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たまったアルミの空き缶を持って教会に向かっていたら、「どうせ捨てるのだからくれる?」と見知らぬ人に声をかけられた。「どうぞ」と言って、渡した。教会では話す人が少ないが、それでも声をかけてくれる人がいることは有り難い。
2012年01月15日
野菜作りを始める予定。
2011年03月10日
不正採用については以前からたくさん噂はあった。どうみても教員に向いていない人が採用されたりしていた。そういう人の多くは教育委員会関係や管理職関係の子弟。採用後の人事については教育委員会と癒着関係にある一部の組合(与党経験のある政党と友好関係にある組合)との馴れ合い。調査書の書き換えは、今日もこんなことが会った。ある生徒が進学希望先の学校の評定基準に満たないので、教科担任に、5段階の評定を3以上に要求するずうずうしさ。欠課時数も多く、まともに授業を受けていない生徒のために評定に下駄を履かせるように要求する担任。腐っている学校はたくさんある。ただ、そんなかで良心的に闘っている教員もいる。
2008年07月24日
学校のことを話すとなかなか前向きな話ができない自分に情けなくなる。たわいもない話だが、私は独身(×ゼロ)。クラスの生徒(女子)が「先生は結婚しているの」。「結婚してないよ」と私。「やっぱり」(生徒)。なんだかきつい一言。「どうしてそう思ったの」。「なんとなく」。これまた反論できないきつい一言。出勤のタイムカードの打刻時間6時25分。退勤の打刻時間が19時30分。平日の勤務はこれが普通。もちろん持ち帰りの仕事もある。オンとオフの切り替えが下手なだけに心配。職住接近なのがとりあえず救い。
2008年05月07日
先日近くの公園を散歩した。近くに緑豊かな大きな公園があるのは有難い。そこでは、その日「猿まわし」をやっていた。携帯で写真を撮った。かなり大勢の親子連れが、10分ほどの芸を見入っていた。猿まわしの起源は中国で、猿まわしにはもともと厄除けや祈祷の意味があったそうだ。それが、室町時代以降から徐々に宗教性を失い、芸だけが独立して、大道芸として普及していったとこのと。日本では昭和30年代に猿まわしはいったん絶滅したが、1977年(昭和52年)に周防猿まわしの会が猿まわしを復活させたそうだ。(Wikipedia参照)
2008年05月06日
自分の罪は自分ではどうにもできない。ただただ、神のみ前に崩れ落ち、ゆるしを願い、神からのゆるしを信じる以外に道はない。私の場合はそうだ。今日、ある牧師さんのお話の中で、詩篇51が引用され、紹介された。10神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。 11私をあなたの御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。 12あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。 13私は、そむく者たちに、あなたの道を教えましょう。そうすれば、罪人は、あなたのもとに帰りましょう。 14神よ。私の救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌うでしょう。 15主よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。 16たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。 17神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。
2008年05月05日
写真はサン・ピエトロ大聖堂ドームからの眺め。とても美しかった。一つ思い出したこと。バチカン郵便局から記念ハガキを買って、日本の知人に送った。ここも大変混雑していたが、窓口の職員の一人が、実に対応が悪かった。聖なる街の郵便局には相応しくない対応だった。
2008年05月05日
私もイタリアには三日間(「実質二日」)、フランクフルトから日本に戻る途中にローマにだけ滞在したことがある。宿泊はローマ・テルミニ駅近くのホテル。テルミニ駅のセルフサービスのレストランは最高。店員は親切で、安くて、種類が豊富で言うことなし。いわゆる有名店は夏休みなので、「休み」だった。日本では考えられないこと。私がローマに滞在したのが、夏休みということもあり、外国から観光客が多かった。テルミニ駅からバチカンまでのバスでのアメリカ人のマナーは酷かった。街の印象は思っていたより「汚い」。とにかく、道路にごみ・ガムの吐き捨てが多かった。ただ歴史を感じるのは道路が石畳。その上をバスが走るとかなりうるさい音がする。あと驚いたのがバチカンのサン・ピエトロ大聖堂のでかさ。約150年もかけてこの大聖堂を完成させた権力のすごさを大聖堂の大きさから感じた。そして、ここでも観光客の多さ。(私ものその一人)バチカン美術館では人が多すぎで、システィナ礼拝堂は人で溢れ、ミケランジェロの最後の審判をゆっくり見る雰囲気はなかった。とにかく大聖堂は桁外れに大きかった。※写真は塔の上から聖堂を見下ろした写真。高さが伝わるでしょうか。
