1

昨日のニュースの出来事。「木村○八、日本刀所持で逮捕!」 む~ん、この方私と同い年だったんですね。 故やすし師匠の息子でもあり、ドラマ「毎度おさわがせしま~す」などは面白がってみていたのですが、なんで物騒なモノを持ち歩いてたんでしょうか? ところが、公に話してしまうと支障があるのかも知れませんが、 私もしょっちゅう、持ち歩いています!と、言ってももちろん日本刀ではありません。調理用の道具類としてです。 調理師学校に在籍していた頃も、何本もの包丁を通学の間持ち歩く事になります。在籍中は調理師免許がありませんので本来は違法になるのでしょうが、警察にもし職務質問されるような事があった時のために、学生証は常に携帯するように先生から口をすっぱくして言われてました。 上部に写真を掲載しましたが、私も10本あまりの包丁を持っています。それぞれ大小の道具がありますが、主に使用の目的は「デクパージュ」「デクパージュ」とはお客さまの目の前で行う演出の作業の事。フランス料理店のダイニングや、またゲリドンと呼ばれるワゴンを使って行われる、一種のデモンストレーションです。 本当のフランス語の意味から言うと、デクパージュは丸焼きにした鶏の関節等から切り分けて、お皿に盛り付ける事なので、切るだけなら「クパージュ」あるいは「トランシュール」、果物の皮をむく事は「プレ」だったりするのですが、このあたりはゴッチャになってて、お客様の目の前で料理を取り分けることが、「デクパージュ」として認知されているようです。 デクパージュは、歴史を遡ると本来の「フランス料理」の姿であったとも言えます。 肉でも魚でも、余すところ無く食しようと思う、また豪華さを競い出したりすると、「丸焼き」に行き着くわけです。丸ごと焼き上げると言うのがフランス宴席料理の規範であったとも言えます。 こういたものを食していたのは、身分の高い貴族やブルジョア達ですから当然誰かが切り分けて給仕してくれる役割の者が存在していたのです。 当時のこの役割が「トランシェ」と呼ばれるの役職名であったり、また、それらの役割分担を配置し宴席を「館の主に執り替わって仕切る」役職が「メートル・ドテル」であったのです。 メートル・ドテルはサーヴィススタッフの全体を取り仕切らねばなりませんから、この「トランシェ」もまたワイン担当である「ソムリエ」の技術ももちろん持って無ければならないのです。 現代に至って、こと日本においては「ソムリエ」の名称の方が多くの方に認知されていますので、ソムリエのブラインドテイスティングなどの技術に並ぶもの、差別化するものとしてメートル・ドテルにおいては「デクパージュ」の技術が取り沙汰されます。 フランス料理の多くのサーヴィスセミナーと称されるものにおいては、まずこの「デクパージュ」のテクニックの講習が何らかの形で導入される事が多いのです。 事実、パリのレストラン、「トゥール・ダルジャン」の「キャナール・ア・ロランジュ(仔鴨のロースト、オレンジ・ソース)」などは長年の伝統を誇り、またその演出を見たくてこのレストランを訪れる人々が世界からやって来ます。 しかし、まだまだ日本国内では「デクパージュ」を常日頃より行える規模、システムを持った店鋪はあまりありません。また、世界的な傾向から見てもヌーベルキュイジーヌの流行以降、ひと皿盛りが主流になり、こういった演出を提供出来るお店は少なくなっています。 しかし、そういった「デクパージュ」という演出、引き出しを持つ事によって、ひとつはお客様に提供できる料理の可能性が広がる、と言う事。 ふたつ目には、フランス料理、ヨーロッパの料理というものの意味合いを知るという事。 さらには、サーヴィスマンも「調理」に加わるという感覚が生まれ、キュイジニエ、サーヴィスという区別なく「レストランの職人たち=レストラトゥール」という意識で仕事に臨むことが養えるのではないでしょうか。
Mar 10, 2006
閲覧総数 533
2

