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伊平屋島の天の岩戸の前に、近藤氏のステージを作ってきました。
ステージが予想よりも早く出来たので、昨日帰ってきましたが、でもとにかく暑かった。腕と顔が真っ黒になってしまった。帽子かぶっていたのに。
10日の金曜日、役場が材料と車を貸してくれた。当初は岩戸に僕を降ろして夕方に拾いに来る予定だったが「自由に使って」と。
これがホントに助かった。
12時20分伊平屋着のフェリーで港へ上陸。役場へよりクマヤ洞窟前(天の岩戸)について13時半から始めたのだが暑い!
18ミリのベニヤなどを岩の上に上げていると80過ぎくらいのお爺さんが農作業へ行く車から「何をやっているか?」と声を掛けてきた。
ステージの説明をすると「この前もここに作った。そのときはもっと大きい敷き台だった」と言う。最近というのは聞いたことがなかったので「いつですか?」と聞くと「40年前。天の岩戸開きをした」と。
確かに40年前も数週間前も、この前、といえばこの前だ。
「暑いから気をつけなさい。」と。
17時頃にお水を買いに行こうとしているとまたこのお爺さんが来て「水なら私のをあげる」と飲みかけのペットボトルを出してくれたが温い。
「冷たいのが欲しいので」と遠慮。
18時半にインパクトドライバーのバッテリーが切れたので、この日は終わり。


公民館でシャワーを浴び、クーラーを効かせ寝ていると「内間荘」のご主人から電話が。「知念さん。カレー作ってあるから食べに来てください」と。20時前で、まだ居酒屋つり吉に行くには早過ぎたので呼ばれに。
今回は三泊の予定なので節約するために公民館に泊まります、と港でばったり会ったご主人に話していた。
「内間荘」は宿であって、居酒屋でも食堂でもないのに、冷たいビールとおつまみを沢山出してくれた。本来の宿泊客に出すもの以上に豪華。
途中、つり吉の津田さんから電話があり、東京の先生が急に来て商工会で歓迎会をしているのだが自分が調理をしているので遅くなる、と。「じゃあウチでゆっくり飲んでください」と次々とビールが運ばれてくる。しまいにはワインを二本。
「もう眠いので帰ります。お幾らですか?」
「私が呼んだんですから、結構です」と受け取ってくれなかった。
奥さんも「こんなことくらいしか出来ませんから」と。
いっぱい飲んで沢山食べたのに・・・感謝。
翌日、ステージを目立たせないようにペンキを塗る。

梯子も作ってほしい、と近藤さんに頼まれていたがこれはすぐに作れるので今回は無理をせず、ここで終了。まだ、少しフラフラしている体調。
これでも強風で木っ端微塵になっていたら、笑おう。
シャワーの後、「明日は諸見さんと二人できてください」と言われていたので「内間荘」へ。
またも食事を用意してくれていた。
後ほど商工会とミーティングがあるのでと、ビールは軽くジョッキ一杯。
またもお金を受け取らなかったので、ビール代だけでも、と無理やり受け取ってもらった。
夜、21時半から商工会と役場の担当者と会議。
商工会は誤解があったので諸見君が一つ一つ説明して誤解を解いてくれた。
最後には商工会も全面的にバックアップしてくれる事になり、笑顔で会議終了。24時を過ぎていた。
やれやれと、二人でつり吉へ。
キンキンの生ビールのあとに伊平屋のお酒「照島」。
最後に「いつものように前の浜辺で飲んできます」と言うと「私も行きます」と津田さん。
この夜は月明かりが強すぎて星があまり見えなかったけど、海風と波の音が心地よかった。
結局寝たのは4時頃。
前夜祭のグランドの下見をして、米崎キャンプ場をチェック。なんとまあ美し過ぎる海よ。透明度が凄すぎて、怖くなり泣き出す子供も多いという!!
クタクタで帰りのフェリーでは爆睡だったけど、良い二泊三日でした。
泣いても笑っても、もう残り後10日。
どんどん、とてつもない「お祭りに」なりそうな気がしてきた。
日食メガネも300人分、用意できたよ。
天の岩戸の前での日食と「地球を吹く」近藤氏を堪能しましょうね!
近藤等則 ・伊平屋~日食 終了しました 2009.07.29 コメント(1)
日食とのコラボ・ライブ決定 2009.04.22