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「あの梅の木は」 第 16 話
「裕也、もうひとつ忘れてない?・・・」
香織にそう言われて、裕也はハッとして彼女を見た。
「あ!・・・そうだった、もうひとつ・・・」
「おや、まだあった?」
「はい、これが最新ですが、先日問題の「梅の木」の根っこで、気の
せいかもですが、人影を見たような・・・そしてその人影は、ぼくに
気が付いたらしく、梅の木の・・何て言えば・・・梅の木の方にスッ
と消えて行ったような、まるで怪談話みたいなので、それが正しい
表現なのかは分かりませんが」
マスターが残っていた珈琲を飲み干して
「君たちほど奇怪な出来事に遭遇した人は、めったにいるもんじゃない
そういう特異な経験をすると、それを抱え込んだままだとストレスが
たまるから誰かに打ち明けて楽になりたい、そう思うこともあるだろう
だが同時に、話しても信じてもらえるかどうか、そういった葛藤も
あっただろう?
君たちは充分に慎重だった。7年間も君たちの心の中に仕舞っておいた。
そういう慎重な君たちの表現が的外れなことは無いと思うよ。だから
その時感じたままを話してみたらいい」
「話しやすくなりました、有難うございます」
裕也の肩から力が抜けていった。
「まず、あの時ぼくが最初に感じたのは、『おびえ』でした。『幽霊か?』
と・・・」
マスターは口を挟まず、ただ頷いた。
「次の瞬間、違った意味で驚いたことに、その人影はぼくにそっくりで
・・」
マスターの目が大きく見開かれた。
(すれちがって行ったもう一人の裕也君か!?)
「すれちがって向こうに行ったもう一人の俺!?って・・・
そう感じたんです」
マスターが笑みを浮かべた。
裕也が小首をかしげた。
「え、何か・・・?」
「いや、ただ、君の話を聞いた瞬間、ぼくの頭に映像が浮かんだんだ。
その人影が君だと、そう直観した。その直後に・・・」
マスターはその続きは口にせず、裕也を指さした。
「マスターの直観したことをぼくが口にした・・・」
「そう、見事にシンクロしたわけだ・・・何だか嬉しくなってね」
「すごーい、こんな事ってあるんですね!」
香織の弾けるような感動が伝わり、ブルースの店内が笑い声に包まれた。
「その後、その人影、おそらくはもう一人の君は振り返って向こうに
消えて行ったんだね」
「そうなんです、ぼくが話しかけたんですけど、無視されて・・・」
「これはぼくの想像なんだけど、おそらくは向こうでも異常なすれ違い
が起きていることを認識しているんじゃないかな・・・」
「それで、異常事態の象徴であって、常にそこにある梅の木、いや向
こうは桜の木か・・そこから覗いていたらこっちに出てきちゃったと、
そういうことなんでしょうか?」
「おそらくね」
「やっぱり、あの梅の木が異次元世界の出入口になるんでしょうか?」
香織が唐突にそう言った。
マスターと裕也は驚いた。ふたり同時に香織を見る。
「香織が口火を切るとはなあ・・・」
マスターは裕也に同調して頷いた。
香織は『え!』と声を発し、口に手を当てると続けて言った。
「異次元世界の出入口じゃ・・・違ったの?」
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