2008年05月04日
井上さんに怒られそうだが、本の一部を紹介します。イタリア・ボローニャにも日本同様ホームレスはいる。だが、対応が違うと思う。ボローニャにも20年前からホームレスの姿が目に付くようなった。そこで、ボローニャ大学の3人の学生が、新聞を作り始めた。市役所にその企画書を出し、市はそれに予算をつけた。新聞の中身は、「どうして普通の市民がホームレスになったのか」という誰にでも起こる切実な問題を問うもの。井上さんによるとこの新聞の真価は最後のページ。そこには「最新お助けニュース」があり、仕事を失ったらどこに相談に行くべきか、どこでシャワーが浴びられるのか、洗濯は、無料宿泊所は、衣類は、体調を崩したら、法律相談は・・・。という具合に必要な情報が新聞に載っている。12ページのタブロイドで、1ユーロ。この新聞がボローニャ名物の一つだそうだ。「食事」の欄では「情報」がこんな面白く書かれてある。「~高級料理店のディアナでは、水曜と木曜はパンやハムがあまるから、閉店間近の午後10時過ぎに裏口に行くのがいい。ただし、給仕のジュリアーノはけちな上に無愛想なので、彼を避けるのが賢明である。ジュリアーノは大男で、若いのに禿げているからすぐわかる」。日本でホームレス向けに新聞を市の予算で出している街はあるのだろうか。
2008年05月04日
同じ世界の中でも、都市(街)によって様々。悲惨で、日本では考えられない困難な中で生き、耐えている人々が暮らす街。一方、日本の常識が覆るほど、素晴らしい街もある。その一つがイタリア・ボローニャ。井上ひさしさんの講演・著書を通じて、ぜひボローニャに行ってみたくなった。本の内容は次回、ご紹介したいです。
2008年05月02日
今日はメーデー。日本ではメーデーも影が薄くなってきた。しかし、雨宮処凛さんなどの活動などもあり、働く人、しかもまっとうに働いても人間らしい生活ができないひとたちが、立ち上がり、声を上げるようになってきた。今から100年以上前に、アメリカのシカゴを中心とした労働者が、8時間は労働、8時間は睡眠、8時間は自分のために、というスローガンでデモをした。労働生産性をあげるためにも、人間らしい労働環境が必要だ。
2008年05月01日
最近、また疲れがたまってきていた。今年から、職場での役割が変わり6時過ぎに職場に行き、7時過ぎまで職場にいる生活。そこで、本棚に飾ったままにした本を読み、少し、気分を変えることができた。「仕事で燃えつきないために」ー対人援助職のメンタルヘルスケアこの本は対人援助職以外の人にもお勧めの本。以下、ネットよりお借りしました。【解説】「もえつき」は対人援助職に多く、一種の職業病とさえ言われる。長く続けていくためには、何が必要なのか? 援助職にこそ、十分なセルフケアが必要……長年援助の仕事に携わってきた著者が、実感に満ちた解説をソフトなタッチでやさしく綴る。スーパーバイズやラインケア、援助専門職に必要なデタッチメントについても他にはない示唆に富んだ内容になっている。心和むイラストを添えた豊富なチェックリストも魅力。援助職による、援助職のための本。 【目次】はじめに 援助職にこそメンタルヘルスケアが必要1 なぜ援助職にメンタルヘルスケアが必要か 援助職はなぜ燃えつきやすいのか なぜ援助職を選んだのか 新人とベテランは要注意2 こんな症状がはじまったら 「もえつき」の兆候チェック ・こんな症状はありませんか? -「もえつき」の兆候チェック 休みたいけど休めない あなたを縛る考え ・こんなメッセージを自分に言っていませんか? -自分を縛る 私だけが一生懸命やっている 過剰なストレスを抱える 私なんかいなくてもいいのでは…… ゆるせない、信じられない 私は正しい 私はだいじょうぶ 仕事を休みがちになる 援助職の課題 ・自分の今の状態を知るために -「もえつき」チェック3 「もえつき」のプロセスをとらえる 「もえつき」のプロセス 事例1 Aさん(看護師) 事例2 Bさん(教師) プロセス1 イライラする、不平不満が多くなる プロセス2 忙しそうにする、権威的にふるまう、休みがちになる、怒りの感情をもつ プロセス3 身体に症状がでてくる プロセス4 転職、退職を考える プロセス5 今まで以上に仕事をする、強迫感、うつ状態、アルコールに逃げる ・アルコールに依存していませんか? -アルコールチェック ・うつ病ってどんな状態? -うつ病チェック4 何が原因なのか 「もえつき」の背景となるもの 背景にある「共依存」という問題 スコット・ジョンソン(カウンセラー)の話 ・自分に目を向けましょう -共依存チェック 境界線を引く ・境界を引けていますか? -適切な境界のチェック 報われ感(感謝・賞賛・評価)が得られないとき ・共依存的援助と適切な援助のちがい 喪失を体験したとき ・グリーフワークとは -深い悲しみの過程5 回復とセルフケア 回復とはなにか ・回復のチェック表 むりをしないで生きる ・こんなふうに考えを変えてみましょう -むりをしないで生きるコツ セルフケアとは ・自分のニーズを満たしていますか? -セルフケア20のチェック 「もえつき」の予防 ・「もえつき」を防ぐライフスタイルの提案6 援助専門職として必要なこと デタッチメント(分離)とは ・デタッチメントできていますか? -専門家としての距離のとり方チェック 援助者が「もえつき」に陥る行動傾向 スーパーバイズを受ける 職場におけるラインケアおわりに 援助職をつづけていくために
