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小説 「scene clipper」 again 第18話「あの、私の父親の話なんですけど・・・これは短くまとめられると思います・・・東京に着くまでに話し終えるはずです」 「私は、君に任せると言ったはずだね」 「そうでしたね、では・・・父は先の戦争で駆逐艦に乗船していました」 「ほう、海軍さんか・・・どちらへ行かれたのかな」 「はい、南の方でして・・・太平洋に出てしばらくすると赤道を通過して、その際に『赤道を越えた、こんな所まで来たのか』と一時的に戦時であることを忘れて感慨にふけったと話してくれました。その時私も父の思い出に溶け込んだ気分になったことを覚えています。赤道なんて見たこともないのに、父と思い出を共有できたつもりになってしまうなんて可笑しな話ですが」 「思うに・・・」そう言ったあと、青木氏は空間に視線を貼り付けるような眼差しとなり、直ぐに視線をリョウに向けた。 「私が思うに、君はお父さんのことが大好きだった・・・ちがうかな?」 「はい、それは東京にきて初めて認識したのですが。朝方夢を見て目を覚ますと、枕が濡れていて、夢の中の登場人物は毎回、父親だったという、そんな夢を何度か見ました。申し訳ないけど、母の夢は殆ど見てません。母には内緒ですが」 「気持ちは分かるが、夢の中身を選ぶことなんて出来やしないんだから・・・それでも気にしてしまう、優しい人だね君は」 照れ隠しに頭をかいて、先を続けた。 「父は、我々には想像することさえできませんが、米海軍の艦船と激しく、何度も撃ち合って・・・一度なんかは大きな弾丸が頭の直ぐそばを飛び越えて駆逐艦の向こうに落ちて行った。 それは戦友たちから聞かされたことで「ああ、そうだったのか」と・・・自分では何が起きたのか全く分からず、失神していたらしく、気が付いたら、火傷したかのように、こめかみの辺りがヒリヒリしていたそうです」 「うーん!」青木氏がのけぞり、腕を組みながら感嘆の声を上げた。 「それは・・・君のお父さんは、相当運の強い人だったんだなあ!」 「はい、父が言うには『わしだけじゃない、生きて帰った者はみんな何かしら幸運に恵まれていて、奇跡的に生き残った者の話を聞いたり、実際にこの目で見たことも一度や二度じゃない』そう言ってましたね」 「うん、そうだろうな・・・私は戦場は未経験だから分からないが、空襲で難を逃れた人たちの話を聞くと、前日に田舎へ疎開していて助かった。そんな話を聞かされたものだったよ」 「やはり、運不運てあるんですね。私の父は駆逐艦を2隻続けて撃沈されたのですが、2回とも助かりました。で、もう乘る艦船が無くなって、南の島にあった航空基地に配属されたそうです。そこでは米軍の戦闘機がやってきて爆弾を落とす。それで空いた滑走路の穴に土を埋めて自軍の航空機が離着陸できるように整備する任務につきました。そこに米軍機が爆弾を投下して行くのですが、その内みんな慣れてきて、米軍機が爆弾を投下した位置から、風向き等を計算すれば、どの辺に落ちると予測出来ていたそうなのです」 「なるほど、命がけだから学びも早かったのだろうね・・・しかし本当に命がけだな・・・そうやって内地の我々を守ってくれていた・・・どれだけ感謝しようと足りはしない」 「ある日、また米軍機の空襲があった時の事、作業中だった父と同じ隊の人達は、直ぐに風の向きを読んで『あっちだ!あのヤシの林の裏に走れ!』と誰かが言い、父を始め全員に異論は無く一斉に走り出しました。けれど何故か父は途中で足がもつれて滑走路上に倒れてしまいました」 マリを入れた全員が前のめりになった!リョウの話す、その先を、多分リョウの父親の身の安否を案じる思いが姿勢に表れたのだろう。 だが、リョウはのどが渇いていた。身近にあったお茶のボトルを取り上げて一口飲む。 青木氏はやや気短になっていたのだろう、思わず膝を片手で叩いた。 「その時父は、『しまった!もう間に合わない!』反射的にそういう結論に達して覚悟を決めたそうで、遠い日本で暮らす歳老いた父親の面影が頭に浮かんで思わず『父さん!』と・・・ けれどその瞬間、一陣の強風が父の背後から吹き抜けていったと・・・もうタイミング的に堕ちていて不思議ない爆弾の破裂音がしない?『不発弾?』そう思った次の瞬間、破裂音と共に大地が揺れた!文字通り生きた心地のしない父でしたが、顔を上げる事が出来た・・・『ん?身体が動く、どこも痛くない』前方には爆煙と炎も少し上がっている・・・『これは一体!?・・・もしかして!』そのもしかしては当たっていました。全員の予測では滑走路に落ちたはずの爆弾は、強風にあおられ、逃げ延びたはずの戦友の皆さんがいたヤシの林に落ちてしまったのです・・・ すみません、もう少しで品川駅に着いて解散することなるというのに、暗い話になっちゃいましたね」 「いや、私がお願いしたことだし、それに無事に戦地から日本に帰って来られた方たちは、少なからず強運に恵まれた方たちだ。そしてその方々が帰国後、懸命に働いてこられたから、こうやって日本は復興できたわけだ。そこを思えば、遠い国で散華された方々には申し訳ないが、この国を、そして家族を守ろうと命をかけて戦ってくださった戦友の為にも、懸命に働いてこられたのじゃないかな君のお父さんも・・・それは亡くなった戦友の皆さんも認めて、いや感謝して下さっていると信じるよ私は」 「ありがとうございます。父に聞かせてあげたかった・・・本当にありがとうございました」 リョウの頬に涙が伝わり落ちてゆく、それは品川駅まで止まることはなかった。39日ぶりです。ご用とお急ぎでない方、ちょっとお寄りになられませんか。
2025.10.29
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小説 「scene clipper」 again 第17話 「ちょっと待ってください・・・あれ?あの後どうなったんだっけか?」 腕を掴み、支える気持ちを送ってくれているマリの手に己の手を重ねて無言の礼を言い、青木氏を振り返り言葉をつなぐ。「先ほどの事、親友に打ち明けた時も今のように・・・何と言いますか、意識が一瞬の間飛ぶという感覚になりました。思うに、あまりに不思議な体験なので、私の未熟な能力では判断が危ういから受け入れがたく、維持するのにも骨が折れるということなのだと思います。あ、あの後ですが、本堂での読経が終わると、全て元通りになりました」「ほう、そうか・・・先ずは君に害がなかったようで一安心」「有難う御座います。・・・ですが、私の動揺と知人のそれとが、著しく重いと見て取れたのでしょう、知人の妹さんが」「二人とも、なんだかボーっとして・・・そんなんじゃ帰り道車の運転、危なくて心配だわ・・・いいわ、私がお坊様に診ていただくようにお願いするから、いらっしゃいな」 「私が訳もわからず、きょとんとしているのを見て、知人が教えてくれました」「あいつ、さっきは取り乱していたけれど、ああ見えて妙に腹の座ったところもあるんだ。お坊様というのは誰あろう、さっきの読経の第一声を調声(ちょうしょう)発音(はっとん)したご本人でね、このあたりでは生き仏のようにあがめられているんだ」「俺たちがそんな人に会わせてもらえるの?」「なんというか・・・あいつはあのお坊様に気に入られてて、『面白いおなごじゃの』とか言っていつでも会ってくれる。だから信者でもないのに今日こうして境内に入り散策まで許可してもらえた、そういう・・・おっと!なんとお連れしたみたいだぞ、あいつ!」 「おお、これは確か、この子の兄さんだったね。・・・ということは、迷える方はあなたかの?」とリョウを認め、自ら歩みよって来た。 リョウの手前、数10センチのところで足を止めてじっとリョウの目を覗く「不安で一杯、じゃな。驚くほど素直だから見やすい」「・・・・・」「その緊張をもたらした原因は、先ほどその目で見た世間に稀な光景じゃろう・・・心配は無用。あなたは狂ってはいない。正常だ。自分の目を信じなされるがよい。ちと多用でな、これで失礼する」「あ、ありがとうございました」するとそのお坊様は振り返られて「いつでも訪ねておいでなさい。話すことがありそうだ。わしは川合兼道(かわいけんどう)という。あなたの名は?」「はい、小林 了と申します」「記憶しました。何時にてもお訪ねあれ」 「そう言うと、静かに緩やかな小川の流れのようにすいすいと歩いて行かれました」 青木氏は腕を組み、さも愉快そうに笑って言った。「うんうん、不思議だが君ならありそうな出会いじゃないか、実に愉快だ」傍らでは、マリも嬉しそうに青木氏を見て頷いている。 いつもお立ち寄りいただき、有難うございます。
2025.09.20
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 16 話ではなくて、今回から勝手ながら前のタイトルに戻します。そして文中でも触れていますが、あまり前後を考えないで書きます。言うならば「ショート・ショート」というあの形式に近くなるかと・・・なので「以前に読んだ気がする」こともあり得ますのでその辺をどうぞお汲み取り下さい。 小説 「scene clipper」 again 第16話 リョウは意を決したように、と言えば多少大げさに聞こえるが、性格的に彼は目上の人、特に尊敬する人物に対して慎重になる傾向がある。 「青木さん、ここから東京まで、あまり時間がありませんし、お考えのようにこれから直接お会いする機会は限られてくると思いますので、順番や内容を検討することを避けて思い出したままに僕の体験したことをお話しさせていただこうかと考えますが如何でしょう」青木氏はリョウの予想通り頷いた。「それで結構です。元々私の方がお願いしたこと。君に任せますよ」「ありがとうございます。口幅ったい言い方で恐縮ですが、私の体験は、普通の方々の一般的な常識では測れない場合を含みますので、その点ご了承ください」「君に普通ではない何かを感じたから、聞かせてもらいたいのです。もしかしたら、途中で口をはさむ事が有るかもしれないが、それ以外に君を迷わせるつもりはない。どうか思いのままに語り聞かせて欲しい」リョウは青木氏の誠意ある申し出に感謝して頭を下げた。 「それではお言葉に甘えて・・・最初に思い出したことから・・・」(いきなりこの話か・・・でもあれこれ考えている時間はない・・・) 「いきなりですが、あるお寺の、あれは新築落慶法要にお邪魔した時のことです。そのころ交流のあった知人に誘われて関東の西のはずれの方にあるお寺さんに出掛けました。法要が始まる前に境内の中とか裏手の庭、これは立派で、庭園と呼べる類いの様相でして、まだ木の香が匂う本堂や鐘楼、一切経堂を拝見して裏庭に回りますと、細長い池がありました。そこには立派な鯉がゆらゆらとゆっくり泳いでいました。少しの間眺めていますと、木版の乾いた音が聞こえてきました。そばに今日この法要に誘ってくれた知人とその妹さんがいましたが、知人曰く「あれは相当に硬い木を長く寝かせて作ったのだろうな。何とも言えない響きがあるね」私も同意して聴いてましたら、今度は本堂内部から鐘の音がしました。余韻は長く続きそう・・・そう感じた次の瞬間にそれは起こったのです。このままだとその内降り出すかもしれないと思うほどの雲が低く垂れ込んでいたのですが、本堂の大屋根の上空を覆う雲にポッカリと孔が空いて尚且つ広がって、多分直径で10メートルほどもあったでしょう、そこから陽光がまるでスポットライトのように本堂の大屋根を照らした・・・あまりの光景に声も出せずにいるところへ、今度は何処からともなく20~30羽の鳩が飛来し本堂の大屋根の陽光が照らしだしたところへ静かに舞い降りてきて停まったではありませんか、ぼくらは驚くというか言葉を失って互いの顔を見合って「何だこれは!」と、彼の妹さんは声も出せずにいるのがわかりました」そこまで一気に話してリョウはつばを飲み込んでしまった。「それは一体・・・」青木さんだけでなく、ケンさんもそして隣で聞いていたマリも信じられない、という顔をしているが無理もない。 「俄かには信じがたいですよね、われわれ当事者でさえ・・・半信半疑、いや殆ど狐に騙されたとしか・・・しかし、更に驚いたのは、あろうことか見渡してみると、その光景に肝を飛ばしているのは我々のみの様子!中に入れなかった、一般の参詣者は我々3名が見るその光景に全く気づいてないらしい。「ご住職のお経声は相変わらず素晴らしいわね」とか「いや、立派に新築成って私らも鼻が高いよ」などと呑気に談笑しているではありませんか!そのことに更に驚愕した私と知人はまたも顔を見合わせて「いったいこれはどうなって・・・」知人は我慢できなくなったのか、周囲の人達に「あんたら、あの光景が見えてないのか?」と詰問し始めたのです。その都度返ってくる返事は「君は一体なにを言ってるんだ?しっかりしなさい」ついに諦めた知人は妹さんの様子がおかしいのに気づいた。「○○美、どうかしたのか?何を言ってる?」すると妹さんの悲鳴のような声が我々二人の耳を打った。「あれは、おにいちゃん、映画の撮影かなにかでしょ?そうよね」「○○美、なにを言ってる!お前にも見えているんだろ?」「何が?・・・」私は次第に気持ち悪くなってきました。知人の表情にもそれが伺えたように記憶しています。「おにいちゃん、あれ見て!すごいよ・・・」「ん?何のことだ?」「あれよ、池の鯉。さっきまであちこちで好きに泳いでいたのに今は・・一か所に集まって本堂の方に頭を向けてゆらゆら揺らめきながもじっと大人しくしている・・・不思議ねえ」知人と私は妹さんの言われることが本当だと知って、更に驚いたものでした。他の光景は激しく首を振って否定していながら、鯉のことは見たままに認識している。「もう気味が悪いの一言につきる出来事でしたね」「確かに薄気味悪い話だね・・・ところでその後どうなったんだろう、それらの現象は?」確かに・・・周りの視線もケンさん、マリ、若い衆もみんな同じ気持ちでいるようである。「・・・ちょっと待ってください・・・あれ?あの後どうなったんだ?」マリがリョウの腕を掴んで「しっかり・・・して」とつぶやいた。長い間、ご無沙汰しておりました。久々の更新、お時間あればお読みいただけると幸いです。
2025.09.01
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今日明日には書けそうな気がしてきました・・・。
2025.09.01
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皆さんご存知のことと思いますが、ただのデブさんが、お亡くなりになりました。ショックです。思いがけないほどのショックを受けています。ただのさん、良くというか毎日、このブログを訪れて頂いてました。ご存知のようにわたしのブログは不定期もいいところ。それでもただのさんは、毎日訪問コメント頂き、励みにさせていただいておりました。わたしの返信コメントが苛立って、礼を欠いてしまって後悔した日もありました。それでもあの方は訪れて下さいました。何とも優しく誠実で・・・懐の大きな方でした。なかなかあのような人はいません。寂しいです。悲しいです。これほど大きな喪失感を受けるとは思いもよらないこと・・・。今すぐにでも書き始めてただのさんに喜んで貰いたいのに・・・。時間がかかっても、必ず再開します。ただのさんの優しさに報いる為にも。
2025.08.18
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 15 話皆さん、こんばんは。突然「書け」という言葉が頭に浮かんできました。まるで命令するような意思を感じて・・・では書き始めます。 小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 15 話 そろそろ、全員が食べ終えたようだ。「では、ぼちぼち話を再開したいと思います」「すまん、ケンたちがまだなんだよ。私たちの弁当の空き箱を処分してくれているのでね、もう少し待ってもらえないだろうか」「分かりました・・・噂をすれば、戻ってきましたね。彼らが席に着いたら始めましょうか」「はい、そうしてください」 マリは当然俺の隣りにいて、ケンさんをはじめ若い人達も席に着くとリョウの方を注視している。自分たちの尊敬する長が聴きたがる話をする者だから、それだけだろうか・・・。 「私は二十歳で努めていた仕事を辞めて東京に来たのですが、動機は、夢の中で「東京へ行け」という命令を受けたからです。頭はそれほど狂っているとは思えないのですが、その命令には逆らえない力が込められていまして・・・恐らくは、我が家の初代「小林又右衛門」ではないかと・・・確証はありません。直感でした。上京してみて少しづつ確信に変わっていくのですが・・・何しろ高一の時以来の上京でしたが、今度は何かが違っていました。何だか懐かしいのですよ。たった二度目の事なのに、すごく懐かしい。私だけじゃなく、似たような経験をお持ちの方がいらっしゃると思うのですが?」 「うん、それは私にもある。例えば戦後九州を訪れた際に強くそれを感じたのだよ」俺はうなづいた。(青木さんは叔父との出会いの時を、思い出されているのだろう) 「それからの事をお話しする前に、触れておこうと思うのですが、私の所は本家と二軒の分家が「小林」の名前を京都のある方から頂きました。あと数軒あった分家は元の名前を名乗っています。我々3軒に名前を下さったのはある公家の血を引いたお方で、その方がある時、五代将軍徳川綱吉公に招待されまして江戸城に参りました。その時私どもの初代がそのお方の警護役として京都から江戸城までの往き帰り、片時もそばを離れることなく主人を守り通しました。因みに初代は大地主の長男でしたが剣術が好きで代を次男に譲り大阪で剣術道場に通い、免許皆伝の腕前だったとか、それで雇われたのでしょう。マリが差し出したペットボトルのお茶を一口飲んで話を続ける。「これは私も以前は知らなかったのですが、綱吉公は生類憐みの令だけでなく、儒学も奨励していて、ご自分で大名や公家などを集めて講義のようなこともされていたとか、それでうちの初代がお仕えしていた公家さんにもお声がかかったのだろうということでした」「それでは、君のご先祖は歴史上の人物をその目で見たわけだ。私の先祖は徳川譜代の旗本だったから、何かしら縁を感じるねぇ」リョウは嬉し気に頷いた。自分でも何かしらの縁を青木氏に感じていたからだ。いつも有難うございます。今日はここまでです。また書きますね。
