春の雪舞い降りたかのように
ユキヤナギの花
一面に咲き乱れる
3月に
(芽吹き始めた雑木林。いのちのざわめきが聞こえる朝の雑木林。
さくらと雪柳の競演見事)
我が母
冬子さん
静かに眠る
(母と私が生まれ育った寺。母の葬送の日、境内から今盛りと咲く雪柳いっぱい
採ってきて、庫裏の床の間をユキヤナギの生け花でいっぱいにした私。
花栽培好きだった母。ユキヤナギノ真白な狂乱の中、
母は静かにわが家を去っていきました。)
寺に生まれ、そこで育ち、
坊守として一生を終えた
我が母
92歳の生涯を静かに閉じました。
頑固に
寺を守る
縁の下の礎になることを貫いた生涯。
92年の歳月は長い、
余りにも長い。
社会は激しく変動し、
価値観も何度も大きく転換した。
しかし、
母は何も変わることなかった。
ただ一点
母は坊守の勤めを頑固に貫いて去って行った。
、
頑迷に保守した生きざま、
その偏狭さ
その世界の狭さ

(繊細かつ華やかなシデコブシも満開)
その母の生きざまは
私の反面教師であり続けた。
(いのち凝縮しているシデコブシの花。花蕊にはムシさんもやってきた。
おいしい蜜を吸っている)
葛藤しながら
別の方向を観ながら歩んだ母と娘
その確執が深いものであるがゆえに
ますます、
母の喪失感は深い。
101歳の医師、日野原重明先生は
「今日の言葉」で
(フェイスブックで毎日配信)
「死が何であるかを子どもに伝えるのは、おとなの役目です。」
☆いのちを教えるということ☆
看取りという経験は、子どもにいのちの尊厳や、いのちが消える不思議さ、寂しさを実感させ、人として大きく成長を遂げるきっかえを与えるはずです。
この日野原先生の言葉は、
「いのち」の終わりを身近に深く体験することの大切さを
教えてくれている。
70歳になって、やっと私にはこの「言葉」の意味を
少し理解した気がする。
母の最期の看取り、
母が最期まで貫いた坊守としての生涯を慈しみ敬う葬送。
浄土真宗の「葬儀」の深さ、
親鸞の教えとは何か
身を以て教えてくれた「葬儀」
私の残されたこれからの生きざまにも
この出来事は深い影響を与えるであろう。
(厳しかった今年の冬。その厳寒を耐えてやっと咲いたヤブツバキ。
母の大好きな花。
さくらもやっと咲き始めた。椿の花と桜の蕾の競演)
コロナで家ごもり 2020.03.29
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