2008年04月30日
今日、本当に久しぶりに仕事のあと、居酒屋に行った。私はその居酒屋には行きたくなかった。なぜなら、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」そんな言葉を言わずに、事務的に対応する居酒屋だからだ。「俺たちは客だ」と威張っているわけではない。私たちはかなり低姿勢の客だと思う。なのに、ふてくされたような接客。何も言わずに「ドン」と飲み物をテーブルに置く店員。二度とこの店には行かない。
2008年04月18日
集団の力は大きい。同じ学校の中でも、驚くほどクラスの雰囲気は違う。数名の暴力的な行動や発言をする生徒や勝手気ままな生活を送る生徒がクラスにいると、弱い生徒たちは、沈黙するか、無関心になるしかない。教師が暴力的な生徒の機嫌をとるなら最悪の状況が生まれる。多くの学校では普通の生徒がないがしろにされている。教師が闘わないのに、子どもたちに闘うことを要求することはできない。
2008年04月17日
学校、教師の仕事は一人のスーパー教師の力だけではどうにもならない。他の職業以上に「同僚性」が求められる。NHKドラマフルスイングの中でも、「(教師の)仲間を信じられないで、誰を信じるんですか」と高林先生役の高橋克美さんが言ったセリフの通りだ。このドラマのこのシーンは、何度見ても胸にこみ上げてくるものがある。自分の授業だけ、自分の部活だけ、自分のクラスだけ・・・という発想ではどうにもならない。日々の生徒や親との様々な課題に、教員が一人で対応していては潰れる。学校にも「査定」が導入され、悲しいかな、教師がバラバラにされる世の中になってきているが幸い、私の所属する学年は主任を中心に同僚性を大事にしている。教師がバラバラなら、子どもたちもバラバラになる。
2008年04月17日
運が良かったのか、担任しているクラスは落ちついてる。だが、他のクラスでは早速、定番の問題行動。大人の社会がどうしようもない状態で、子どもたちに聖人のような生活を送らせることは無理な話。親や教師が変わらないのに、子どもが変わるはずがない。
2008年04月16日
今年から担任。うちの学校では担任と副担任とでは物理的、精神的な仕事量は雲泥の差。昨年度は楽させてもらった。相変わらず学校は問題山積。まだ新学期が始まって、10日ほど。ただ以前より、私の子どもたちへの対応が変わってきた。対人緊張は強いものの、その緊張を冷静に意識しながら、子どもたちとも話ができるようになった気がする。そのためには意識的に職場を出る時間を早め、家で落ち着いて、授業などの準備をするようにしている。職場の同僚とのコミュニケーションを大切にしつつ、体と心の休養が、生徒や保護者や同僚に不釣合いな対応をしないためには必要。今週はなんだか長く感じる。まだ三日ある・・・。
2008年04月16日
仕事柄、いかなる学校、教育関係の番組、ドラマは意識的に観ないようにしてきた。ただ、NHKの土曜ドラマ「フルスイング」には興味があったので、録画はしていた。昨日、思い切って第四回目の番組を見た。番組を見て、涙が溢れてきた。そして、一回目から三回目までも一気に見た。初回もとても感動した。番組から、主人公の「高さん」から、もう一度、「本気」で教師の仕事をやってみたいと思わせた頂いた。NHK番組ホームページ「フルスイング」http://www.nhk.or.jp/dodra/fullswing/index.html
2008年02月12日
元旦に初めて初日の出ハイクに参加した。元旦の早朝に集合し、日の出に間に合うように登山する。そんな高い山ではないので、一時間半ほどで到着。日の出を待っている時間が寒くてきつかったが、天気もよく、日の出を見ることができた。2008年がすべての人にとって平和な年となるように。
2008年01月03日
パギやんの「パッチギ」、見たかった。「パッチギ」で思い出すのは、「頭突き」。「頭突き」といえば、大木金太郎。彼の「頭突き」は「原爆頭突き」と呼ばれたが、今では問題になる呼び名だ。現在の日韓関係、朝鮮半島の情勢は、彼が全盛期の時とは大きく変わった。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 大木 金太郎(おおき きんたろう、1929年2月24日 - 2006年10月26日)は、韓国・全羅南道出身の元プロレスラー。本名:金一(キム・イル)。身長185cm、体重120kg。(現役当時) 同郷の英雄力道山に憧れて漁船で日本に密入国し、プロレス入りのチャンスをうかがっていたが、1959年に入管法違反で逮捕される。力道山が同郷のよしみで身元引受人となり、日本プロレスコミッショナーの大野伴睦代議士を動かしたことで釈放され、「日本プロレス」に入門し同年11月にプロレスデビュー。翌年にはジャイアント馬場とアントニオ猪木が入門・デビューし、「若手三羽烏」と称された。ヘッドバット:大木は石頭として知られ、ヘッドバットと言うより「頭突き」と言った方が当てはまる。片手で相手の頭を鷲掴みにし一本足の体勢から投球フォームのように繰り出す独特の頭突きスタイルは「原爆頭突き」と呼ばれ、(リングガウンには背中に原爆投下時のマッシュルーム型の噴煙が描かれた)藤原喜明にも受け継がれている。大木、藤原、ボボ・ブラジルの3人はヘッドバットの使い手としてあまりにも有名。
