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「スピーチ」とまでは言わないまでも参加した会合などで、いきなりこちらへふられることってありませんか?「とっさの一言」がうまくいえなくて後で、あのとき何でアレをいえなかったんだろうと悔しい思いをしたことってあるもの。僕もそういうことが結構あった。後からだと、「ああ言えばよかった」「こう言えばもっと判りやすかった、いや、かっこよかったはず」なんて‥。今、フリーアナウンサーとしてコーチング的進行で岩田屋コミュニティカレッジなどのカルチャースクールで「声のレッスン」というタイトルで講座を持っている。市役所など、行政での職員研修などでも「声のレッスン」講座、この3年連続で実施と人気なんだよお。会社経営者が個人で、女性が小人数であつまるのでとか声のレッスンとしての指導を依頼されることも結構あるのは嬉しい。プログラムの中心は声の出し方ともうひとつはスピーチの基礎の訓練。その中のプログラム、「15秒トーク」はぼくの専売特許かもしれない。どんなやり方なのか、ご紹介しよう。「スピーチのコツ」をつかむ練習としてつまり、”その時の思ったこと”を15秒間で話すというトレーニング法だ。講座ならではは、周りに仲間がいるとついつい盛り上がるのである。私は、ストップウオッチで、「ハイどうぞ、カチッ!」カチ・カチ・カチ‥チー・チー・ポーン「ハイ、15秒です。次の方、どうぞ!」と進めていくだけ。講座のスタート時刻にひとり、ふたりが遅れて来ていないとき、「では、15秒トークで、少し待ってあげましょう。」無駄なく講座時間が使えるし、2週間の間の、参加のみなさんの報告も聞ける。「15秒トーク」とは、ぼくの考えではつまり、15秒あれば、言いたいことは必ず伝えられる、ということ。だって、コマーシャル、テレビのスポットCMって「15秒」なんですよ。(提供番組のCMだと30秒が中心となる)15秒の中に、”起承転結”などあってちゃんと言いたいことを構成している。さて、15秒ってどのくらいの語数、ことばがいえるのか?アナウンサーのニュース原稿を読む早さは、1分間で350から400字程度だ。すると15秒では90から100字。今、はやりの「twitter」は140字でつぶやく。それより若干少ない。15秒のナマ声トークは100字となる。これはやってみれば、みんな誰でもできる。最初は、言いたいことがいえなくて、途中で、ハイそこまでと言われてしまう。あるいは、何を言いたいのか不明のまま時間が来る。15秒というのは、実はこれから言いたいことの、「あらまし」、「概要」、「つかみ」となる。あるいは、言いたいことの「予告編」である。参加者はそんな「気づき」をもつ。そうなったらシメタもの。それでも、難しい、どう言えばいいの?と思われる方がいる。僕は、15秒トークのコツをこう説明している。まず、「事実」をひとつ思い浮かべましょう。誰にでも、その日一日を振り返ってその日の印象的な出来事、行動の記録がいくつかあるでしょ。その中からひとつを選ぶ。そして、その「事実」についての自分の気持、感想をつけ加える。すると、「事実」+「気持」。で、ここまででも、十分”あなたならではのトーク”になる。たとえば、”昨日、ハンバーグを僕が家族に振舞いました。タマネギはナマでなく炒めます。ひき肉の一部を包丁でたたいて糊状にして繋ぐぼくの独特の物。子供達に大好評で、1人3個はぺロリ。嬉しいもんです。また、つくります。”この構成を分析するとまず「事実」ハンバーグを作った。そして「感想」 嬉しいもうひとつこれがあると申し分なしなのは、「これから?」なのだ。「未来への展望!」があると、話は未来へと導かれる。”またつくります”がこれにあたる。これが話を活き活きとさせるコツ、隠し味なんだよ。”事実・感想・これから”という3つの要素がこめられているのだ。つまり「過去・現在・未来」を15秒に詰め込むと立派なトークの完成。何事も、実は「フレームが大事」なのだ。「枠」とか「作法」というのがあってそれを知っていると何事もそんなに難しいものじゃないということのひとつの例でもある。15秒ができれば30秒、60秒、1分その先に「ミニ・スピーチ」なんてもうヘーチャラのあなたになっているという具合!あなたもやってみませんか?エーと、ぼくもこのパターンで書けば楽天日記を毎日書く、なんて楽勝!ですよね。
2010.08.11
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「モヤモヤしています」最近の若い方に多いのだが、研修やイベントのあとの振り返りで感想をたずねると、こういうセリフをいうひとがいる。それ自体、正直で、自分の状態を開示するということではもちろん「OK」なのだが、僕自身はチョッとそれを聞いて、”モヤモヤしてきてしまう”のだ!理由のひとつは、「モヤモヤしている」なんて、振り返りの場と言う全体での共有の際に、きわめて個人的の感想であって、ことさら他人に言うほどのものではないだろう、と思うこと。つまり、振り返りには、もう少し前向きで、他者にとってもなるほどと思う情報的要素が欲しい。もうひとつは、「モヤモヤしている」ことなんて、日々の暮らしの中では、普通にあることで「モヤモヤしていないなんてことあるの?」「いつも君はスッキリして日々を過ごしている人なん!」なんて逆に突っ込みたくなってしまうからだ。もっともこの「ツッコミ」は、私と同世代の中高年イエ、老年の人間の感じるところのであるのかもしれないが。まあそうは言っても、「モヤモヤ」があるから「スッキリ」という状態への変化は、まさに問題解決思考の筋道であり、それを周囲の人間が、共に考え、皆でスッキリしようとすることに、異義があるわけではない。世の中の多くのことに、モヤモヤとはっきりしない問題がたくさんあることはわかる。それを、スッキリと気持ちよく解決したいのは僕もそのとおりだと思う。問題は、それが「気分的スッキリ」の問題で終わるのではなく、ホントウの「合理的スッキリ」であることが望まれる。だから、若い方の「モヤモヤしています」に少しでも、お助けすることができたらとおもうのだが、大概のところ、それは、”あなた自身しか答えは見つけられないし、スッキリしないよ”、心の中では同時に発言してしまっている僕がいる。ところで、ふとインターネットの「GOOGLE」で、「もやもや」を入れて検索してみた。驚いたことに、「もやもや病」というレッキとしたしかも難病とされる深刻な病気があるのだという。あまり、軽々に「モヤモヤ」を扱ってみてもいけないなあとため息が出た。
2010.08.08
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