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まあなんというか、一郎は2年ぶりの帰国なのに、1週間の滞在。21日 夕方羽田着 友人に会う。 宿泊は漫画喫茶とか・・・。22日 学生ビザの申請のためイギリス大使館に行く。 友人(女性)会う。 夕方6時50分最終便、博多行き新幹線に乗る。 11時博多着。 夫の妹宅に宿泊。義母、義姉も駆けつける。23日 福岡、志賀島の海岸へ行く。 昼食を終えて 新幹線で広島へ 母の見舞い。 9時過ぎの新幹線で大阪へ。 夫も出張先から帰ってきたので、久しぶりに家族が 揃う。24日 ~ 28日 暇だといいながら、友達とあったり 買い物したり、DVDを5本見る。29日 朝イギリスへ向けて出国。 少し大人になったかと思ったが、子どもの頃とちっとも変わっていない。よく食べて、よく喋って、よく笑う。家に帰ってくるのに、荷物は25センチ角のショルダーバックと小さな紙袋。着替えは一切なく、従兄弟の服や弟の服を借りて、その日をしのぐ。 博多の義姉から電話があって、一郎の話になった。義母は一郎のジーパンの両ひざの穴が開いて、安全ピンで留めてあったり、お尻は生地が薄くなっていたことを、心配していたらしい。義母の心配、的中ってところなんだが、一郎は1週間はいたパンツを、今朝洗濯に出していたから、ユニクロに買い物に行った午前中は、ノーパンでお出かけだ。 賑やかな一郎の一週間も、あっと言う間に過ぎ、明日イギリスに発つが、今夜はまだ今帰宅していない。久しぶりに会う友人との時間を、楽しんでいるのだろう。特に支度もないので、明日はプラリと発つだろう。
2006年09月28日
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9月21日、事故で骨折した母の足の手術が行われた。私は病室で手術が終わるのを待っていたが、予定の時間が過ぎて怒ったような母の声が聞こえてきた。どうやら、手術前に時計と指輪をはずしたのを、忘れていて時計を取られたと、怒っているのだ。 私が時計を渡してあげると、その件は落ち着いたが、部分麻酔だったので、手術中、体や手足を拘束され、そのことが苦痛だったようで、顔を辛そうにしかめた。看護師さんがいなくなった後、私に耳打ちしてそのことを教えてくれた。そして自分の口に右指を立てて何度も「シー」と言った。 手術中は寒かったようで「寒い」と言っていたが、ベットの下のホットカーベットが温まってくると、熱くなったのか手術した足も動かすので、ホットカーベットの電源を切ってもらった。 手術は2時から4時半までかかったが、朝から何も食べられない上に、水も夕方の8時まで摂れれなかったのでそのことも苦痛だったに違いない。 手術前、年配の看護師によばれて、治療に支障をきたす場合拘束する旨の承認書にサインさせられた。今は骨折の治療が一番になるので、止むをえない。 母は8時過ぎに水を飲ませてもらい、薬を飲んだ後はうつらうつらしてきた。それで、手術した足を動かして骨がずれたりしないように、ベットに拘束してもらった。そして、母に「また明日くるね」と挨拶して病室をでた。 事故に遭ったのが12日だが、外科の先生は通いの先生で、木曜日にしか手術できないので21日になった。老人の骨折などは、緊急性などないと判断されるのだろうか・・ともあれ、無事手術は終わった。
2006年09月28日
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9月1日出発して、今日で19日目。先ほどの電話では、目的のエディンバラに、あと10キロメートル位の所に泊まって、今出発の準備をしているらしい。 一郎のイギリス自転車旅行は、地図で言うと、ロンドンの少し上あたりのバーミンガムを出発して、左下のランズ・エンドへ行き、右上に上がって、スコットランドのエディンバラを自転車旅行の終着点とした、割りにゆっくりとした旅だ。 一郎が携帯電話を持っているので、今回電話できる時は毎日電話した。 一郎の自転車旅行は、宿に泊まらず野宿が基本だ。アルバイトをしたお金、30万円くらい持っていたので、食事は豪華にしたそうである。パブは欠かせない存在のようで、お酒を飲んだり、客とおしゃりべしたり、たまに泊めてもらったりと息抜きの場所になっているようだ。 デジカメで撮った写真を、HPにUPしてくれた。高1で東京まで自転車で旅行した時より、より身近に感じる。ランズ・エンド パブでバイトしていたので、お酒に詳しいはず。 ここまで、無事旅を続けてこられたことを、感謝したい。
2006年09月19日
