趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

February 17, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】故兵部卿の宮、この女のかかることまだしかりける時、よばひたまひけり。みこ、

荻のはの そよぐごとにぞ うらみつる 風にうつりて つらき心を
【注】
・故兵部卿の宮=陽成天皇の皇子、元良親王。(890……943年)。第九十話に既出。
・この女=平中興のむすめ。
・うらみ=「恨み」「裏見」の掛詞。
【訳】故兵部卿の宮が、この女すなわち平中興のむすめが、浄蔵大徳との一件がなかった時分に、求婚なさっていたとさ。そこで兵部卿の宮が作って贈った歌、

荻の葉がそよぐたびに裏を見るように貴女を恨んだことです、風が吹くたびになびく方向が変わるように、色々な男の誘いを受けるたびに気が変わる貴女の冷たい心を。

【本文】これも、おなじ宮、



女かへし、

関川の いはまをくぐる 水浅み 絶えぬべくのみ 見ゆる心を
【注】
・関川=近江の国、逢坂の関のそばを流れる清流。歌枕。この歌では「水がせき止められるように岩が複雑に点在している」という意を連想させようとしているのであろう。
【訳】これも、同じ故兵部卿の宮が作って贈った歌、
私の思いが浅いと貴女はみているのでしょうが、関川の流れのように、私の貴女への愛はとぎれさせるつもりは無いと思っていますよ。

それに対する女の返歌、

関川の岩と岩の間をくぐりぬけて流れる水のように、あなたのお顔を見ずに過ごす日が多いことにあきれて、あなたの思いが浅いことがわかっているから、わたしの目にはあなたの愛は今にも途絶えそうだとだけ見えますよ。

【本文】かくて、この女いでて物きこえなどはすれど、あはでのみありければ、みこおはしましたりけるに、月いとあかかりければ、よみたまひける、

よなよなに出づとみしかどはかなくて入りにし月といひてやみなむ

とのたまひけり。


まったく契りを結ぶことなく過ごしていたので、ある夜、兵部卿の宮がいらっしゃったときに、月が非常に明るかったので、お作りになった歌、

毎晩毎晩出るのは見ていたが、じゅうぶん観賞しないうちに沈んでしまった月のように、貴女は毎晩部屋から出るものの、直接近くで会って契りを結ぶこともなく、また、むなしく部屋に入ってしまうので、もう手の届かない女性だと思ってあきらめてしまおう。
とおっしゃったとさ。

【本文】かくて扇おとしたまへりけるをとりてみれば、しらぬ女の手にてかく書けり。

わすらるる 身は我からの あやまちに なしてだにこそ 君をうらみめ



ゆゆしくも おもほゆるかな人ごとにうとまれにけるよにこそありけれ

となむ。
【訳】こうして、兵部卿の宮が扇を落とされたのを平中興のむすめが拾いあげて見てみると、みたこともない女の筆跡で次のように書いてあったとさ。

この身が忘れ去られるのは、せめてみずから犯した過ちのせいだと見なしてから、あなたを恨みましょう。

と書いてあったのを見て、その脇に平中興のむすめが書いて差し上げた歌、

不吉にも思われますねえ、それぞれの女性から嫌われてしまった男と女の世界ですねえ。

と作ったとさ。

【本文】また、この女、

わすらるる ときはの山も ねをぞなく 秋野の虫の 声にみだれて

かへし、

なくなれど おぼつかなくぞ おもほゆる 声聞くことの 今はなければ

【注】
・ときはの山=京都市右京区にある山。また、常緑樹で青々している山。「ときは」は、「常盤」と「時は」の掛詞。「秋」は「飽き」の掛詞。

【訳】また、この女が、

忘れ去られる時には、女だけではなく、ときわの山でさえも声をあげて泣くのです、男性の心に女性に対する飽きがくるように「秋がきた」と鳴く野原の虫の悲しげな声にいっそう心乱れて。

と歌を作った。

それに対する兵部卿宮の返歌、

なくという話ですが、声を聞くのが待ち遠しく思われますよ、あなたは私と会話もしてくださらないから現在はあなたの声さえ聞く機会が私には無いのですから。


【本文】又おなじ宮、

雲井にて よをふるころは 五月雨の あめのしたにぞ 生けるかなしき

返し、

ふればこそ 声も雲居にきこえけめ いとどはるけき 心ちのみして

【注】
・雲井=宮中。「雲」に対し、「雨」は縁語。
・「ふる」は、「経る」と「降る」の掛詞。「降る」に対し「五月雨」は縁語。
【訳】また、同じ兵部卿宮の作った歌

宮中で夜を過ごすころには、五月雨のように乱れ降る空の下にいるように、あなたに逢えずに涙が沢山流れるので、この世に生きているのがつらくなります。

それに対する平中興のむすめの返歌、

あなたが宮中で夜を過ごしたからこそ、私の声も宮中まで聞こえたのでしょう。あなたとの距離がいっそう遠い気持ちばかりがして、いつもより大声で泣きましたから。





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Last updated  February 19, 2011 01:04:38 PM
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