2007年12月27日
趙博(パギやん)の『歌うキネマ「パッチギ!」』<詳細データ>■演目歌うキネマ「パッチギ!」■出演趙 博(パギやん)■キャッチコピー 映画も面白いが 歌うキネマはもっと面白い あの感動をもう一度■公演日2007年12月26日(水)■開場時間18:30■開演時間19:00■終演時間21:00予定■会場かなっくホール最寄り駅: ※JR東神奈川駅、京浜急行 仲木戸駅から 連絡橋「かなっくウォーク」で徒歩1分東急東横線東白楽駅から徒歩10分 tel 045-440-1211 http://kanack-hall.jp/■入場料2000円(前売り)3000円(当日)■座席数300席(全席指定)趙博(ちょうばく)氏プロフィール愛称「歌う浪花の巨人」。大阪市西成区出身、在日韓国人2世。大学でロシア語を、大学院で教育学を専攻。元・関西大学、河合塾講師。ブルース・ジャズ・ロック・フォークは勿論のこと、朝鮮・韓国の古典民謡やニホンの浪曲も得意で、年間ライヴ数は百回に迫る。2002年から「歌うキネマ」を始め、一本の映画を独りの唄と語りで演じている。演目は「ホタル」「マルコムX」「風の丘を越えて/西便制」「砂の器」「神様こんにちは」「キクとイサム」など。源氏名またはリングネームは…浪速の歌う巨人・パギやん。西成少年愚連隊OB。ホームページ http://www.fanto.org/
2007年12月25日
教会では昨晩、クリスマスを祝った。教会では「クリスマスおめでとう」「主の降誕おめでとう」という。ボンフェッファーという牧師は、イエスの誕生を待ち望む人は、炭鉱に閉じ込められ、救いを待つ炭鉱夫のようだと言っている。坑道に閉じ込められ、救援を待ち、かすかな坑道に響く音を細心の注意で聞き、その音、救いの音を待ち望む人、そのような心で救いを待ち望んでいる人に、主の降誕、主の救いが訪れるという。鈍感な人は主の訪れを受け取ることができない。病める人、とりかえしのつかない罪を犯した人、狂った人、刑務所にいる人、誰からも省みられない人など、どうしようもなく苦しんでいる人・・・。心底、救いを願っている人に、主の誕生、救いの喜びが訪れる。クリスマスの光は闇を照らす、人間の闇、社会の闇を照らすもの。暗闇で生きているような生活を送ってる人に、クリスマスの光は訪れる。クリスマスでは聖書の「神に栄光、御心に適った人に平和」という箇所が歌われる。御心に適った人とは誰なのか。貧しさそのものである、主の救いを信じる人。
2007年12月25日
先日、一気に読み上げた本、帚木蓬生(ははきぎほうせい)著、『閉鎖病棟』。舞台は精神病院。でも、閉鎖病棟ではない。開放病棟。なのになぜこの題がついたのか。ぜひ読んで、そのわけを知っていただきたい。私は感動した。精神科医が書いたというのもすごい。私も精神病で大病院の内科病棟に入院した。もちろん開放病棟。担当の先生はいい先生だった。しかし、研修医は三回代わった。三人の研修医は様々だった。
2007年12月22日
今日で二学期が終わった。まだ、補習等があるがとりあえず終わった。職場に戻った当初は果たして、2学期やりとげられるか不安だった。今は言葉で表現できないがとても解放された気持ち。休職中は休みの日でも肩身を狭く感じた。今は、そんな気持ちがようやく薄れてきた。職場の同僚や心配してくださった方のおかげでこの日を迎えれた。
2007年12月21日
あなたはどんなにひどく押しつけられ、また悩まされても落胆してはならない。神のみ約束をたずね出して、それを一つ一つ声高くとなえなさい。この約束は私ものだと。なおも疑いと失望を感ずるなら、その心を神の前に注ぎだしなさい。聖霊はあなたの信仰を生かし、その魂に神の力を引き込んでくださる。
2007年12月09日
今日は真珠湾攻撃が日本によって始められた日。また、ジョン・レノンの命日。今朝、ラジオを聴いていたら馬場俊英さんの「スタートライン」という曲が紹介されていた。いい曲だ。38歳の彼が歌っているだけに、より一層この歌詞が強く響いてくる。スタートラインもうダメさ これ以上は前に進めないそんな日が誰にだってあるだけど雨でも晴れても何でもいつでもその気になりゃ何度でもやり直せる 何度でもこれからのことを思うと 負けそうになる心配なことがあって しゃがみそうになるあと少しだけもう少し 強くならなくちゃでも大切なことはいつも 誰も教えてくれないだから そうだよ くじけそうな時こそ遠くを見るんだよチャンスは何度でも 君のそばに
2007年12月08日
今日は有給をとった。休むかどうか、かなり迷ったが、休むことにした。いけない兆候だ。医師から言われたことは、病気を再発しないためには、病気になった前の状況をよく振り返り、自分で兆候に気づき、早めに対応すること。今日は割り切って休む。
2007年12月07日
