パク・ヨンハ見っけ!(もも色猫)

パク・ヨンハ見っけ!(もも色猫)

●GQ KOREA 韓国雑誌




●2008年 5月発売〓韓国雑誌「GQ KOREA 」(2008年5月号)
  ・ 「GQ KOREA 」(2008年5月号) 韓流ショップ 店
  ・ 「GQ KOREA 」(2008年5月号) 韓国音楽専門ソウルライフレコード 店
・GQ Korea
   ・韓国男性ファッション誌(韓国語)
   ・「パク・ヨンハ」インタビュー&写真

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     ダンディーヨンハっっ



●「GQ Korea 」 日本語翻訳
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パク・ヨンハが
こんな男だったのか?


視聴率がしっかり出ているドラマ‘オンエア’では
パク・ヨンハは揺るぎない目の輝きで揺れる男を演じている。
以前に彼がどんなだったか思い出さない程だった。
彼はすべての質問にハキハキと答えて明快に笑った。
演技もそうしたら良いと話す時さえ迫力があった。
パク・ヨンハがこんな男だったのか?


記者「 春は好きですか? 」
ヨンハ「 春秋は曖昧で良くなくて真夏や真冬のように一番ピークの時が良い。 」

記者「 名前がかなり知られた芸能人たちには季節というものも
   窓の外にだけあるという気がする。
」
ヨンハ「 一年365日 全く同じように過ぎ去る。
    寒くて、暑くて、雨が降る、雪が降る、そのぐらい。
    すごく寂しい話なのに、あっ!この時はこうするほうが良い、
    今日は撮影をこんな感じでしてみたら、
    このように雨降らない日に撮影すれば良いのに、全て日課と関連づける。
」

記者「 ところで今日の天気とても‘昼間酒的’ではないか? 」
ヨンハ「 昼間酒は、昔に学校で演劇する時に
    夜なのか昼間なのか分からなくて食べたことだけ思い出す。
    仕事が挟まっている時間には歪むのが嫌いで昼間酒はしなくなる。
」

記者「 あれれ、とてもクールという話か? 」
ヨンハ「 特別に魅力ない。 」

記者「 あらゆる人々にはこの春が‘オン エア’で記憶されることもできる。
   誰かがお花見に行こうと言ったが‘オン エア’を見なければならないからと
   断ることもあるから。最近あなたが気に入るか?
」
ヨンハ「 気に入る。 全てのことが。 」

記者「 ‘オン エア’にはドラマ一本を始めるあらゆる意見トラブルがある。
   あなたのキャスティングもそうだった?
」
ヨンハ「 誰の代わりに、誰を押し出して等々。
    放送する友達同士で話してみたら一回ぐらいはそんなことが皆あったようだ。
    何をするのか入って行こうと会社家族たちが皆がカンカンになって暴れたが
    撮影前日に陥ったという連絡受けるんだ。
    むしろドラマの中ではちょっと急な状況知らせだ。
    今度は昨年8月に台本初めて受けて、以前に受けた台本を全て置いた。
    会社代表様にこれを必ずやりたいと言った。そうしてから待った。
    ずっとステイ、ステイ(stay)。私がチョイス(選択)する立場ではないから(身を)下げて下げた。
    珍しいことではない。このそこを問い詰めようと加えたものなどもあるから。
    本当に多い感情があった。韓国で何も成し遂げておくことができなかった俳優として、
    あっという間に日本で蒸発してから、また日本ではフワリと浮かんでいるようで。
    中間がなかった。韓国と日本の中間はいったい何処だろう。
」

記者「 玄海灘だ。 」
ヨンハ「 当たり。 ハハ。
    こちらで押し通すこともできなくてあちらも‘引き下がる’
    できない状況で苛立たしかったが、キャスティングが決まった時は
    やりたいということ一つだけ信じてくれたのがとても有難かった。
」

記者「 今まで他の作品はしたくてしたのではなかったのか? 」
ヨンハ「 不本意ながら、他意にする作品が百なら百だった。
    他人がさせてしたというのではなく、初めから私の主観でするのが初めてという話だ。
」

