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引っ越し先は、以下のアドレスです。http://mukashiimatetsu.blog.fc2.com/取り急ぎ、引っ越し作業を終えました。これからの更新は、引っ越し先で行ないます。ブックマークの変更など、お手数をかけますが、どうぞよろしくお願いいたします。この楽天ブログも、しばらくこのままにしておきますが、2月からの写真機能の変更により、画像閲覧に不具合が生じるかもしれません。楽天さん、長きにわたって、お世話になりました。でも、もう少しちゃんとアナウンスしてほしかったなあ(笑)
2012.01.15
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このブログを見ていただいている皆さまへ昨日(1/12)から、楽天ブログの機能変更により、現状では写真のアップロードができなくなりました。足あとやブックマークリストがなくなることは事前にわかっていたのですが、写真関連の変更はこれからアナウンスされるようです。急遽、引っ越し作業を行なっています。とりあえず、一度、他のアドレスに引っ越す予定です。作業完了しましたら、ここでお知らせしますので、新しいエントリー更新を含めて、数日間、お待ちいただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。また、非鉄な内容もかなり含んでおりますが、ツイッターアカウントは@shinagawa530、フェイスブックは本名で時おりつぶやいたりしてますので、こちらもあわせてよろしくお願いいたします。品川530 敬白
2012.01.13
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わずか2輌のナベトロといえども、荷受場で機回しの上で正向き牽引となったデイビッドは、時代錯誤な雰囲気と、このうえない愛想を振りまきながら、走り慣れた併用軌道を戻っていきます。バックの家々、これのどこがインドらしいのか、アッサムらしいのか今一つわかりませんが(笑)、家々がファインダーに入る集落のところで、まずは待ち構えることにしました。これまた名取さんのブログで知ったことですが、このデイビッドは20世紀末には、同じアッサム州レドの煉瓦工場で稼働が確認されていて、工場閉鎖により行方不明、、、その後、21世紀になって数年、ここティポングへの転籍が、ワールド・スチーム・フリークの間で大きなニュースとなって駆け巡ったといいます。それからさらに5年以上が経過し、さすがにこの辺境でダージリンまがいの観光開発が行われるとは思いませんが、90年近く前に宗主国イギリスがアッサムに送り込んだこの文化遺産、ダージリンの登山鉄道に伍する、もうひとつの世界遺産にふさわしい、というのは、果たして鉄な異邦人の戯言に過ぎないのでしょうか。。。
2012.01.10
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ダージリン&牛のスナップに興じているうちに、デイビッドは炭鉱のほうに行ってしまいましたが、その後、ナベトロ2輌を牽いたチャーター列車が組成されて、ゲートに近い荷受場へ向かうことになりました。しかし、1924年のイギリス製と伝えられるこのサドルタンク、よくぞこんなカマが今も走っているなあ、と思います。キャブの英文表記に「MADE 1851」とあるのは、ボイラ?工場?……この文字は、2005年に訪問されたRM名取さんのブログの写真にはなく、いったいどういう意味なのか、謎は深まるばかりです。その当時、ダージリンとともに石炭列車の牽引に活躍していたこの古典機、今はダージリン&DLの予備として待機しているものの、長い編成の牽引は最早難しいそうで、半分、楽隠居って風情です。しかしまあ、わずか2輌のナベトロが、フレームしかないキャブに似合うこと、似合うこと! チャーターならでは、と言えばそれまでですが(笑)また、6年前には片側にしかないと報告されていた「DAVID」の銘板も両サイドにギラリと光っていて、もしかしたら保存への前向きな何かがあるのかもしれません。いずれにせよ、2011年の暮れ、こんなカマの写真が撮れる幸運に、感謝の気持で胸が熱くなりました。
2012.01.09
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現地ティポングにも小さなゲストハウスがあるのですが、我々のツアーチーム(ジャパニーズ6+ガイド・ドライバー)は定員オーバー、クルマで1時間の距離のディグボーイの大きめのゲストハウスに宿をとることになりました。何しろ初の渡印です。実は胃腸をこわすのでは?激辛な料理ばかりでは?と心配していたのですが、瀟洒なゲストハウスのダイニングは心配無用、グランドマザー心づくしの料理は激辛ではなく、ビールと一緒に毎日、楽しむことができました。ま、若い頃にエスニック研究会と称した合コンもどき(?!)で胃腸を鍛えた甲斐が今こそあったのかもしれませんが(笑)翌朝、パンと紅茶、オートミールの簡単な朝食をとって出発。ティポング炭鉱の入場ゲートから自動小銃を持ったガードマンがクルマに同乗し、緊張が走ったのも束の間、クラの前に着くと、すでにダージリンが煙を上げていて、思わず歓声奇声を上げざるをえませんでした。もう年内に掘る石炭がない、とか事前情報は悲観的なものばかりでしたが、チャーターの交渉が上手く進行しているようで、デイビッドはすでに出区、どうやらカマは2輌とも今日は動くようです。動物が道路を普通に通行するのは中国でもよく撮りましたが、カマが違う、場所が違う、空気が違う(爆)……6時過ぎの気温は4度ぐらいでしょうか。東京の朝と同じか、少し寒い感じです。牛が行きかう朝の風景を気軽にスナップすることから、ウォーミングアップを始めました。
2012.01.08