2025.07.15
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前略、暑中お見舞い申し上げます。毎日、暑いですねぇ。皆さま、如何お過ごしでしょうか。ただでさえ滞りがちなわたくし目の小説ですが、この暑さでは尚更なのでございます。久しぶりの夏休みということで・・・。今しばらくの遅滞が濃厚でございます。
2025.07.07
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 14 話用を終えて先ず青木氏が、続いてリョウが戻ってきた。「さて、では続けますね」「うむ、お願いする」 周りを、特にマリを見ると彼女も楽しみにしてくれていたのか、リョウが口を開くのを待ち構えている様子だ。「今度の歴史上の人物は、江戸時代末期とグッと近代になりますがネームバリューは引けを取りません。勝海舟と坂本龍馬が主体となるのですから。幕末の日本の国事における課題を議論することを朝廷より認められた「参預会議」なるものが設けられましたが、そこへ長崎にいたフランス軍艦が下関を砲撃するらしいという情報が入り、徳川慶喜公がこれを阻止するために勝海舟を差し向けた。勝海舟と坂本龍馬とその一行は幕府の軍艦長崎丸にて神戸操練所を出港、翌日、豊後の佐賀関に着きました」「豊後とは今の大分県だね」「はい、私たちは今朝がたまで当時の豊後の国にいました」そこで青木氏が大きく頷いた。「陸路なら14~15日を要すのに翌日に着いたことを一行は驚き海路の認識を新たにしたのですが、そこで彼らは私の故郷に形ある足跡を残すことになりました」「形ある?」そう言うと青木氏は身を乗り出した。 「はい、私の故郷で船を降りたのはその後を、陸路でということですが、あの当時は未だ、ちゃんとした宿の無い漁村でしたからあるお寺に草鞋を脱いだわけです。そして、お寺を辞する際にお礼にとお布施を施した。そのお寺では・・・もうその頃には勝海舟、坂本龍馬の名は全国に流布していたのでしょうか? ま、とにかくお寺さんは記念にとそのお布施で法衣(僧侶が身に纏うもの)を新調した。それは代々お寺の宝物となり・・・なりますよね」「そりゃそうだろう!日本の大転換期に多大な貢献を成し遂げた、偉人のお二方なのだよ。それは立派な宝物ですよ・・・ん?まさか君は・・・」「はい、拝見させていただきました。テレビでも取り上げられたことがあるくらい有名な話です、これは」「うーん、歴史好きな私には、垂涎ものの物事を君はいくつも見聞きしているんだねえ」 軽くため息をついた青木氏は座席の背面に上体をあずけると、首を回し窓の外を見ながら、「ここはどの辺だろう?」と言い、ケンさんが「もうすぐ岡山です」「もう、そんなに進んだのか?休憩してる時間はありそうかな?リョウ君」「もうそろそろお昼ですから、腹ごしらえはしておきたいですね。なあに、私の話はあと一つ二つで終わりますから大丈夫、間に合うと思いますよ」「そうか・・なら、弁当にするか・・・ケン」「はい、只今」「私たちのも今用意しますから」そう言ってマリは立ち上がった。何時も応援、ありがとうございます。
2025.06.02
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 13 話「会長から仰って頂いたので、確認させて頂きます。さきほど、なるべく早いうちにと申しましたが、仕事を優先させて頂きますね」「勿論です、すべて君に任せます」ケンさんのリョウを見る目がいつもと違う光を帯びているあれは、嫉妬のようなもの?何しろケンさんは青木氏を親のように思っているから・・。 「それでは、次を紹介させていただきます。これはぐっと若い年代になりますが、私の町には平家の末裔が住む地域があります」これに、再び青木氏が身を乗り出した。「君の話は・・・何とも私が興味を持つ事ばかりだが、大分県に平家の末裔がいたという、その手の話は聞いたことが無い。根拠を知りたい・・・すまない、話を途中で遮ってしまったね。どうか続けてください」「はい、青木さんもご存じの通り、あの壇ノ浦の戦いで破れた平家の末裔の人達です。実は私も中学生の頃はまだ知らなかったのです。思うにやはり皆さん質素に暮らしておられたから町の人達もそっとしていたのでしょう。あの方々に限らず、私の町には瀬戸内海の海賊が時の勢力者によって解散の憂き目にあい、瀬戸内海内外の場所に散らばって密かに住み暮らしていてその人たちが漁師となって住み着いたとされていますが、彼らの事も決して外部に漏らさず・・・。なのに今私がその事に触れるのは、今ではもうあの地域に溶け込んでしまっていて詮索の方法もないといいますか、元々誰も噂にさえしてこなかった。そういう性分と言いますか、私の町の者は、自分たちの町の気風や決まりを守り、溶け込み、穏やかに暮らしていれば、疎外しないという、そういう優しさを持っていたようです」 「そうだろうね。それだからこそ平家の人達も腰を落ち着ける気になられたのだろう・・・」「はい、それでもあの人たち・・・後に僕と親しくなった彼もその地域で生まれ育ったのですが、海賊の残党の人達は土地の者と同じ平地で暮らしましたが、平家の人達はちょっと高い山の上で暮らしてましたね。多分その容姿が我々と違っていて目立つことを危惧したのでしょうけれど」「容姿が違うとは?」「はい、彼らは一様に色白で面長、一重瞼でおまけに眉が薄いのです。私を見ればお分かりのように、九州の人は色黒ではっきりした顔立ちが特徴的ですから、かれらはどうしても目立ちます。今はもうそのくらいのことで偏見を持つ人は、私の町でなくともどこにもいないでしょうけれど、あの時代、あの容姿で歩いていれば、源氏の流れを汲む者にとっては放っておけない存在でしたでしょうから・・・しかし、遺伝子というんですか、何百年も九州で暮らしていても、お公家さんのような容姿が変わらないというのは、原因は大体予想できますが・・・。初めて彼の家に招待されて、ご家族やお隣さんとお会いした時には、失礼とは思いながらまじまじと顔の違いに見入ってしまいましたね・・・」青木氏のみならず、マリまで横に座っていて俺の顔を見ながら話しに聞き入っている。青木氏は一瞬言いよどんだ様子を見せたが、口を開いた。「それは、恐らくは長い間、一族以外の人と婚姻関係を結ばなかったからかも知れないね」「そうなのでしょうね。しかし、あの容姿の人達の中にいると、何かこう・・・時代を間違えているような、というか・・・まるで大河ドラマの中に身を置いたような、そんな風に錯覚したのを覚えています」「ははは、大河ドラマは良かったなあ、でも私も歴史に興味あるから、ちょっと体験してみたかったね、うん・・・」 「歴史に興味のある人ならそう思うかも知れませんね。まだ他にも歴史上の人物の話がありますが、失礼してお手洗いに行ってきますね」「なんだ、君もか?私も行くよ」読んでいただき有難う御座います。
2025.05.10
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これは渋谷区笹塚にあった「福寿」先日上京した折に、友達と思い出話に花を咲かせた、懐かしい中華そば屋さんです。今は、もう存在しませんが、大将の人柄の良さと透き通った鶏がらスープの美味しい中華そば♪が気に入って足繫く通っていました。追記 中野区出身の友達から情報がありました。「福寿」には、あの渡辺謙さん、タモリさんも来店されていたそうです。♪私は残念ながら一度もお見掛けしていません。小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 12 話つい先程まで、どんなふうに話を始めようか?考えていた・・・良く思われたい気持ちが心の中を占めようとしていた。悪い癖だ。よし、知っていること、それが真実かどうかはさておいて、知っていることをありのままに伝えれば、それでいいのだから。それより、目の前でじっと待ってくれている青木氏をこれ以上待たせてはいけない。 「はい、それではお話をさせて頂きます。実は、私が生まれたあの町には恐ろしく古い歴史を持つ神社がありまして。なんと創建は紀元前667年なんです・・・」「君、それは!それが本当ならば日本の始まりである皇紀よりも古いことになるぞ!」「はい、ご存知のように、日本の歴史は神武天皇が即位された年で、西暦では紀元前660年ですから、かの神社の創建は皇紀より7年も古い、そういう事になります。神社の制札に記された縁起によれば、紀元前667年に即位前の神武天皇が海路豊予海峡に差し掛かったおり、急に船が動かなくなり難儀していたところ、地元の海女姉妹が海底深く潜り、海を治める大蛸が持っていた神剣を取り上げたところ、海が静まり。海女姉妹は剣を神武天皇に捧げた。その剣を神武天皇が御神体として祓戸(はらへど)の神を奉り、建国を請願した。とされています」「・・・何とも、それは・・・是非ともその神社を訪れてみたい。何時とは言わないが、リョウくん、また案内を頼みたい・・・君の都合のつく時で構わないから・・・そんなことなら今回・・・実に惜しい事をした」(会長はそれほど歴史に強い関心をもたれていたのか・・・。俺こそ知ってさえいたなら・・・)「分かりました。いずれなるべく早いうちに実現させましょうか」「どうか私の我儘を許して欲しい」そう言って青木氏は深々と頭を下げたのだった。 いつも有難うございます。
2025.04.29
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皆さんこんばんは。突然ですが、東京に行ってきました。今、ブログの中で東京で知り合った人たち、その中で、青木氏のこと、ケンさんのこと、などについてお話を展開していますが、その方々とは違う意味でそれはそれは、一言で言い表せないほどお世話になった方々、それはご一家ですが、再会の願いも果たせないまま、その おじさん、おばさんが相次いでお亡くなりになりました。何ともなんとも、悲しくて、でも、いろんな障害があって葬式に参列できずにいました。まるで砂を嚙むような思いとはあの日々の私の無念さ、あのことでしょう。来る日も来る日も、心に雲がかかっているようでやり切れない思いの毎日でしたが、ついに!やっと念願だったお仏壇と遺影に手を合わせること事が叶う、その日がやって来たのです!皆さんにお知らせもせず、申し訳ないことでしたが、全ての障害が取り払われたと知った私ははやる気持ちを抑えきれず、懐かしい東京へ向けて旅立ちました。懐かしいお二人の遺影に手を合わせると、あの頃のことが走馬灯のように蘇ります。夢と仕事に全力で走っていた私は、帰省もままならずにいた。それをお二人は不憫に思っていてくれた。そう思わずにはいられない日々でした。頻繫に食事に招待して下さり、特におじさんは忙しい中、一流の腕をふるってご馳走を食べさせて下さいました。なにしろおじさんは、あの上皇上皇后陛下のご成婚のみぎりに料理人の一人として腕を振るわれたほどの一流の料理人です。作って下さった料理の美味い事と言ったらとても口に出して言い表せないほどの美味しい料理でございました。その御子息である御兄弟に歓迎されました。あれほど喜んでもらえるとは思いもせず、熱いものがこみ上げてきて、どうにも人前に出れないようにくしゃくしゃの顔をさらけ出す始末・・・。懐かしい東京、懐かしい人たちとの温かい交流の数々を思い出し、語り合う私と記念に写真を撮ろうと何度も言い、その度に忘れて昔話に夢中となり、とうとう一枚の写真も撮れないまま・・・。それでも時間は容赦なく過ぎてゆきました。帰りは長男のS君が、バス停まで送ってくれて、自分が濡れるのに構わず私に自分の傘を差し掛けるのです。断っても断っても・・・「そんなに優しくしてくれると帰りたくなくなるじゃない!」そう言っても聞きません。優しいけれど意地の強いところはおじさんに似てる・・・。弟のH君は池袋の街中で人目も憚らず、ハグしてくれた。「会いたかったよー」と感極まった声でね、こっちも抑えていた感情が解き放たれてしまう。なんて温かい人たち!!ご両親と同じ血が流れていることを強く感じた。「来てくれてありがとう」と何度も言ってくれたけれど、それは俺のセリフ。あんなに歓迎してくれて・・・ありがとう、本当にありがとうございました!!!また会いにゆくよそれまで元気にしててねー!
2025.04.17
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 11 話青木氏との話を進める上で、皆さんのお耳に入れておきたいことがあります。皆さんは「神通力」という言葉を耳にした事がありますか?少しだけお話しましょう。 「神通力」(時間の部)1秒を広げて、無限に広げて、その中を出入りできたなら、過去と未来を繋げて時の輪を作り、自在に往来する。未来を知ろうとする知恵の光は時計回りに進み、過去を知ろうとする知恵の光は反時計回りに進む。時計回りに進む光の意思を「先導智」(せんどうち)と言い、反時計回りに進む光の意思を「過導智」(かどうち)と言う。これらの意思を自在に使える力は「神通力」の一つと言える。 「過去」に関して、人は行く事は叶わなくとも、歴史的事実を書物で識り、今に残る建造物や旧跡を訪ねて「ここであんな事があったのか!」と往時の出来事に思いをはせて登場人物たちを偲ぶことさえ可能ですね。その魅力は、往時の出来事を変えることが出来ないからだと思うのです。勿論、新しい資料が発見されて多少の変化が生じることもあり得るが、そのことで過去を知りたいという欲求が損なわれることはなく、むしろ反対に「だから歴史は面白い」となるのでは? それに対して「未来」はどうでしょうか?「過去」と違い、遺跡も書物も当然、存在しません。そうなると、先を想像することになる。まことに人という生き物は、なんと「知りたがり」なのでしょう。ここまでの話の最中に、皆さんの頭には既に「SF物の小説や映画」が登場している事でしょうね。そして、ここで絶対に欠かせない「現在」が浮上してきますよ、うん、それはもう絶対に外せない。我々が生きている「今」だから?それは勿論そうなんですが、「現在」は「過去」と「未来」の「出発点」であると同時に「回帰点」でもあるからでしょう。 面白いですねえ、「過去」も「未来」も両方とも行ってみたい。けれど帰って来れないと不安? 否、「現在」がないと「過去」にも「未来」にも行けないだけでなく、帰って来れないと「困る」わけですね。人間の「知りたい欲求」が詰め込まれたSF物の映画、ウケるはずですね。 それでは、次回は青木氏の「さて、君の故郷はどんな街なのかな?先ずそれを聞かせてくれるかい」に応える僕の話から始めることにします。いつも有難うございます。
2025.03.28
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 10 話翌日の朝、この日の朝食は賑やかだった。母と長兄夫妻、それに俺とマリの5人だ。兄は平日なのに有給休暇を取ってくれた。「また暫く会えないからな」そう言ってくれた。いつもながら優しい兄である。いつもなら雄弁過ぎるほどの母は黙っている。(勘弁してくれよお袋・・・無言なのがプレッシャーかけてるから・・・) やがて「時間だから、そろそろ行くよ」そう言って立ち上がりマリを促して玄関に向かう重い腰をあげて母がついてくる。いつもこの空気に耐えるのが辛い・・帰郷に二の足を踏む理由なんだと思う。今回は叔父貴の墓参と青木氏の事もあって、地元の友人たちにも知らせていない。そして、母に「行ってくる、元気でね」と言う時だけは精一杯の笑みを浮かべてみせる。母は頷くことしかできないでいる。(勘弁してくれよ、お袋・・・) そばからマリがサングラスを渡してくれた。この時の為に頼んでおいたものだ。「ありがとう・・・」そこからは振り返ることなく歩いた。バスと在来線を乗り継いで鹿児島本線に乗り換える駅に着いた。久しぶりだ。待っていた青木氏、ケンさんの一行と合流して小倉駅に到着。ここから新幹線に乗り換えるわけだ。 合流して真っ先に青木氏に挨拶すると「どうでしたか?お母さんはお元気にしておられた?」「はい、すこぶる元気でして、知り合いの漁師さんに電話して新鮮な刺身をたらふく食べさせてくれました」「そうか、それは何より。親というのは子供が元気でもりもり食べる姿に喜びを感じるようだからね・・・親孝行したことだと思いますよ」「そうだと良いのですが」「そうさ、そうに決まっているよ」 「この車両だね・・じゃあケン、堀田にリョウさんを案内させてあげなさい」「はい、かしこまりました」そうして乗り込んだのはグリーン車!「ケンさん、グリーン車って・・・」「うん、会長がね『自分が頼んで連れてきてもらったから当然だよ』って言われて、ここは素直に応じてくれないか?」「そう・・・か」会長に追いつくと「会・・あ、青木さん、グリーン車を用意して頂いて有難う御座います」「なに、こちらから頼んで墓参させてもらったんだ、このくらい当たり前だよ。それより君さえよければ道中話を聞かせてください。それとマリさん、申し訳ない、東京に戻るとそうそう話をしている機会もなくなるからね。私の勝手を許してくださるかな」「はい、どうぞご遠慮なく、主人も・・あ、あの、この人も会長さんとお話するのを楽しみにしているみたいですから、それより私がこんな直ぐ隣で宜しいんでしょうか?」「はっはっはっ、さっき主人と呼ばれたじゃないですか。奥様が隣に座るのはごく自然なこと、なにも遠慮なさることはない」「そう仰って頂いたなら、お言葉に甘えさせてもらいます」「はい、どうぞどうぞ・・・もしかしたら貴女がまだご存じないこともあるかも知れませんよ」青木氏は、マリの緊張を解きほぐしてやろうという配慮を示してくれた後、リョウに目を向けた。「さて、君の故郷はどんな街なのかな?先ずそれを聞かせてくれるかい」(およそ、人格が形成されていくのは、過去からの遺伝子だけではなくこの世での経験、そして生まれついた環境、それは最も身近な『縁』と言えるだろう。それらが絡み合って人格が形成されていく・・・そのことをこの人は良く分かっているようだな・・・)いつも有難うございます。