記者「 劇中ギョンミンという人物に対してあなたが思ったのは何か? 」
ヨンハ「 ギョンミンという人物の紹介が一番短かった。
    性格もそうで、状況もそうで。それが魅力あった。
」

記者「 把握しやすかったか? 」
ヨンハ「 反対に僕がすべて作り出さなければならないこともあるだろうという負担があった。
    ドラマは調和だからその人物をそのままやりこなせば良いのに、
    パク・ヨンハという人をおいてみれば率直にしたいのが多い。
    僕という俳優を通じてとてもやりたいのが多いがそれを押しているのが大変だ。
    もっと‘オーバー’して怒りたかったりして、本当に私がささる人にメロを付けたかったりして、
    ところでドラマだから押す。それが大変だ。
」

記者「 演技が上手で出来なくての問題ではなく、
   見る人にどんな衝動を与える演技がある。
   若い俳優たちばかりのどんな不安さだと言えるか?
   それはとても魅力的でもある。
」
ヨンハ「 そのように見てくれるといったら何・・・。
    表情もセリフもちょっと上がったようならば押す。
    撮影期間ずっとそのラインを合わせるのが難しい。
    めちゃめちゃメールでもしてから、仕事もしてから、
    家庭でも来て帰って、頭が良くなければならない。
」

記者「 演技がとても上手になりたいか? 」
ヨンハ「 長年の時間の間、僕を見てきながら直さなくちゃいけないとした部分など、
    しかし直すことはできない部分などがある。
    これは僕がすることはできないね。
    これを良い方向に昇華させない限り、一生悪い方向で残るねと言うものなどが残っている。
」

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記者「 それ 何か? 」
ヨンハ「 うーん、俳優といえば雰囲気が一番だと思う。
    人の雰囲気が一番たくさん表現される所は顔だ。
    ところが僕はいつも童顔だった。甚だしくは若い頃も童顔だと言った。
    シワがない。15年間放送して演技しながらどうすることも他にはできないのだ。
    金持ち息子のイメージ。本当に単純な話なのに途方もないストレスだ。
    言いぐさも、今こういう言いぐさが僕の年には似合うのに、若い頃からこうだった。
    女と会えば、教えようとして説得しようとする という言葉をたくさん聞いた。
    言えない方ではないが、相手を理解させようとする言いぐさがある。
    それがまた演技にそのまま出る。それを変えることができない。変えたくても変えない。
」

記者「 そんな渦中に無意識であなたの演技の観客を女性だけに限ってないか? 」
ヨンハ「 女性?不本意ながら。僕の望むところではなくて、望んで行くところでもない。
    役そのものが女性にアピールできる役の他にはしてみたことがない。
    僕は男たちが僕を‘男’に見てくれたら良いだろう。
    普段の性格が隠すこともなく、わざわざそのように見せようとすることもない。
    しかし放送で猫かぶって言う通りにしているとこのようになった。惜しい。
」

記者「 男たちが好む俳優はこんな典型がある。
   例えばビートのチョン・ウソンや、砂時計のチェ・ミンスやイ・ジョンジェのような。
   そんな韓国の男たちにあなたは‘軍隊免除’という小憎いまた羨ましい荷札もある。
」
ヨンハ「 気にしない。本当にそれが犯意判断でまた問題になったりしたら、
    僕が策略して間違った空間なら放送をしない。初めから愚かなこと汚くてしない。
    そのように法ずっと引っかき回したが認定をしてくれた。兵務庁で文章も受けた。
    長い間精神的苦労多かったと。
    本当に二十歳の時から三十歳に移る時までに、どれだけ多い兵務庁の人々と話し合ったか。
    ネチズン(ネットの人々)やあるいはただ通り過ぎる人々が何か一言ずつ言うことを僕がどうすることも出来ない。
    僕は堂々として健在で良い演技をすれば良いようだ。
    あえて問わなければ話さないだろう、しかし問われたら避けることもしないだろう、それが僕の考えだ。
    ところで今日、髪型をこのようにして撮影することは知らなかった。
    額の広いことが元々コンプレックスなので髪をあげてみたのが久しぶりだよ。恥ずかしい。
」

