我々の前説が終わり、いよいよDAIGO氏の入場となる。テーマ・ソングが流れる中、DAIGO氏が登場。初の単独ライブに、意気込み満々の表情を読み取ることができた。
映画上映の前に、周佐則雄さんとのトークの時間が設けられていた。常に圧倒的マイ・ペースで笑いを誘うDAIGOさんに対して、周佐さんはあくまでも天然癒し系。脳性ブラザーズのこのコントラストがよく活かされたトーク・ショーだった。パフォーマーとして、観られることに慣れている堂々とした態度は見習いたいものだ。


DAIGOさんと周佐さん。息のあった(?)会話が交わされる
月乃光司氏との対談では、DAIGOさんが“こわれ者”に参加した経緯など、今まで知らなかった話を聞くことができた。ひとりが立ち上がれば、他の心を同じくする者たちも立ち上がり、共に進むことができるのだ…。これはとても、励まされる事実。


この日は4度(だったかそれ以上)の衣装替えで、さまざまなファッションを披露してくれたDAIGOさん
この日上映された映画については、印象に残った“亀ノ市”について言及したい。
“亀ノ市”はどうやら、“座頭市”のパロディらしい。しかしながら、舞台は現代で、100年以上ひきこもっている武士が登場など、かなりシュールな作品。この映画の中でDAIGO氏は、悪徳祥凱者という非常に興味深い役を演じている。観ていていち番に感じたのは、DAIGO氏が自分に与えられた役柄を、非常に楽しそうに演じていたこと。主役(?)である目の見えないの亀ノ市を殴打するシーンや、恋人と口論し、口汚く責め苛むシーンなどを嬉々として演じている様子が印象的だった。おそらくDAIGO氏は、福祉にまつわるなにやら“いいこと”めいたイメージが大嫌いなのだと思う。祥凱者をケアする人はいい人で、福祉にまつわる仕事をしている人は偉い人…そんな馬鹿気た風潮・思い込みをぶち壊すために、彼はきっと喜んでこの役を引き受けたのだ。『ノーマライゼーション?…ふざけんなっ!』という台詞は、もっともなことだと心に刺さった。それは、当たり前のことでしかない。祥凱者も嫌冗者も、自らの力で社会参加し、自分の世界を広げていくべきなのはまったく同じことなのだ。それが素晴らしい事・推し進めるべきこととして、人の手を借りなければ実現できないことのように位置付けられ、仰々しく名づけられていること自体が、当事者にとっては噴飯もののズレた感覚なのだろう。
DAIGO氏のこの姿勢は、この日披露された新作パフォーマンス“福祉侍”の中にも読み取れる。お気付きの方もおられるだろうが、波田陽区のギター侍のパロディである。ギター演奏は木林おずさん。
『♪福祉のボランティアに参加している若い男…ボランティアをすることで困っている人を助けたい…って、言うじゃな~い?』…『でもあんた、そういう活動を通して、若いオンナをGETしようとしているのバレバレですからw …残念っ!』詳細は忘れてしまったが、終始こんな感じだった。このネタは過去(現在も?)のDAIGOさんの姿でもある。自嘲を込めた、自虐ネタでもあるんだよね。それだけに、説得力がある。この点では、オレだって他人のことを笑えないし。福祉にまつわる、なにやら“いいこと”めいた幻想を、片っ端からぶった斬ってくれた。


『…ですからw !』の瞬間

…斬りっ! の瞬間

ノリノリのDAIGOさん。遠慮会釈無く、福祉に群がる馬鹿どもをぶった斬ってくれた
ボランティアとか祥凱者のケアを、“してあげている”という感覚があるかぎり、そういう風に思うんだろうね。“自分はいい人”みたいなw 特に職業で福祉に携わっている人間は、そういう感覚が麻痺していて、己の職業を免罪符にしているフシがある(無論これは個人的な恨みを含めた感想:笑)。『所詮金を稼ぐためにやってるだけじゃん♪』って、胸を張ってそう言える福祉関係者が何人いるだろうか?まったくそれだけのことでしかないのに、なにやら“自分はいい人”とか、“自分のやっている仕事は特別に立派なこと”っていう、オマケが付かないとダメですか?『本気で関わる気もねぇくせに、涙を誘う感動の部分だけほしがってんじゃねーよ』って、そう言いたくなる福祉関係者が、オレの周りにはたくさんいるよなぁ。ほんっと、馬鹿ばっかりだっ!
最後のパフォーマンスは、“こわれ者の祭典”では常に“お笑い担当”として出演しているDAIGOの、負の部分を見せ付ける真情の吐露だった。『オレのことを見て、可笑しいと思ってんだろ?』『オレが怖いか?』そう言って、客席の椅子を倒し、暴れてみせた。そのときオレは、正面からDAIGOの写真を撮っていたんだけど、正直怖かった。内に秘めて普段は見せない、心の中のドロドロした部分を吐き散らすDAIGOの渾身のパフォーマンスは、恐怖を感じさせるほどの迫力であり、自分自身が彼との関わりにおいて、どれほどの正直さを持って接しているかを直接問われている気がした。正直、心臓の鼓動が速くなるほどに、怖れを感じさせるパフォーマンスだった。10ヶ月間こわれ者のイベントに参加して、最もこわれているDAIGOの姿を観た…そんな気がした。偽りの無い、負の部分を。


床にしゃがみこみ、つらさ・悲しみ・怒りなど、普段のステージでは見せない感情を表現してくれた
普段のDAIGOからは想像もできない、凶悪な感情。人間なら必ず、当たり前に内に秘めている、恨みや妬みなどの負の部分。彼の場合は、祥凱が元で、それらを感じる機会が多くあったのだろうと思う。でもそれも、隠さず偽らずに表現していいのだと、彼は全身で叫んでいるように感じた。
これは公演最後の月乃氏との対話の中で、『自分の内側のつらさ・苦しさも表に出した方が良いのだ』というDAIGO氏のメッセージにつながっていたのだと思う。そのために、自らの心の内を曝け出してみせてくれたのだと。いや、本人は否定するかもしれないが。

公演の終幕で、前説を務めたユウ・マッチもステージに呼ばれ、感想を述べさせてもらった。
『DAIGOさんのカッコ悪い姿をみて、ここまでカッコ悪くても大丈夫だというメッセージをいただきました』とは、オレの台詞。うん、ほんとにカッコ悪かった。でもそれは、自分を偽らないから。虚飾を自らに許さず、自分本来の姿で勝負しようとする人は、他者から格好よく見えるはずもない。そんなカッコ悪いDAIGOは、すごくカッコ良いと思う。あんな風に飾らずに生きていきたいと、そう思わせる数々のパフォーマンス。DAIGOさん、呼んでくれてほんとにありがとうございました。また何かあったら、いつでも声をかけてくださいね。
スーパーこわれ者の祭典 2007/04/08 コメント(3)
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