2025.03.08
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 9 話いろんな気持ちが落ち着いて、リョウは右脇を見る。そこには、いつものようにマリが身体を埋め顎をリョウの肩の付け根の上に乗せている。トロンとした目もいつも通り。(三毛猫のミーみたいだな・・・)もう一度、今度は声に出してみる。「三毛猫のミ―みたいだな」 「う、うん?なんか言った?」「ああ、お前がそうやってるのを見ると、昔なじみの三毛猫のミーによく似てる。そう言ったんだ」「え、リョウさんとこ、猫飼ってたの?」「いやいや、自分ちの飼い猫なら『昔なじみ』なんて言わないだろ」「・・それもそうか・・・」「むかし、俺んちの裏手に住んでた杉田さんのとこの飼い猫で三毛猫のミーっていうカワイイけど気の強い猫がいてね・・・そう言えば、気の強いとこもマリに似てたわけだ」「んふ、ツンデレフェチなの、昔っからってわけなんだ」「・・・・・・・・」「はい、続けて・・・」「お、おう・・ミーは他所の飼い猫なのに、冬になると時々俺の部屋にやってきて、布団の中に入って、丁度今のお前さんのように俺の脇の付け根っていうか肩の上に顎を乗せて寝てたんだ」 まじまじとリョウを見つめてマリは言った。「不思議だよねリョウさんって、人だけじゃなく犬や猫にも好かれるんだ。どうしてだろう?」「昨日言ったろう、神社の池に泳ぐ鯉を見て『魚心あれば水心』って、あれだよきっと」「・・・っとそれどんな意味なの?」「なんだよ、意味が分からないから返事しなかったのかよ。俺はまた何か考え事してんのか、そう思って追及しなかったのによ」「ごめん、どうしたんだろ?あの時は、何だか聞くタイミングを失っちゃったみたいになって・・・ごめん教えて」「おう、『魚心あれば水心』ってのは、何でも本来は『魚、心あれば、水、心あり』って言ってて、(魚が水に親しむ心があれば、水もそれに応じる心がある)というふうに、こちらが好意を示せば、相手も自然と好意を持つ。そういう事らしいぞ」マリは普通に目を見張った。「すごい!リョウさん、どこでそんな事を覚えたの?」「うん、高校の時の現国の先生が話題の豊富な人でね、授業中眠くならなかった・・・からかな?」「うーーん、・・・」マリは思わず布団の上で起き上がり、腕を組んでいた。「おい、マリちゃん、お前その恰好、どうかと思うぞ」と指をさすリョウ。「キャッ!」と慌てて布団に潜り込む。「何がキャッ!だよ・・・ほら、そろそろ寝るぞ」「火を付けたのは何処の誰!?」「おやすみ・・・」 更新遅れのブログにようこそおいで下さいました。ありがとうございます。
2025.02.25
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 8 話「何すか、罰当たりって」リョウはやや鋭く目を光らせながら声の主を凝視して言った。(久しぶりに見せたわね、私でも緊張してしまうオーラを放って・・・)「何って、君はさっきこの人に・・・あれ!?君はもしかして山本君じゃ・・・」「そういうあんたは、神山先輩っすね」「ああ、久しぶり・・・帰っていたのかい?」「そんなことより、何すか罰当たりって?」「あ、いや、君だとは思わなくて、つい・・・」「俺だと知ってたら言わなかったってわけ?」「あ、いや、余計な事言ったって今反省してる・・・」(あ、オーラ消した・・・まあ、この人相手にオーラ放っててもねえ・・・そんな相手じゃないってあたしでも分かるし) 「じゃあ、先輩、俺行きますよ。お元気で」「ああ、君も元気で!じゃあ、これで失礼するよ」それには返事も無しで振り向き、背中を見せたまま神山に手を振り、マリに声を掛ける。 「マリ、お待たせ、行こうや」すぐにリョウの横に並び、くっついてから小声でささやくマリ。「あんたがビビらせるほどの人じゃないでしょうに」「いやいや、ああゆう手合いは、たまにビビらせてやらないと、勝手に自分を過大評価しちまうから・・・いわば予防接種ってとこかな」「ふふ、じゃあ免疫が残っているうちにまた帰ってきてあげないと」「それも、面倒な話だな・・・」 そうこうしてるうちに、山本の家が二人の視界に入って来た。兄夫婦にもマリを引き合わせ、お袋さんの手料理に舌鼓を打ったあと、二人で風呂に入るよう促されると、マリは「あたし、きょうはお母さんの背中を流させてもらうわ」「・・・マリ、ありがとう、優しくしてくれて。そのお礼に今夜は優しくしてやっからな」「ば、ばか言って、お兄さんたちがいるんでしょ?」「兄貴たちは3階の部屋で寝るってよ。だから大丈夫だって」「そんなこと言っても・・・」「だから、お前が声を出さなきゃいいんだよ」「・・・・・・」マリは両手で頬を挟み下を向いた。で、直ぐに上目使いにリョウを睨みつけた。いつも有難うございます。
2025.02.08
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 7 話「さてと、鳥居をくぐるよ」リョウはそう言って立ち止まった。「わたしを試しているのね。見てらっしゃい」マリはリョウを横目で軽くひとにらみすると鳥居の前で立ち止まり一礼して参道へ一歩足を踏み出した。真ん中を避けて端を・・・「マリ、分かってるねえ、感心感心」「ちゃんと作法どおりでしょ」「ああ、ちゃんとしてる。ところで、この神社は古いって言ったよな。だからなのか、ここに祀られている御祭神は『神話』に登場する神々だって聞いたことがある」「それはこの看板?ここに書いてあるんでしょ」「それはね『制札』(せいさつ)って言うんだよ。どれどれ、昔見たことあるんだけど・・あった。まず名前は、早吸日女神社(はやすいひめじんじゃ)な。主祭神は、八十枉津日神(やそまがつひのかみ)、大直日神(おおなほびのかみ)、住吉三神(底筒男神(そこつつおのかみ)、中筒男神(なかつつおのかみ)、表筒男神(うはつつのおのかみ)、大地海原諸神(おほとこうなはらもろもろのかみ)をお祀り申し上げている。 うん?住吉三神とあるが、名前は四つ?良くは分からんが、なんせ紀元前667年創建だから由緒あるんだろうな」「確かに由緒ありそうね。ところで作法の事だけど、我が家ではね、おじいちゃんの家は大昔から仏教一筋だったんだけど、曾祖父が、ある神社のお嬢様を見初めてお嫁さんに来てもらってからは神社の方も大事にするようになったの。だから私の作法は一応正しいはず」 「えー!・・・」「どうしたのよ、素っ頓狂な声出して!」「だってよ、あまりにも似てるからさあ、俺んちと」「どういうふうに?」「だから、俺んところも約800年前、近隣の砂浜に一遍上人ご一行が上陸、村の人達とこれを歓迎した時から念仏を称えるようになったんだけど、ちょっと一息入れさせてくれ・・・」 マリの話には流石に驚いて、手水舎で手を清めてから飲料用の湧き水を飲んで息を整えた。「それ以来ずっと仏教一筋だった。(こでマリを見た。マリも驚いたように目を見張り、頷いた )けど、俺んとこも、そっちと同じように俺の母方の曾祖父にあたる爺さんが、ある神社の娘と恋に落ちて嫁にもらったっていう、それを知って以前俺、確かめたんだけど、その神社の若い宮司さん、俺よか若干年上だったが『ああ、宮〇さんの御親戚の方ですね。祖父から聞いていました。当時としては非常に珍しいことでしたでしょうから、かなり長い間、噂になっていたようですね』だと・・・」「えー!ちょっと、これって激レアな話じゃない?」「ああ、間違いないな」すると、俺を振り返ったマリが、何だか嬉しそうにしてて・・・「あたしたち、やっぱり縁があったってことじゃない?」「・・・・・さて作法通りお参りしようか」「あれ、無視なの・・・」「いやいや、俺だってそう感じてたさ」「ふん、怪しいもんだわ」「まあ、そう言うなよ」と、リョウがマリの肩に手を置き異常接近を試みようとした、その時!せきばらいする声が人気のない境内に響いた。声のした方を見ると、知った顔だ!急いでお参りを済ませて帰ろうとした、またもその時!「この罰当たり者が・・・」やっぱり、あの先輩の声だった。いつも有難うございます。
2025.01.21
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今日から、時々カテゴリーをメルヘンに入れ替えてみます。第1話は、アオサギくん です。(^^♪アオサギくん僕の住む町に、小さな池がある。どこかへ出かけた帰り道、ちょっと遠回りになるけどその池を半周して帰るその道を車で帰る。今日も池の周りに差し掛かるとスピードをグッと落とす。 (あ、いた!)車を止めて窓を開けると話しかける。「おおい、アオサギくん。久しぶりだねー」「あ、おじさん。久しぶりですね」「そうだよねえ、元気にしてた?」「はい、元気でしたよ」「ふーん、元気にしてたのに随分と久しぶりじゃないか、何処か遠くに行ってたのかい?」「いいえ、あの山の中のいつもの所にいましたよ」「えー、なら何で姿を見せてくれなかったんだい、最近はカラスくんや鴨くんたちばかりでアオサギくんの姿が見えなかったから心配してたんだよ」「おじさん心配していてくれたんですかあ、嬉しいです。実は僕、ジャンケンに負けっぱなしだったんです」「ジャンケン?」「はい、この池は小魚が沢山いるので皆ここに来たがるんです。だから公平にするためにジャンケンで一番勝った者がここに来ることになっているんですが、ここのところ僕は運が悪くてずっと負けてばかりだったんです」「へえ、そうだったのか、それで最近はカラスくんや鴨くんばかりやって来てたんだね」「はい、そうなんです」 アオサギくんは少しだけ恥ずかしそうに羽根の先で頭をかいた。「そうかー、じゃあ今日は沢山小魚を食べてお腹が一杯なんだね」「ところが今日は小魚があまりいなくて・・昨日大雨が降ったせいでしょうか?」「ああ、なるほど。せっかくジャンケンに勝ったっていうのに、残念なことだねえ」「はい、もうお腹が空いて目が回りそうです」「それは可哀そうに・・・じゃあオジサンの家に来てご飯を食べるかい?」「え、本当ですか!」「ああ、でも生の魚は無いから・・・メザシでいいかい?」「はい、ぼくメザシ大好物です!」「そうか・・・でもタダでってのもあれだから、なんか芸を見せてもらおうかその方がアオサギくんも遠慮なく食べれるだろ?」「ええ!ぼくが芸をするんですかー」「いやならいいんだよ、鴨くんなら直ぐに芸を見せてくれるのに」「ええー、あの鴨くんが芸を・・・どんな芸をするんです?」「彼はね・・・えーっと、そうだ彼は人間が酔っぱらったときの歩き方、千鳥足の真似が上手だね」「そ、そうなんですか、意外だなあ」「どうする?やるの、やらないの、どっち」「や、やります。なんでもいいですか?」「いいよ、何でも、僕は親切なおじさんだからね」「・・・・・わかりました。じゃあ『鶴の恩返し』をやります」「え、『鶴の恩返し』!?アオサギくんが?」「だめですか?」「そうじゃなくて、笑えるだろアオサギくんが『鶴の恩返し』だなんて!ああ、苦しい!!」 そう言ってオジサンは腹を抱えて笑い転げました。「車の中で、よくそんなに笑い転げていられますよね・・・」「あ、ごめんごめん、悪気はないんだよ、でも君の発想が、プップフフー!」ただでさえ鋭いアオサギくんの目が怒りに燃えた。 「あ、すまんすまん、じゃあ行こうか」「あ、オジサン待ってください」走り始めた車を追ってアオサギくんは大慌てで池から飛び出た! おじさんの家は直ぐ近くです 「はいはいアオサギくん、入って、遠慮しなくていいから」「はい、じゃあお邪魔します」「うん、いいよ」とオジサンは居間の端に座る「はい、どうぞ見せて見せて」「じゃあ、やります」オジサンの拍手が家中に鳴り響く中アオサギくんの演技が始まった。アオサギくんは、首をうんと細く長く伸ばして見せた。「これが鶴くんの擬態です」「ほう、なかなかじゃないか、それで『恩返し』は?「これからやりますから、良く見ててください」 そう言うとアオサギくんはその場でぴょんと飛んでバク転して奇麗に着地した。アオサギくんは得意げにオジサンを見た。オジサンは精一杯の拍手をしてアオサギくんを褒めたたえた。「いや、見事!・・・まあ、正式に言えば、『鶴の宙返り』だけどな、上手だったから良しとしよう」そう言うとオジサンはメザシを沢山レンチンしてアオサギくんに食べさせてくれたとさ。 おしまい。初のメルヘン、どうでしたか?(^^♪
2025.01.16
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 5 話「俺は、お寺とか神社とかに格式とか関係ないと思ってる・・けど歴史は好きなんだ。ロマンがあるよ・・君はどう?」「・・・今一つピンと来ないけど・・・リョウさんが歴史に感じるロマンってどういう・・・」「良く聴いてくれたねえ・・・未来は変えられるけど過去は変えられない・・・動かせない時間って好きなんだ。これから作っていく未来は輝いていて素敵だけど・・・そうだな・・・今思い出したんだけど、17歳の夏の海だった。夕方になって人がいなくなったからクラスの連中とみんなでね、すっ裸になって泳いでた・・・あの夏の日」「えー!何も身につけずに!!泳いでたの!?」「ああ、あん時は小学校からの仲間たちだけだったからかな、恥ずかしくは無かったなあ・・・そうそう、ある時ね、海岸のすぐ上の道にバス停があるんだけど、黄色い声がして、見上げたら、なんと!停車したバスの中から女の子たちがこっちを見下ろしてキャアキャア騒いでてね、あわてて海ん中に潜って隠れたんだけど・・・」「うひゃー!、それで!」「で、良く考えたら、潜る時って頭からだから、一瞬だけど下半身丸見えになってたのに気付いてさあ・・・あれは参ったなあ」「・・・なんか想像してしまったわー!」「おいおい、勘弁してくれよー」 「あれも変えられたなら、そうするけど、無理だろ・・・過ぎ去った出来事は動かせないからこそ、かえって新鮮に感じるんだと思う」マリが二度ばかり頷いて「わかるような気がする」と言ってくれた。 神社の鳥居の傍まで来て、「ここな、歴史は相当に古いんだ。何しろ皇紀・・・皇紀って知ってる?・・」「勿論、日本人だから」「その皇紀より古い」「え!それほんと!?」「ああ、何しろあの神武天皇が即位されたのが紀元前660年だけど、この神社の創建は紀元前667年。つまり皇紀より7年古い」「ワォ・・・」応援して頂ければ嬉しく思います。(^^♪
2025.01.12
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 5 話「母さん、夕食まで時間あるよね?」「そうだねえ、1時間くらいかな」「それじゃあ、マリにその辺を見せてくるよ」「ああ、行っておいで」 道に出るとすぐ目の前に公園がある。「ここで毎年盆踊りをやる」「へえ、じゃあリョウさんちの二階の部屋なんて特等席じゃない」「ま、それは言えてるな・・ところで滅多に来ることもないだろうから、歴史に興味あるなら一番古い所に行こうか」「いいけど、古いってどのくらい?」リョウの口元に笑みが生じたが、それは(聞いて驚くなよー)という声がリョウの心の中に生じたからだった。「『えー!』って言うくらい」「えー・・ってもう言っちゃったけど、なにそれ?そんなに驚くほどなの?」「実はな、この町にはあの神武天皇の父君誕生の地とされる社があるんだ」「・・・神武天皇って確か一番最初の天皇じゃなかった?」「ほう、良く知ってるじゃないか。その神武天皇が即位された年が皇紀の始まりとされているな」「そんな、だってその神武天皇のお父様が生まれたって言ったよね。だったらどれだけ古いのこの町の歴史って?」「まあ、正式に神社庁が認めているんじゃないと思うんだけど、だってそれならあんな小さな社で収まるはずがないだろうし」 「ほら、話しているうちに見えてきたぞ」リョウが指さす方向に社が見えてきた。 応援いつもありがとうございます。短文ですが、今年の目標は更新の間隔をあまり空けないようにすることにしました。(^^♪
2025.01.04
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謹賀新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
2025.01.01