記者「 メーキャップがちょっと負担でも、風変わりで明るくて男らしくて格好よい手本ではないですか?
   自分の顔が好きですか?
」
ヨンハ「 気分的には気に入るが、俳優でみたら気に入らない。
    今回ドラマしながら人々が目つきが良くなったと言う。
    ‘やぁ!昨日その場面見るとこの次回にメロ付いてたよ’そうする。
    本来、僕はその場面を見ながら弱い、変だ、と思ったがそんな意見を聞けばこんがらかる。
    画面の中の僕の顔を見たらもっと強く演技しなければという考えしか無い。
    演技するには顔が弱いと思う。雰囲気もずいぶん遠かったし。
    しかし歌手する時は反対に、哀歌がどうしてあのように暗いかと
    ‘歌いながらもメロする?笑わない日’そうする。
」

記者「 あなたの演技を見てからとても古くなって昔にはどうだったのかきっちり思い出さないが、
   今回見ながら目つきがよくなったと思った。ドラマ始めながら友達に助けを借りたと聞いた。
」
ヨンハ「 女の子だが、昔に演劇する時にパートナーを1、2回して僕に対して短所を指摘できる友達だ。
    その人にお願いをした。
    初めて台本を持って行ってずっと読んだら
    「あなたはとてもあなたを閉じこめていて、私が見てあげようとしても見てあげることができない。
     気楽にしてみて気楽に。あなたがしたい通りに」と言った。
    その友の前で身の解決までかなりかかったが、
    昔の大学の時のようにオーディションするようにしてみることもした。
」

記者「 日本では撮影カメラの前ではなく舞台に立つ。 」
ヨンハ「 不本意ながら。 」

記者「 「不本意ながら」という言葉をよく言う。 」
ヨンハ「 人福(他人の助けをたくさん受ける福)が多いという意味だ。
    腹中に何か少しでもあれば誰かがパッと触れてそれをするようにしてくれる。
    そんなケースが多かった。ベ・ヨンジュン兄さんが
    日本に‘冬のソナタ’で行って来て凄いことをしてきた。
    それから二番目に入って行ったのが僕であった。そちら側の話が
    「パク・ヨンハさんのプロフィールを見たら歌も唄うのでそれなら1、2曲歌ってくれたらもっと良いです」
    それで歌を唄うようになった。意図しないことだった。
」

記者「 今、韓流に対するあなたの考えは何か? 」
ヨンハ「 もう韓流は終わったし、もうビジネスは終わったし、今はそのまま足掻き(苦闘)だと思う。 」

記者「 あなたは‘生き残った者’か? 」
ヨンハ「 僕も足掻きだ。その軌道にずっといるために地団駄を踏む。
    一緒に働く人を配慮するなら、負けたくない、と変えて言える。
」

記者「 舞台では何を考えて歌うの? 」
ヨンハ「 本当に僕は単純に楽しむ。ベースがないからゴールもない。
    最初の時に5千席公演場にパッと出たが、本当に5千個のライトが搖れながら一斉に‘ウワッ!’と大声を出した。
    本当に一歩後ろにたじろいだ。そんな気に圧倒されて。
    およそ10回ほどする時は今度は1万席だったが、同じように‘ウワッ!’となったが
    もう後ろにたじろかずにやっと笑みが出た。
    ちょうど良い感じだ、その気持ちが。舞台に上がれば調子出る。
    演技する時は僕という人も存在するが、何度あって何度もあるから、どうするかそんな気持があるが、
    舞台で歌う時はそんなことない。
」

記者「 恋歌でも歌でも一つだけしなさいというそのような話はしてもしなくても同じうわごとだ。 」
ヨンハ「 僕には全然必要ない。 」

記者「 写真を撮るのが趣味だと聞いた。
   ところでミニホームページには ‘セルフカット’だけ1枚載せていたが?
」
ヨンハ「 軽く趣味を見せてあげられるには‘セルフ’が最高だ。
    率直に僕が撮った風景や人物を見せられるのは悩みを多くするようになる。
    少し‘真摯 青年’でもあり、意識をたくさんする性格でもある。
    ソフトに担いで生かじり式で僕を表現する方法の中に選択したのが‘セルフ’だ。
」