ようやく2クラス分の採点が終わった。学校のことを考えると憂鬱だ。でも、教師として、人として尊敬できる同僚が職場にいることが救いだ。その人は私より年下だが、本当に素晴らしい人だ。その人がいなかったなら、今の職場で勤まっていなかった。謙虚にその人から学びたい。 子どもの見方、職場での関係作りを。
2007年12月06日
今日は午前中試験で、家にテストを持ち帰って採点。午後には会議あり、ある仕事の分担を決めていたのだが、若い先生たちは、仕事を頼むとにべもなく「嫌です」。こういう反応をされると疲れる。
2007年12月06日
日本の高校一年生に当たる十五歳の数学、科学の応用力の低下が明らかになった経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)では、他国と比べ「学ぶ動機付け」の薄弱さも併せて浮き彫りとなった。(東京新聞)OECDのPIASの結果がよく問題にされますが、最近思うのは大学生のカンニング。大学を出たばかりの先生に聞くと、大学生のテストの受け方は酷いそうだ。その人の通っていた大学は世間的には「一流」とされる大学。受験学力はあっても、倫理観はない。そんな人たちが、「一流」企業や官庁に勤める。子どもは学ぶ気がなく、いやいや勉強して、大学に入り、そこで、カンニング。大学を出て、企業や役所に入れば、儲けしか考えず、社会的責任には無関心。子どもたちのせいではなく、大人の責任の気がします。そのように育ててしまったのだから。間もなく、定期試験が始まる。
2007年12月05日
今日はアメリカ・アラバマ州で、キング牧師の指導で黒人差別反対のバス・ボイコット運動開始された日。あれから50年経ちましたが、民族・人種の差別はなくなっていないどころか、激化しています。差別は言葉・社会によって人為的に作り出されたものだと思うのですが。1955年12月1日、黒人女性Rosa Parks(ローザ・パークス)はデパートの裁縫師としての仕事からの帰り、バスの黒人席に座っていました。次第に満員になり、座れない白人が出て来ました。彼等白人乗客は運転手に不平を云い、運転手は「黒人は席を空けて後部に移動せよ」と命じます。バスはどんどん混んで来て、運転手は再度黒人の移動を命じます。しかし、こういう差別的待遇に憤慨していたRosa Parksは動きません。運転手は法をふりかざし、「あんたを逮捕させるぞ」と脅します。Rosa Parksは "You may do that."(おやりなさい)と応じ、運転手が電話で呼んだ警官達に逮捕されます。彼女の逮捕に抗議し、Montgomeryの黒人社会の長老、聖職者、NAACP役員などの指導者層が集まり、Rosa Parksの裁判の日に合わせて丸一日のバス・ボイコットを決議します。 その運動の代表には当時27歳だったキング牧師が推されました。ジョージア州生まれの彼はDexter Avenue Baptist Churchに着任したばかりで友人や知人が少なく、要するにしがらみが無いのがいいというのが理由だったそうです。つまり、彼は最初から大物指導者などではなかったのです。黒人たちは歩いたり、寄り合いの車にぎゅう詰めになったりして通勤し、町には空っぽのバスが走ることになりました。Rosa Parksは罰金刑を受けましたが、黒人指導者層は連邦最高裁に至るまで控訴を続けることにします。同時に大成功だった一日のボイコットを無期限で継続することにしました。ボイコットを開始して一年、1956年 11月に連邦最高裁の「バスの人種差別は違憲である」という判決を得て、バス座席の差別はなくなり、運動は黒人たちの勝利に終わり、アメリカ中の黒人に「やれば出来る」という刺激を与えました。「公民権運動史跡めぐり」よお借りしました。http://www2.netdoor.com/~takano/civil_rights/civil_01.html
2007年12月05日
今日はE.T.の日だそうです。25年前の作品だったのですね。1982(昭和57)年、映画『E.T.』が日本で公開され、観客は1000万人を突破し、1997年に『もののけ姫』に抜かれるまで最高の配給収入を記録していたそうです。E.T.は"Extra-Terrestrial"の略で「地球外生物」のこと。
2007年12月04日
職場の窓からは借景ではあるが、ちょっとだけ常緑樹と落葉樹が見える。見ていると、自然は本当に様々な木の葉の色を作り出す。いろんな葉っぱの色を見ているだけでも飽きない。若いときはそんなことに気づく感性はなかった。少しだけだが自然の美しさに気づけるようになった。(写真は本文とは関係ありません。)
2007年12月03日