、、、昨日からの続きさて、ここまででも見られるのが、フランス料理の三大原則とも言える、・同じ食材は用いない・同じような調理法は繰り返さない・同じ味付けをしない。という手法です。お客様、つまり「食べ手」を飽きさせないテクニックです。その為、フランス料理のコースにおいては、日本料理に見られるような、「~づくし」といったメニュー構成は行われないのが普通です。品数、量を「多く食べさせる」という目的を行うにあたっては、食べ手が次々と興味をそそられるような試行が繰り返されているわけです。 さて、メインディッシュと呼ばれるのが、「肉料理」としての位置付けです。やはり「メイン~」の名が冠せられている以上、コースのここまでの料理は、「メイン」までの導入、つまり、メインディッシュを上手く引き立てるストーリーであったからなのです。 肉料理が、主役=メインであることは、ヨーロッパの人々が古代、狩猟民族であったことにまで遡ると言えるでしょう。「ジビエ」と呼ばれる、狩猟獣においてはその際たるもので、ある意味、自らの狩猟の腕前を披露することに目的があったのでしょう。 いよいよ、次がデザートです。デザートには本来、「片付ける」の意味がありました。その為、現代でもメインディッシュの後に「辛いデザートにしますか?甘いデザートの方がお好みでしょうか?」と問われるレストランも本国フランスではあります。 ここで言う「辛いデザート」とは「チーズ」の事です。チーズは確かに高カロリー、高タンパクの食品なので確かにダイエットを志す方々には「太りそう…」との思いもあるようですが、既にメインディッシュまで食された後ではもう手後れです。(^^;)と、言うよりも、チーズはそのタンパク質から、胃の粘膜を保護する意味もありますので、メインディッシュの後にチーズを食すことは、理にかなっているとも言えます。 続いて本来の「デザート」、お菓子が提供される時間となります。 「デザートは別腹よ」と申されて、ワゴンサービスなどになると、全種類を注文されるお客様もいらっしゃいます。ところが、、、これは当然と言えば当然で、ここにもコースメニューに隠された「罠(?)」が仕掛けられているのです。 実は、案外気付かれないことなのですが、フランス料理、または多くの「西洋料理」と呼ばれる物においては、料理に「砂糖」を加えません。もちろん、ソースや付けあわせなどにフルーツを使用したり、野菜や油脂分の甘味を強調することはあります。しかし、直接、料理に調味料としての「砂糖」は使用しない事が原則でもあります。 料理の間において、「糖」を摂取しないと言うことは、すなわち体内の血糖値の低下に繋がります。そこで最後のデザートにおいては「血糖値」の向上を求める、気付かない生理的な欲求が起こるのです。 ヨーロッパに旅行に訪れられた方々から、「いやぁ~、向こうのデザートは甘い甘い、、、」というお話をよく耳にされたことは無いでしょうか?これこそ、最後に身体が欲する「糖」を求める欲求に対する答えだったのです。さて、昨今ではダイエットに励む女性の方々も増えてまいりました。これが100年前なら「太っていることは裕福な証拠」でもあったのです。これは、絵画史を見れば一目瞭然で、昔の「女神像」「美人像」は皆ふっくらとした体型を持っています。ふっくらした体型を維持できることが「豊かさ」の象徴でもあったのです。さて、時は変わって現代は、豊かさの象徴では無くなり、健康面の影響もあってか、やはりスリムな体型が好まれるようになりました。 フランス料理においてもヌ-ヴェル・キュイジーヌの時代を経て「軽さ」が求められるようになりました。 フランスにおけるグランシェフ、ピエール=ガニエール(だったかな?)は「美味しく食べて、太らない料理」を提唱しました。 が、ここにも西洋の料理観が見られます。目的はあくまでも、「美味しく食べる」こと。お腹一杯食べることが大前提の上で、「太らない」を提唱している姿勢が垣間見えます。
Jun 5, 2006
閲覧総数 1353
3

レストランを利用されたお客様。私どもから「今日のお料理はいかがでしたか?」などとお声をお掛けすることもしばしばです。「いやぁ~、もう満腹ですわぁ~お腹いっぱいになりましたわ~。」(註:あくまでも関西の方です)とのお答えを頂くこともあります。…実は、このことに「レストラン」本来のレゾン・デートル(=存在理由)があります。西洋料理、特にフランス料理においては、「お腹いっぱいに食べさせる」様々な「罠」が仕掛けられています。もし、一度に目の前にコースメニューの全品が並べられたら、、、その量の多さ(、に見える)にそれだけでお腹いっぱいになってしまうかも知れません。 