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事故に遭ってから、母の認知症が進んでいる。自分がなぜ病院にいるのか、すぐに分からなくなる。左足間接部4箇所を骨折しているが、固定されているのでそんなに痛くはないのか、トイレなどに立とうとする。夜中に這って、行こうとしたことがあったらしい。 母を一人にしないで、側にいて話相手になるだけでも、安心するだろうし、症状も安定するだろう。そうしてあげたいと思う。 21日に手術があるので、明日広島に帰省する。明日から夫が、また9ヶ月ほど出張で、家を留守にする。23日、一郎がイギリスから2年ぶりに、帰ってくるが、29日にはまたイギリスに戻って、大学院に進学するので1週間の滞在になる。久しぶりに家族が揃う為には、夫は出張先から帰宅して、私も23日、広島から帰ってこなければならない。 母が退院した後のことは、まだ決めてはいないが、それまでは、私の生活の拠点を、広島の実家にするしかないと思う。次郎にそれを話と、自分にも火の粉がかかってきたのを感じて、真顔で食事をどうしたらいいのか、聞いてきた。 夫は愛知県、次郎は大阪、一郎はイギリス、私は広島と家族バラバラで、家庭崩壊みたいだね。母の介護を上手く乗り切るには、どうしたらいいものかな~。 敬老の日、まだ一度も母たちに、お祝いをしたことがないです。来年からでも、敬老の日に花か何かを贈りたいと思います。
2006年09月19日
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今週は白浜、奈良と本日は広島へ行く。楽しいことも、そうでないことも一緒にやってくる。母は自転車に乗っていて、バイクと接触、骨折して入院した。睡眠不足で頭痛がするが、井上陽水の高いハスキーな声、ギターのジャンジャンという荒っぽい演奏が頭を回って、痛みを増す。がんばれ、みんながんばれ気持ちは「東へ西へ」だ。 昼寝をすれば夜中に 眠れないのはどういうわけだ満月 空に満月 明日は愛しいあの子に会える目覚まし時計は 母親みたいで 心が通わず頼りの自分は 睡眠不足で だからがんばれ みんながんばれ 月は流れて東へ西へ・・・・・・
2006年09月15日
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以前、自転車旅行前の一郎から「奈良を観光するのだったら何処がいい?」と電話があった。「東大寺から薬師寺にかけてか、飛鳥村あたりかな~」というと「イギリスの友達が行くから案内してくれる?」と頼まれた。「ええよ・・・」と答えたんだが・・・。 先週末、一郎のその友達から電話があった。それで、奈良駅で待ち合わせることにしたが、奈良を観光した後、泊まる所を決めているのか聞くと、まだ決めていないという。 一郎のHPを読むと、この友達の家族にはざんざんお世話になっている模様。そこで「狭い汚いところだけど、我が家に泊まってもいいですよ」とお誘いする。「わぁ~一郎の実家に泊まっていいのですか?」と喜んでいる様子。一郎の頼みは、観光の案内だったが、成り行きで泊まってもらうことになった。 客間なんてないので、来客に応じて臨機応変に、私たち夫婦の寝床を、移動することになる。家はミゾネットになっているので、布団を持って狭い階段を上下しなければならない。「フンころがし」ならぬ「布団ころがし」みたいで笑っちゃいそう。 一郎の頼みは、いつも素敵な出会いと、様々な刺激を与えてくれる。
2006年09月12日
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「温泉に行きたいから、何処か宿とっといて・・・」の夫からのお達しがでたので、候補を3つにした。まだ行ったことのない城崎温泉か、有馬温泉は2度行ったことはあるものの、ゆっくり二人で行ったことがないので有馬か、はたまた高速道路が出来て、大阪からとても身近になった白浜温泉にした。 天気予報では土曜日から雨だったので、温泉に浸かるだけのつもりで、ドライブ兼ねて白浜に決めた。どちらかというと、夫はナトリウム、つまりショッパイ塩の温泉は苦手そうである。それで泊るのは、硫黄のかおりがほんのりで、オーシャンビューが楽しめる、白浜の隣町すさみ町の温泉にした。 10日朝、大阪はいい天気だった。白浜に行く手前の浜では、ダイバーペンギンが海を行き来していた。 海は澄んできれいだ。海水浴をしている親子も何組もいた。 私は雨傘しか持っていなかったので、それを日傘にして浜の貝殻や石を拾った。 白浜のしらら浜の、細かい砂の感触は久ぶりだった。白い浜に埋もれて眠ってしまいたいくらい、気持ちよかった。そういえば去年も、日帰りツァーで、熊野街道から白浜に来て、温泉には入ったんだけど、この浜はバスで通り過ぎただけだった。 千畳敷に立ち寄る。黒い雨雲が空を覆ってくると、海の色も暗く染まってきた。その沖を水上バイクが、白いしぶきを上げて走り行った。 三段壁では黒雲は通り過ぎたが、雨が振り出してきた。 雨は通り雨で暫く降っていたが、ホテルに着いたときは止んでいた。 温泉に入った。露天風呂から海が見渡せた。夜の空と海は、青い薄墨を使った、墨江の世界のようだった。稲光が幾度も閃光を描いた。 お土産は 浜で拾った貝と石。小さな子どものようだけれど、大事にしまっておこう。
