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2008.05.10
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

野獣クンのときに獰猛で、ときに重々しく、ときにファンキーで、ときに哀しい演技やベルの豪奢な衣装や美しい仕草は確かに『美女と野獣』の魅力だが、ラストで王子が登場すると、おそらくほとんどの女性はその姿に眼を奪われて、映画を見終わったときにはこの王子のことしか憶えていないのではないだろうか。

コクトーはのちに俳優ジャン・マレーについて、「 あらゆる特権が害となるように、彼にとっては美貌が災いだった」 と書いている。つまり、その美貌があまりに際立っているために、観客はマレーにそればかりを求め、彼のもつ美貌以外の長所に眼が行かなくなってしまうということだ。『美女と野獣』の最後に登場する王子の姿を見ると、このコクトーのジャン・マレー論の一節をいつも思い出す。

さて、王子の衣装についてだが、最初の衣装合わせのときにコクトーは、「完全なペロースタイルだが、まだ豪華さに欠ける」と注文を出している。

ペローとは17世紀に『ペロー童話集』を書いたシャルル・ペローのこと。「眠りの森の美女」や「シンデレラ」、それに後にジャック・ドゥミー監督が『美女と野獣』へのオマージュとして制作した「ロバの皮(映画邦題は『ロバと王女』)」もペローの童話集におさめられている。

コクトーの指摘に合わせてメゾンのお針子たちが改善を加えた王子の衣装は、撮影の終盤になってできあがってきた。ちょうど別映画『王妃の首飾り事件』の撮影が同じ現場で始まったところだった。王子の衣装をつけて、マレーが食堂に入っていくと、たまたま『王妃の首飾り事件』関係のスタッフが大勢いて、「センセーションが起こった」(ジャン・コクトー『美女と野獣 ある映画の日記』より)という。

大騒ぎの食堂の隅で、フランス一の人気俳優になった「王子」を見つめている1人の初老の映画監督がいた。同じ現場で『王妃の首飾り事件』を撮っていたマルセル・レルビエ。10年前、無名だったマレーにセクハラまがいのことをした監督だ。(マレーとレルビエについてのエピソードは 3月18日のエントリー 参照)



シャルマン王子

コクトーも撮影日記で、この「シャルマン王子に扮したマレーの冠絶した優雅さ」に眼を見張っている。ジャン・マレーの美貌は彫刻的だとよく言われるが、それ以上にこの人を魅力的にしているのは、おそらく健康的な体躯とそれに相反するような陰影のある顔立ち、特に狂気をはらんだような眼ではないかと思う。悲劇性と喜劇性、健全さと狂気、優しさと冷淡さ、奔放さと従順、明るさと暗さ。そういった双極的な要素をあわせもっていたことが、マレーを20世紀のフランスを代表する俳優にしたのかもしれない。映画『美女と野獣』以降、マレーは1作品で2役をやることも多くなるが、まったく違う性格を非常にうまく表現する卓越した演技力を見せている。

そんな文字通りシャルマンな王子への変身(メタモルフォーゼ)。だが、コクトー自身はそれ以上にこだわっていたメタモルフォーゼがあった。ちょっと意外にも思えるのだが、それは矢を射られたアヴナン(マレー)が野獣に変わっていくシーン。

「このトリックを最後にとっておいたのは、ポンテ(注:野獣の仮面を作ったかつら屋)のマスクを2つ駄目にしなければならないから。難しいのは、マレーの表情が恐怖をうかべたままで、位置が1ミリでも動いてはならないこと。額や顎から毛を引き抜きながら、少しずつ少しずつ撮影することになる。眼にメイクし、牙もうえつけるだろう」「滅多打ちにあっているような、または天変地異をうけているようなこの変貌の過程をなんとしても手に入れたい」(前掲書)

実際にできあがった映像は一種のモンタージュ。役者にしてみれば、たしかにあの大きく眼を見開いた表情を保つのは大変だっただろうと思う。

「これにはマレーは3時間身じろぎひとつせず、じっとメイクを進行させていく必要がある。1ミリの4分の1動いても撮影は失敗する」(前掲書)

本当に原始的なやり方だったわけね。3時間…… ほとんど禅の修行僧の世界……

撮影自体はうまくいったものの、なかなかイメージどおりに編集できなかったようで、モンタージュ作成中の日記にコクトーは、「ぼくはまだ不満」と書いている。だが、最終的には納得のいく映像になったらしく、映画が完成したあと、マレーへ手紙で、「アヴナンから野獣に変身する君は本当に素晴らしい」と書いている。

日本にもメタモルフォーゼにこだわった天才がいる。

「ぼくがもっとも色気を感じるのはメタモルフォーゼ」(手塚治虫)

なにに色気を感じるかというのは、表現者の方向性を決める大切な要素だ。あまりに残酷なものや反社会的なものに色気を感じてしまうと、その人は不幸。犯罪者になってしまう。だが、普通の人が感じないようなものに色気を感じる感性があれば、芸術家としては大きな武器になる。

アーク灯の紫外線で痛めつけられ、さまざまな病気を併発してほとんど死にかけたコクトー。撮影終了後マレーが、
「君がこんなひどいことになるんなら、一緒に映画を撮るのはもう無理だよね」
と聞くと、コクトーはこんなふうに答えている。
「君の顔や手を拷問にかけてしまったんだ。ぼくが罰を受けるのは当然さ。それにね、ぼくは病気になって幸せだったんだよ。君たちのような友をもてたのも病気になったおかげだからね。明日から現場に行って、『よう! 将軍』なんて声をかけてもらえなくなるかと思うと、さみしくてしょうがないよ」

そんなコクトーについてマレーは、「 ジャンは人との交流に情熱を傾けていた。すべてを分かち合いたがった」

< 5/17のエントリー へ続く>













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最終更新日  2008.05.29 01:04:51


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