目と耳が悪いビジネスマンの一筆

目と耳が悪いビジネスマンの一筆

2007/09/14
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「月刊致知」10月号の連載「この道に生きる」では、
住友海上火災保険の元常務・長谷川 健さんのインタビュー
が掲載されています。

新潟 長岡の地主の家に生まれたものの、自分で働いて生計を
立てることを決めて、早稲田大学を卒業した後に同社に入社
されました。

現役を退いた今も、98歳ながら毎日電車に乗って丸の内の
日本工業倶楽部へ通っているというから驚きです。


させられたのは、名古屋支店長時代に巡り合った大徳寺の
立花大亀老師とのエピソードです。

長谷川さんらは、

「宗教と哲学をどのように分けておられますか?」

と老師に尋ねたことがありました。

老師はこう回答しました。

「宗教っていうのは信じなきゃいけない。哲学はあくまで
立証できるものだ。だからその境目が問題だ」

重ねて、長谷川さんらは尋ねます。

「老師はどっちですか?」

すると、老師は



と答えました。

もちろん長谷川さんは驚きます。

大徳寺の老師といえども、未だ信心には至っていないのか、と。

わたしも、数年前に養老孟司さんの講演会で「般若心経」の話を
うかがってから、興味を抱いて仏教のことを少し勉強しましたが、

するまでには至りません。

きっとキリスト教でもイスラム教でも、きちんと勉強してその
教えを学べば、生きる上で大切なことをたくさん得ることが
できると思いますが、少なくともわたしは信仰するまでには
至らないでしょう。

大亀老師は、長い間、仏教を学んで学んで学んだけれども、
心底仏教を信じるまでに真理を掴んではいないとあくまで
謙虚な姿勢を失っていないということだと思いました。

えてして年齢を重ねれば思考が固執しがちで、ましてや
大徳寺の僧ともなれば周囲からも教えを請われる立場
ですから、自ら何か大成した意識があってもおかしく
ないはずです。

しかし、老師は「まだ仏教を信じるには至っていない」と
自覚しています。

このエピソードを読んで、宗教というのは修行に修行を
重ねてはじめて本物になる、真にその教えを体得し実践
できるものなのだと思いました。

自ら安易に宗教を信仰していると発言するようでは、
本物ではないのかも知れません。

経典を学び、実生活で実践する、それを営々と繰り返す中から
やがて確固たる「自分なりの」信念ができる。

それが人間が成長する本当の姿なのではないでしょうか?

わたしはきっと死ぬ間際まで修行修行だと思いますが、
最期にやっとつかむものがあれば、きっとそれがわたしの
宗教なのかも知れません。

生きるって、修行ですね。

今日も良い一日でした。

ありがとうございました!!

【三文日記】

プロ野球セリーグに女子サッカーワールドカップ。

帰宅してテレビをつけたらたらスポーツが熱いです。

秋ですねぇ・・・。

●今日の天気
晴れ。

●今日の運動
エアロバイク30分。





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Last updated  2007/09/15 12:10:40 PM コメントを書く
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ミンミンぜみ @ ありがとうございました! はちの家さん いつも気にかけてくだ…
はちの家 @ お別れの言葉 ブログ(日記)は、毎日一定の質の文章を…
ミンミンぜみ @ ありがとうございました まめあちゃさん 温かいメッセージを…
まめあちゃ @ Re:お別れの言葉(07/26) 間の抜けた頃に、コメントさせて頂きます…
ミンミンぜみ @ Re[1]:お別れの言葉(07/26) 和1号さん こんばんは、コメントあり…

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