伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2022年06月22日
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田矢(田屋)伊予守城跡
雨乞山から落ち延びた面々日が落ちる頃になると、猛火の中を第二線である田屋の砦に集結して再挙を計った。しかし、部落を焼き尽す火煙の中で次々に一族は全滅し、女子供も容赦のない織田兵の刃にかかる。後世「蒲生氏が来る!」と聞くや、泣く子も黙ったと云われる惨劇となった。「伊乱記」 には城主田矢氏は討死したとされますが、「信長公記」には天正9年9月「河合の田屋と申す者、名誉の山桜の真壺、並びにきんかうの壷進上致し降参仕候」とあり、織田勢に降伏したことが分かる。
 ところが後日、「河合の城主田屋、岡本等が頸を取られた」ともあり、結局は殺害されてしまったらしい。





柏野城
福地氏が織田方を手引きして柘植口から丹羽、滝川ら一万二千、福地城に陣、柘植を焼き払い柏野城(新堂と佐那具の間)へ霊山に陣を構えたのち丹羽、滝川が攻撃、柏野城落ちる。

柏野城に集まった上柘植の富田、満田、中村、中柘植の西田、島、下柘植の松山、西川の郷士達は城に入ると懸命に戦ったが、所詮は衆寡敵せず半日足らずで落城した。





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Last updated  2022年06月22日 15時21分44秒
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