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オーストリア共和国(Republic of Austria)
ウィーン(Wien)
中央墓地(ツェントラルフリードホフ Zentralfriedhof)
カール・ルエーガー(Karl Lueger)教会
地図の1番
カール・ルエーガー礼拝堂の前にはやはり墓地があります。
説明書がないので推測ですが、おそらく正面石棺が、カール・ルエーガーの墓所?
周りは歴代市長の墓? と、どこかで読んだ気がしたが・・・本が見つからないの確定はできませんが・・・。
カール・ルエーガー(Karl Lueger)
(1844年10月24日~1910年3月10日)
オーストリア・ハンガリー帝国の政治家でウィーン市長(1907年~1910年)。
ウィーンのガス、水道、電気など公共施設の拡充に尽力。市外電車を設立、教育事業を拡大し、ウィーンの大都市化と近代化に貢献した事は評価。
ウィーン大学で法学を学び、1885年左翼的リベラリズムの政治家として帝国議会に進出。労働者や貧しい者の味方として、ユダヤ人資本家を徹底的に攻撃し、市民の賛同を得て、市長に選出。(大衆扇動が上手だったようです。)
彼の演説は若きアドルフ・ヒトラーを感銘させたと言います。
ヒトラーの師
市長になってからは、
反ユダヤ主義的発言は少なくなりユダヤ人の貧困層も保護したと言われていますが、その 政策変更?
あるいは選挙の為のパフォーマンスであったか不明。
ヒトラーは、彼の帝国統一の失敗は、人種政策を中途で終わらせたからだと後に語ったと言います。
ヒトラーのユダヤ人政策は、もともとルエーガーの政策を真似て始まったと考えられるようです。
「我が人生の師」とルエーガーを仰いだと言うヒトラーの、ユダヤ人政策は、富裕なユダヤ人から、やがて貧しいユダヤ人に向けられ、身代金を払って国外退去できないユダヤ人の搬送先に困り大量殺戮と言う行為にたどり着く事になります。
礼拝堂内部はいわゆる、世紀末芸術の様式です。
ミュンヘンの雑誌ユーゲント(Jugend)からきたユーゲント・シュテール様式と説明されたりしてますが、(ドイツ圏のアールヌーボーを指す言葉です。)
ウィーンはドイツ圏でも、また少し独特なのです。
ウィーン分離派(Wiener Secession)様式
、あるいは、分離派の雑誌ヴェル・サクルム(Ver Sacrum・聖なる春)とでもよんだ方が良いと思いますね・・・。
天空、あるいは宇宙を表現した聖堂の天井。
一見ギリシャ正教の聖堂を思わせる内部の造りです。
聖堂内の柄に注目。
祭壇拡大・・・聖障(せいしょう)イコノスタシスがないだけの正教会みたいです。
拡大したのは装飾が良く見える為。
見てるとオットー・ワーグナー(Otto Wagner)の建築に似ているので、彼の作品かもしれません。(資料がドイツ語なので断定はできないのですが・・・。たぶん・・。)
ウィーン分離派に参加する頃からアール・ヌーヴォーの影響を受けた装飾的な作品を作っているオットー・ワーグナーはウィーンの特に分離派を代表する建築家です。
彼のサンクト・レオポルド教会に外観はそっくりですし、下のデザイン全体の意匠がそれっぽいなと思います。
ミュシャのような当時流行の絵画です。モザイク画になっています。

ウィーン独特の世紀末様式のデザインです。
クリスマス・ネタを拾っていたら一本飛んでしまいました。
お墓はあと一回くらいで終わらせて、オーストリアかドイツをさまよってみます。
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