記者「 好きなカメラマンがいるか? 」
ヨンハ「 すべての分野に僕は好きな人がいない。
    以前に何か新聞とインタビューして、尊敬する俳優が誰なのと問われて、いないと言った。
    モデルにする俳優が誰なのと問われて、いないと言った。
    すると、自分は聞いてないことにするから一般的に話しなさいと、あまりにも逃げだと思うといった言い争いを思い出す。
    僕は映画やドラマを見ながら何か俳優の長所を取って短所をしない演技者であって、
    その人がそれしたとそこにささるタイプではない。
    カメラマンたちも僕が好きな類がある。
    こんなレンズ、こんな感じ、こんな雰囲気。すべて一つずつ持っている。その中の一つが好きなだけだ。
」

記者「 オンエアの演技の話をしてからちょっと漏れた。
   反応は好意的なのでは?「オンエア」をしながらあなたが学ぶのは何か?
」
ヨンハ「 このドラマをする情熱で以前の仕事をしたとすれば僕はまた分からなかったと考える。
    今、懸命にするかは分からないだろうが、とにかく昔には懸命にしなかったという話になる。
    基準になった。運もあるだろうが気分的にこれからこれ以下ではないようにと思う。
    今回、撮影しながら一度も遅れたことがない。
    以前には若い年齢に酒も飲んで行ってみて。今は鉄則だ。仕事に支障を与えてはいけない。余地がない。
    もしかして、する気持がない。ちょっと大変だ。とてもパリパリだから。
」

記者「 そんな努力というのは‘これ撮って次はチームトップ行かなくてはならない’とする欲から来ることもないか? 」
ヨンハ「 ハハ、早くから思っていた。それは誰も最近の僕の年と同じ年齢ならすべてそうだと考える。
    三十代中盤。このドラマを始めて声援を得ているがトレンドがとてもよく変わるのが現実だ。
    僕の所信どおり持って行けば良いのですが、事務所と妥協しなければならない部分もある。
    実は僕は演劇をしようと思う。ところが事務所は反対する。
    すべての人々が皆そうではないが、今、イメージというのがあるからそのまま継続したら良い、と言うんだ。
    決まっていなかった何かを捜して絶えず悩むことだ。それといって答が出てこないけれど。
」

記者「 今年の年末授賞式であなたを見られるのでは? 」
ヨンハ「 98年度に新人賞受けて、演技者では2000年度に最優秀男演技賞受けた。
    その後では賞を受けたことがない。
    それほどの作品が出来なかったし演技ができる状況になれなかったこともある。
    あらゆる事を離れて社会に出て仕事をする人ならば特別な席に招待されたいと思う。
」

記者「 ドラマの中でソ・ヨンウン(ソン・ユナ)とオ・スンア(キム・ハヌル)の対話中に
   そのような言葉が出ていたが、あなたはどうして俳優になったのか?
」
ヨンハ「 不本意ながら。ママの友達のご主人の中にPDがいた。
    僕が知らぬ間に頼んでいてエキストラになった。
    その時に出演した初回放送が1994年の「テーマゲーム」1回だ。高等学校の時だった。
    合計2回を撮影したが、気持ちが本当に、オゥ!ちょっと狂うようだ。
    ‘おいおい’通りで、‘君、ちゃんとしろ!’むちゃくちゃ大声を出して
    盛んに鋭敏な年齢の僕だったが。
    内心‘この子たちが言葉取ってタメ口 仕業なのか?’本当にそうだった。

    やらないと家で大騷ぎ一度したが、
    ある日、母がオーディションに受かったと言った。
    やっていないオーディションに受かったと言うのだ。
    分かってみたところ1994年のKBS「愛が華やかになる教室」だった。
    一応うろちょろと行った。ところがまた悔しくちょっとなった。
    50人の中の1人だった。
    まぁ!まったくもう。母も衝撃をまともに受けた。
    それでも何かをやり出したらやり続くまでやり続ければと考えるスタイルだから、
    そのままやり続けることにはいかなかった。
    撮影場では代替えを誰に話をして聞き入れてもらえるのかも分からなかった。
    ところがすぐ来週からメインに入れるという話を聞いた。本当に入った。

    何週か過ぎたところ配役名ができた。キム・トンチャンという名前が。
    オホ!これ受けて?自分に(ドラマ中の)ママができるなんて、セットに‘トンチャン家’ができた。
    それと共に主人公になった。
    あの時は何も分からずに僕はもうタレントなんだ、演技者はそうしてなった。
    アッ!このインタビューの返事がとても長くなってしまったか?