今日は12月3日は、日本にキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエル(1506年4月7日~1552年12月3日)の祝日。キリスト教をよく知らなくても、彼の名前を耳にした事のある人は多いと思います。書簡第89-7(A) :1549年6月23日(マラッカ) すべてのことについて自分自身を克服することに務め、つねに自分の欲求や傾きを否定し、もっとも、忌、み嫌い、逃れたいとうことを耐え忍び、受け入れるように努力しなさい。またすべてのことにおいてへりくだり、謙遜となるように努力しなさい書簡第90-12:1549年11月5日(鹿児島) この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は、異教徒の間では見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほどの名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉を重んじます。大部分の人々は貧しいのですが、武士もそうでない人々も、貧しいことを不名誉だとは思っていません。 書簡第90-14(B):1549年11月5日(鹿児島) 大部分の人は読み書きが出来ますので、祈りや教理を短時間に学ぶのにたいそう役立ちます。彼らは一.人の妻しか持ちません。この地方では盗人は少なく、また盗人を見つけると非常に厳しく罰し、誰でも死刑にします。盗みの悪習をたいへん憎んでいます。彼らはたいへん善良な人々で、社交性があり、また知識欲はきわめて旺盛です。 (書簡集の言葉は山口ザビエル記念聖堂http://www.xavier.jp/index.htmlからお借りしました。もっといろいろな彼の書簡を知りたい方はぜひ訪問してください。)
2007年12月03日
今日から待降節。降誕祭、クリスマス、イエス様の誕生を祝うための準備をする期間。神に反することを退け、イエス様を私たちの中に迎え、聖パウロが言うように、「キリストの高さにまで」私を成長させていけますように。■待降節とは 待降節を守る習慣は、5世紀ころからはじまったといわれています。ご公現の祝日までの40日間を四旬節の期間にならっていました。 後に、キリスト誕生の準備期間とされ、現在の4つの主日になりました。 教会は、待降節をキリストが誕生された日、クリスマスを待ち望み準備する期間として過ごします。また、待降節の前半は、終末におけるキリストの再臨に私たちの心の目を向けさせる終末的色彩の濃いときでもあります。 歴史は、人間の数限りない神へのそむきと、それにもかかわらずたえず人に回心を呼びかける神のいつくしみとで織りなされていますが、まさに、待降節はこの人間の罪の闇と、いつも人間を受け入れてくれる神の愛のあたたかさのコントラストが最もはっきりしている季節です。
2007年12月02日
昨晩、仕事帰りにマクドナルドに寄った。70歳前後の背広を着た男性が、酔っ払って店に入ってきた。お店の人が、注文を聞くと、「フィレオフィッシュ」と大声でいい、その後、ポケットからコンビニのレジ袋を取り出して、それをカウンターに投げつける。お金を払おうとするが、酔っ払っているせいか、なかなか取り出すことができない。すると、「お金がなかったらどうする」と店の人に言い、店の人が「大丈夫ですか」と声をかけると、「うるさい!」と怒鳴る。結局お金が見つからず、「(フィレオフィッシュは)いらない」と言って店を出て行った。それでも店の人は「有難うございました」とその男性に言った。店の人はこのようなお客さんに馴れているのか、いたって冷静だった。私はとても不快になった。この男性はどんな酒を飲んでいたのだろ。つらい酒を飲んでいたのだろうか。だからと言って、彼の言動はいけない。日本では「酔っ払っていたから」というのが時として、言い訳の言葉になる。
2007年12月02日
11月が終わり、まもなく試験。よくここまで、たどり着いたと思う。復職前は、2学期、最後まで果たして持つのかと思っていた。医師からは、「病気は治っていると思いますが、復職したらまた再発するかもしれないので決して復職前のような働き方はしないように」と助言をいただいていた。復職前は、担任、教科の主任、校務分掌、PTA、運動部顧問など担当。朝、7時30分までに職場に行き、学校を出るのは早いときで夜の7時、遅いときは11時。その上、組合もやったいた。現在は、副担任、校務分掌、休部中の部活の顧問のみ。静かなところで仕事をしたいので7時までに学校に行き、会議などがなければ、学校を出るのは5時過ぎ。おかげで、授業の準備に集中でき、多少なりともゆとりがもてている。と言っても、「今日の授業は良かった」と思えることは皆無に近いが。自己肯定感をなかなかもてない自分だが、今はここまで来た自分を素直にほめたい。
2007年11月30日
私が飲んでいた薬です。ロヒプノール (ロシュ) 不眠症治療薬 成分名:フルニトラゼパム Flunitrazepam 薬の効果:★★★★☆ 作用時間:中~長 服用量:就寝前0.5~2mg 薬価:2mg1錠=31.40円 特徴:持続時間が中間型の睡眠薬です。寝つきの悪いときや、夜中に何度も目が覚めてしまう人に向きます。翌朝に不快な症状が残ることが比較的少ないです。 主な副作用:安全性の高いお薬です。重い副作用はほとんどありません。人によって、翌朝に眠気やふらつき、だるさが残ることがあります。また、多めの量を長期に飲み続けた場合、体が薬に慣れてきて、急に中止すると、かえって眠れなくなったり、イライラ、吐き気、震えなど反発的な症状がでることがあります。中止するときは、医師の指示のもと徐々に減量するようにしてください。また、自分だけの判断で安易に量を増やしたり、用法を守らず昼間に飲んだりすると、効きめが悪くなるばかりか薬に頼りがちになり、なかなかやめられなくなってしまいます。用法用量を守ることが大切です。 やや長時間型の睡眠導入剤。眠剤の中ではかなり強力なお薬で、アメリカには持ち込み禁止になっています。夜中に目が覚めてしまう等の症状がある方に処方されます。