2006年09月11日
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9月1日 バーミンガムの朝、5時に友達と二人で出発。 | この間気になっていたが、連絡せず。 4日 ブリストルの墓地泊、友達と別れて一人旅 5日 連絡取れない。 6日 エクスパーのバス停泊 夜中の1時頃に電話をしてしまって、寝ぼけ声。 (ごめ~ん、起こしてしまった・・・。) 「星がキレイだ!」そうな。 寝るのは、寝袋の中。 こんな寝袋みたことない。 まだ宿には泊まっていないという。 食事は何か食べれるにしても、シャワーとか どうしているのと聞くと、トイレが使えるところで 石鹸を使って体洗っているとのこと。 7日 プリマス 一郎から電話があった。 夜中の2時だそうだが、元気な声が弾む。 夜バス停で寝入っていたら、懐中電灯に照らされて、 起こされた。 少し年配の男性が話かけてきて、教会に案内して くれたようだ。 それで体を洗ったり、洗濯したりして、とても ハッピーの様子。 プリマスはイギリスの左下の端にあたる。 17世紀にここの港から、清教徒を乗せた メイフラワー号がアメリカ大陸を目指して出航した 歴史を持つ街だ。 (今まではまったく関係のない街だったが、一郎に宿を 与えてくれた、街のみなさんに感謝!) この本の地図を見ながら、一郎の旅を応援しています。
2006年09月07日
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「超楽天家~暮らしの愉しみ 」EBさんのブログから毎回、暮らしの愉しみを分けていただいています。その中から、今回は超簡単スコーンを紹介します。材料は、ホットケーキミックス200g、卵一個、バター30gだけ。作り方は、ビニール袋に材料全部入れて、こねて、型で抜いたり、切り分けたりして、180度のオーブンで15分焼くだけ。私は野菜の型抜きを使って、1口サイズしてみました。でもスコーンは、手に持って食べれるくらいが、食べ応えがあって、いいと思います。スコーンの材料に、すりゴマ、ジャスミン茶、ローズマリー、黄な粉の4種類の味にしてみました。超簡単で、おいしいのでお薦めです。「超楽天家~暮らしの愉しみ 」EBさんのブログでは、詳しい作り方が記載されています。
2006年09月05日
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長男の一郎が、自転車で旅行するのは、これで3度目。最初は高校1年の夏。友達2人と、大阪から東京まで往復した。 2度目はアメリカ短大時代に、日本に帰国した折富士山に登りたいと、一人で出かけた。 3度目は今回で、イギリスの大学を卒業し、1ヶ月間のアルバイト終え、9月1日から自転車で旅をしている。昨日までは、友人が伴走してくれていたらしいが、今日から一人旅だ。 イギリス時間の6時半、一郎の携帯に電話をした。「いま何しているの?」「ハダカデイル」「裸でいるの!」「あはははは・・・・・起きたとこで、墓にいる」「へえ~、日本語の発音少しおかしいんじぁない・・・?」「あははは・・・・・」元気そうな、笑い声が帰ってきた。それにしても、よく墓地に泊まれたなぁ・・・! 今イギリスの何処にいるのかも、よく分からない。一郎は、小さい時から冒険心に富んだ子だった。親として、心配もいっぱいしてきたが、楽しみもいっぱいくれた。 9月22日頃、2年3ヶ月ぶりに帰国する。無事、自転車旅行を終え、帰ってこれますように願うのみだ。 ランニング専用バッグ
2006年09月04日
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2泊3日で帰省して、母の様子を見てこようと思っています。それで、夫と子どもの為に、2日分の料理をしました。昨日の夕食の後に、ハンバーグを作って冷凍。今朝はカレーを作って、今日の夕飯の為に用意。別に作らなくても、誰も文句は言わないのだが、喜んでくれるので、作ってしまう。 その分家を空けるときは、無理をするので旅行や帰省する時、いつも疲れて、具合がちょいと悪い。今朝も頭痛がするし、夏ばてか、体だるいので母に、帰るのは明日にするからと電話したが、どこか出かけてて留守。 今日私が帰るのを、楽しみにしているのだろうから、帰ることにした。ちょっとエンジンかけて、用意してでかけよう。
2006年09月01日
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