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 4 話 懐かしい我が家・・・久しぶりだから、チャイムを押してみようと伸びかけた手が途中で止まった。玄関の奥から速足で近づく足音がしたからだ。 カラカラと軽い音がして最近作り直したのだろう、そこだけ新しい引き戸がすべると、母が顔を出した。 「やっぱりお前だ。お帰り!」「まさか、声もかけてないのに俺だとわかったの?」「はあ?母親を何だと思ってる。そんなんだから嫁の来手が無い・・・!」突然俺は強い力で横に退かされた「あんた何処から?」いきなり両手を握られて面食らったマリだが、お袋の強力な磁力には流石に抵抗できず、慌てて靴を脱ぎながら引きずられるように付き従っていく。 「お袋、まだ紹介もしてないだろー、相変わらず磁力の強いことだなあ」 急いで仏間に入ると、やっぱり。ローソクにはすでに火が点いていて線香の準備に取り掛かっていた。 「おふくろ、まだ紹介もしてないのに・・・」「なに?お前の嫁さんになる人だろ、そうでなければわざわざ東京からこんなきれいな人が来るもんかね・・東京でしょ?」「はい、東京でリョウさんのお世話になっています。内藤マリと申します。末永くよろしくお願い申し上げます」「まあ、あなたは顔の作りも丁寧だけど、挨拶も丁寧ねえ。こちらこそリョウをよろしくお願いいたします」お袋はよほどマリのことが気に入ったようで、畳に手をついて頭を下げた。 「あ、お母さまどうか頭をあげて下さい。お願いします!」顔を上げたお袋は嬉しそうに、父の遺影を少しだけマリから見やすい位置にずらしながら「さあ、これがリョウの父親よ、あなたもお線香をあげてくれる?」「はい、お父様、リョウさんのお嫁さんにしていただきます。内藤マリと申します、どうぞよろしくお願い申し上げます」 マリは線香をあげ手を合わせて親父さんに挨拶してくれた。それからのお袋の行動は怒涛の如くだった。何時もの事だが・・・ 先ずはリョウの好物である刺身用のサバとサザエのつぼ焼き用にイキのいいものを手配しているようだ。「東京からお客さんが来てるんだよ!あんたの所に無かったら、漁協に行って用意して来てよ!いい?頼んだよ」知り合いの漁師さんに急なお願いをしているようだ。「お袋、そんな急かしちゃ申し訳ないよ」「いいんだよ、こんなちっちゃい頃からの知り合いなんだから。困った時はお互い様が田舎のいいとこさね。それに今日だけじゃないこの間もお前の従兄妹の、ほれ、てっちゃん。あの子が突然遊びに来てくれた時だってさっきの漁師の・・・竹ちゃん、あの人に頼んで用意してもらったんだから!」『このリズムに乗っかったお袋は誰にも止められない』隣で『気を使わせちゃって申し訳ない』雰囲気を漂わせていたマリに小声でそう伝えた。『そうなんだ・・なんか悪いね、お手数お掛けしちゃって』『いやいや、遠慮すると機嫌損ねちゃうから気にしないでいい』『わかった・・』 そこへ「マリさん、お米研いでおくから手伝ってくれるかい?」「はい、」とマリは勢い良く立ち上がった。いつも応援ありがとうございます。
2024.12.13
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 3 話「ここです、どうぞ」流石にケンは焦りを隠せなかったようで「どうぞって、・・リョウさん、ここって駄菓子屋じゃないのか?・・・」「そう思うよね、誰でも。だから地元でも穴場なんだよ。まあ、ついて来て。会長、先導させて頂きます」「ああ、任せる。いやお願いする」 「いらっしゃい」奥からこの店の主であるおばあちゃんの声がした。(まだご健在だ・・・いったい幾つなんだろう) 番台兼この駄菓子屋のレジで人数分の入浴料とタオル、石鹼、シャンプーを買い求めて秘湯の入り口へ「このドアを開けて行きます。ついて来て下さい」リョウが示したのはごく普通のアルミのドアで、人ひとりなら通れるほどのサイズの曇りガラスで、向こうは見えなく「入り口」としか書かれてないので、会長以下みな半信半疑の面持ちである。 リョウが先頭に立ってドアを開けて入っていく。熱気があふれて温泉独特の匂いがその存在を確かにしてはいるが、湯気で曇ることはない。それは窓という窓が開け放たれているからだろう。半ば露天風呂の雰囲気である。 「ここで服を脱いで廊下を横切って中に入ります。先ずは私が先に浴槽入って秘密の源泉であることを証明してお見せしましょう」リョウが素早く裸になると、会長が目を見張る。「ほう、鍛えてあるな、ケンが敵わなかったのも頷ける」「私も彼の身体を見るのは初めてですが、なるほどと思いました」「ははは、場所が海水浴場であれば手向かわなかったか?」「あの場合そうもいきませんでしたが、気を引き締めたであろうことは間違いないです」 「皆さん、どうぞこちらへ。幸い今は混んでませんから入りやすいですよ」 「いいですか、見ててください。今でも源泉の湧いているのが少しは見て取れますが、こうすると」リョウは湯舟の底にみえる厚い板のすき間につま先を器用に差し込み、少しずつ両側に寄せていく。やがて大きく空いた隙間に彼は身を沈めた!一同「あっ」と声を漏らしたが、リョウの身体は首の辺りから上は沈むことなく笑いながら、「今、私は立ち泳ぎをしてます。そうしないと源泉に飲み込まれてしまいますからね。」そう言って器用に脚でお湯をかき分けながら、両手で身体の傾きをコントロールしている。青木氏をはじめ、皆目を大きく見張って初めて見る底の見えない温泉と、そこで立ち泳ぐリョウの姿に正しく「秘湯中の秘湯」を目の当たりにして驚嘆し、無言となっている。そんな中でも流石に会長は肝が据わっている。ただ一人口を開いたのである。 「何ともこれは驚いた!」 「それでは会長、ごゆっくりお楽しみください。私もマリを母に引き合わせてゆっくりさせていただきます。明日の待ち合わせ時間はのちほどケンさんと打ち合わせるということでよろしいでしょうか」「うん、そうして下さい。それにしてもこれは本当に秘湯というか、なんと豪快なんだろうねえ。これはこれから当分私の語り草になるよ、ありがとう」「いえ、喜んで頂いて私も嬉しいです」「リョウさん、俺からも礼を言わせてもらうよ、ありがとう」ケンも嬉しそうに礼を言ってくれたので、案内したリョウも大満足である。 「いや、そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあこれであとはまた連絡します」「うん」「会長、今日はこれで失礼いたします」「ああ、気を付けて行ってらっしゃい」 応援頂きありがとうございます。
2024.11.18
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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 2 話叔父の墓参を済ませた後、駐車場までの道を歩きながら青木氏から提案があった。「リョウ君、どうだろう、これから東京に戻るとなかなか会う機会も無くなるだろう、お互いに住む世界が違うからね、残念だが。しかし、私は君に興味があるんだ。君は普段、ちゃんと礼儀をわきまえた人であり、好人物だが、修羅場を乗り越えてきた。いや否定しても私には分かる。生い立ちに普通ではない何かを感じるのだよ、君自身それは分かっているはずだ。そこでここからの帰路、君について聞いてみたい。東京まででいい、同行してもらえないかな」 『どうしたものか・・・マリを母親に会わせる予定は覆せない。久しぶりだし、それじゃあと言って立ち話のように簡単に済ますというわけにもいかない。・・💡 』 「青木さん、実はこの後、マリを母に会わせる事にしようと思ってまして。出来ましたら、もう一泊時間を頂けないでしょうか。『底なし温泉』は見つけられなかったと伺いました。そこへ私が直接ご案内致します。何しろ地元の人でも知らない人がいるほどの秘湯ですから」「ほう、そんなに珍しいものなのかね」「はい、ご自分の目で確かめなければ、信じ難いほどだと思います。何しろ湧き出している源泉が湯加減も良いのですが、底が見えないほど深く手頃な深さに厚い板を渡してあるだけで、檜の分厚い板で枠を作っていなければ入浴できるとはとても思えない代物ですから」 「それは、そんなものがあるならば見ずに帰るわけにはいかなくなったなあ。よし先ずはもう一泊できる宿を探そう。ケン、頼むぞ」「はい、承知いたしました」久しぶりに出番が来たケンは目を輝かせて大きく頷きバッグからガイドブックを取り出した。ページをめくりながらリョウに近づき「本当なの?今言った秘湯の話・・」「あのな、会長さんに俺が噓つくと思うのかい?」「悪い、そうだよな・・・しかし、楽しみだなあ。役目を忘れそうだ・・・今のオフレコな」と片目をつぶった。 霊園から秘湯までは意外なほど近い。リョウも久しぶりなので、感覚に誤差があった。駐車場としている空き地は案外広くて会長専用車でもしっかりはみ出さずに止めることができた。 青木氏が降りてくるのを待って案内する。いつも有難うございます。
2024.11.01
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小説 「scene clipper」 続編 「ゲノムと体験が織りなす記憶」「・・・あの握り飯の美味しかったこと・・・まるで昨日のように覚えております!・・・ありがとうございました!」青木氏は、ほとんど叫ぶようにそう言って叔父の墓前に膝と両手の平をついて深々と頭を下げた。 その行為は感動を与えてくれたが、最も俺を感動の渦に巻き込んでくれたのは、俺の中に潜在していた叔父貴の記憶と青木氏のそれとがほぼ一致しているように感じ取られた時。そしてそれが更に強い喜びと感じられたのは、お互いのゲノムから取り出された必要な情報と叔父との交友で得た記憶とが上手く融合された為ではないだろうか。俺たちの影響を受けてか、マリの長い指が彼女の瞼の下で零れ落ちかけていた涙をすくい取っていた。時の流れなどまるで気にならない、美しい光景が俺とマリの胸を締め付けている。やがて青木氏の肩の震えが収まったことに気づいた。うっとりするほどの清々しい笑みを浮かべて青木氏が俺たちを振り返った。「今ね、田島さんに頭をなでてもらってた・・・『良く来た、良く来た。立派になったなあ』そう言って下さってね・・・いいオヤジがねえ、笑ってください」「笑うなんてとんでもないです!私とマリは感動で胸を締め付けられて動けませんでしたのに・・・」リョウの言葉は彼自身が『強すぎた』と案じるほどで、その語尾は小さく消え入るほどとなった。 「そうか、君も、いや君たちも私と想いを共有してくれたんだね・・・ありがとう」「こちらこそ、ありがとうございます」ありがとうございますの言葉にはマリの声も重ねられた。 「ところで君たちはどうかな、私は念願を果たしたら何だか急にお腹が空いてきたんだが・・・」「そう言えば・・」マリも頷いた。頷き返した青木氏が言った。「そうか、じゃあ腹ごしらえするとしよう」青木氏は墓石を振り返ると「田島さん、それではこれで失礼いたします」そう言って深々と頭を下げた。俺たちも同じように別れを告げた。非常にお久しぶりです。よろしかったらお読みくださいね。
2024.10.18
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小説 「scene clipper」 Life goes on「田島さん、僕も結構な年齢になりました」リョウは少なからず驚いた。青木氏が叔父の墓に話しかけるその言葉遣いは意外だったのである・・・。自身の胸の内を、秘めていたであろう胸の内を、誰かに聞かれることが分かっていながら吐露するとは、あの特別な世界にいる人は、他者に自身の脆さと受け取られかねない振舞いを是としない。そんな風に認識しているリョウにとって、目の前の青木氏の言動は意外に思えた。 それに、50歳を過ぎたご自分の事を「僕」と表すのには何だか好感を抱いた。叔父が目の前に居たなら、そんな風に話しかけるだろう。本当に大切に思う人にならば、その接し方に生死の違いなど無縁である。自身がそういう接し方を大事にしてきたリョウは、叔父に対する青木氏の話し言葉に誠実さを感じて嬉しく思った。 「田島さん、実はあの日、田島さんにお会いしたあの日の朝、僕はもう死のうと思っていたんです。日本が戦争に負けて、何もかもが信じられなくなって、おまけに大切な両親を亡くして・・・それでも、もうちょっと頑張ってみようと、九州まで訪ねてきた親戚の叔父夫婦も空襲で亡くなっていた・・・それで、僕は生きる意欲を無くしていたんです。 そんな時でした・・・田島さんが僕を見つけて下さいました!・・・・・そして、『子供が遠慮なんかするな、子供は食うて寝て大きゅうなるんが務めじゃ、ほれ、早く食え!』 そう仰ってお持ちになっておられた握り飯を下さった。・・・あの握り飯の美味しかったこと・・・まるで昨日のように覚えております!・・・ありがとうございました!」 青木氏は、ほとんど叫ぶようにそう言って叔父の墓前に膝と両手の平をついて深々と頭を下げた。 何時も応援、ありがとうございます。
2024.08.29
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「原爆投下を正当化する理由はない」これは私が若い頃東京で知り合い親しくなった友人が言ってくれた言葉です。彼は日本語をかなり話せたし、ロックが好きで良く通っていたライブハウスで知り合い、たまたまアパートも近くお互いに行き来していました。ある年の夏、しばらく来ないし、ライブハウスにも顔を見せないな、と思っていました。彼の部屋の階下には主にカントリー、ブルースを流すお店があってそこで飲んでたら、コンコンと窓ガラスを叩く音がしてジョンデンバーを思わせるメガネをかけたジョン・〇・マッケナン(仮名)の顔が。指で入って来るように招いたが顔を横に振る。仕方なく大急ぎでビールを飲み干して二階へ行くとドアが開いたまま。上がり込んで話をした。浮かない顔をしていたので訳を聞くと、広島に行って来たと。「アメリカ人は見たら方がいいと思って、だから原爆資料館に行って来た」とそれだけで何だか嬉しかったのだが、しばし沈黙のあと「あれを、原爆投下を正当化する理由はない、してはだめと思った。リョウの家族、原爆犠牲者いない?・・・」と神妙な顔が痛々しいほどだった。「いない」と言うと彼はため息をついた。「でも、日本の人たちにごめんなさいと言います」そう言ってくれた。もっと嬉しくなった。「ジョンちゃん、そう言ってくれただけで、そう言ってくれるだけで多くの日本人が笑顔になると思うよ」そう言うと、彼は大粒の涙を流した。(アメリカにもこういう人がいるんだ)感動したことを今日思い出しました。
2024.08.09
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小説 「scene clipper」 Life goes onクリップされたシーンが繋がってゆくから人生は面白いのかも知れない。だから・・・Life goes on 待ち合わせていた霊園の駐車場に、リンカーンコンチネンタルマークⅢが先に到着していた。マリを連れてゆっくりと近づいていく。青木さんのことは来る途中に話してある。 2メートルほど手前で足を止める後部ドアが開いて先ずはケンが降りてきて会長を守れる位置に立つ。(顔色がとてもいい) 「お待たせ致しました」と軽く頭を下げる「いやいや、おかげで楽しませてもらったよありがとう」「それは何よりです。青木さん突然ですが紹介させてください」斜め後ろを振り返りマリの肩に軽く手を添えて言った。「私の婚約者の内藤まりです」リョウの半歩後ろにいたマリが半歩進んでリョウに並び「初めまして、内藤まりと申します。よろしくお願いいたします」「青木ですこちらこそよろしく」マリが半歩下がったのを確かめて「ではご案内します」「お願いします・・・リョウさん、わしは何だか少年の頃に戻ったように緊張してるよ」 頷いたリョウは「叔父もきっと喜んでくれます」「そうだと嬉しい・・・」「喜ぶに違いないです。叔父はストレートに心情を吐露できる人を見ると、嬉しそうに白い歯を見せる人でした」「確かに・・・そうだったと記憶しているよ」「私にはもうすでに、嬉しそうに白い歯を見せて微笑む叔父の顔が、あの青い空に浮かんで見えています」立ち止まり空を見上げるリョウにつられて、青木もトンビの舞う空を見上げた。「リョウ君、まだ墓前に手を合わせてもいないのに・・・わしを・・・」 青木さんはそう言うと喉を詰まらせて、夏羽織の懐に手を差し入れてハンカチを取り出した。ここは見ないようにしておくことだ。 毎日暑いですね。お時間ありましたらどうぞお立ち寄りください。(^^♪
2024.07.25
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小説 「scene clipper」 Episode 43 それぞれの都合を確かめて西へ向かう。俺が準備することは、京子と兄貴への土産を買っておく事くらいだが青木氏とケンの支度は結構煩雑だった。彼らが生きる世界では面子ということが非常に重要視される。どこかの国のように他国の艦船に領海侵犯されて「遺憾砲」という空砲のような痛くも痒くもない苦情を通達するだけで済ますようでは、その存続さえ成り立たない世界である。 そのため、青木氏とケンは彼らが通過、または一日であろうと滞在する地域の「影の王」たちに丁寧な説明と了解を得ることは欠かせない。 青木氏とケンの一行は空路で、俺とマリは船路で・・・。「どうして船なの?」「俺はスーパーマンじゃないからだ」「・・・ひょっとして飛行機が苦手なの?!」「ビールが飲みたい」「プッ!当たりなんだ!(笑い)」俺はそのことについて返事をする必要を認めないし、俺を怒らせたくないのなら、俺の主張を認めるべきだと、そうマリに伝えた。「フーン・・・」「苦手だ・・・それ以上の追及は受け付けない」「はい、はい・・(そこまで拒否するのは怖いって言ってるのと同じでしょうよ・・・その分かり易さ、やっぱB型だわ」空路別府入りする先行組には、別府市民でさえ皆が皆知っているわけではない秘境中の秘境温泉の場所を教えてある。脱衣所も無ければ洗い場もない休火山火口に湧き出すコバルトブルーの温泉、そして底なし風呂。 あれほどレアな体験は中々できないはず、楽しめるだろう。 彼らが秘境温泉を満喫し、城下カレイの刺身に舌鼓を打ち満面の笑みを浮かべるその頃、俺とマリを乗せた船が別府湾に錨を下ろす。何時もお読み頂きありがとうございます。ポチっとひとつ押して下さると励みになります。(^^♪
2024.07.11