フランス料理における「コース」とは、実はお腹いっぱい食べられるよう「綿密な計算が施されている。」というのが真実なのです。 西洋で言う「レストラン」とは「ハレの日」の料理を提供する場所なのです。 「ハレの日」だから、お腹いっぱい食べられるように画策されているのです。 ある意味、カトリックにおける「カーニバル(謝肉祭)」に通ずる部分もあるのです。と、いうのも本来生活が貧しければ年に一度の「ハレの日」以外は慎ましやかな食事で我慢することも当然多くなります。と、なるとせっかくの特別な日にはお腹いっぱい食べたくなるのが人間の心理と言うものなのです。さて、フランス料理のフルコースとは、現代でも以下のような順序で供されます。●アミューズ・ブーシェ●オードヴル●スープ●魚料理●ソルベ、またはグラニテ●肉料理●チーズ●デザート●コーヒー、または紅茶 アミューズ・ブーシェは平たく言うと「お付き出し」一口サイズの食前のおつまみであることが多いのです。 さて、一品目として供されるのがオードヴルです。前菜とも訳されますが、得てして軽い食感のものが多く、温かい「温前菜」冷たい「冷前菜」と分けられることも多いようです。 ここでは、胃を活性化させることに主眼が置かれます。まず、サラダ系などの酸味を使った料理。また、多くの場合味が濃くても少量であることが主流です。 2品目にスープが登場します。が、最近では各々の料理人の見解もあって、「すぐにお腹が膨れてしまう。」ことや、「作り方において料理人の腕が発揮されない。」との理由でオードヴルと呼ばれる形態に近い料理が供されることもしばしばです。 続いてが、「魚料理」当然の事ながら、肉料理に比べて魚料理の方が比較的軽い料理に仕上がることが多いので、肉と魚の料理が前後することは稀です。その際において、一旦口を休める、休めると言うことは続いての料理をまた食べられるようにする。と言う意味において、ソルベ、またはグラニテと言う「氷菓」を間に挟みます。(ソルベとグラニテの違いはその製法で、いづれにしても果汁を氷らせたお菓子であることです。)唐突に「明日へ続く、、、」
Jun 4, 2006
閲覧総数 4019
4

レストランの文化、特にフランス料理店において、食事が終わった後の時間を豊かにする「5つのC」があると言われている。 ひとつめはCafe(カフェ;コーヒー)、Cognac(コニャック;食後酒),Chocolat(ショコラ;チョコレート),そしてCigar(シガー;葉巻),最後のひとつはConversaccion(コンベルサシオン;会話)である。 このうちの最初の3アイテムは比較的ポピュラーなものともいえる。コーヒーはもちろん、チョコレートはプティフールと言われるお茶菓子に供される。お酒の強い方には食後酒もおすすめしやすい。4番目のシガーについては、楽しまれるお客様はまだまだ少ない。昨今はは健康増進法などの施行もあって、少々控えられがちだ。 シガーはれっきとしたヨーロッパ文化のひとつであるといえる。しかし、タバコそのものがヨーロッパに持ち込まれたのは、コロンブスが新大陸を発見してから以降16世紀に入ってからであった。 ヨーロッパでの習慣では食後に夫婦はそれぞれ男性と女性に別れてメインダイニングから他の部屋に移り、おしゃべりに華を咲かせる。別室に移動した男性組は、食後酒を片手に葉巻をくゆらし、議論を交わす。このとき葉巻を吸うにあたって、上着に香りがつくのを避けるため、ジャケットををわざわざ着替えたのだ。 この時着用された上着が「スモーキングジャケット」の名を残す。スモーキングジャケットをLLサイズのジャケットだと勘違いしてはいけない。葉巻を吸う意味のスモークであって「すもう・キング」つまり横綱のことではない。服装で言う「スモーキング」とは、サーヴィスマンの制服の代名詞ともなっている「タキシード・スーツ」のことである。 葉巻きには様々なエピソードにも事欠かない。みんな写真を取られる時に「Vサイン」(ピースサインとも言う)をするが、実はアレは第二次大戦の途中、英国首相のチャーチルが葉巻きを掴む自分の指の形から「ヴィクトリー(勝利)」の意味で使い出したのが広まったそうだ。 レストランで葉巻きを提供するのはいろいろな意味で制約が多い。まず、葉巻きを吸っていただくにあたって、他のお客様に迷惑のかからぬ様考慮する必要がある。