    あの時ソン・チェファンさんが先生で出たが、
    詩集をくださりながら本の表紙に文を書いて下さった。
    ‘君という友達を見ながら考えた。演劇を一度してみないか?’
    それをすごく深刻に悩んだ。
    ‘僕を認めてくれるのか?僕が本当に大きい器になることができるのか?’
    あの時からだった。演技をしなければならない。俳優をしなければならない。
    返事がとても長い。僕がおしゃべりちょっと多い・・・。
」

記者「 どうして俳優をそれを? 」
ヨンハ「 そのまま惹かれる。辞めたい時もあったし辞めてみたりした。
    そのストーリーを言えばとても長い。すべて経験した。
    ところで帰って来る席と感じた。常にだからする。
」

記者「 俳優は何をする人だろうか? 」
ヨンハ「 悩んでもみなかった質問だ。 」

記者「 いつも帰って来る席がその席なのなら、それは習慣ではないか? 」
ヨンハ「 どのように話したら良いだろうか。
    よく俳優は‘他人の人生を過ごせてそれが良い’と話す。それは絶対違うと思う。
    それがどうして他人の人生なの?どうせ自分自身それをそのままに代入して演技すること違うの?
    それではその瞬間自分がなること違うの?今ちょっと悩んでみたが、
    俳優がすることはたいしたものでないようだ。後輩たちにもそのように話す。
    ‘特別ない、やってるから俳優と呼んでくれていたよ’ 率直に言えば誰にでもできる。
    作品のみ良く出会ったら俳優の声を聞くことができる。確かだ。
」

記者「 自意識で充満したそんな俳優たちのような ムカツクところがあなたにはない。 」
ヨンハ「 本来、僕は僕を見せてあげられなかった。まだ僕のすべて見せてあげられない立場だ。
    今、こんなに気楽に‘僕のように’演技すれば誰でも良いか。
    本当に僕を見せてあげられたらどんなに良いだろうか。
」

記者「 それで俳優は孤独だと言われるのかもしれない。 」
ヨンハ「 結果的にみな孤独だと思う。それを表現するのか、しないのかの差だ。 」

記者「 さっき、季節が窓の外にだけあるようだと言葉を言ったが、どうなのか、大丈夫か? 」
ヨンハ「 僕は時々こっそりとする。それで大丈夫だ。 」

記者「 その部屋には誰も想像することができないパク・ヨンハがいるか?
   鼻を掘るパク・ヨンハ。エッチな動画見るパク・ヨンハ。
」
ヨンハ「 もちろんだ。
    母が‘やぁ、あなたこの姿を見られたら放送(芸能人生)が完全に終わってしまう’
    そう言う。ハハハ、本当に。
」

記者「 何に対してそう言うのか? 」
ヨンハ「 家で本当に洗わない。何日も家にいる時はとりあえず歯磨きが面倒だ。
    頭を洗うのも面倒で、着替えることも面倒で、パンツと長袖一枚着ている。
    母が見て年齢が三十過ぎた奴がそうしているから
    ‘それでもあなたは今する仕事で日が暮らせて上手くいっているから良いものの、
    失業者だったらあなたを私が殺したのこの労務な子ね~’と言う。
」

記者「 最後に泣いたのはいつか? 」
ヨンハ「 最近だった。先週なのか?今週だったか?スンアやヨンウンに。 」

記者「 自分のドラマ見ながら泣いたと? 」
ヨンハ「 恥ずかしい話ではないのに、恥ずかしいことでもある。
    スンアがヨンウンを認める対話があった。
    ワイン飲みながら、対話中に‘そうです’ でもなくて ‘ごめんなさい’ という言葉があった。
    それ以前のすべてのものを一言でそのまま自分をさっと陥る言葉があった。
    堪えて堪えていくらか堪えてから要点のみを述べることして‘ごめんなさい’と言っただろうか。
    ‘ごめんなさい’は実は似合わない言葉だった。
    的外れな答えと言える単語選択だったのに、
    その単語一つがそっとでもなくて僕をそのままずっと引き寄せた。
」