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昼前に成田を発ったJL749便は夕刻にデリーに到着、市内で1泊した翌朝、国内線でアッサム州北東端のディブルバーへ向かいました。1時間遅れの14時半過ぎ、ローカル空港のタラップを降りて小さなターミナルへ。荷物をピックアップしたら、クルマで3時間弱で、目指すティポング、というスケジューリングです。と書くと、まあ辺境への物見遊山って感じですが、紅茶の産地で有名なここアッサム州は、実は10年ほど前まで民族間紛争が時おり勃発していたところで、空港に自動小銃を持ったガードマンが立っているのを見るだけで、天下泰平に慣れきったジャパニーズには、けっこうなかなかの緊張感です。さすがに以前と違って入境許可は不要になりましたが、現地警察への撮影申請が必須で、許可を受けた我々のツアーチームにもガードマンが付くという、未体験ゾーンでの撮影となりました。ティポング炭鉱エリアのゲート前のゲストハウスで、O谷連隊長以下の先発隊が待っていてくれました。あたりはすでに暗くてこのときにはわからなかったのですが、3km弱の専用線と並行、ときには併用の道路を辿って、炭鉱手前のクラに到着すると、いきなり照明灯に鈍く照らされた2輌のカマの姿が、視界に飛び込んできました。おお、生きてたか!デイビッド!……写真右のB型サドルタンク「DAVID」は1924年製と言われていて、サイドの表記では何と1851年製?! 製造年の真偽はともかく、現役蒸機としては世界最古?の部類の超貴重品です。そして、左のダージリン型と称されるBタンクも、観光用でない現役機としては、おそらくこれが唯一の存在とか。成田を出てから2日目の夜、インド辺境に現役蒸機が息づくナイトセッションに、いきなりノックアウトを食らったのでした。
2012.01.06
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夕方、東京の自宅に帰ってきました。京都の実家でお正月の数日を過ごした後、帰りの新幹線に乗る前に、仕事でお世話になってる方にご挨拶するのと前後して、鉄の産湯を使った我が懐かしの梅小路へ初詣に行くのが、ここ数年の通例となっています。開館当初から行われてきた、正月の日の丸の旗掲げての全機前出しが、福知山線事故による自粛で中断していましたが、たしか去年から復活、今年も京都の寒空の下、ズラリ並んだ御召装備(?!)という、正月らしい緊張感溢れる場面を見せてくれました。C51239号機の御召装備も、梅小路に欠かせないワンシーンとして、すっかり定着しましたね。東鉄栄光の御召専用機、その雄姿が再現されるだけで、今もって感動モノではありませんか。そして、梅小路に保存の装備品を纏うのは、なぜかC581号機、こちらも変だよなあ、と思ってる間に、すっかり定着しました。今日、この並びを撮影しながらふと思ったのですが、これはもしかしたら、C571の予備機としていったん山口入りし、横浜や大分のイベント列車にも登板して長く本線上での活躍をみせると思いきや、予期せぬボイラ故障で静態保存機となってしまったC58への、どなたかのせめてもの心遣いではなかったのか。。。今年で梅小路40年、その間にはまた、幾多の歴史が重ねられてきたことに、思わず身震いして、懐かしいクラを後に、京都駅へ向かいました。
2012.01.04
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新春2日、恒例のひくまさんとの関西撮り初めで、住吉大社に行ってきました。押すな押すなと太鼓橋を渡る善男善女の人ごみの向こうを、ここぞとばかりに総動員された阪堺電軌の旧型車が行き交う。。。これほど、カメラ片手に鉄な初詣!にふさわしい場所は、他にはないのかもしれません。臨時の乗降場が方面別に設けられ、参道の両側には、色とりどりの露店がいい匂いを競っていて、さっき昼食をすませてきたことをちょっと後悔します。押し寄せる人々は2012年の関西人ですが、まるで昭和レトロ(笑)のテーマパークに来たような、不思議な気分になります。そして、老若男女に混じって、少なからぬ鉄があちこちで蠢いています。次々とやってくる路面電車を、三脚立てずに手持ちでスナップするのがここでの暗黙のルール、なぜか無言で一定の秩序が保たれているところも、どこか昭和チックですね。ほんとうは太鼓橋の上から人ごみ越しの旧型車を1枚、といきたかったのですが、ガードマンの「立ち止まらないでくださ~い」の声がひっきりなしでとても無理、代わりに横断歩道を行き交う人々越しのアングルを選んで待機しました。もう間もなく路面全体に影が伸びる14時半、初詣客を降ろして浜寺へ向かう163号の後ろ姿が、2012年、鉄な初詣の画面にいい感じで収まりました。
2012.01.03
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1日遅れになりましたが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。鉄な皆さまには、出撃時の好天、桜田順光、朝夕のギラリなど、今年も数々の僥倖が訪れますように、また仕事や非鉄な世界でいつもお世話になっている皆さまには、今年が良い年になりますよう、お祈りいたします。今朝、インドから帰ってきました。心配した飯の辛さもそれほどではなく、お腹をこわすこともなく、アッサム州の辺境の炭鉱に息づく現役の蒸気機関車を、2日と少しの短い間でしたが、堪能してきました。今回の写真は、2012年初の朝の光を浴びる、というのは嘘で(笑)大晦日の撮影ですが、朝日が山の間から差し始めた午前6時過ぎ、短いトロッコ編成を牽いて発車するダージリン型の蒸機です。デリーからインド北東のアッサム州・ディブルバーまで、国内線を乗り継いで4時間のフライト。そこからクルマで3時間で、こんな光景に到達できるとは。。。海外蒸機撮影に名だたるO谷連隊長をもってしても、幾多の艱難辛苦を乗り越え今回の手配や撮影許可が実現したといいます。これから、京都の実家に行ってきますので、とてもとても個人では到達しえなかった、辺境の情景の数々は、またあらためてご報告したいと思います。
2012.01.02
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