2007年11月30日
なかなか寝られない。上野千鶴子さんは「寝られない」というゼミの学生に、「起きていればいい」と仰ったそうだ。その通りだ。私は以前、寝られないと不安ばかりが募り、床の中で、不安をかきたてることばかりを思い巡らしていた。以前は医師に睡眠導入剤を処方してもらっていたが、薬に頼らなくてもいいようになった。今は、どうしても寝られない時は、仕事をする。あと少しで、期末試験なので問題を作る。私の勤務する学校では、生徒の多くはテスト前でもまったくと言って勉強しない。11月も今日で終わり。学校で何が起こるかわからないが、生徒や職員の言動に不釣合いな反応をせず、最悪のシナリオを描くことをしないように。明るく、ユーモアでかわせるようにしたい。
2007年11月29日
同業者ある方が私のブログを「お気に入り」に登録してくださいました。私が先にその方のブログをお気に入りに登録したのですが、なんだかとっても嬉しくなりました。私はその方のように子どもたちを暖かく「待つ」ことができません。生徒から投げかけられる棘のある言葉に、いつも立ち尽くしています。生徒の名前を呼べば、「お前が何で俺の名前を呼ぶんだよ」(女生徒)といわれる始末。「私はそんなことを生徒から言われたことはない」とある先生は言います。では、なぜ私は・・・。いじめられる生徒同様に、そんな言葉を投げかけられる教師が悪い。そういわれている気がします。いじめられている子どもたちが、どれほど孤立無援感を感じているのか、自分の経験から少しだけ彼ら・彼女たちの痛みを感じられるようになったのが、 幸いのなのでしょうか。
2007年11月27日
今朝、ふと入院中のあるお爺さんのことを思い出した。彼は若く見えたが、83歳だった。他の患者は医師や看護師や病院の文句ばかり言っていたが、彼は違っていた。落ち着いた入院生活を送り、よくお経を小さな声で唱えていた。孫のような歳の私にも優しく、親切に声をかけてくださった。「自分は彼のように歳をとることができるのか」。丁度、一年前の病院での出会いだったが、完全に忘れていた。こういうことを心に留め、出会いを大切にしたい。
2007年11月27日
流れに逆らおうとしたところで無駄なことだ。流れのままになっていれば、どんなに弱い人でも岸に流れ着くものだ。流れのままになっていれば、どんなに弱い人でも岸に流れ着くものだ。 (セルバンテス)私はセルバンテスによると、無駄なことばかりしてきたのかも。
2007年11月26日
復職してから、余裕がなくなってきている。日記を見ると、それがわかる。意識的に帰宅時間を早めているが、それでもほとんど仕事だけの生活に戻り、日常の小さなことに感動したり、気づいたりすることが減っている。仕事をしながらも、オンとオフを切り替え、自分の時間を有効に使える人もいるだろうが、私は帰宅したら、疲れて休んでいるだけの状態。とにかく、無理をしないで、でも仕事は誠実にやり、生活のなかで意識的に美しいものに気づけるようにしたい。そして、今週、いや今日一日を乗り切っていきたい。
2007年11月26日
最近、斎藤環氏著「ひきこもりはなぜ『治る』のか?」(中央法規)を読んだ。彼の本を読もうと思ったのは「爆笑問題のニッポンの教養」(NHK)で放送された、「ひきこもりがセカイを開く時」に斎藤氏が出演されていたの観たのがきっかけ。番組の中でも、本の中もでもアメリカのコフートという精神分析家の次の言葉が紹介されていた。「人間は一生をかけて成熟していく」当たり前のことを言っているだけかもしれませんが、失敗続きの毎日のなか、この言葉に励ましをもらった気がした。明日からまた仕事が始まる。今日からやり直しの初日と思って、少しずつでも成熟の道を歩んで生きたい。
2007年11月25日
あるカトリック系のサイトで以下の言葉を見つけました。 善も限界を過ぎれば悪になり、愛も限界を過ぎれば人を苦しめる。 何ごとにもこれがただ一つ、絶対なものだと執着するな、それにこだわるなということです。いかに正しいことでもそれを、限界をこえて絶対化すると悪になる。また逆に悪くみえることも限界内では善い部分がある。民主主義は正しい考えかもしれぬ。しかし、それを絶対化しすぎると民主主義ならざる国に原子爆弾を落とすような悪をうむ。遠藤周作ある人が「愛」は毒を含むことがるといっていましたが、それと通じることを遠藤さんもおっしゃっているのでしょうか。私も原爆ならぬ悪を生んでいることに気づかされました。
2007年11月25日
昨日読んだシェーンヘルの「祈ること生きること」というドイツの牧師ボンヘッファーについて書かれた本の中に、「自分の限界を知るのが賢い者だ」という言葉があった。限界を知る恵みを神に願いながら、今日一日を過ごそう。職場は毎日が戦場。生徒にマイナスの螺旋階段を上らせる、学校の指導とシステム。まず、今日という日を誠実に生きたい。
2007年11月24日
