中止まりだったり何種類もあって複雑ですよね。

>初耳です、イートンやバーンライ行きと同じ黄色のソンテオですか?
>ヒンダートと言っても、トーンパープーム~カンチャナブリーの区間便みたいな感じで温泉前には行かなそうな気がしますが、途中の経路が違うんでしょうかね。
>トーンパープームなかなか奥が深い町のようですね。

白い塗装でした。ヒンダートから数キロ付近にも泰緬鉄道線路跡が残っているとの情報を得たので、またあの辺りを再訪するかもしれません。
(2017/11/12 08:51:46 AM)

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