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2025.06.28
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カテゴリ: 文学
■木谷ポルソッタ倶楽部【ゆずりあい橋】

ひとつの橋が完成した。幅が一メートル少しという狭い木橋だ。
小さな水路に架かる長さが七メートルの木橋だ。
老夫妻がゆっくりと渡っていた。江田さん夫婦だ。
奥さんの春美さんは車椅子に乗っていた。
中程へ差しかかると、江田さんは車椅子を止めた。
「ばあさんの夢がやっとかなったよな。タカシも喜んでいるだろうよ」江田さんはぽつりと春美さんの耳元へささやいた。
五年前、橋近くの交差点でひとりの少年が亡くなった。
遅刻しそうになったので慌てて交差点の横断歩道に飛び出た。
大型トラックが来た。運転手はブレーキを踏んだ。間に合わなかった。少年は即死だった。少年は江田さん夫婦の可愛い孫のタカシくんだった。
タカシくんの葬式以降、春美さんの顔から笑顔が消えた。
タカシくんの四十九日が終わって、春美さんは交差点の横断歩道に立つようになった。毎朝、子供たちを安全に渡らせるために旗を振っていた。江田さんは何も言わなかった。
それで、春美さんの哀しみが少しでも癒されるならばいいだろうと考えていた。横断歩道を渡る子供たちを見つめながら、春美さんは近くの水路を見つめていた。
〈あの小川に橋が架かれば、
子供たちはこの危険な交差点を渡らずに学校へ行けるのに〉
水路は道路と平行に流れていた。その思いを、春美さんは江田さんに話した。江田さんは役所へすぐにお願いをした。

付近に橋が架かっているからというのが理由だった。
〈交差点をはずれて渡ることができれば子供たちは安全なのにね〉
子供たちを送り終えると、
春美さんは恨めしそうに水路の水面をいつも見つめていた。
三年が過ぎた。秋の霧の濃く漂う朝、春美さんはいつものように横断歩道の前で旗を振っていた。「おばちゃん、おはよう」
子供たちが声をあげて通り過ぎていく。霧で見通しが悪かった。
春美さんは普段以上に気をつけていた。
始業時間が近づいた頃、交差点へ走って近づいてくる子供がいた。
遠くに車の姿が見えた。
車のほうへ旗を振りながら、春美さんは子供を止めようとした。
子供でも男の子だ。子供を抱き止めた春美さんの身体が飛ばされた。車が来た。子供は大丈夫だった。春美さんは車と接触した。春美さんは病院へすぐに運ばれた。重傷だった。当分の間、病院での車椅子の生活が続いた。朝の旗振りができなくなった。江田さんも春美さんの世話で手が回らなかった。
三月になってやっと退院することができた。
それでも、春美さんは体力が完全に回復するまで
車椅子から離れることができなかった。
退院した翌朝、江田さんの家の前がやけに騒々しくなったいた。
「何があったのだろうね」
江田さんが春美さんへ語りかけていると、玄関のチャイムが鳴った。
江田さんは立ちあがった。玄関の扉を開けた。驚いた。百人あまりの子供たちがいた。春美さんも車椅子で玄関口へ出てきた。
「江田のおじさん、おばさん、僕たちはおばさんに守られて、
昨日、小学校を無事卒業することができました」
ひとりの子供が進み出て、江田さん夫妻に向かって話し始めた。
「そのお礼を言いたくて、今日は卒業の報告と、この絵を持ってきました」背後の子供たちが丸めた図面を広げた。木の橋の絵だ。
「これは何だい」江田さんは橋の絵をしげしげと見つめた。
「おばさんが、僕たちのために架けてあげたいといつも言っていた夢の橋です。おばさんが怪我をしてから僕たちはみんなで相談しました。そして、この絵を描きました。年末に役所へこの絵を持って行って、みんなで市長さんにお願いをしました」
「駄目だっただろうね」江田さんは春美さんの顔を見ることができなかった。子供は明るい顔で言った。
「市長さんはおばさんの夢をわかってくれました」
「それでは橋を架けてくれると言ってくれたのかい」
「市長さんはそう言ってくれました。しかし、僕たちは僕たちで造りたいと考えたのです。その方が、おばさんが喜んでくれるような気がしたのです。卒業記念に何かをと貯めていたお金と、みんなのお年玉を集めました。正月明けから工事にかかっていました。あさってに橋が完成します。最初におばさんに渡って欲しいのでお願いに来ました。」
江田さんと春美さんは何も言えなかった。ただ、子供たちに頭を下げるだけだった。資金が少なかったためか、幅が一メートル少しという狭い木の橋だった。「いいんだよ。これでいいんだよな。タカシもきっと喜んでくれているはずだよな」江田さんは春美さんへ語りかけた。“春美橋”と名付けたい。そのような提案が子供たちからあった。しかし、春美さんはやんわりと断って“ゆずりあい橋”として欲しいとお願いをした。江田さんもすぐに賛成した。
「“ゆずりあい橋”か。春美さん、いいじゃないか。狭いから互いに譲り合わなければ渡れない。人生もそんなものさ。橋を渡るたびに、譲り合う気持ちを子供たちが育んでくれれば最高だよな」
大勢の子供たちが橋の向こうで微笑んでいた。「おじいさん、タカシさんもみなさんと一緒に笑って私たちを待っていますよね」
子供たちの方を指さした春美さんの顔に笑顔が戻っていた。





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最終更新日  2025.06.28 20:14:18


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