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11月の第4木曜日(今年は25日)はサンクス・ギヴィング・デー(感謝祭)です。このアメリカの伝統ある行事は、1621年に行われたピルグリムズとネイティヴ・アメリカンの祝宴に由来することは昨年の日記にも書きましたが、途中中断したこともあり、11月の第4木曜と定められたのは1941年のフランクリン・ルーズベルト大統領の時と、以外に新しいことだとヒロキの宿題を手伝っていて知りました。 ヒロキの学校は、水曜日が半日で終わり、木曜日から日曜日まで休日ですが、今年も我が家は旅行の予定もなく、アメリカ伝統のターキーを食べる予定もなく、という状態でした。 学校で、先生が、「この休暇にどんなことをする予定か?」と一人一人に尋ねたそうですが、「XXに住んでいる、おばあさんの家を訪ねる」「家でパーティーをする」「ターキー・ハンティングに行く(本当に七面鳥狩をするのかは不明)」といった返事がほとんどの中、ヒロキは「ボクは、家の掃除をして、宿題をやります!」という珍回答で、先生も友達も唖然としたようです。 ところが、水曜日の午後、日本人の友人Y子さんから電話があって、「明日、隣の家と合同でターキーを焼いてパーティーをするけれど、いらっしゃいませんか?」とのお誘い。Y子さんのご主人はフランス人で、フランス風の本格的なターキーを、ご主人自らが焼いてくださるとのことで、大いに期待が持てます。 さて、当日の朝、電話が鳴りました。ヒロキの友人キューミン(韓国人)のお母さんです。「今日、暇なら、お昼ご飯に来ない? ターキーを焼くのだけれど・・・」うーん、夕食はすでにターキーの予定が入っていましたが、せっかくなので行かせていただくことにしました。 キューミンの家は隣のアパートで、車で5分くらい。約束の時間は昼の12時。アメリカではふつう15分くらい遅れていくのが常識なので、そのつもりでいたら、12時2分に電話が鳴り、キューミンが「いつ来るの! 早く来てよ!」。韓国人は時間より早く行く習慣なのでしょうか? 聞き忘れました。 キューミンのお母さん曰く、「アメリカにきて2年、初めてターキーを焼くことにして、昨日一番小さいターキーを買ってきた。昼にディナーをしようと、朝5時に起きて準備を始めたけれど、どうもこのターキーを家族4人で食べるのは大きすぎる。キューミンとお兄さんは未だ寝ていたので、自分ひとりで決めて、我が家を招待した。起きてきて、この話を聞いたキューミンは大喜びで、待ちきれないで電話をかけた。」 ターキーとハムを焼いて、コーン入りマッシュポテトとグレービーソースとスタッフィングとサラダと、初めて作ったにしては上出来でした。 でも、キューミンのお父さんもお母さんも、食べながら、「本当はこういうアメリカ料理は、好きじゃないのよねー」。月に一度はニューヨークの韓国人街に買出しに出かけ、普段は韓国料理を食べているそうです。で、登場したのが炊きたてご飯にキムチ! これが実においしい、幸せ! って言う気分です(笑)。キューミンの家には、韓国から持ってきた「キムチ冷蔵庫」があります。普通の冷蔵庫より低い温度で、キムチの保存用に使うそうです。ソウルでは、ほとんどの家庭にこの冷蔵庫があるそうです。 ターキーは半身が完全に余っていました。 さて、夕方はY子さん宅へ。ご主人がフランスのお母さんに電話そして教わったという、トリひき肉とトウフの詰め物入りターキーに、カブやニンジンや芽キャベツの付け合せ・・・アメリカでは見られない豪華な料理を堪能しました。ヒロキはY子さんの子供のN君と、隣のうちのマッキーと広い家の中を駆けずり回り、はしゃぎすぎでどこかに頭をぶつけてたんこぶを作りました。 ここでも、3家族で食べたのに、ターキーは約半分残りました。 翌日は、日本人のOさんがホーム・パーティーに呼んでくださいました。なんと、贅沢にも「シャブシャブ・パーティー」です。 昨年はOさんはターキーを焼いたそうですが、残りものを1週間かけても食べきれず、カレーに入れたり、いろいろ苦労したそうです。今年はもう焼かないことに決めたのだそうです。我が家にとってもラッキーでした(笑)。 翌日学校がないのをいいことに、ヒロキとOさんの娘のEちゃんとは夜中すぎまで遊んでいました。遊んでいると、ちっとも眠くならないそうです。 サンクス・ギヴィング・デーも、もう3回目になりました。最初の年は来たばかりで、ニュージャージーの日系グロッサリーに布団を探しに行きました。結局買わないで、日本から送ってもらったのですが。サンクス・ギヴィング・デーのディナーにとっても興味があったのですが、ついに食べる機会はありませんでした。 2年目は、ヒロキの学校のパーティーで本格ディナーを試食し、満足しました。 3年目の今年は、3回もターキーが食べられて、大満足です。この先、私が自分でターキーを焼くことは決してないでしょう(爆)。
2004年11月27日