記者「 そのように必ずドラマ広報を必ずしなければならないのか? 」
ヨンハ「 ハハ、違う、本当に泣いた。 」

記者「 服は直接買うのか? 」
ヨンハ「 直接買う。東大門卸売り市場と小売市場を行ったり来たりしながら。
    今回のドラマで出る服も50%はスタイリストと直接行って買った。
」

記者「 それ買いたい時に一つだけ選択しないぐらいお金たくさん儲けるか? 」
ヨンハ「 争いになると怒る方ではない。そういう時は僕は二つとも買わなかったりもする。 」

記者「 服に拘りなくても守るべきではないか? 」
ヨンハ「 そんなことまで、悩むのが嫌いだ。悩みを長くするのを本当に堪えられない。
    僕が大変じゃない、どうしてそんなつまらないことして。
    そのままその二つともあきらめて他のものを見る。
    そんな性格でそうだった時が多い。
」

記者「 あなたを果てしなく苦しめる欠乏は何か? 」
ヨンハ「 強くなければならないということ。
    (携帯電話画面を開けて見せながら)マジンガーZだ。本当にマジンガーZのようになりたかった。
    今もそうだ。頼る所がない。両親にはできなくて、事務所にはしない。
    頼れば人間的というものが出るだろうができない。常に中心を失ってはいけないと思う。
    僕が僕にストレスを与える。ずっと大枠を回っている(進展できずに同じ枠内を回っている)。
」

記者「 しかし一度にさく烈する。恋愛で解くべきではないだろうか? 」
ヨンハ「 恋愛は約2年ほど空白があった。
    今は恋愛が少しオモチャのようになってしまった。
    以前は仕事ができないほどに恋愛をしたが、今はオモチャみたいだ。
    こっそり会ってみようかと思いながらも
    ‘これではだめで、僕は人にそれほど会いたくなくて’自ら否定する。
    シン・スンフン兄さんにそんな話をしたら
    ‘私は今もそう。とても悪く考えたらダメ。君だけ分かるひとりの生活があれば良くて’と言ってくれた。
」

記者「 あなたはどんな男なのか? 」
ヨンハ「 ちょっと分からない男。 」

記者「 ひょっとして神秘だということなのか? 」
ヨンハ「 ハハ、違う。たくさん変わる。状況によって。 」

記者「 あなたは若いか? 」
ヨンハ「 若い、生活が若い。 」

記者「 これからして行けると思うか? 」
ヨンハ「 ちょっと急ではあってもずっと進む。 」

記者「 今一番したいことは? 」
ヨンハ「 恋愛。ハハハ。 」

記者「 1988と1998年春には何をしたかったか? 」
ヨンハ「 88年は思い出さなくて、98年には今とまったく同じような考えをした。
    今のように着実に行けたら良いだろう。
    その時はまっすぐ行くと思った。ところが行かなかった。
    それで2008年度のこの機会をしっかり得ようもっと強く、そんな最中だ。
」

〓〓インタビュー終了〓〓
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●2008年 5月発売〓韓国雑誌「GQ KOREA 」(2008年5月号)
 ・ 「GQ KOREA 」(2008年5月号) 韓流ショップ 店
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●韓国雑誌
 ・ 「BAZAAR 」(2008.9月号) 日本翻訳
 ・ 「Numero 」(2008.9月号) 日本翻訳
 ・ 「In Style 」(2008.7月号) 日本翻訳
 ・GQ KOREA 」(2008.5月号) 今のこのページ
 ・ 「COSMOPOLITAN 」(2008.4月号) 日本翻訳
 ・ 「ELLE 」(2008.3月号) 日本翻訳
 ・ 「ELLE girl 」(2008.4月号) 日本翻訳
 ・ 「女性中央」(2008.2月号) 日本翻訳
 ・ 「marie claire 」(2008.2月号) 日本翻訳
 ・ 「 anan 」(2008.1月号) 日本翻訳




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