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小説 「scene clipper」 Episode 42「K wife」 タップすると上妻に繋がる。 「・・・・・ よう電話番号覚えてたか」「まあそう言うな」「仕事なら、今のところ無い、悪いが・・・」「いや、前回たっぷりもらってるから心配ないよ、しかし200とはあの作家、はずんでくれたもんだな」かすかに上妻の笑い声がした「どうした?」「いや、あれだな・・・俺らまだダチの濃さ変わってない、そう思ってさ」「意味を聴いてもいいか?」「ああ、俺らの会話、相も変わらず贅肉まったくなしで良く繋がって成り立つもんだなって」「あたり前だろうよ・・例えお前にぶん殴られても俺は腹を立てる前に、『何か訳ありなんだろう』って考えるからな」「・・・ま、そんなもんだろうな・・・ところで本題に入ってみるか・・・」「ああ、実は近々大分に行く用事ができて、それで仕事のスケジュールを確認しようってわけだ」「ん、大分・・・親父さんの法事か?」「いや、別府の田島の叔父さんの墓参りなんだ」「おう、あの人な・・・さっきも言ったが丁度今なら仕事の依頼はないから行ってきたらいい・・・マリさんも連れていくんだろ」「その方がいいかな・・・」「けじめ、つけとけよ、そろそろ」「・・・・・・・・」 別府の田島家へ電話を入れると従妹の京子が出て何時でもいいと快諾してくれた。ケンに電話して三日後ではどうか打診してくれるよう頼み、その日の内にお任せするとの返事をもらった。 One by one one by one one by one one by one 最近のルーティンというか、10時頃になると近くのスーパーにマリと2人で行き昼飯と夕飯の食材の買い出しに行く。その帰り道は何時ものように十号通り商店街を北へ戻る。 「マリ、俺ちょっと大分に行くことになってさあ、叔父貴の墓参りなんだけど、お前一緒に行かないか?」「え、・・・いいの?一緒で・・・」「ああ、俺の従妹に紹介しときたいし、どうだ」まず、指をからめて「嬉しい」と言い、頭を俺の胸にあずけてきた。 「そうだ、言っとくけど、墓参り最初は俺と親友とで、その後で俺とマリとでな・・・」「?・・・・・」いつもありがとうございます。よろしければお読みいただくと励みになります。
2024.06.20
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小説 「scene clipper」 Episode 41 「ところで・・・」青木氏は何かしら意を決したように切り出した。何か問われそうな予感がして、リョウは青木氏の顔にピントを合わせた。 「わしは今夜以降君には会うまいと決めていた」「そんな・・・」「いや、君と私は住む世界がまるで違う。」「それは・・・承知の上でした。でも自分はケンさんを信じています。ですから青木さんにお会いすることに危惧はありませんでした」 一瞬ケンの視線を感じ取ったリョウが視線を合わせるとケンは嬉し気に頷いた。 「そうか・・・ケンが気を許すはずだな。甘えるようですまないが、今後もケンと仲良くしてやってくれるかね?」「はい、勿論です」「そうか、ありがとう・・・ところで君に最後の頼みがある」「なんでしょう?」「実は君の叔父上の墓参りがしたいのだが。案内してもらえないだろうか」「はい、恐らくそう仰ることになるかも知れないと、思っていました」「そうか、流石だね。スケジュールは君に合わせるから、よろしく頼みます」と青木氏は再びリョウに頭を下げた。 「分かりました。明日仕事の日程を確かめてからケンさんに連絡するということでよろしいでしょうか」「結構です、よろしくお願いします」和やかな雰囲気の中で散会の乾杯を挙げた後、リョウはケンに送られて笹塚に戻った。 ケンはリョウに礼を言い、リョウはケンに「水くさい」と言い、二人の男は気分の良い笑顔を見合って「じゃ」「うん」とマリのマンションの前で別れた。 ピンポーン♪ドアが開いてマリが顔を見せた。「随分久しぶりのような気がするんだけど、気のせいかしら?」 (今日はマジで優しくしないと・・・)リョウは本能的にそう直感し行動に移すことにした。 翌朝、珈琲のいい匂いで目覚めた。隣で寝ていたマリはいないが・・・キッチンから鼻歌が聞こえてくる。♪夢でもし会えたら♪吉田美奈子!これはすこぶる上機嫌だぞ。よしよし♪いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.05.23
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すみません、初めにお断りさせて下さい。今日は小説の更新ではありません。今日、2024年5月16日は歌手西城秀樹さんの七回忌です。何故この記事を書くのか・・・ですよね。実を言うと、以前にも西城秀樹さんのことについてお話ししたかもしれません。旧ツイッターには書きました。けれど今日は七回忌なので、特に回顧する気持ちが強くて・・・もし興味のない方はどうぞスルーしてくださいね。では、回顧していきます。あれは私が22歳の時でした。私は原宿の軽食レストランでバイトをしてました。そのお店は私たちの世代にはとても有名なお店で、有名人もしばしばしば訪れますし、雑誌に載せるためにモデルさんがお店の外で撮影したり、有名人のインタビュー記事を書くために使われることもありましたので売れっ子の歌手が来店するのは珍しくは無いのですが、ある日特別なオーラを身に纏った方が入店されたのです。その頃には有名人を見てもほとんど緊張しなくなっていた私が、私の目が点になったのです!(^^♪背は高く、足も長く、おまけにルックスまで普通ではなく・・・いや、やはり際立っていたのは西城秀樹さんのオーラでした。その頃私はホールでは古い方で、混んでない時は後輩に任せてたのですが、その時は誰よりも早く西城秀樹さんを含む3人さんが席に着いたテーブルに注文を取りに行ったのです。すると・・・「僕はアメリカンコーヒーを下さい」ここは西城秀樹さんの声を思い出してください。^^あとの2人、雑誌社の方と多分西城秀樹さんのマネージャーさん。このお二人は「ホット」「同じの」違うでしょーそうじゃないでしょ!メインのスターが「僕はアメリカンコーヒーを下さい」でしたでしょうが!(あなた方はもっと丁寧な対応を心掛けるべきでしょうよ!) ↑ 私の心の声です私の対応は、ちゃんと西城秀樹さんのお顔を見ながら、「かしこまりました」普段よりずっと丁寧な対応だったと覚えています。^^どうです皆さん?私のような無名のただの従業員に「僕はアメリカンコーヒーを下さい」ですよ、しかも上からの目線ではありません。あの優しい目でおっしゃったのです!!!!!^^感動しました。普通なら他のテーブルにもしっかり目を配るのですが、その時は西城秀樹さんの後ろ姿に見入ってました。そして淹れたての珈琲を誰にも渡さず、西城秀樹さんのテーブルにお運びしました。皆さんどうか見て聞いて覚えておいてください。西城秀樹さんの言葉私が丁寧にアメリカンコーヒーを西城秀樹さんの目の前に置きました。「ありがとうございます」どうです?これあの超有名な西城秀樹さんがただのウエイターである私めに言って下さったのです!あの爽やかな声で・・・。西城秀樹さん、あの時は優しくして頂いて本当にありがとうございました。私はお経を読めますので、一人静かにあの時の光景を思い出しながら西城秀樹さんの七回忌を期に、他人に対する思いやりを教えて頂いた、西城秀樹さんの優しい面影を偲びたいと思います。お時間ございましたらポチっと応援お願い致します。
2024.05.16
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前回までのあらすじ 青木氏は、およそ人前で見せたことのない涙を流し、歯をくしばっていても形容し難い声音が歯の隙間から漏れてしまうのか。誰も身動きすら出来ないでいる。瞬時迷ったが、リョウは話を続けることにした。小説 「scene clipper」 Episode 40 ところが、リョウの話はここで一旦途切れることになった。青木氏がリョウの話を受けたかたちで自らバトンタッチを買って出たのである。 「リョウさん、ありがとう。叔父さんから頂いた握り飯のあの・・・あの何とも言えず美味しかったあの味を思い出したよ・・・あの握り飯は私にとって世界一の、そして二度と味わうことが出来ない最高の味だった。それを私は一人で全部食べてしまったのだが・・・」 リョウは喉の渇きを覚え、目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。オールドパーは氷が解けて薄くなっていて一気に飲み干せた。 青木氏が続ける 「あれから叔父さんが『わしの家について来い』と言うので私は言うとおりについて行った。行く宛てがなかったし、あの人からは、人に疑いを持たせない、そんな人間の大きさのような、オーラというのかな?・・・それが伝わってきて、この世のすべてが信じられなくなっていた私だったが、あの人は信じられたし、甘えることができた。 叔父さんの手作りだという家には、その時すでに職人さんが2人住み込みでいて、私は物置小屋の土の上に、藁で編んだむしろを敷いて寝泊りさせてもらったんだ。粗末だと思うだろうが、橋の下とは雲泥の差、天井はあるし、板壁もあってね。夏とは言え川を渡る風は、朝方になるとやはり涼しすぎて身に応えたものだった。それに比べれば物置小屋と言っても随分と心地よくてね、久しぶりに熟睡できたっけ・・・」 青木氏も喉の渇きを覚えたのだろう、テーブルに置いてあったグラスを持ち上げるとウーロン茶を飲み干した。 そして、両の膝頭に手を置いて遠くを見る眼差しとなった。時と場所をこえたそのまなざしは、まぶしいほどに澄み切っていて少年の頃にもどったかのようだ。同時にリョウは叔父からこの物語を聞いた日にもどり、そして今、この東京で青木氏の眼差しの中に時と場所をこえてやってきた!そんな錯覚にとらわれていた。その言い知れぬ感動は、青木氏の物語を聞き始めて、いつの間にか芽生えていた期待に似た想いを超えていて、子供の頃に親から褒美をもらった時の喜びを思い出し、リョウは心と身体にふるえを覚えた。 何時も応援、コメント頂きありがとうございます。随分と更新に手間取ってしまいました。上記のようなあらすじでごめん下さい。^^;どうぞよろしくお願い致します。
2024.04.11
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小説 「scene clipper」 Episode 39「事実は小説より奇なり」イギリスの詩人バイロンが言った言葉が元になった慣用句とされている。そのバイロンの文章は下記の通りである。「奇妙な事だが、真実だ。真実は常に奇妙であり、作る事よりも奇妙である」だから「事実は小説より奇なり」であり、これからその実例が展開されていく。 「あれは終戦直後昭和20年の暑い夏だった。空襲で家を焼かれ・・・両親も焼け死に・・・たった一人の兄は19年に戦死していて、わしは文字通り天涯孤独の身となった」 青木は天井を見上げると大きく息を吐き、そして目を閉じた。恐らくは当時を回想していたのだろう。やや間があって目を開けると、目に前のグラスを持ち上げ残っていた半分ほどの水割りを一気に飲み干した。誰一人、口を開くものは無い。青木会長が次に発する言葉のみ、それだけがこの場の重い空気を変えてくれるはず。セキュリティ上前方向に五感を集中していなければならない者たちは前を向いてはいるが、耳は会長に集中してしまっている。普段ならケンは厳しく注意を促すのだが(この空気だ・・・入口にだけにしておくか)一歩後退して会長の死角から外れ、手を上げる入口の警備担当がハッとして我に返りケンを見た。目を険しく光らせて首を横に振るケン。担当者たちは慌てて頭を下げ、入口に向き直った。 「ある日、近くに住んでいる夫婦が訪ねてきた。その人たちは普段から良くしてくれていたのだが、前日はわしの両親の火葬や埋葬を何もわからない少年だったわしに代わって手続きをしてくれた」「そのご夫婦が言うには『以前、青木君のお父さんから聞いたんだが・・・お父さんの親戚が大分県にいるらしい。そこを訪ねてみてはどうだろう』『大分県・・・ですか?』『ああ、九州だよ。九州の大分県。温泉の街だ・・・』「かれの奥さんが口を添えた『別府だよ、九州の大分県別府市だってお母さんがそう話してた・・・』そう教えてくれてね・・・」「東京、いや関東一円にも親戚はいない・・・母方の叔父が深川に居たんだが終戦の年の3月10日、あの下町大空襲以来連絡が取れなくなった・・・なら、もう九州に行くしかない・・・」そこまで話すと青木はケンを振り返った。「ケン、烏龍茶を頼んでくれ・・いくら飲んでも酔えやしねえ」「わかりました、おい」側にいた若い者が直ぐに応じた。 青木氏はリョウに「別府にたどり着いてからの話は、あまり面白くないんだ・・・期待していた親戚も空襲で亡くなっていたし・・・」「そこでだ、君が叔父さんから聞いたという話を聞かせてもらえるならば、君にバトンタッチしたいんだがどうだろう?」リョウはしっかり頷いていた。 「分かりました、お話します」「おお、そうか、是非とも頼む」会長は頭を下げていた。 初めて見るその姿にケンは驚きを隠せないでいた。やがてリョウの言葉は、奇跡的な出会いが、過去から現在に続く糸のように、新たな章を紡いでいきながら、青木の心深くに秘められていた温もりをよみがえらせていく・・・リョウはそう願っていた。 「暑い日でした。私は夏休みを利用して叔父の家に遊びに来ていました。その日、叔父はたまたま仕事が一段落したとかで私を川に連れて行ってくれたのです。春木川という川です」 青木氏が膝を叩いて「それだ!春木川だよ!思い出せなくてねえ、そうそう春木川だ・・・あ、すまない続けてください」「はい、その春木川ではカニが獲れまして。それが美味しくて、持って帰るとカー姉が茹でてくれて、美味しいんですよー・・・あ、カー姉というのは私の叔母で、私の母の妹なんです。叔父と結婚して田島姓になりましたが・・・あ、すみません話がそれましたね」「構わない、続けて・・・」「はい、その日はカー姉が弁当を持たせてくれて、お昼に川の土手で食べていた時でした・・・目の前に橋が架かっていたのですが、叔父が急にその橋を指さして言うんです。『ここじゃあ、ここにあのボウズがおったんじゃ・・・』 そう言うんです」リョウは見た。青木さんが膝の上に置いていた手を握りしめるのを・・・「ボウズって?」「おう、あれは戦後間もない夏の暑い日じゃった。今日みたいにのう・・・仕事の帰り道じゃったが、その橋の下に人影が見えた。誰じゃ思うて近づいてみたら、子供やった」「子供が橋の下におったの?」「ああ、わしが近づいていくと驚いたのか、慌てて飛び上がった・・・ずいぶんと痩せておった・・・子供に見えたがよく見ると、まあ尋常小学校は何年か前に卒業しとるようだったな。14,5歳かな?そんなところだった・・・逃げ出しそうになったからわしは引き止めた。『お前、なんか悪さしたのか!』そうするとその少年は立ち止まって振り向いた」「おれは何もしてません!」「そうかそんなら逃げることはない・・・お前痩せとるなあ、なにも食っとらんのやないか?」「親戚を訪ねてきたけど、空襲でやられたらしいんです・・・」「どこから来た?」「東京です」「そりゃあまた難儀したもんじゃのう・・・」わしは竹の皮に包んでもろうた握り飯を持っておったことを思い出してな・・・ 「ほれ、たいして量はないが腹の足しにはなるやろう」そう言うてボウズに差し出したが、受け取ろうとせん。「子供が遠慮なんかするな、子供は食うて寝て大きゅうなるんが務めじゃ、ほれ早く食え!」「その少年はとうとう我慢できなくなって、叔父からおにぎりを受け取ると貪るように食べ始めた、と・・・」 リョウは得体のしれない気配を感じて話を止めた。すすり泣くような声とも言えない異様な音が、意外な方から聞こえてきた・・・青木さんだ。膝の上で握りしめた拳をぶるぶる震わせながら、耐えようとして耐えきれない、およそ人前で見せたことのない涙を流し、歯をくしばっていても形容し難い声音が歯の間から漏れてしまうのか。誰も身動きすら出来ないでいる。瞬時迷ったが、リョウは話を続けることにした。 つづくいつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.02.25