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ニュー・ヘイヴンには、「ニュー・ヘイヴン・シンフォニー」というアマチュア・オーケストラがあります。何でも全米で4番目に古いオーケストラなんだそうですが、メジャーになれなかったのは、やはりニュー・ヘイヴンそのものがメジャーな都市になれなかったためでしょう。 しかし、アマチュアながら年に十数回の定期演奏会をこなし、なかなか立派なものだと思っていましたが、今まで聞きに行く機会がありませんでした。 先週たまたまパンフレットを手に入れたら、11月の演奏会の曲目はドボルザークの「新世界より」。春のハムデン・シンフォニー・オーケストラの演奏会でこの曲が大好きになってしまったヒロキが、また聞きに行きたいというので、チケットを買おうと思ったのですが、ニュー・ヘイヴンでの開催分は安い席はすでに売り切れでした。こんなアマチュア・オケなので、$50のチケットはもったいないと思ったのです。 同じプログラムが、今日、Wiltonという町の高校であることがわかったので、こちらに行くことにしました。チケットは$30x2枚と$10x1枚。 本当は夫が忙しいので、ヒロキと私の二人だけで行こうと思ったのですが、Wiltonはうちから40分ほど離れているし、土曜日のコンサートだというのに夜8:00の始まりで、終了時刻は夜10:00を過ぎてしまいそうで、ちょっと一人で行く自信がありません。 案の定、夫は「ちっとも気乗りのしないプログラムだなあ・・・」などとぶつぶつ言いながらの運転です。I-95の17番出口を降りてから、遠いし、暗いし、雨は降っているし、本当に行き着けるのか不安でした。 会場は、Wilton高校のオーディトリウムでしたが、これがすばらしい中ホールで、広い、吹き抜けのあるロビーでは、生徒の美術作品の展示が行われていました。 本日の演奏会のタイトルは、「American Frontiers」。プログラムの最初は、コープランド(Copland)の「ロデオから、4つのダンスエピソード」。コープランドは20世紀のアメリカの作曲家です。初めて聴く曲ですが、アメリカらしくて、とても楽しい曲でした。 次は、実は私が最も期待していた、ガーシュウィン(Gershwin)の「ラプソディー・イン・ブルー」。プログラムにピアニストの名前がありません。代わりに、「George Gershwin, piano roll」と書いてあります。これはいったいどういう意味なのかな? ステージ中央に「YAMAHA」のコンサート・グランドが運ばれました。ちゃんと椅子も用意してあります。指揮者のPakさん(韓国人)が、マイクをとって説明を始めました。「今夜のピアニストは、ガーシュウィンです。ガーシュウィンの録音から、コンピューターを使って、ピアノが自動演奏をできるようにしてあります。この試みは、コネチカットでは初めてです。何しろ、このピアノはとても高いので・・・(笑)。」 ガーシュウィンの活躍した1920年代のアメリカは、自動演奏ピアノが最も発達した時代でした。ガーシュウィン自身もピアニストでしたから、ラプソディー・イン・ブルーのピアノ独奏版を自動演奏ピアノ用に録音しました。これは巻紙に穴を開けて記録するもので、ピアノ・ロールを呼ばれています。 最近このピアノ・ロールからMIDIのデータに変換し、現代の自動ピアノに演奏させたものが、いくつかCDも出ているそうです。さらに、ピアノ独奏版のデータから、本来オーケストラが演奏する部分を除いて、「ピアノ・パート版」が作られ、オーケストラと共演できるようになったのです。まさに、YAMAHAによる、ハイテク演奏会なのです。 Pakさんは、ヘッドフォンをつけて演奏を始めました。最初のピアノ独奏部、ぴったり合っています。椅子には誰も座っていないのに、鍵盤はちゃんと動いて演奏しています。たまに、和音がずれることもあるけれど、かえって臨場感があります。(この曲で、ソリストとオケがぴったり合ったら、かえってわざとらしいと思います。) ガーシュウィンの演奏は、華麗というには程遠く、重くて泥臭いのですが、テンポの動きが実に自由で、とても楽しい演奏です。無人の椅子に、若くして亡くなったガーシュウィンの姿が見え、私は涙が出るほど感動しました。 ヒロキは「ボク、この曲聞いたことあるよ。」以前、日本にいたとき2台ピアノによる演奏を一度だけ聞いたことがあるのですが、よく覚えているものです。 休憩のあとは、ドボルザークの「新世界より」。とにかくこのオーケストラ、上手いです。日本のプロのオケでも、ここより下手なところはいくらでもあります。いったいここのメンバーは、普段は何をしている人なのでしょう? 私は大好きなラプソディー・イン・ブルーの後で、ヒロキは昼間の補習校の疲れが出たのか、二人は少々飽き気味でしたが、夫は一番感動していました。帰りの車の中では、「良かった、良かった、(合計)$70は高くない・・・。」とご機嫌でした。
2004年11月20日
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