あるカトリックのサイトで次の言葉を見つけました。厳しく、胸に突き刺さる言葉ですが、勇気をもらいました。パブロ・ネルーダの言葉どんなことに対しても不平を言わぬこと。あなた自身も好きなようにしてきたのだから。自分自身を作り上げる困難を認めなさい。自分自身を正すことから始める勇気を持ちなさい。偉大な勝利は過ちの灰から生まれるのです。自分の孤独や運命に対して不平を言わないように。勇気をもって受け止めるか、あるいは立ち向かうかどちらかにしなさい。どちらにしてもあなたによる結果です。自分の失敗のために自分を痛めつけないように、他人のせいにもしないように。ありのまま自分自身を受け止めなさい。始めるためには、どんな瞬間でもいいのだと思い出しなさい。そして、諦めるほどのひどい瞬間と言うものはないのです。現在あることは、あなたの過去によるもの。あなたの未来は、あなたの現在によるのです。苦しみから学びなさい。最も大きな妨げよりも、あなた自身が大きくなるように。あなたの将来を決めるのはあなた自身です。毎朝起きたとき、太陽を仰ぎ見なさい。そしてあけぼのの光を吸い込むのです。あなたはあなた自身のいのちの力の一部です。腹を据えるなら成功するでしょう。決して運命のせいにしないように。運命は失敗した人の口実なのです。
2007年11月21日
職場に復帰してから約二ヵ月半。復職してよかったことは、自分とは何者かが少し気づけたことだ。そして、どうしようもない私でさえ大切にしてくださるのは神だけだということ。ある無名者の祈り大きなことを成し遂げるために神に力を求めた。 しかし、謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。偉大なことができるために健康を求めた。 しかし、より良いことをするようにと病気を授かった。幸せになるために宝を求めた。 しかし、力を尽くすようにと貧しさを授かった。人の称賛を得るために成功を求めた。 しかし、神の助けを知るようにと失敗を授かった。人生を楽しむためにあらゆる物を求めた。 しかし、あらゆることを喜べるようにといのちを授かった。求めたものは一つとして与えられなかったけれども、 祈りはすべて聞き届けられた。知らずに祈っていたにもかかわらず、 心の奥底の願いはすべてかなえられた。私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ
2007年11月19日
復職して、もうすぐ一ヶ月。恥ずかしながら、自分にとっては奇蹟です。授業ではいじめられてばかり。子どもは残酷です。もちろん、気持ちの優しい生徒もいますが…。(大人のほうが残酷かも・・・)神戸の高校の事件はどこでも起きる。ただ、この学校の対応は酷い。特に校長の謝罪はひどい。公私ともトップにたつ人間はあんな人が多い。現場で教師を出来なかった人が、管理職に…。あと二日で9月が終わる。
2007年09月26日
授業は一クラス30人~40人弱だが、欠席が常時「少なく」て5~6人、多いときにはその倍の12人前後。2学期入っての最高は約20人。まだ、生徒の顔も覚えていないし、座席も覚えていない。学校に来ているのか、休んでいるのか、無断で早退したのか、校内でうろついているのか、トイレに隠れているのか、保健室でうだうだしているのか、クラスの日直の生徒も把握していない。出席をとるのにまずは一苦労。教材はないし、ロッカーからも出さない。そこで押し問答しても、埒が明かないので、こちら授業ごとに独自のプリントを用意する。手前味噌だが、かなり工夫したプリントだと思う。ある教師は、ただ教科書を印刷したプリントを渡すが、そんなプリントでは学習に取り組むはずはない。かといって、私が作ったプリントもどれほど功を奏しているか、かなり疑問だが、私はそれなしには、現在の勤務校では、授業をすることはできないので、とにかくプリントを作る。休みも多いが、来ていてもしゃべって、寝て、漫画を読む生徒が多い。5クラス授業を持っているが、一番いいクラスで五分の四が授業に参加、一番ひどいクラスは過半数ぎりぎり。何を目安にしてこのようなことを言うかといえば、プリントの点検。こうでもしなければ何もしない。今日は席を移動している生徒に気づき、注意をすると、「この席でなければ、勉強しない」。穏やかに注意をしても、「席を移動してはいけない理由がわからない」。朝から、こんなやりとりをするのでどっと疲れる。中学までと違って、高校には子どもたちは完全に輪切りされて入学してくる。その子どもたちを集団で指導するのは至難の技。オール2以下の生徒がほとんどの中では厳しいものがある。中学も相対評価から絶対評価に変わったので、5段階の2というのは1と同じ。生徒は強力に管理できる先生の前ではとりあえず大人しくするが、病み上がりの小太りの私には容赦なく、罵詈雑言を浴びせてくる。でも、学校全体が無秩序なので、管理と言ってもたかが知れている。子ども子どもなら、教師も教師。あきれたことに職員会議で、生徒と同じように机の下で携帯をいじっている。見ているだけで、具合が悪くなる。注意しようとも思ったが…。これまで、ほかの教師は誰一人注意してこなかったのだろうか。新人教師が二学期のこの時点でこの有様ということは、許されてきたということだろう。学級崩壊ではなく、学校崩壊。
2007年09月18日
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