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小説 「scene clipper」 Episode 38 やがて車は甲州街道を走り、永福入り口から首都高に乗った。そして高井戸ICから中央道に入り某ICで下りて目的地に着いた。約50分の行程だった。 新宿の都庁が間近に見える場所からわずか50分で緑豊かな場所に身を置ける。便利と言えばそうではあるが、やはり日本は狭い。車を降りて砂利道の中を歩く。木々に遮られて表からはほとんど見えなかったが風情のある和風の建物、いうならば茶寮と言う類である・・・そこに入るのかと思っていたが玄関脇の木立を回り込むかたちで、なんと地下に下りていくではないか。 (なるほど、邪魔者は進入禁止というわけか) 外には目立たぬように警備の若者がいたが、ここはさすがに手薄なようだ。ケンにエスコートされて奥へ進む。(いましたね、大物が・・) 「やあ、いらっしゃい。遠いところまでお呼びしてしまって申し訳ない」席に腰を下ろしたままではあるが、両手を膝において頭を下げて迎えてくれた。それにはリョウとしても礼を持って応えなければならない。 「いえ、わざわざお迎えの車を寄こして下さり、ありがとうございます」「うん、うん、まあ座ってください」会長は何故か嬉しそうである。そしてケンさんに「ケン、客人を席にご案内せんか」ケンは若い者(ケンもそれほど年配では無いが)に何かしら指図をしているところで、会長を振り向いて「はい、ただいま」そう言って若い男たちに「頼んだぞ」と言った。恐らくはこの場の警備について指示を与えていたのだろう。 振り返ったケンは会長の意向を尋ねるべく腰を曲げて顔を伺った。会長は「そちらに」と言ってすぐ前のテーブル側の席を指さした。ケンは敬意を持って頷いた。(リョウさんに対して、すでに心を開いておいでになる・・滅多にないことだ) 「リョウさん、こちらへ」「うん、ありがとう。会長さん失礼します」「会長さんは堅苦しいな、青木でいいよ」「はい、わかりました」「先ずは乾杯しよう。君はなにを飲みますか?遠慮なく言ってくれるといい」「では、スコッチウイスキーを頂戴します」会長が頷きケンが「オールドパーで?」それにリョウが頷き、ケンは傍にいた女性に頷いて見せた。 やがて乾杯が済むと会長が口を開いた。「今朝、君に会って、何かしら特別な感じがあった。それでご招待したんです・・・わたしらの稼業は資格など要らないが、鋭い直感を持たない者は上に行けないし長生きもできない。なに、長生きしたい訳は自分の為じゃない。私についてきてくれる者たちの生く末を安堵しておきたいからなんだが、これが中々難しい・・・」なんだか分かったような気がしてリョウは頷いていた。「今日はわたしの直感を試させてくださるか?」「・・・・はあ・・・」 ケンは驚いていた。会長が実は真面目な性格であることは承知していたが、今日のリョウさんに対する態度はいつも以上に丁寧であるからだ。「わしは今朝、君に会って閃いた。『九州、あの方』とね」「九州は大分が私の郷里ですが・・・」「おお、そうかね!やはりそうだったか!」「会長・いえ青木さんも九州の・・・」「いや、私は東京の出身だ。だが戦時中空襲で家も家族もみんな失った・・・」 「そうでしたか・・・」「それでね、親戚を頼って九州へ、大分県の別府市に行った」「え!」今度はリョウが驚くことになった。「別府は父の生まれ故郷です」「何!」会長は思わず立ち上がり驚愕の眼差しでリョウを見据えた。「それは本当なのか?」「はい、母は小倉育ちですが父は生まれも育ちも別府です」会長は腰を下ろしたが、目の前のリョウを凝視したままである。やがてケンを振り返って「ケン、わしの直感は大したもんだぞ!」なんだか他人ごとのように言う会長だがその興奮の度合いも今までに見た事もないものであり、ケンは目が離せなくなった。 「リョウ君とやら、君の父上の名前は・・・」「はい、山本と申します。山本太一です」「・・・山本・さんか、田島さん、ではなかったか・・・」「田島なら私の叔父に同じ名前の者がいますけれど・・・」「なに!君の叔父さんだと!」「はい、叔父は父の一番下の弟ですが、小さな頃遠縁に縁有って養子に行ったと聞いています」「それで、君の叔父さん、田島さんのお仕事は?」もはや会長は恐ろしいほどの形相で矢継ぎ早にリョウへ訊ねる。「はい、叔父は建設業を営んでおりました」「ケン!やはりわしの直感が当たったぞ!」ケンはただ頷くしかなかった。リョウはもう訳が分からなくなって困っている。そこへ 「実はな、わたしは君の叔父さん、田島さんに大変お世話に・・・というより恩人なんだよ田島さんは!いや有難い!」訳を知っていて喜び興奮しているのは会長ただ一人、他はケンもリョウもみんな訳が分からないから立ち尽くしているしかない。いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.02.08
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小説 「scene clipper」 Episode 37 「ケンさん、あれに乗るのかい?」リョウは歩みを止めると隣を歩いてたケンにそう尋ねた。 「ああ、リョウさんが了承してくれたらあれでお連れするようにと、会長がそう言われたんだ」「ありがたいね」「ありがたいとは、嬉しいね」「本音だよ、こんなでかいベンツ初めて乗るんだから」 再び歩き始めると助手席のドアが開き若い男が降りてきて後部座席のドアを開けてくれた。リョウはケンに言われて先に乗ったが、間際にドアを開けてくれた若者に軽く頭を下げ、後部座席に乗り込む時には車内全体に向けて「失礼します」と声をかけた。 それを見てケンは少し安心した。 ケンが乗り込むとドアを閉めた男は助手席に戻る、一連の動作によどみは無い。やがて大きなベンツは走り始めた。 「リョウさん、落ち着いてるなあ、一般人にしては」「うーん、緊張はしてるけどね今までの経験上ケンさんのような男は友達を裏切らないでしょ?」「当たり前だけど嬉しいね。けどその自信はどうやって身につけたのか聞かせて欲しいな」「そうだねえ、自信ってほどじゃないけれど、経験を通して分かったことがあって・・・」「ほう、どんな?」 「そうだな・・・ある時歩いてて都内のあるお寺さんの前に通りかかったんだけど、そこに何故か例の元気な街宣車が止まっていてね。数人の男たちがお寺さんの門の前で奇声を上げていたんだ」「うんうん」ケンは興味を覚えたようだ。「それだけならまあ、我慢できたんだがよりによってそいつら、数珠を編み上げの長靴で踏みつけてやがった。とても見ないふりは出来なくてそいつらに向かって『この罰当たりが!!』て怒鳴りつけたんだ」「おやおや、リョウさん短気だねえ」 リョウの目が光りケンを見た。ビクっとしたケンにリョウは言った。「俺のオヤジが僧侶だったとしてもか?」「え!そうだったの?いや、聞いてないからさあ」「そうか、ごめん知らなかったよね話してないもんな、俺こそごめん」リョウは苦笑いしながら頭を下げた。 「いや、それなら話は分かるカッとなるよそりゃあ」「だよね、で、連中は瞬間口を開いたまま啞然としてたんだけど、その後烈火のごとく怒り始めて」「だろうな、それで」話の展開が気になったらしくケンもリョウの隣の若い男も、前の二人までもがリョウを注視しはじめたが「こら!ちゃんと運転してろ!」とケンさんに叱られてしょげかえってしまった。全員目は前方を向いてはいるが、耳だけはしっかり機能を全開にしてリョウの話を聞き逃すまいとしている。それはやっぱり気配で感じるものだ。 「それから人数が増えてね、俺は近所の食べ物屋に連れて行かれて、食べてる最中のお客さんも怖がって出てくし店の人も奥に引きこもったんだ」「そりゃあちょいとやばいな」「だろ?俺もこりゃあヤバいことになった今日無事に帰れっかなあって途方にくれつつあったんだが」「そん時俺が居たらなあ」リョウはクスッと笑って「ホントな・・・」 「そん時にね、ちょいとマズイ空気を破ってある人が入ってきたんだが、それで何だかほっとした」「・・・・?」「その他の連中にないお落ち着きがあって、貫禄っていうか、元気だけが取り柄っていうんじゃなく腹が座っていて頼れるって・・・あの状況で俺は男の力量の判断基準をはっきりと自得したと思ってる。その理由が『本当に腹の座った男は、無暗に力を振るわない』ってことだった」ケンはリョウの話に大きく頷いていた。「その男は、俺のオヤジが僧侶だったってことを聞いて俺の目を凝視しながら頷いたんだ。そして『そこで怒りを覚えなきゃ男じゃねえな。まあこいつらも体を張っていることだ、お互いさまってことで引き取ってくれ』そう言って解放してくれたよ」「そうか、話の分かる男がいて良かったなリョウさん」「うん、ホンとどうなることかって気が気じゃなかったからなあ」 ケンはホっとした。リョウなら会長の前で卑屈になることも、調子に乗って怒らせる事もないだろう、と。 いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.01.24
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小説 「scene clipper」 Episode 36 リョウは約束の時間より10分早く「アウチ!」のカウンターにいた。『ケンさんには随分待たせてしまったからなぁ、今度は俺が待たなきゃ』細かいが、そういう他人は気づかないところに気持ちを込めるのがリョウだ。 ドアが開いてケンが入ってきた。「リョウさん、早いね」「ここ、近いから」 「いらっしゃい、リョウさんが待ち合わせしてたのケンさんだったのー?」「リョウさん、顔広いんだねぇ」 はじめに口を開いたのはママさんで次はマスターだ。「いやーケンさんには敵わないよ」「俺は地元だから・・・」そう言いながらケンはりょうの隣りに腰を下ろした。 「ケンさん、何のむ?」「ティチャーズ・ハイランドクリームをロックでください」「かしこまり!」「ケンさんここの常連さんなんだね」「どうして分かるの?」「だって、マスターが『かしこまり!』っていうのは一見さんには無しでしょ?」「・・・・・・」 ママがちょいと驚く「ええ!ケンさん今まで気付かなかったの?」「・・・・・・」 「驚いたねこりゃ・・・」「そう言うなよリョウさん・・俺けっこうそういうとこあるんだよ」「そうなんだ、覚えとくよ」 カウンターの内と外で笑いが起きて酒の席が弾んだ。けれどその賑やかさも僅か10分ほどで、ケンが水を差した。 「リョウさん、実は頼みがある・・・」「なんだい改まって」「うん、実は朝に笹塚駅前で会ったでしょ、うちの会長に」「ああ、覚えてるよ・・・」「どうか、断らないで欲しいんだけど・・・」「・・・ひょっとして俺に会いたい・・とか?」 ケンがカミナリに打たれたように仰け反った! 「どうして分かる!?」「なんとなく、・・・予感だよ、そんな予感がしたんだ」大きく息を吐きながらケンが言う「あんたやっぱ普通じゃないよ、会長が初めて会って一言挨拶を交わしただけの人を飲みに誘うんだからな、前代未聞だ」 「ええ!あの会長さんが飲みに誘うって・・・リョウさんを!」「マスターもびっくりでしょ・・・」「前代未聞だよね正しく・・・」「大袈裟だなあ二人とも」マスターとケンさんが同時に「大袈裟じゃないって!」とリョウを責めるかのように殆ど叫ぶように言った。 ケンはこんな早々に会計を済ますことを詫びながら立ち上がり、リョウも何故かケンと並んで頭を下げた。 「アウチ!」を出て3分で甲州街道に出る。そこにはでかいベンツが停車していた。 何時もお読みいただきありがとうございます。今回もよろしくお願いします。
2024.01.20
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上の写真は、今回のストーリーの現場から甲州街道を挟んで向こうに見える京王線笹塚駅の旧駅ビルです。※今回の写真も東京の友達、S・W君が送ってくれたものです。S君ありがとう!小説 「scene clipper」 Episode 35新谷健一がいつになく会長の存在を忘れて車窓から歩道に目を向けて身を乗り出した。 「どうしたケン?」「会長申し訳ありません。大事なお勤めの最中であることは承知の上でお願いがあります」「何だ言ってみろ」「はい、そこの歩道をダチが歩いております」「あれか?」会長と呼ばれた人物が身を乗り出し歩道を見ながら訊ねた。 「はい、滅多に会えません」 同乗する部下たちは怪訝な顔つきである。会長を本部まで無事に送ることは非常に重要な任務であることは誰でも知っているし、過去に新谷がこんな私用で車を止めてくれるよう願い出たことは一度としてないからだ。 会長は頭を下げる新谷健一の目を見て「お前にとって大事な男はわしにとっても大事な男だ。許す、松永止めてやってくれ」会長の指示に運転手は「はい」と返事をしてブレーキを踏んだ。 「新谷さんが降りられる、そっちから一人お山の左につけさせてくれ」松永が車載電話で指示を出したのは後続のベンツで、お山とは会長のことである。 指示を受けた男がドアの前に来るとケンは会長に頭を下げてドアを開けた。 「おおい、リョウさん!」 今朝のリョウは一人でオールナイトを観て新宿からタクシーに乗り笹塚駅前で降りて反対側に渡り、歩き始めたところだった。 「やあ、ケンさんか・・・長い間飲みに誘わないままで済まない」と頭を下げた。「ほんとだよ。もう忘れられちまったかと思ったぜ」「いや、ほんと申し訳ない・・・」「今日はどうだい?俺はあと小一時間もするとお役御免の身になるが」 リョウは『断れないな』と判断しこう返事をした。「これからマリの部屋で昼まで寝ようと思ってる。それから昼飯食ってそっから今日は予定ない。それからで良ければ俺に異存は全く無しだよ」「そうか・・じゃあ一時過ぎに電話入れていいかな?」「OK、きまり。待ってるよ」 一度は殴り合った男たちが嬉しそうに笑みを浮かべて手をあげて離れていった。男というのは不思議な生き物である。新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。ポチっとですね。^^;
2024.01.07
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今年も今日で終わります。1年間、大変お世話になりました。明年もどうぞよろしくお願い致します。令和6年が皆様にとってより良い年となりますように。 マトリックスA追伸これから久しぶりに同級生数人と会います。一昨年先に逝きました親友を偲んで多分酒盛りになります。年賀のご挨拶はやや遅くなるかもしれません。(二日酔いが予想されますので)悪しからずご了承下さいますと有り難いです。
2023.12.31
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小説 「scene clipper」 Episode 34 「水道道路レイバン事件」 ある年のある日。都内の某「〇〇〇ヶ丘高校」正門前、目の前に杉並区 と新宿区を結んで甲州街道と平行に走る「水道道路」がある。正式名を「東京都道431号角筈和泉町線」という。 この道は、かつて東京の広範囲に飲料水を供給するために設けられた淀 橋浄水場(淀橋は現在の新宿駅・西口の一帯・新宿区 西新宿を指す地域 の旧称)から杉並区の和泉給水所を結んでいた玉川上水新水路を埋め立 ててつくられたため、「水道道路」と呼ばれている。因みに、かのヨドバシカメラの屋号は旧地名「淀橋」に由来するのだ そうだ。 正門の前にバス停があって、リョウたちが通りかかると女子高生たち が、集まっていて何やらざわざわしてる。テレビかなんかの撮影でもしてるのか?と立ち止まってみた。 そこには、彼女たちの視線を一身に集めてる男が一人。バーバリーのコートをさりげなく着こなし、レイバンかけていて、そ れもキマっていた。ハードボイルドだ! そうだお前はゴルゴだ! 中野通りも近いこと だしさいとうプロダクションのスタッフが通りかかるかも知れない。 女子高生たちの熱い?視線を浴びた彼の思考回路は、きっと冷却ファン を必要とするほどにヒートアップしていたのかも知れない、いや、きっ とそうに違いない!その爛れそうに熱を帯びた思考が彼をして、何らかのパフォーマンスを 見せてあげなければ!それが彼女たちの視線に応えることだ!とでも行き着いてしまったのだ ろうか?アイドルでもないのに・・・ その時、夏でもないのに「アンパンマンみたいに飛んでみたら?」など という異常な妄想にとらわれつつあったリョウの目の前で、それは起き てしまった!彼の妄想がゴルゴモドキに移ったのか? 彼は跳んだ!片手をコートの ポケットに入れたまま歩道からガードレールを跳び越えて水道道路へ!そう、ゴルゴは、たとえモドキと言えどもバスなんか待っててはいけな いんだ! そうだタクシーに乗ろう! 選択は正しかった・・・だが着地がまずかった! ガードレールは予想外に高かったのだ。彼は、あろうことかガードレールに足を引っ掛けてしまい、顔面から着 地したのである!! 無残!!慌てて起き上がった彼は、愚かにも女子高生たちを振り返っ た。 私は目撃した。レイバンは片方だけそのままで、もう片方は真ん中で折 れ曲がり今にもズレ落ちそうだ。 おまけにレンズも無くなっている!なんという哀れな姿!! 女子高生たちの溜息は、大爆笑に変わった。頬のすり傷も痛々しいレイバンの男は、丁度通りかかったタクシーに助 けを求めた!さらばだゴルゴ未満の男よ! お大事に・・・以来、笹塚を中心に「レイバン事件」は長く語り告がれ ていく・・ 広めたのは誰だ・・・? 「リョウさんしかいないでしょ!その時目撃したのはリョウさんなんだ から!」 マリと水城が声を大にしてそう決めつけるのだが 二人のこの見解を、私は未だ、認めたわけではない・・・ 女子高生なのかも知れないじゃないか・・・。 何時も応援、コメント頂きありがとうございます。 今日もよろしくお願いします。
2023.12.19
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小説 「scene clipper」 Episode 33 上の写真に写っています「代一元」です。京王線側から甲州街道を挟んで反対側に見えます。ビルの右側に黄色の看板が見えます。アップではないので分かり辛いですが、これも貴重な写真です。何故かと言うと、何時もなら甲州街道を絶え間なく行き交う車に隠れてしまってなかなかこんなふうには見えません。これも正月の時分だと分かります。笹塚駅前の写真とおなじくS・W君がLINEで送ってくれたものです。S・W君ありがとう! さあ、このお店に水城とマリと私を入れて3人で食べに行きます。因みにこのお店「代一元」は大衆食堂のような所謂「街中華」と言われる気軽に楽しめる中華屋さんです。3人は「代一元」の暖簾の前に立った。リョウが暖簾をくぐろうとすると、水城が首を振って押しとどめる。「何だよ・・・」「レディファーストでしょ、マリさんどうぞ」と暖簾を手の甲で押し広げてマリをくぐらせた。「ありがとう水城君・・・先に入ろうとした誰かさんと違って優しい・・・」マリは俺の顔を見て柄にもなく品を作りながら入っていく。俺は水城に一言くれてやろうかとしたが、視界ギリギリのところで脚を組むのが見えた。「リョウさん、ホント好きねタイトスカート」ここは何も反応しないでおくのが正しい選択だろう。リョウはマリの隣りに座り水城がその横に座った。「さて今日は・・・」とメニューに目をやる「フンフン、今のは賢い。無反応なのが大人って感じよ」「・・・・・・」「大将、僕は餃子とビールください」「あいよっ」「水城昼間からビールか・・大将彼が未成年かどうか確かめなくていいの?」「大丈夫、彼は高校生の頃から来てるから、あれからもう5~6年は経つよね」 水城は嬉しそうに「はい」と元気よく返事をした。ほう、ここの大将がこんなに愛想よく接客するとは知らなかった・・・。「じゃあ私は天津飯をお願い、あと、リョウも餃子食べるでしょ?」 頷く「餃子も・・二つください」「はい」最後かよ俺が・・・その時例の音がした。カラッと揚げた太麺の入った斗缶のふたを開ける音だ!「五目堅揚げそば」がリョウの好物だと覚えてからここの大将は斗缶のふたを開けて用意するようになったのだ。そして悔しいけどその魅力に負けて「五目堅揚げそば」を注文すると勝ち誇ったように無言で白い歯を見せるのである。なのに今日もまた「五目堅揚げそば」と言ってしまった。どこまで好きなんだ。そして嬉しそうな大将の声が「あいよっ」 おまけにニヤついてるし・・・「どうしたの?悔しそうな顔してるわね」マリが心配そうに顔を覗き込む「悔しいさ、でも仕方がないんだ」「・・・・・」やがてリョウの前に降りてきた「五目堅揚げそば」は気のせいじゃなく大盛りだ。勝者による敗者に対する余裕の慰めか!でもやっぱり美味しいし大盛りにも無言で感謝した。 やがて3人は「ごちそうさま」を言い店を出た。 「リョウさんごちそうさまでした」と二人が言い、「スカートのスリットは前じゃなきゃだめなのか」と言うリョウに、「リョウが嫌ならやめるけど嫌じゃないでしょ?」とからかうマリ「いいっすねえお二人は仲が良くって・・夕子どうしてるかなあ」水城がつぶやきリョウとマリは吹き出してしまった。 腹を満たし、軽口を叩きながら歩いていたら水道道路に出た。右を向いて、つまり東の方に行けば新宿の都心に出るが、それよりずっと手前であの事件が待っていることをこの時、誰一人予想できる者などいるはずもなかった。 (写真の代一元は2022年7月時点営業中でしたが、残念ながらその後閉店してしまったそうです。残念!) いつも応援頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。
