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2014年07月10日
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カテゴリ: ふっと思ったこと
前回のブログ

今このネット社会では、何らかの悪事をはたらいた者は、徹底的に叩かれる。
実際に悪事をはたらいてなくても、「悪事をはたらいてそうだ」とみなされた時点で叩かれる。

もちろんその事件が社会的に影響が大きい場合、あるいはその当事者が公人である場合、
そういった時には徹底的に追求していかなければいけないだろう。
しかしそれにしても、最近はあまりにも度を越していると思われるケースが多い。
これでもか、これでもか、という感じで叩き続ける。

ネットの場合、「匿名性」ということも大きな要素だと思う。
ただそれだけではなく、もっと大きな要素があるように思う。

あるいは一握りの「悪人」(と一概に言えないような場合もあるが)をスケープゴートとして、
これらを叩くことで引き換えに、自分自身の気晴らしをしていると言えるかもしれない。

昨年大ヒットしたTVドラマ『半沢直樹』の最終回に、印象的なシーンがあった。
役員会の席上で香川照之演じる大和田常務の不正を暴く、堺雅人演じる半沢。
半沢に追い詰められ、どんどん状況が不利になりうろたえる大和田を見かねて、
北大路欣也演じる頭取が静かに言う。「もうそれくらいにしておけ」

叩く時は叩かなければいけないが、いい加減のところでさっと手を引っ込める。
そのあたりの絶妙な力加減、いわゆる「手加減」が、日本人には昔からあったと思う。
それは言い換えれば、「赦す」ということだとも思う。
ある意味、日本人固有の美意識、と言ってもいいんじゃないかと思う。

それがここのところ、あまり見られないようになってきたと感じる。

しかし、以前ならある一定の謝罪なり社会的制裁を以って赦されていたであろうことが、
今の世の中では「世論」という名の謂れなき圧力によって、抹殺されかねない状況にある。

人間生きている限りは、いつ自分が過ちを犯すことになるか、絶対に無いとは言い切れない。
そんな時、自分がズタズタに打ちのめされるようなことがあっても、
普段他人を平気で非難している人たちは、自己責任と割り切れるのだろうか?


他人を「赦す」ということを、常に念頭に置いておきたいと思う。





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最終更新日  2014年07月11日 00時28分00秒 コメントを書く
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