タバコが嗜好品である以上、煙りを好まれないお客様もいらっしゃるからだ。葉巻き用に別室を用意しているレストランもある。 また、葉巻きはワインと同じように温度管理、湿度の管理も必要だ。サーヴィスマンに葉巻きを保存、サーヴィスするだけの知識と技量も必要とされる。 更に、日本の税制ではタバコにプレミアを付けて販売してはいけないことになっている。買ってきた値段で売らなければならないと言うことだ。ワインのように原価から何%の粗利益を付けることは禁じられている。 葉巻きは1本あたり1000円から3000円とする高価なものでもある。葉巻き1本を吸い切るのに4、50分から2時間近くかかることもある。金額も、時間の使い方も贅沢なものだ。それでもなお、シガーを楽しんで頂くだけの価値はあたえてくれるはずだ。
Jul 26, 2005
閲覧総数 6400
5

575、といえば、日本独特のリズムを持った詩、「俳句」であることは皆さんご存知の通りですね。 この「俳句」を名前に掲げたワインがイタリア・トスカーナで作られています。 生産者はカステッロ・ディ・アマ。トスカーナでも指折りの生産者であり、キャンティ・クラシコの名手。また、私自身ここで造られるメルロ100%の「ラッパリータ」はメルロ品種を用いた赤ワインの中では世界でも1位,2位の部類にはいるのでは無いかと感じています。 カベルネフラン25%-サンジョベーゼ50%-メルロ25%。ハイクのブレンド比率ですが、25-50-25のリズムが私たちの知る5-7-5のリズムと相通ずる部分でもあります。 オーナーでありまた醸造家でもあるマルコ・パレンティ氏曰く「自然の情景を季語に託し、短い言葉に想いを集約させる、日本に古くから伝わる“俳句”という表現に深く共感した。カステッロ・ディ・アマはテロワールを尊重し、その個性を1本のボトルで表現する。」ことにこの試みの想いが込められています。 また、このワインにはイタリア人であるマルコ・パレンティ氏が受け止めた「日本の感性」が散りばめられています。 裏ラベルには正に俳句が一句 ・朧夜を 葡萄の色に 酔いにけり そして表ラベルでは、のトレードマークの中世騎士の文様が左へずれています。(比較のために写真はカステッロ・ディ・アマのキャンティ・クラシコのボトルを共に配しています。ちなみにこのボトルにはマルコ・パレンティの直筆サインが入っています) 「美は乱調にあり」左右対称のシンメトリーを基本とするヨーロッパの美意識に対して、日本は中心線を取りません。床の間に華を生ける場合も、理由あって中心からは外す必要があり、そのことによっての美しさを表現しているのです。 私の在する高台寺 極-KIWAMI- にても提供させて頂いきました。現代風のスタイルで、シェフの料理とも非常に相性がよく、美味しく召し上がっていただけたかと思います。 日々いくつもの、世界中のレストランでワインが抜かれていますが、提供するソムリエの思い入れひとつで随分ワインの味は変わってきます。 中身は一緒なのだから、そんなことは無いだろう、と思われるかもしれませんが、同じ食材、同じ作業をしても最後はシェフの感性で料理が決まるように、測れることの無い「何らかの感性」で美味しくなったり、平凡になったりする。そこにワインを供する側の感性が織り成されるからです。 マルコ・パランティ氏は2011年に来日しています。当時、京都にも足を運び日本人の感性を貪欲に吸収しようとした様子は想像に難くないことです。 実その折にガラディナーの席を持っていただいたのが、私の前職の店、高台寺茶寮でした。朴訥に、そして陽気なお人柄に非常に好感を抱いたものです。 そんないきさつから、haikuを扱うようになり、また思いいれも深くなっていきます。 和の心を持ってフランス料理の技法を駆使する「高台寺 極-KIWAMI-」とトスカーナでのワインつくりの技術をもって、日本的な感性を表現する「haiku]それだけで外れることの無い、相性の良さを想像させます。本当かどうか、、、是非ご自身でお確かめいただければと存じます。皆様のお越しを心よりお待ちしております高台寺 極-KIWAMI-http://www.arkh.jp/restaurant/kiwami/
Jan 22, 2014
閲覧総数 236