趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

February 27, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】兵衛の尉はなれてのち、臨時の祭の舞人にさされていきけり。この女ども物見にいでたりけり。さて、かへりてよみてやりける、

むかしきて なれしをすれる 衣手を あなめづらしと よそに見しかな
【注】
・兵衛の尉=兵衛府の三等官。ここでは第百十二話に見える、左兵衛の尉をつとめた藤原庶正(もろただ)。
・臨時の祭=例祭以外に行われる祭り。賀茂神社では平安時代初期の宇多天皇のときに始まり、明治三年まで、陰暦十一月の第三の酉の日に行われた。
【訳】兵衛の尉が役職を離れてのちに、賀茂の臨時の祭りの舞楽を奉納する舞人に指名されて行ったとさ。この別れた女たちが祭り見物に出かけたとさ。そうして、帰宅して作って贈った歌、
昔あなたが訪ねてきて馴れ親しんだ時の、昔着てこなれた衣を摺り模様に仕立て直した衣の袖を、ああ目新しいと、遠くから見たことですよ。

【本文】かくて兵衛の尉、山吹につけておこせたりける、

もろともに ゐでの里こそ こひしけれ ひとりをりうき 山ぶきの花


【注】
・ゐで=京都府綴喜郡井出町。木津川に流入する玉川の扇状地で、京都から奈良へ向かう交通の要所であった。『古今和歌集』に「かはず鳴くゐでの山吹散りにけり花の盛りにあはましものを」と詠まれており、蛙と山吹の名所。
【訳】こういうことがあって、兵衛の尉が、山吹の枝に結びつけてよこした手紙の歌、
二人でいっしょにいた井出の里が恋しいですよ。一人でいるのがつらい、折るのが惜しい山吹きの花。
と作ってあったとさ。この歌への返歌は不明。

【本文】かくてこれは女、かよひける時に、

おほぞらもただならぬかな十月(かみなづき)我のみしたにしぐるとおもへば

これもおなじ人、

あふことの なのみしたくさ 水(み)隠(がく)れて しづ心なく ねこそなかるれ
【注】
・なのみしたくさ=「なのみす」(名目だけが立つ)と(下草)の掛詞。「なみのしたくさ」とする異文もある。その場合は「逢ふことの無み」(逢うことが無いので)と(波の下草)で、「なみ」が掛詞。

・ねこそなかるれ=「音こそ泣かるれ」と「根こそ流るれ」の掛詞。
【訳】こうして、これは女が、兵衛の尉がまだ夫として通ってきていた時に、

大空の空模様も尋常ではないなあ、十月は。私だけが空の下で時雨が降るように涙の雨を流していると思うから。

これも、同じ女が作った歌、
あなたとお逢いすることが名目上ばかりで、深い仲になることもなく、丈の低い下草が水中に隠れるようにして、落ちつきなくゆらめいて根っこのほうから流れるのと同様に、私は浮かばれずにあなたに翻弄されるばかりで思わず声をあげて泣いてしまうことだ。






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Last updated  February 27, 2011 11:44:15 AM
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