2023.11.29
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小説 「scene clipper」 Episode 32 「もしもし・・・」「水城です・・・二人して何を熱く語ってんすか?」「え!おまえ今?・・・」「見えるところにいますよ、当たり前でしょ・・・お二人の姿を見て電話してん ですから」 リョウは首を高く伸ばして辺りをまるで潜望鏡のように見回した。 「あ、そこかあ・・・で、なんでスマホなんだ?こっち来いよ」 水城君、仕方なさそうに、電話を切ってやってきた。 「・・・たく状況が分かってないっすねえ、周囲の視線に気付かないんです か?」 水城にそう言われて再びロビーを見渡すと・・・怪訝な顔してこちらを見てた人 がカウンターに向き直る、若しくはリョウと目が合ってそれまで見ていたスマホ の画面に目を戻す人、等々、かなりの視線を浴びていたのに気づいた。 「ね・・」「ああ、そんなに声大きかったか?」「はい・・よく注意されなかったですねえ・・皆さんほんとお騒がせしました」 水城が周囲の人たちに向けて頭を下げた。リョウとマリはさすがに居たたまれなくなり立ち上がって軽く頭を下げ、速足 で信金の出入り口に向かった。「もういいんじゃないですか?ここまで来れば」 いつの間にか信金の建物が見えなくなる曲がり角に来ていたのだ。 「いや参った、参った」「何が参ったよ!リョウがあんな訳の分からない説明を長々としてるからじゃ ない」 「おい、それはないぞ。説明してくれって言ったのマリじゃないか!」「だって、あんなに面倒くさい話になるなんて思わないもの!」「もう、いい加減にしてくださいっ!もうお願いしますよ・・・」 俺とマリはこの時初めて水城に頭を下げた。悪さして𠮟られた子供のよう に・・・。 と、神妙にしている2人を見て水城は密かにほくそ笑んだではないか。こういう時の水城って何か「美味しいこと」を考えているんじゃなかったか?リョウさんよ! 「そうだ、今日久しぶりに夕子が里帰りしたんでパチンコやったらメッチャ勝 っちゃって!昼飯、お二人に日頃お世話になってるから、お返しに奢らせて もらおうかなってさっき南台に行ったらそば屋のケンちゃんに会って「なん かさっき西〇信金に入ってくとこ見たよ」って。で、来てみたんですよ」 「ほう、それはいい心掛けじゃん。なあマリ・・・」 「・・リョウさん読めてないねえ、水城の顔に何が書いてあるか・・・」 「水城が何だって?・・・」 「マリさん正解!今日は立場逆転してますよね」 「水城、いいこと教えてあげる。さっきねリョウさんの口座に上妻さんからギ ャラが振り込まれたんだよ。結構貯めてたし」 「あ、それすごい情報!決まりですよね。リョウさん今日は『代一元』でいい すよね?」 リョウは横目でマリを睨むと 「余計なこと言ってくれてありがとうよ・・・」と言った。 「どう板橋区(『どういたしまして』という意味のギャグ。ごく仲間内でし か通用しない )」 ※この後、おまけの画像有ります。この小説にちょっと味付け♪ おまけ! さて、今日はこの小説の主な舞台の一つである京王線笹塚駅前の甲州街道 と例の歩道橋の写真を皆さんに見て頂きましょう。以前私が懐かしがっていたら中野育ちの友達、S・W君がわざわざLINE で送ってくれていたものです!S・W君本当にありがとう。 これは確か正月の写真だと思います。東京の街がこんなに車も人通りも少ないのって、盆と正月くらいなので。いつもお読みいただきありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.11.22
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小説 「scene clipper」 Episode 31あの後、南南食堂の大将が「マリちゃん、もう許してやってよ、いつもの通り悪気はないんだし、リョウさんだし、ね」という援護射撃を受けてリョウは店を出た。マリの手を取って・・・一度は振り払われたが二度目で許された。そして二人して環七の手前、杉並区方南町方面に向けて歩き始めたのである。 「ん、入ってる。C十G万(ツェ―ジュウゲー万=15万)か・・・上妻と二人でE十万(ェージュウ万=30万)と・・・まあまあだな」表に名前が出ない創作者のギャラはこんなもの・・というか名無しの権兵衛でいる内は文句なんて言えないのだ。それでもリョウの場合、上妻のご両親が口利きをしてくれている関係でフリーのコピーライターの方の収入は安定しているとは言えないが年に200から500万(幅は広い)はある。なので苦手であり他には誰にも贈らないお中元もお歳暮も、リョウは欠かさず上妻のご両親にだけは贈らせてもらっている。南南食堂で朝食を済ませた後、二人は10分ほど歩いて西〇信用金庫方南町支店のATMでリョウの通帳の記入を済ませた。マリはリョウにぴったり身体を寄せて通帳を覗いていたのだが、意味不明なことを言うリョウの顔を眉間にしわを寄せて見上げた。「ちょっとリョウさん、そのツェ―ジュウなんとかって何?」「ああ、これはな・・・業界用語だ音楽業界のな・・・」「説明を要すぞ私には」リョウは辺りを見渡して待合の一番後ろのイスを指差してマリを座らせた。「さっき食ったばっかだから、ちょっと座ろうぜ」「OK・・・」「音階ってあるだろ、ドレミファってやつ」「うんうん」「あれアルファベット表記だとどうなる?」「・・・・・わかんない音楽の授業って退屈だったし」「だよな、俺だってガッコで教わる音楽には興味無かった・・・」「へえ、ライブハウスに浸るような人がね・・・」「俺だけじゃないだろうけど、俺らビートルズで音に目覚めたから、それまではな」「うん、それ分かる」「・・・・・・・どこまで話したっけか」「っとね・・・あ、ドレミファのアルファベット表記が何だとか言ってた」「今度はちゃんと最後まで説明させてくれる?わかんなくなるから」「あ、ごめん・・聞く・・・・けど、途中で相槌を打つてのはいい?」「それはさあ、お前が理解できてるかどうか知るためにも是非やって欲しいことだな。良い悪いじゃなくて必要だと思うぜ」「あ、分かった・・・うんそうだよね」 「・・・・・・・・」マリが「え?」という顔して「え?」と言ったあと続けて言った。「あれだよアルファベット表記、ドレミファの・・・」「・・・わかってる・・・あれを、C・D・E・F・G・A・Bと表すんだ」マリちゃんはいったん頷いたもののすぐさま首を傾げた。「さっきリョウさんが言ってた言葉が出てこないよ・・」「そうだな、うん確かに・・・音楽っていうとヨーロッパって思わない?特に作曲家っていうとバッハとかベートーヴェンとかこの二人はすぐに思い浮かぶだろ?」「何?突然音楽家の名前上げて・・・でも、うんそうね、その名前は私でもすぐに思い出すけど・・・」「だろ、二人共ドイツ人だ。他にもドイツの作曲家って多いし、オーストリアだってほぼドイツ語圏、特に若い世代はドイツ語でって聞いたよ。だからなんだろう、アルファベットをドイツ語読みするんだ。」「へえー知らなかった」 「でな、Cはツェーと読み、Dをデーと読む。あとEはエー、Fは・・まんまエフ、でGはゲー、Aはアー、Bはべーと読む。ここまではいいかな?」今度はマリちゃん頷きもせず、すぐさま首を傾げた。「で、この7つの音階は1・2・3・4・5・6・7とする。これを金額に当てはめたんだな誰だかが・・」「・・・・・・」けどなんとか頷いた。「で、さっき俺の口座に振り込まれていたのは15万円だね。先ず10をツェージュウ、次に5は?・・・ゲーだな。それを続けて言うとツェージュウゲー万となる、ジュウはまんま十、単に日本語で言うわけ、分かるよね」「・・・めんどくさいんだね音楽やってる人って」「まあ、そう言えば・・・けどさあ、人前で15万円て口に出すとなんか生々しくないか?」「うーん、まあそう言えばそうかな、と・・・」「こいつ、人が一生懸命に説明してやったのに・・・」マリが何か言い返そうとした時、リョウのスマホが鳴った。何時もお読みいただきありがとうございます。今日もどうぞ宜しくお願い致します。
2023.11.17
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小説 「scene clipper」 Episode 30電話だ・・・今日2回目の朝飯中断! 最初のは仕事の電話、上妻からで、「マリさんのClip記事、とりあえず3カット分だが某放送作家が「使う」ということで局でギャラもらったから今日中に振り込んでおくよ」 「おう、ありがと、また飯おごるよ」「なら明大前になかなかのカレーショップ出来たから、そこで」「おう、分かった、そっちの都合のいい日時決まったら電話くれ」 で、スマホの電源切ってすぐのこと。しかし、今度も好ましい相手だという直感がした。 「リョウさん起きてた?」「おう、マリ、当たりだな」「何が?」「大事な相手だという直感が当たったっていうこと」「それは大当たりだねえ」「ああ、もう朝飯食ったかい?」「まだだよ、それより先に聞いておきたい声があってね」「またそんな、朝っぱらから俺をその気にさせないでくれよ」「うふふ・・・ところで何処で何食べようか?」 15分後、杉並区方南町 定食屋「南南食堂」(なんなんしょくどう)リョウは結構な速足だったからすでに中にいたマリは彼が足を止める音で到着に気づいた。『カララッ』この店は福寿と違ってまだ新しく両開きの扉はアルミ製だから滑りが滑らかだ。「らっしゃい!」「おはよう、大将、相変わらず太ってんな」「余計なお世話だよっと・・・あ、リョウさんと待ち合わせだったんですか?」大将がマリに向き直ってそう言った。白い歯を見せたマリに「今日はえらくご機嫌だと思ったらそういうことだったんだ」 マリはそれには答えず、彼女の向かい側に腰を下ろしテーブルに乗せたリョウの左手に右手を重ねた。 「まあ、笹塚のお姫様にまた春が来たんだねえ・・・」これは大将を手伝っている彼の母親だが、まるで江戸の昔の奉公人が主筋の良縁を喜んでいるような口ぶりだ。「お姫様って、またずいぶん時代がかった言い方だなあ、おかあちゃん」 「そっか、リョウさんは知らないんだね。マリさんのご先祖様は内藤家3000石の大身旗本だったんだ、だから世が世なら長女のマリさんはお姫様に間違いないってことなんだよ」「え、そうなんだ」おかあちゃんの解説に大きく頷いたリョウはマリを振り返って 「3000石っていうと水城んとこの3倍強じゃない。 こりゃああれだなちょっと考えなきゃだな」「何を?」「いや、格が違うだろ・・・うちは800年続いてるって言っても 農家だからね・・・」「それで・・」(彼女の目の色に気付けば?リョウさんよ)これは大将の心の声だが 出来れば口に出して欲しかったな。リョウは特に意識したわけではないが、左手薬指をこすっていた。 こすっていながら目を上げた瞬間に失敗を悟ったのである。 そこで緊急避難行動をとることにした。「マリ、俺の目を見ろ!」そう言ってリョウは大きく目を見開いた。「はあ!?」「いいからよく見てみろ!」 カウンターの奥で大将はしゃがみ込み笑いをこらえている。リョウの意図が見えたからだ。(多分あれだ、以前も連れの客が機嫌を悪くした時やったあれだ、相手の気を逸らすというか、はぐらかすって寸法だな。ちょっと狡いが上手くいくときもある。リョウさんは結構上手いぞ、はぐらかされてやんなお姫様) 「だから、あんたのその目を見て何があるっていうの!」 (えーい、一か八かだ!こんな時は勢いのある方が勝つ!)もうやけくそである。 「マリ!俺の目の奥を見ろ」「あんた馬鹿か!?活きの良くないマグロのようなその目の奥に何があるって言うんだい!」「わかんねえかなあ、見えねえかなあ・・・『反省』っていう字が書いてあるだろ?良―く見てくれよマリちゃん・・・」 マリはたまらなくなってついに噴出した。「プツ! コンチキショー!訳の分かんない・・ことを・・あ、は、は~!」 カウンターの中でも約一名、腹を抱えて笑いながら 「バカだねー!リョウさんよー勘弁してくれよー、堪んねえよ~笑い過ぎて、あ、涙でてきたじゃねーか!」 他の客とおかあちゃんは狐につままれたように呆然としている。 いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.11.04
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小説 「scene clipper」 Episode 29 マリっぺは手際が良い。きっと料理が得意なんだろうな・・・いい情報だ。 「ウマい!」リョウはマリの料理の腕を褒めたたえるように目を瞠ってみせた。「気に入った?」「ああ、毎日でも食べたいね」「・・・それってもしかしてプロポーズ?」 はたしてリョウはやや不機嫌になった。 「ごめん、今の忘れて早とちりなのよあたしは・・・」マリはそう言って俯いた。 「勝手に誤解してんじゃないよ」 思い切って顔を上げたマリはリョウの顔がまた上機嫌を取り戻しているのを見て、安堵のため息をもらした。 「男のタイミングを横から勝手に持っていくんじゃないって、そう言いたかったんだよ俺は」「ごめんなさい・・・」マリは今にも泣きだしてしまいそうである。 「だいいち、このシチュエーションでプロポーズは無いだろうよ」「わかります、ほんとごめんなさい」「今日、プロポーズしようかって思ったけど、そういうわけで延期するけど異議は無いね」「はい・・・」そう返事をするとマリはすっくと立ち上がってパウダールームに消えた。 「ドン!ドン!ドン!」「え!?マリっぺ!?」 「あーもう!あたしのバカ、あたしのバカあたしのバカー!」 マリっぺのこういうところ、可愛くて可愛くて・・・我慢できない。 「マリっぺ・・・」「え、?」マリは壁をたたくのを止めて振り向いた。「言っただろ、可愛いこと言ってると食っちまうぞって」「あ、はい」マリが片手を可愛く上げた。「なに?」「歓迎します」もうダメだ!・・・ 皆さんも若かりし頃のあんな事、こんな事思い出してみたりしますか? ^^;いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もどうぞよろしくお願い致します。(^^♪
2023.10.29
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前回はここら・・・多分。「私なら、一人で大丈夫だから」「いや、俺が大丈夫じゃないから」「・・・世話の焼ける男だこと・・・」北沢ロフトの入り口が爆笑に包まれた。 小説 「scene clipper」 Episode 28 あれからリョウとマリは明大前で京王線に乗り換えて笹塚で降りた。甲州街道を渡る歩道橋の途中でマリが口を開いた。「ねえ・・・」「ん、?」「さっきどうして代田橋で降りなかったの?」「ドアが開いた時に何故それを聞かなかった?」「・・・降りて欲しくなかった、からかな」 つい振り返ってしまう。「そんな可愛いこと言ってると、食べちまうぞ」「いいよ・・・」 もう我慢できなかった。リョウはマリをグッと引き寄せると彼女の唇を塞いだ。自分でも意外なほど、けっこう濃厚なキスになった。(こんなに好きになっていたのか俺は・・・) マリの唇を解放すると喉の渇きを覚えた。「ビールは何をおいてある?」 (時に無神経と言われるのはこのあたりか?)「キリンかな・・・?」「じゃあコンビニに寄るか、俺アサヒ党だからさあ」「お腹も空いたしね」「おでんとかでいいかい?」「うん、あと、あれもね」「まかしとけ・・・」 買い物済ませてマリの部屋に着いたはいいが、焼け木杭に火が付き結局ビールもおでんも二人の口に入ったのはそれから1時間後だった。 翌朝、俺はコーヒーの香りで目を覚ました。気配を感じたのかマリがキッチンから顔をのぞかせた。「おはよう・・・」男物かな・・マリは膝の上まである大きめのシャツを着ていて裾の脇から白い太ももが見え隠れする。 「おはよう、マリちゃん」「ちゃんはないでしょ、ちゃんは」「だね・・・」大きく頷いてみせるマリ。「マリ・・・」「なあに・・」「腹減ったよ、何かある?」「トーストと・・」 冷蔵庫の中を確認してから「ベーコンエッグならできるけど」「いいねえ、それ頼める?」「もちろん・・・じゃあその間にシャワー浴びてらっしゃいよ。あ、着替えないか」「大丈夫・ゆうべコンビニで買っといた」そう言って俺はコンビニの袋の中からパンツを取り出して見せた。 「おー、用意周到だね」とマリは笑った。 というわけで俺とマリは一晩でステディとなったようである。上妻と水城の顔が浮かんだ。次に会った時、異常な「好奇心」があいつらの顔に浮かんでいたら、どうやって誤魔化す?・・・いやいや何も誤魔化すこともないか。こういうところ、俺って気い小っちゃいんだよなあ・・・。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.09.29
