第百十
【本文】
むかし、男、みそかに通ふ女ありけり。それがもとより、「今宵、夢になむ見えたまひつる」と言へりければ、男、
思ひあまり いでにし魂の あるならむ 夜深く見えば 魂結びせよ
【注】
〇みそかに=ひそかに。人目をさけて。
〇通ふ=男が女のもとへ行き夫婦生活をする。結婚する。
〇今宵=夜が明けた後に、前日の夜を指していう語。昨夜。ゆうべ。
〇夢に見ゆ=『完訳用例古語辞典』(学研)に「夢は恋と取り合わせて和歌に詠まれることが多かったが、夢に対する考え方は現代とは違う面もあり、夢に特定の人が現れるのは、自分がその人を強く思うというほかに、相手が自分を深く思っていれば相手の夢の中に現れるとする考え方もあった」。
〇魂結び=肉体から離れ出た魂を鎮めとどめること。
【訳】
むかし、男が、夫としてひそかに通っていた女がいた。その女のところから、「昨夜、夢に、あなたのお姿が現れました」と言ってきたので、次のような歌を作って贈った。「あなたへの愛情がありあまって