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○前回はここいら辺 「今度ほんとに酒飲みに誘ってくれると嬉しいなあ」「分かった、近いうちにに必ず」嬉しそうに頷くケンさんに銀塚の冷ややかな声がかかる「ケンちゃん、行くわよ」 小説 「scene clipper」 Episode 27 嵐が過ぎ去った。大風が吹いたわけではなく、雨が降ったわけでもない。だが、リョウは己の心の中に立ちつくし、己の背骨にしがみついたまま嵐に晒されていたのだ。今の今まで・・・。 気が付けば、水城が、夕子ちゃんといて、上妻とスージーも、何よりマリが待ってくれていた。 「みんな、ありがとうな。みんなにとっちゃ退屈な芝居だったろうに」 「本当だよ、夕子ちゃんが引き止めてくれなきゃあたしは二回この店出てる」「そうだよな、悪かった本当に」そう言ってリョウは先ずマリに、それからみんなに頭を下げた。 黙って聞いていてくれた水城が可愛いことを言った。 「何すか!頭下げてるリョウさんなんか、俺見たくないっすよ!」「そう言うなよ水城、俺だって弱みのひとつくらい持ってるさ」 リョウはカウンターを振り返って「ター君、ビール頼むよ、3本くらいかな・・・」みんなを振り返ると上妻が代表して「そんなところでいいんじゃないか・・・」とまとめてくれた。 「了解、あ、これお前の口癖だったよな。(笑)」 マリが我慢してたタバコをくわえて火を付けた。 「で、あれで決着ついたわけ・・・たぶん初恋だったんだろうけど」「ああ、完全完結ドリーマーってやつだ」「何それ?」 「想像力たくましいマリちゃんでも、初めて会った人の中身見通すことは無理だよな」「あの子の今日の中身なら見えたけど・・・小3の頃からの中身なんて知る余地も・・まあ、あの子が変わってしまったってことは想像つくけど、話し聞いてて」「さすがだなあ」「・・・・・」 「そのマリちゃんの想像力、高くてせいぜいがとこ都庁展望台の200メートルほどが生活環境の巡行高度域に暮らす人の想像力のことだが、これは俺もみんなも持ってる想像力だ・・・銀塚はそれを高―い空に置いてきちゃったんだなきっと・・・」「分かったようで・・・今一つかな?」 そこへター君が来た。「はいよ、お待ち。枝豆も持ってきたけど食べるか?」 「お、いいねぇ、ター君気が利いてるねえ」「江戸っ子だからな」 「はいはい」「返事はひとつでいいって教わらなかったか?」「はい」「それそれ・・・あ、邪魔したね」とみんなを見回し、優しいター君は去っていく。 リョウはしっかり長話を聞いてくれたみんなにビールをついで回った。 そこで上妻が口を開いた。 「今日のお前の話、なんか納得したよ。銀塚が変わったのには俺もすぐに気づいたし、その原因がお袋さんの親心による束縛だってことも頷けた。けどな、銀塚が変わった原因はそれだけじゃないと感じたんだ。お前のその生活環境の巡行高度って説、あれを聞いてて直接の原因は彼女自身が創り出したんじゃないか。あまりに溜まっていた鬱憤が、極端に違う高みに羽ばたいたことで、もしかしたら彼女自身さえ想像し得なかった環境に身を置いてしまったために、性格まで変化してしまった・・・違うか?」 「違わない。それが俺の言いたかったことだ。あいつ、銀塚は昔はあんなきつい言い方をする女じゃなかった。地表近くで暮らす人だった頃、あいつも人並みの想像力を持っていたんだ。だから相手を思いやることが出来てた。よく言うじゃないか、似た者同士って。誰にでも弱いところがあるってこと、あの頃のあいつは知っていた。想像できていたんだ、もしかしたら俺たち以上にだ。だからじゃないかな、あいつは人一倍優しかった・・・そこが良かった。だけど上妻が言ったように極端に変わった生活環境の巡行高度に慣れてしまった。地表のアリが見えなく、いや多分存在さえ忘れてしまったのかもしれない」 「分かった・・・そこそこ納得できる話ね。けどちょっと疲れたから帰る」みんなも同意らしく、すぐに身支度を始めた。そんな彼らを見渡してリョウは「済まなかった」と言い、そして続けた。 「今日は水城と夕子ちゃんのお祝いだったのに、とんだ邪魔が入って、俺も結局そのお邪魔虫の片棒担いでしまって、夕子ちゃんごめんね、それに今日初参加のスージーも、ごめん!」「いえ、リョウさんの違う一面を見れて、なんか得した気分でいますから大丈夫です」「私も」これは夕子ちゃん 「いやいや、これは参った!上妻も水城も女を見る目あるよなー」「だろ!お前も見る目を養えよ」「ああ、俺は今日マリちゃんとふたりで帰るから」 「ほう、やっとな・・・」「私なら一人で大丈夫だから」「いや、俺が大丈夫じゃないから」「・・・世話の焼ける男だこと・・・」 北沢ロフトの入り口が爆笑に包まれた。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今回もよろしくお願いします。(^^♪
2023.09.08
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※前回のエンド「そう、そこまで分かっちゃうんだ・・・だったら山本君が世界で一番私の良き理解者になってもらえるってことだよね」 マリが席を立とうとした、ガタっと音を立てて。 小説 「scene clipper」 Episode 26 水城の嫁、夕子がマリの手を掴んで引き止める。「マリさん、もう少し・・・ね」驚いたことに、マリは夕子の言葉に従って腰を下ろした。 山本は銀塚の目を見、首を横に振ってから言った。 「それは違うな・・・おれは今日はっきり分かったんだ。お前とは生きてく高さが違うってな」「それはどういう意味?」 「うん、先ず第一にお前はお袋さんの手の届かない東京で本当の人生、お前だけの人生だ。それは他の同級生たちなら、それぞれ思春期を迎えた頃から自分なりに羽ばたく準備を始めるものだが、だけどお前にはお袋さんがいた、いつも隣にな。羽ばたくための準備は、せいぜい頭の中で計画を練る程度だったんじゃないか?」 由美は手を口に当てた。そして目を瞠る・・・『そこまで分かってくれていた』という喜びに痺れるような感動を覚えていた。しかし・・・ 「それが大学生となり東京で暮らし始め、人生で始めてお袋さんの手を離れて、羽ばたく練習を始めることになった。お前は急に空の近さを感じて躍り上がるような気がしただろう、違うか?」 「違わない、それにしてもそこまで読み取れるなんて、やっぱり山本君、私のことを・・・」 再びマリが立ち上がりかけたが、夕子に油断は無く、またしても未遂に終わる。 それでも、山本が二度目の異変に気付かないはずがない。マリを振り返って言った。「マリ、もう少し待ってくれ」 マリは「呼び捨てなんだ・・・」そう言ったが目にも口元にも鋭さは無い。 顔の向きを戻して山本は続ける。 「第二に、旅客機が飛ぶ高度ってどのくらいだ?」「条件によるけど、長距離の巡行高度なら、ほぼ1万メートルよ」「めちゃくちゃ高く羽ばたいてんだなー」「・・・・・・・」「俺の巡行高度・・・俺は空飛ぶ仕事してないから普段の生活環境の高さということだが、せいぜい20~30メートル 俺んとこ9階建てマンションの最上階だからそんなもんだ」 「何が言いたいのか分かんないわ」そこへ上妻が「俺にはなんとなく見えてきたよ」つづいてケンさんが「俺にも薄っすらと見えてきたぜ」 「何よ二人とも!少し黙っててくれないかしら」 「今の・・・」「え、何?」「自分の口から答えを出したようなもの・・・」「・・・・・・・」「昔のお前なら、さっきみたいに強い語気で人を制することはしなかったはずだ。断っておくが俺はお前がその意志を強く持ち続けて高く、自分の羽で羽ばたいたことを喜んでいるし、尊敬している」「尊敬だなんて・・・」「本当のことさ・・・少なくとも自分の進む道にまだ迷いのある俺にとって尊敬に値する生き方をお前は実現しているんだからな」「・・・・・」 「生活の巡行高度を取り上げて説明しようとしたのは、分かりづらかったかも知れないが生活環境の違いってさあ、なんかこう人の感性に少なからず影響を及ぼすってことあると俺は思っている。極端な話が内戦の続く国で暮らす人の表情って違うじゃない?」「それはそうだけど・・・」「比較してどうなのか?的を得てるのかどうか、とは思うけどな、俺たちは足元にアリが歩いているのが見えて『おっと』とよけて歩ける。けど避けたくたってお前の羽ばたく高い空からは見えないというより、アリの存在さえ忘れているだろ?」 由美の顔に落胆の色が浮かび始めた。リョウの話についていけなくなったのである。リョウは話していて、ある想いを強くしていた。 「俺はな、今あの時、上京する新幹線の中で感じたこと『俺たちが同じレールの上を走ることはもうないんじゃないかって』あの時の予感が当たっていたように思う」 「それを言うために巡行高度のはなしを?」「・・・いやもういい、忘れてくれ」「分かった、じゃあさようなら」 言うと彼女は立ち上がった。ケンさんはリョウに向けて「俺にはあんたの言いたかったこと、ほぼ分かってたよ。今度ほんとに酒飲みに誘ってくれると嬉しいなあ」 「分かった、近いうちにに必ず」嬉しそうに頷くケンさんに銀塚の冷ややかな声がかかる「ケンちゃん、行くわよ」応援ありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.08.31
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小説「scene clipper」 Episode 25 「銀塚・・・」 山本の田舎は九州だが漁師町でかなり荒っぽい土地柄のせいか小学生の時分から男子は女子を呼び捨てにする。では女子は?と言えば、男子を君付けで呼ぶ。不公平だとか傲慢だとか言わないで欲しい。特別に男尊女卑の意はなく、昔からそうなのだ。 「何?」「お前変わったな」「・・・・・」 ここでケンさんが間に入る 「そうだ、俺もそう思う、確かに由美は変わった」「なるほど、ケンちゃんと山本君には分かっちゃうんだね・・・」「自分でもそうと認めるくらいなんだから昔を知ってる俺らには隠せないさ」「分かった。どうして、そしてどんな風に変わったのか教えてあげ・・・」 銀塚のセリフを横からさらったのは山本だった。 「それは俺に言わせてくれ・・・俺には必要なんだと思う・・・頼むよ」 山本はあろうことか銀塚に向かって手を合わせているではないか! 「山本君のその目、昔から私逆らえなかった・・・今日はそれに加えて手を合わせるなんて、私に逆らう術があるわけない。いいわ、言い当ててみて」 山本は大きく息を吸って、吐いたがそれは単なる深呼吸とは違った。小3の時、銀塚が転校してきたあの日からの記憶が蘇り、映像化されていく為に酸素が多く消費されている? そんな気分を山本は味わっていた。そのための深い呼吸だったわけだ。 「お前は、登下校時とか校内で顔を合わせて俺や上妻と話をする時と、校外で出会った時じゃ様子が違ってた・・・それは、校外の時にはいつもお前の横には・・・」 銀塚の顔から笑みが消えた。 「続けて・・・」「お前の横にはいつだってお前んとこの、お袋さんが居た・・・」 銀塚の瞳が大きく開かれた。 「あれじゃあ飛べない・・・俺は中坊になった頃からそう思うようになったよ」 銀塚は体重を支える脚の力を失ったらしく、テーブルに手をついて腰を下ろした。「今思い出したんだが、俺が上京するその日、俺たちが最後に偶然出くわした場所を覚えているか?」「もちろんよ、新幹線の改札口だった・・・」「そうだ、あの時俺は既に東京での生活を始めてたお前の電話番号を聞こうと思いついた。だがその時どこからか現れたんだ、お前のお袋さんが・・・」「そ、そんな、そうだったの・・・」 「あの後、東京行きの新幹線の中で俺は感じ取っていた。俺たちが同じレールの上を走ることはもうないんじゃないかって・・・」「そんなこと勝手に決めてしまわないで!」「まあ聞け・・・あれからお前は東京で大学を卒業してCAになるために必死に努力を重ねてきただろう。その間・・・お前の隣にお袋さんは居なかった。そうだろ?お前は立派に羽ばたくことができたんだ・・・・・頑張ったよお前は、なあ銀塚・・・」 「もー!お兄ちゃんと同じこと言ってー!」ついに銀塚の目から涙が堰を切ったように流れはじめたが、僅かな間をおいて由美は涙を拭い、打って変わってその目に新たな輝きを見せた。ほんの僅かな時間の経過のあとでも、人はその次のタイミングを逃さないでいられる技をいつの間にか身につけているものだ。 「そう、そこまで分かっちゃうんだ・・・だったら山本君が世界で一番私の良き理解者になってもらえるってことだよね」 マリが席を立とうとした、ガタっと音を立てて!忘れられかけていた小説が今!などと大袈裟なキャッチコピーでしたね。応援感謝します。
2023.08.21
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8月15日、今日は終戦記念日ですね。今年もまた思うことですが、日本人による自虐史観が横行していることに驚きます。私が知る海外の友人にこの自虐史観はありません。全くゼロではないにしても日本ほどではないです。米、英、豪、カナダ、タイ、ベトナム、フィリピン、ある素晴らしい先輩のお陰でホームパーティに参加するご縁に恵まれて海外の人達と親しく会話をすることができました。一緒に旅行したり、お酒を飲む、温泉を楽しむなど交流を重ねると、普通の会話から一歩踏み込んだ内容の話が出来るようになって。政治、歴史、文化(芸術も当然)の話、そして戦争の話も。長くならないように簡潔に披瀝させて頂きますと、彼らの口から異口同音に出てくる言葉に自虐史観はほとんどありませんでした。むしろ一部の日本人(私が同伴した者の中に)に自虐史観は顕著に見られ、それを聞いた海外の友人たちは不思議そうに顔をしかめました。「自分たちの国、家族を守ろうとして戦い亡くなった軍人を何故非難する?我々の国では、政党によってイデオロギーの違いは有っても自分の国を自虐史観から貶めたり、国を守るために戦った人たちを非難することはあり得ないことだ。亡くなった戦士たちがどれだけの恐怖と闘ったと思うんだ?そんなことさえ感じられない人を私は人として信用することはできない」これはイギリスから来ていた友人の言葉ですが私は大いに賛同しました。良くないのは戦争に突入したことですが、それには様々な原因があります。突然ですが日本は仏教の一切経がたどり着いた国です。何が言いたいかと言うと、今海外、特に北米と一部の欧州で認められつつある仏教。中でも浄土真宗は北米だけで100軒以上の寺院や仏教研究所が存在するほどです。何が理由か?それはお釈迦さまの説いた「因果の法則」に感銘を受けた人が多いようです。「あらゆる物事には全て原因がある。それが様々な縁に触れて様々な結果を生む」ということです。そして「片方にのみ起きたことの原因・責任を求めるならば、それはやがて新たなる衝突の種となり、争いの原因ともなり得るのである」戦争の責任の一端を感じるならば知っておきたいものです。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。
2023.08.16
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みなさん、こんばんは。暑いですね なので私のような凡人素人小説家はいつもに増してお頭の回転が思わしくなく、フィクションは思うように書けません。そこで思いついたのが「小説の道草」書けない時のノンフィクション頼みなのです。まず今日はというより今日もですか・・・暑くて・・・そんな夏にぴったしカンカン!(いやいや古いですね、平成生まれの方はご存じない頃のテレビ番組です)そう、夏になーると思い出す♪静かな尾瀬ーこわい話♪ん?( ; ›ω‹ ) あれは随分昔の話、私と兄と2人、居間でテレビを見てました。日テレの「11PM」これも相当に古い。真夜中に雨が降り始めたのですが、どんどん激しさを増してきておまけに雷まで!この夜の出来事をきっかけに私は雷がトラウマになったのです。雷雨は激しさを増し「あれ、今のどこかに落ちたんじゃないか?」と兄が言い、私は顔が引きつっているのを自覚していました。ピカ!と稲光が光るとほぼ同時に耳をつんざくような雷鳴が!!おまけにそれは地響きまで伴っていたから堪りません。酷く驚くと腰を抜かすと言いますが、その時は逆に兄と2人同時にソファから飛び上がってしまいました。そしてどちらからともなく、目の前のカーテンを左右に引き開けた!そこに映し出された光景は今でも瞼の裏に鮮明に焼き付いたままなのです。我が家の前方100メートルほどの所には直ぐそばのお寺の丘のような形状の墓地がありまして・・・。その真ん中には昔から一本の松の木が立っていたのですが、今、その松の木が縦に真っ二つに裂けていて・・・墓地の上部を煌々と照らしていた。あの猛烈な落雷によって枝はことごとく飛び散ったのでしょう、木の幹だけが裂けて燃えているのです・・・。なんだか可哀そうな気がして・・・兄の横顔を見ると兄も同じ気持ちだったのではなかったか・・・じっと雨の中で燃え続ける松の木の哀れな姿を見つめている。兄も私も物心ついた頃から、あの一本松を見て育ったのです。そしてその後、あの神妙な気分をぶち壊す言葉が私の口をついて出てきたのでした。私は昔から思い浮かんだことを口にせずにはいられない、そんな愚かな性分を持つ人間でした。「今の雷でお墓の住人たち起きてきたりしてね ハハハ・・・」兄の返事は痛かった(頭にゲンコ・・・)少年時代の怖くて痛い思い出でした。応援して頂きますと幸いです。(^^♪
2023.07.26
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